第26話 -商会の長≪ガゼイン=エルガンド≫-

 僕達はガゼインが先導する形でエルガンドの中を歩いていた。

 エルガンド祭が始まるまでまだ日があるのに見渡す限り人で溢れ返っている。現状でこれならエルガンド祭が始まったらどれ程のものになるんだろうか。


「アリシア達は今までここに来たことってあるの?」


「最近だと1ヵ月前に立ち寄ったぐらいですかね。その時はこんなに人は多くなかったですよ?」


「だなぁ。それにエルガンド祭は俺達も数年ぶりだな。開催されるたびに人が増え続けていると聞いてはいたが……」


 シルフィル兄妹の言葉を聞きながら、周りを見回す。左右に立ち並ぶ店には所狭しと様々な品が並べられていた。見たことのない物ばかりだったため、ついそっちに目が移ってしまう。

 と、その時僕の袖がひっぱられる感覚に気付く。


「……よそ見してたらはぐれるよ?」


「っと、ごめん。珍しい物が多いからつい……」


「……あとでゆっくりとみよ?」


 リィナが僕の手を引きながら見上げてくる。そうこうしている間も前方の方では客寄せで声を荒げる商人達が僕達――というよりガゼインを見ると皆声を掛けてきていたのだ。


「ガゼイン様!!良ければ当店の商品を見ていきませんか?」「ガゼイン様、良ければ当店お薦めの商品をお納めください!」


「おう、本祭までに商品売りつくすんじゃねぇぞ」「後で食わせてもらうわ、ありがとうな!!」


 見る人見る人全てがガゼインに声を掛けているようであった。

 ガゼインは笑みを浮かべ声を掛けてくる商人一人一人に返事を返し、その手には次々と食べ物から雑貨品等が増え続けている状況だった。


「すごい状況だね……」


「そうですね。商人さん達は皆ガゼインさんを知っているようですが、人望がものすごいですね……」


 商人達は皆ガゼインを見るとこぞって声をかけていた為、その後ろを歩いている僕達には声を掛けてくる人はほぼ皆無な状況だった。正直客引きって言うのは好きじゃないからこの状況は助かるんだけども。


 暫く歩いた頃だろうか。街の中央へと歩き続ける僕達だったが、周囲の店もだが人が段々減りだし、とある一点を境に一般人が辺りにはいなくなっていた。

 道の両脇に屈強な男が二人立ち並んでおり、ガゼインと僕達を無言の一礼で奥へと通してくれた。

 そして、


「この中が俺達商会の中心でもあり、俺の執務室ってとこだな。入ってくれ」


 そこはエルガンドという街を仕切っている場所には到底思えなかった。他と同様に石造りで多少大きい程度の建物の中にガゼインが入っていく。

 ガゼインに続き僕達も建物の中に入ると簡素なソファーと木製の机が中央に置いてあるだけで、他には隅に物を入れるチェストが数台あるのみだった。


「随分とらしくない部屋なんだな」


「ん、そうか?最低限のことが出来ればそれで十分だろ。適当に座ってくれ」


「あ、あぁ」


「装飾や見栄なんて貴族や王族がやってればいいんだよ。俺達は商人だ。物を安く買う、そして高く売る。部屋や身を着飾らねければ売買交渉が出来ない奴は二流以下、俺達はその身一つで渡り歩く。だから不要な代物なんだよ」


 ガゼインが両手に持った品々を片しながら愚痴というよりは正論を漏らしていた。だが、それは実際にガゼインの言うとおりなのかもしれない。

 属に言う僕のいた世界のセレブという人種。彼等は大半の人物が自分のステータスを他人に見せるために自分を着飾り、ブランド品でその身を染めてしまっている。それはこの世界の貴族や王族も大差ない事なのだろう。他人を卑下する為に、自分を安く、そして弱く見せない為に金の力で解決しようとする人達。

 けれど、目の前にいる男はそういった人物の全てを否定していたのだ。

 僕たち全員がソファーに座ると、同様に机に添えられた椅子に座ったガゼインがようやく僕達を呼んだ理由を話し出した。


「さて、待たせてしまって悪かったな。今から話すことは他人には知られたくない話だったんでな」


 今いる場所なら周囲はガゼインの関係者――商会の人物の建物に覆われている為漏れることはない、とのことだ。


「お前達に頼みたいことなんだが……ん?そこの小僧、何か聞きたいことがあるって顔してるな」


「セツナ?」


 ガゼインが話すのを中断し、僕の方へと顔を向ける。僕には気になっていることがあったのだ。ガゼインが僕達を呼んだ理由……


「一つ聞かせてください。今から貴方が話すことは他の人には聴かれたくないことだと言いました。でも、それを話す相手が何故僕達なんでしょうか。話の内容的に大事なことだと聞く前でも分かります。ただ、それを素性も知らない会って間もない冒険者相手に気軽に頼めることなんでしょうか?僕達が他人に漏らさないとも限らないのに」


 そう。僕達はエルガンドに入る為に列に並んでいただけだった。それを商会のリーダーが偶々見つけた僕達に声を掛けて依頼をする。それが僕にとってはとても不自然なことだと思えたのだ。

 僕の疑問を突きつけられたガゼインは一瞬目を見開き驚いた表情を見せる。


「くくっ……ははははははははははは!!!まさかお前の様な小僧にそのことを言われるとは思わなかったな。いや、悪ぃ。貶してる訳じゃないんだ。お前の言うとおりだよな、確かに不自然だ。お前達が気づかないならそのまま行こうと思ってたが、はっきりする必要があるな……なぁ、セツナ=シノノメよ」


「な―――!?」


 次は僕達が驚く番だった。この男は僕の事を知っている?リィナのことはまだしも、この世界に来てまだ10日も経っていない僕の事を知っている……


「何者なんだアンタ……」


 嫌な笑みを浮かべるガゼイン。


「冒険者チームランク【B】≪悠久の調≫。ユーシア=シルフィルとアリシア=シルフィルの二人で4年前から行動。そして、先日ソロで冒険者ランク【S】だった≪風姫≫――リィナ=アーシュライトと正体不明の……いや、ここもはっきり言ったほうがいいな。異世界人のセツナ=シノノメの2名を加えて4名となったチーム……だろ?」


「ッ……!!」


 ユーシアが咄嗟に立ち上がり背中に掲げた大剣へと手を伸ばす。それは僕達も同じだった。未だ誰一人自分の事を何も言っていないのに、ガゼインは僕達4人全員の素性を知っていたのだ。僕が異世界人であることも含めて。

 場に緊張感が漂う。しかし、当の本人であるガゼインは僕達の殺気も気にせず何食わぬ顔で話し続けていた。


「まぁ、落ち着け。俺が誰なのか忘れたのか?このエルガンドの取り纏め役で商会のリーダーだぞ。商会――商人にとって何が一番大切なのかそれが分かれば俺がお前達を知っていることに繋がると思うがな」


 商人。様々な品を取引する人達のことだ。その人達が一番大事にしていること……あ――


「情報ですか?貴方は――僕達の情報を買ったんですね?」


 シルフィル兄妹とリィナが驚いた表情で僕の方を振り向く。


「へぇ……やっぱお前鋭いな。冒険者より商人になった方がいいんじゃねぇか?っと、そんなに殺気を向けんなよ。冗談だ。だが、お前の答えは半分正解だな。お前達の情報は買ったんじゃない、集めたのさ。この街から近いラクシア村にまたあのヴァイスシュヴァルツが出向いたって聞いたんでな。何が起きているのか気になり、うちからも数人出向かせたのさ。だが、安心しろ。お前達に何が起きて一緒にいるのかまでは知らない。未開拓の遺跡に向かったってことは知っているんだが――な」


「…………」


 初めて見た時からこの男の並々ならぬ雰囲気に畏怖を感じていた。それは話す度に強くなっていく。


「それで?ここまで聞いてお前達はどうするんだ?俺からここまで情報を出させたセツナに免じて今ならまだ俺からの依頼について話を聞く前に断る権利をやる。何、今ここで断ったとしても何もしねぇし、ここ――エルガンドから出ていけとも言わねぇよ。祭を思う存分楽しめばいいさ。だが……お前等冒険者なんだよなぁ?」


「ぐっ……」


 ガゼインの言葉にユーシアが呻く。この男は本当に人を掌握するのがうまいのだろう。こちらの逃げ道を簡単に潰してくる。そんな人物だ。

 ユーシアが僕達の方を向く。僕は無言で頷く。それは、隣に座るリィナも同様だった。


「はぁ……。ここまで来て話も聞かずにさよならって訳にもいかないよな。教えてくれ。俺達を呼んだ理由を」


「それでいい。これからも俺達商会を使ってくれや。エルージャ公国全体に広がる俺達だしな」


「テメェ……」


 はっきり言わないガゼインだったが、その言葉の裏が理解できていた。ここで去っていれば今後、商会に関わる商人との取引に影響が出ると。何が何もしないだ――やっぱり喰えない男だ。


「……ユーシア落ち着いて。それで、わたし達に何を依頼したいの」


 沸点が低いユーシアに対し、落ち着いた様子でリィナが言う。そして、ようやくガゼインの口から僕達を呼んだ理由である依頼の内容が発せられたのだった。


「あぁ、悪ぃな嬢ちゃん。……依頼したいことを単刀直入に言わせてもらう。この街で行われる人身売買を止めてくれ」


「人身……」


「売買………」


 これは馬車の中でユーシア達から教えてもらったことだ。ゼフィロス大陸には奴隷制度がある国も複数存在していた。その国では当然一つの事柄として人身売買が日常的に行われている。だが、それは裏を返せばここエルージャ公国でも密かに行われていることでもあったのだ。


「そうだ。俺達商会は様々な品――それは過去の遺物である聖剣、魔剣や聖遺物もそして情報さえも取引の対象となるが、俺達と同じ人類――これだけは取引を行わないという誓約を行っている。だが、俺が集めた情報によれば今回のエルガンド祭の商会が出す目玉、あぁすまんが何を出すかは内緒な。――の裏でそいつらが人身売買を目的とした取引を行うという情報を掴んだわけさ」


「それを俺達に止めてほしいということなのか?」


「ああ、それもある。だが、そのこと自体は俺達商会も手分けして何が何でも止めるつもりだ。だが、その中でお前達に頼みたいことがあるんだよ。人身売買が行われるということも他には洩らせない内容なんだが……ここから話すことは絶対に他には知らせることの出来ない内容だ。それこそ知っているのは商会の中でも俺を含めて数人の内容だからな」


「…………」


 ガゼインは僕達に何を頼みたいと言うのだろうか。人身売買。そして奴隷――それは僕には縁遠い言葉だった。けれど、それが祭りの裏で行われるという。僕は正義感に溢れた人物じゃない。けれど、目の前で起きている出来事で僕自身に何か出来ることがあるのなら……

 ユーシアが再度僕達の方を向いていた。それはアリシアも同様だ。僕とリィナはそんな二人に向かい合い、そして頷く。僕達の想いは口に出さずとも同じだった。


「……話してくれ。その人身売買で何が行われる?さっきの口ぶりだと商会の中で箝口令を敷いている程のことなんだろう?」


 ガゼインが両手を組みその上に顎を乗せると深く重い面持ちで話し出した。それは、このエルージャ公国にとっては衝撃的な事実で、僕自身更にその場所に疑惑を覚えることでもあったのだ。


「そこで行われる人身売買。その祭りの裏とも言える闇取引にも裏の目玉商品がある。それは王都レクセントの王族の一人でもあり――第四王女≪リースリット=R=エウィリーゼ≫が出品されているということだ」


「――――!!!」


 エルージャ公国で生まれ育ったシルフィル兄妹とリィナにとって、それは信じがたい事実だった。王族の一人が人身売買の商品として出されている。それは世界全体で見ても有り得ない事実であり、それこそがガゼインが僕達に依頼したい本当の内容であった。


「確かな筋から集めた情報だ。信憑性は高い。第四王女はそこの嬢ちゃんと同じぐらいのまだまだ少女だ。品行方正で麗しい姫君だとお前達も聞いたことがあるはずだ。その姫様が何があってか人身売買により人として底辺の位に落ちようとしている。それが、俺にとっては許せない。俺の街でそんなことが許されると思っているのか?」


「それが事実なら確かに許せざる事だな……ガゼイン。お前が俺達に頼みたいことが分かった。俺達に王女を探しだしそして救出しろということだな」


 ガゼインが怒り心頭の表情で頷く。

 それが、このエルガンドで始まる小さな種火から燃え上がる大きな事件の前触れだったのだ。

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