第25話 -商人の街≪エルガンド≫-

「さて……≪エルガンド≫の門前まで着いたはいいんだが――」


「……人がいっぱい」


 リィナが言うとおり僕達の馬車の前には多量な人々で溢れていた。

 こんなに人が集まって何が起きているのだろうか?


「あ、もしかして。兄さんもうすぐアレがあるんじゃなかった?」


「ん?あぁ、確かにもうそんな時期だったか」


 そんな外の様子に感づいたシルフィル兄妹がこの状況を納得したかのように頷き合う。

 リィナの方を見ると彼女もこの状況が何なのか理解できている様だった。

 何なんだろう?


「皆この人だかりの理由知ってるみたいだけど何かやってるの?」


「っと、セツナには何が何だか分からないよな。出発するときにも言ったが、この≪エルガンド≫は商人の街なんだ。実際にこの街を仕切っているのも貴族や王族じゃなく商会っていう冒険者ギルドの商人版って言ったほうが分かりやすいな。まぁ、その商会を取り仕切っている奴が≪エルガンド≫そのものを纏めてるって噂だ。で、ここからが本題なんだがこの≪エルガンド≫は年に二回商会主催でかなりでかい規模のフリーマーケットが開催されるんだよ。それこそエルージャ公国だけじゃなくほかの国からの行商人が集うぐらいの、な」


「へぇ、それはすごそうだね。ってことはまさかこの人たちは全員それに参加する人たちってこと?」


「たぶんほとんどがそうだと思います。でも、全員が全員何か目的があって来てるってわけじゃないと思いますよ?」


「というと?」


 ユーシアの説明に補足する形でアリシアが続く。


「大きなお祭りみたいなものなんです。だから何時の間にかエルガンド祭と呼ばれるようになったんですよ。騒ぎたい人も楽しみたい人もたくさん集まりますからね。規模だけで言うならエルージャ公国の中では二番目に大きい行事なんですよ」


 ちなみに一番は王都レクセントで年に一回開催される生誕祭だそうだ。国で二番目に大きいお祭りなら確かにこの人だかりも頷ける。きっと街の中はもっとすごいことになっているんだろう。


「……あと、このエルガンド祭は毎回珍しい品の取引も行われるって聞いたことがある」


「俺も聞いたことがあるな。前回の目玉は聖剣だったかな。いいよなぁ、俺も欲しいぜ……」


「はぁ、兄さん。私達に買えるわけないでしょ」


「んなこと言われなくても理解してるさ。だが、一発当てることが出来りゃって考えちまうとなぁ。セツナとリィナもいることだしチームランクをどんどん上げて上位クエストを受けれるようになりたいよな」


「……ん。任せて」


 聖剣や魔剣等の現在の人達が精製出来ない武具や聖遺物等、ゼフィロス大陸全体で見てもレア中のレアな品が商会から毎回出品されるのもこのエルガンド祭が有名となった一因のようであった。

 ちなみにこれも風の噂で聞いた話とのことだったが、前回出品された聖剣はなんと金貨5万枚での取引だったそうだ。ランク【C】の平均報酬が5~10枚、ランク【B】の平均報酬が金貨10~30枚とのことであるから現状ではどうやっても無理な代物だと言うまでもなかった。


「でも、街の中に入るまでまだかなりかかりそうだね……」


「そこが問題なんだよなぁ。へたすると今日はこのまま野宿になるなこりゃ……」


「うぅ……温かい布団で寝れると思ったのに……」


 現実を突きつけてしまった僕の言葉にアリシアがしゅんとした表情で落ち込んでしまっていた。

 こうしている間にも僕達の背後にも列になるように大きな荷物を持った行商人や荷具を積んだ馬車等が次々と並んできているのが見えた。この場に着いて既に小一時間程経っているが、未だに殆ど前に進めていないこともあり、既に昼も過ぎている状態だからユーシアの言うとおりこのままだと野宿になってしまうのが濃厚だと思うのも仕方ないだろう。でも、僕もいい加減ゆっくり寝たいんだよなぁ。

 気だるげに列が進むのを待っていたその時、僕達が乗っている馬車の側面に人影が出来ていることに気付いたのだ。


「あんた達もしかして冒険者か?」


「え?」


 僕達はその人物がすぐ傍まで近づいていたことに気付いていなかった。長身の男が僕達の馬車を覗き込んでいたのだ。短めの茶髪に無精髭を生やした一見どこにでもいそうな人物。だが、僕達の視線はその男のとある部分に向いてしまっていたのだ。隻腕――その男には左腕がなかったのだ。だが、それでいて男の存在には違和感しか感じられなかった。僕達はその男が近づいてくるまでその存在自体に気付くことが出来なかったのだ。だが、男を見た時から逆に僕はその存在の大きさに戦慄を覚えてしまっていた。

 強い――ただそこにいるだけで滲み出る強さをその男から感じたのだった。


「……誰なの貴方」


「そういうお前は有名な≪風姫≫だろ?何、お前たちに危害を加えるわけじゃないんだ。この馬車から強者の気配を感じたんでな、ちょっと様子見させてもらったわけだ」


「――確かに俺達は冒険者だ。≪悠久の調≫リーダーのユーシアだが、俺達に何か用なのか?」


 訝しむ様にリィナが、そして横柄な態度にカチンときたユーシアがそれぞれ男に対して警戒心を露わにしていた。当然それは僕と僕の身体に隠れる形で男を見るアリシアもであった。この男はリィナのことを知っていた。リィナの二つ名≪風姫≫は冒険者の中ではかなり有名な名であったが、それが僕の横にいる幼い少女と初見で結びつく人がそうそういるとは思えなかった。何者なんだ……雰囲気も相成ってどうみてもそっち方面のヤバい人に見えてしまう。


「あんた達≪エルガンド≫の中に入りたいんだよな?分かっているとは思うが6日後にエルガンド祭が始まるっつーわけで街の出入りが今は特に厳重になってるわけだが、お前等このままだと街に入るには2日後になるぞ」


「何……?遅くとも明日には入れると思ってたが本当なのか!?」


 男は馬車の前方に移動し、馬を撫でていた。結構気性の荒い馬だったけど、随分大人しいな……。まぁ、そんなことはどうでもいいんだけれども、男が言うには街の中に入るには1日後じゃ済まないらしい。正直この状態のままあと2日なんて耐えられそうにない……


「あと2日……お風呂に入りたい。ゆっくり寝たいです……」


「……わたしも」


 あぁ、アリシアとリィナが更にしょんぼりしだしてしまう。両隣りから暗いオーラーが漂ってきてるよ……


「くくっ。そこの嬢ちゃん達も言っていることだし、だ。冒険者ってことで俺の頼みを一つ聞いてくれないか?もしも、聞いてくれるっていうのなら――無条件で今すぐに≪エルガンド≫の中に入れてやることが可能だ」


「なっ――!?」


 男が嫌な笑みを浮かべてそう提案してくる。この人は何なんだ……得体の知れなさはあのアッシュに引けを取らない感が満載だった。


「……何者なんですか貴方は」


「へぇ、いい眼をしてるな小僧。俺の事は後で自己紹介させてもらうさ。ちょっと今ここで名乗りたくないもんでな」


 男は僕を一瞥するとそのまま門とは別方向に歩き出した。


「こっちだ。ついてこい」


「…………」


 そして、顔だけ振り返り一言言うとそのままどんどん歩き出してしまったのだ。

 何て言うかその後ろ姿は唯我独尊を地で行く人のように思えたのだ。


「あー……ついていくしかないよな?」


「このままここで待っててもあの男の言うとおりなら中に入れるまではあと2日かかるみたいだしね……」


「……ん。早く休みたい」


「私は皆さんにお任せします」


 アリシアだけは受け身の姿勢だったが顔色からはリィナと同様に早く休みたいと感じている様だった。というか、ついさっきまで散々口に出していたしね。

 そういうわけで僕達は急いで馬車ごと方向転換し、男の後を付いていくことにしたのだった。


  ◆◆◆◆


「遅いぞ」


 街の外の石壁を沿う様に5分ほど馬車を走らせるととある地点に男が立っていた。そこには別にもう二人先程までいた門の前で慌ただしく動いていた守衛と同じ格好の人物が男に従うように立っていた。

 そしてその背後には鉄でできた灰色の扉がついており、≪エルガンド≫の中へと続いているようであった。


「馬車はここに置いておけ。後で適当にこいつらが片す。おい」


「はっ!!」


 僕達が馬車から順に全員降りる。やはりこの男は≪エルガンド≫の重要人物のようだ。


「あんたまさか……」


「さっきも言ったが、自己紹介はもう少し後でだ。外ではまだ口にするな」


 ユーシアがそのことを口に出そうとする。しかし、男が鋭い視線を以ってユーシアの口を閉じさせてしまう。

 そのまま男は扉の中へと入って行ってしまったため、仕方なく僕達も後を追うように続くのであった。


―――…


――


「薄暗いですね」


「あぁ。足元に気をつけろよ」


 後ろからアリシアの声が、そして前方からユーシアの声が聞こえてくる。そこは人が一人ギリギリ通れるような細い通路となっていた。通路内には明かりになるようなものはなく、端から入ってくる光だけを頼りに僕達は先に進んでいた。

 そしてしばらく歩いたところで光が漏れる扉が前方へと見えてくる。男はその扉を開いたところで足を止め、漸く僕らの方へと体ごと振り向かせる。そして、


「さて、ここから先に行く前に社交辞令とさせて頂こう。ようこそ、エルガンドへ!!――俺がこのエルガンドを取り纏める商会のリーダーであるガゼイン=エルガンドだ」


「―――!!!」


 男は一歩下がると手を大きく広げ、歓迎を示す笑みを浮かべた。

 そこにはラクシア村とは比べ物にならない街並みが広がっていた。僕達が現れた場所は一般人が入れる場所から少し離れているようであったが、見渡す限り視界には石造りの建物が連なり、通路には布で屋根を覆った屋店が目に映る四方八方全てに乱雑に立ち並び絶え間ない多種多様な喧噪が木魂していたのだ。

 そして、僕達の――特に僕の驚いた顔を見て心底楽しそうな表情をしている目の前の男――ガゼイン。ガゼインは自分で今名乗った。僕達が立ち入ったこのエルガンドを取り纏めている商会のリーダーであるということを……


「まさか商会のトップだとはな……商会のお偉いさんだとは思っていたが……」


 さすがにユーシアも驚きを隠せないでいるようであった。詳しくない僕でもわかる。貴族や王族に主導権を握らせず商人と言う立場で街一つ作り上げた人物。その人間が今僕達の目の前に立っていたのだ。

 ガゼインの依頼が何なのか分からないが、楽には事が進まない。それだけは確定された未来だと僕には思えたのだ。


「俺は二代目だが歴とした本物だぜ?立ち話も何だし、こっちに来い」


 ガゼインは懐から葉巻を取り出すと火をつけて吸い始める。そしてそのまま更に街の中へと進んでいくのであった。

 色々と驚嘆な事実が満載だった僕達は頷くことしか出来ず、言われるがまま付いていくのであった。

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