第40話 -人を殺す勇気-

「話は理解した。散々だったなお前等も」


 テーブルに盛られたスクランブルエッグと新鮮な野菜をパンに挟み豪快に食べるガゼイン。

 まだ日が昇って間もない時間帯なのに快く店を開けてくれた店主には感謝しないといけないな。正直ふっくらしたパンと新鮮な野菜を食べれると思わなかった。

 たぶん僕達だけがお願いしても無理だったろうけど。商会長直々の頼みじゃ動くのも当然か。


「にしてもアーシュライト家ね。俺の耳にも聞いたことなかったが辺境の貴族か?後で少し調べてみるかね」


「……んぐ。わたし自身家の事は全然知らないから言えることは何もない。けど、アスラの町のことは聞いたことあるんじゃないかな。領主不在に加えて冒険者ギルドもほぼ崩壊したから今じゃ廃町になっちゃってるけど」


「んん……ちょっと待て。昔聞いたことがあるな。炎の魔物にとある町の冒険者ギルドのメンバーがほとんど殺られたとか。なるほどな、お前さんの原点がそこにあったのか」


「……ん」


 小さい口でパンを頬張りながらリィナが身の上話に加えて先の出来事を話していた。

 今回の事はリィナに深くかかわる話だ。僕の口からもリィナ自身が話すほうがやっぱりいい。だから僕は時々補足する以外は黙々と朝ごはんを食べ続ける。あぁ、このスープ美味しい。

 リィナはあの制止した世界の事は黙ってくれていた。もちろん気にはなっているだろうがアーリャのこともだ。この街の問題が終わったらリィナには話しておく必要があるよね……

 時々食事を挟みながら話すリィナの言葉には重みがあった。だからこそ時折ガゼインが相槌する以外は誰も話すことなんてしなかった。

 シルフィル兄妹はアリシアだけじゃなくユーシアも腕を組み黙って聞いていたくらいだった。

 そして一通り話終わった頃、隣から啜り泣く声が聞こえてきた。


「ぐすっ」


「……アリシア?」


 リィナのことをジッと見続けていたアリシアがポロポロと涙を零していたのだ。


「何なんですかこれ……リィナさんが何をしたって言うんですか。生きたいと思うのが罪なんですか?こんなのってないです……」


「まぁ、俺達も両親がいなかったがリィナと比べると断然幸せだったのかもな……」


 ユーシアも難しい顔で呟いていた。ユーシア達にも色々あるんだよな……人は何かしらの不満を抱えているって言うけど、この世界には不幸が満ち溢れている。そう考えると僕自身は自分が不幸だなんて考えるのもおこがましいのかもしれない。


「だが、≪風姫≫が言う通り五体満足で生きていられただけでもマシと言えるかもしれんな」


「ガゼイン、テメェ――」


「まぁ聞けや。≪風姫≫自身が生きる希望にしがみついたからこそ今がある。それは俺も認める。きっと一度でも諦めていたらそこで終わっていただろうからな。この世界は理不尽の塊なんだよ。貴族の家に生まれなかっただけで裕福に過ごすことはまず無理だ。大体どんどん話がでかくなってきてはいるが、お前等に依頼した内容はまだ覚えているよな?」


「人身売買の阻止。そして、第四王女の救出ですよね」


「その通りだよセツナ。この国じゃ違法となっているがそれでも裏では一向になくなることのない人身売買。そして奴隷。そもそもこいつ等の出所はどこからか分かるか?」


「それは……」


 ガゼインの言いたいことは分かっている。リィナもそうなっていた可能性があるのだ。


「お前が思っている通りさ。望んで奴隷になる奴なんていねぇんだよ。大部分が生まれることを望んでいなかった奴等が小金欲しさに売った結果さ。もちろん盗賊や野盗に襲われて強制的に奴隷になっちまう可哀そうな奴等もいるけどな」


「…………」


「≪風姫≫は今を後悔してないんだろ?」


「……ん。わたしは幸せだよ?」


「ハッ。ならいいじゃねぇか。お前の過去がどうだって今が幸せなら誰も文句なんてないさ」


「良い事言うじゃねぇか」


 何となく理解したかもしれない。ぶっきらぼうな物言いだけどこの人物が商会の長としてこの街の皆が信頼していることに。人の上に立つ器になる人物って雰囲気から違うんだなぁ。


「だとしたら早いところ逃げ出した≪風爆≫を見つけないとな。大体奴は一体何なんだ?」


「ですよね……。リィナさんのお話じゃアーシュライト家は魔物の襲撃で全員亡くなったっていうお話ですし」


「……分からない。けど、アーシュライトの名を騙った人物じゃないのは確か」


 リィナの言う通り、エリザは間違いなくリィナの縁者だと思う。見た目も喋り方も何もかも違うのに雰囲気が似ていた。そしてリィナのことを薄汚い豚呼ばわりしていたエリザの会話の節々がリィナの話した身の上話の一部と一致していたのだ。

 リィナの父親であったアーシュライト家の当主が何を思ってリィナを生かしていたのかは未だに不明だ。エリザはそのことを知っていたのだ。だからこそリィナを憎んでいたし、殺そうとしていたんだと思う。


「見つけて問い質さないとね」


「だが、手がかりは無くなったわけだがどうするつもりだ?おそらく≪風爆≫は地下に逃げ込んだと思うが、さすがにヴェネッサでも今すぐに居場所を特定するのは難しいと思うが?」


 エルガンド祭が始まるまであと4日。実質今日入れて3日以内に最低でも捕縛されている第四王女達を救出しなければいけない。

 ガゼインの言う通りエリザに逃げられてしまった今手がかりは無くなってしまったも同然だったのだ。

 だが、そんな中一人自身に満ち溢れている人物がいた。


「……大丈夫。≪風爆≫の居場所捉えたよ?」


「へ?」


「リィナお前何を言ってるんだ?」


「……地下水路の地図を見せて」


「お、おう」


 全員が唖然とする中、一人冷静にユーシアに向かって手を差し出していた。

 地下水路の地図を受け取ったリィナは暫く地図をジッと見続けていた。そして、


「……ん。ここ。≪風爆≫は今ここにいる」


 食べ終わった空になった食器を端に寄せてテーブルに地図を広げたリィナがとある場所を指さしていた。

 そこは昨日ヴェネッサが指示していた北西とは逆側の北東にある場所だった。

 だが、おかしい。リィナが指さしていた部分は水路ではなく何も記載がない壁の内だったのだ。


「……隠し部屋か何かなのかな。ここから≪風翠≫の一部を感じる」


「あ、もしかして最後のあの時エリザに何か取り付けたの!?」


「……取り付けたって言うより風の女王の執念かな?」


 納得。きっとリィナの意識してたことじゃなく風の女王であるエンリィがリィナの放った攻撃から逃げ出したエリザを追跡していたようだった。何という執念恐れ入るね。


「……≪風爆≫自身は気づいていないみたいだけど、どんどん気配が弱くなってる。たぶん滲み出る瘴気に侵されているんだと思う」


「ッ――。なら急がないと!!」


 きっとそこに囚われた人達もいるんだ。場所を変えないうちに助けないといけない!!


「まぁ、待て。≪風姫≫の言うことが本当なら商会からも人を出す。相手は≪風爆≫だけじゃないってことを覚えておけよ」


「確か奴等傭兵も雇ってるんだよな?」


「ああ、そうだ。犯罪集団にも手を貸す腐った奴等だが傭兵はお前等冒険者と違って対人戦闘を主に動いている奴等だ。無策に突っ込むと被害がでかくなるだけだぞ」


「だが、セツナの言う通り急がないといけないのも事実だぞ」


「分かってるさ。だから――俺もそこに行く。共に奴等をぶっ殺すことにしようぜ」


「―――!?」


 ガゼインから猛烈な殺気が溢れてきた。

 最初に出会った時から只者じゃないと分かってはいたけどこれ程なのか……

 この人が敵じゃなくてよかったと思うよ。


「よっし、ならさっさと食え食え。30分後には出発するぞ!!」


「おう!」「……ん」「了解」


 皆思い思いに答える。

 僕も頑張らないとな。今度こそ逃がしてたまるものか。


―――…


――


「もしかしてヴェネッサさんも一緒に行くんですか?」


 ガゼイン主導で地下水路に入り込んだ僕達はまず貧民街に赴いていた。そこには準備を整えた裏の情報人――ヴェネッサの姿があった。


「何だい、アタシがいたら邪魔なのかい?」


「違うんです!!今から戦いにいくのに大丈夫なのかなと思っただけで……」


 ヴェネッサに睨まれたアリシアが縮こまっていた。やっぱりヴェネッサも付いていくつもりだったのか。


「アタシだって戦えるさ。そうじゃなきゃこんなアウトローが住み着く場所に女一人で生きていけるわけがないってものさね」


「安心していいぞ。こいつそこらの男より滅法強いからな」


「期待してるよ……」


 ガゼインの太鼓判をもらったことだし、今は少しでも戦力が欲しいところだった。


「よし、お前等。今回は完全な奇襲作戦だ」


 貧民街を抜けて薄暗い水路の中で立ち止まったガゼインが話し出す。


「地上から別の出入り口を使って腕っぷしが高い奴等が周囲を固めるように動いてもらっている。俺達がやることは唯一つ。敵の隠れアジトに殴り込み、囚われた人質の救出とその他の殲滅。それだけだ」


「ユーシアとアリシア、ヴェネッサが救出担当、僕とガゼインが傭兵含む≪風爆≫以外の引き付けでリィナが≪風爆≫の相手だよね」


「その通りだ。だが、セツナ油断するなよ。襲い掛かってくるやつは全員戦闘不能にするつもりじゃなく殺す気でかかれ」


「……分かっているさ」


 殺す気、か。相手はもちろん僕達を殺す気でかかってくることだろう。僕はそこまで強い人間じゃない。手加減をして挑める相手じゃないんだ。

 油断をして仲間が、そして人質達が傷つくかもしれないという可能性があるなら僕だって躊躇するものか。

 魔物の命は幾つも奪ってきたが、未だ同じ人間を殺したことはない。けど、僕も覚悟しないといけないよな……


「大丈夫か、セツナ。何だったら俺が変わるぜ?」


「ううん、大丈夫だよユーシア。この世界で生きるって決めたんだ。僕の身勝手な理由で迷惑を掛けれないよ」


「迷惑なんかじゃないさ。お前の話を聞いて元の世界がどんなに平和だったのか知ってるさ。だからこそ出来ることならお前には血に染まってもらいたくないんだよ」


「……ユーシア」


 完全に見透かされている様だった。僕を見るアリシアもリィナも同様に悲しい表情をしている。


「お前が言うのなら任せるが、期待を裏切るなよ」


「うん、任せて」


 これ以上話すことはないとガゼインが歩き出す。腰に添えた妖刀≪初魄≫の柄を握る。まだ敵のアジトまでは距離があるが胸が高まる。

 こればっかりはさすがにどうしようもないことなのは僕も、そして皆も分かっている。誰が好き好んで人を殺したいと思うだろうか。

 お前なら人を殺せるさなんて言われたくないし、殺さずに無力化できることならそうしたい。


「青春だねぇ。精々もがき続けるがいいさ若人よ、ってね」


 背後からヴェネッサの苦笑する声が聞こえてきた。どんな青春なんだか……


「無理はしないで下さいね?」


「……がんばろ?」


「ははっ、有り難う」


 数十分後には戦闘が始まる。誰も傷つかないように頑張らないとな……

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