第41話 -奇襲作戦-

「≪風姫≫の言った通りだな、見張りがいるな」


 リィナが示す場所に辿り着いた僕達。


「巧妙に隠しているようだが、周囲を怪しい奴等がうろついてたら元も子もないよな」


「……急ごう。たぶん≪風爆≫もそろそろわたし達の匂いに気付いているはず」


「だな。よし、じゃあ行くぞお前等」


 ガゼインの合図に隠れていた僕達は一気に駆け出す。


「なっ!?お前等どうして――!?」


「黙って沈んどけや」


「ガッ……!!!?!!?」


 ガゼインと僕が先頭に立って駆け出す。

 こちらに気付いた男の内、叫び声を上げたほうへとガゼインが腰を低くして右腕を打ち上げる。その拳は男の顎へと直撃し体ごと宙へと浮かせることになっていた。

 そのまま腰を捻り猛烈な肘打ちを相手の鳩尾へと叩き込む。口から盛大に吐血を撒き散らした見張りの男は一瞬で意識を刈り取られ地面へと沈んでいた。

 速い――。隻腕という弱点をモノともしないその動き。冒険者としても第一線で戦えるであろう強さに見える。


「テメェ等いきなり何しやがる!!」


 見張りはもう一人いた。 不意打ちで一人を沈められたことに気付いた男は腰に携えた剣を抜こうとしている。だが、抜かせはしない!!


「させないっ!!」


 相手より先に妖刀≪初魄≫を抜き放つ。そして、抜く動作からそのまま続けて右斬り上げで振り抜く!!


「ぁ……ああああああああ!!!俺の腕がぁぁぁぁぁ!!!!」


 ッ、浅かった……体ごと一刀両断するつもりで振りぬいたつもりだった。だが、実際には柄へと右手を回していた腕を斬り落としただけだった。


「くっ……まだだ!!」


「いや、後は任せろ」


「え……ッ――」


 左手で肘から先が無くなった部分を抑えていた男へとガゼインの拳が振り下ろされる。

 殴られた頭を壁へと打ち付け頭蓋骨が割れる音が響き渡る。


「有難うガゼイン……」


「踏込が甘いぞ小僧。躊躇すればお前が死ぬだけじゃなくお前が守りたいものも守れないってことを覚えとけ!!はぁぁぁぁぁ………」


「な、ガゼイン何を――!?」


「下がってなさい少年」


 僕に注意したガゼインは腰を落とし気圧を高めていた。ヴェネッサは今から何をしようとしているか気づいているようだった。


「久しぶりに手加減無しでイけそうだ。ハッ―――!!!」


 嘲笑したガゼインが右手を壁へと打ち付けたその時、


ドォン――!!!


 空気が爆発したかのような破砕音を撒き散らし、目の前の壁が消し飛んだのだ。


「な――!?」


 これを人の手でやったっていうのか!?ただの人間が?


「生身でここまで出来る人間をアタシは片手で数えるほどしか知らないさね」


「ぐだってんじゃねぇぞ!!突っ込め!!!」


 壊れた穴から入っていくガゼイン。この隠し部屋もきっと分かりづらい入り口を作り隠しスイッチ等で開閉するようにしていたんだろうけど、こんな方法で突っ込むなんて……


「ッ、待ってすぐに行く!!」


「行かせると思うか?」


「なっ――」


 石粉が舞い視界が悪くなる中、目の前から知らない声が聞こえてきた。そして同時に、


「槍?いやこれは――、ぐっ!!」


 先が尖った銀閃が襲い掛かってくる。咄嗟に初魄で打ち払うが、これは槍じゃない!!


「俺の突きを避けたのはさすがだ。だがな!!」


 気合の入った声と共に払い上げた得物が僕へと振り下ろされる。これは斧!?


「避けろセツナ!!ぐぅっ――!?」


 背後から誰かに襟元を引っ張られて後方へと下がった瞬間ユーシアの大剣が目の前を通り過ぎる。

 大剣と斧がぶつかり合い、鈍い音と共に火花が散り場う。

 危なかった……今の一撃は刀なんかじゃ耐えれる重さじゃなかった。


「ちっ、ハルバード使いかよ。てめぇ、傭兵だな?」


「そういうお前は冒険者だろ。幾つもの戦場を渡り歩いた俺達に勝てると思ってるのか?」


「あぁ?人殺し専門の奴等に俺達が負けるとでも?おい、セツナここは俺が――」


「いや、僕がやるよ。ユーシアは当初の目的通りに動いて」


「……いけるのか?」


「うん。こいつは僕が相手にしないと駄目なんだ」


「セツナ……なら頼む。行くぞ、アリシア!!」


「負けないで下さいね」


「何悠長に話してやがる。三人先に抜かれちまったがこれ以上いかせると――っ!!」


 傭兵を名乗る男の言葉を遮り、初魄を振り下ろす。難なく男のハルバードに阻まれたわけだけど、僕の攻撃はここからだ!!


「はぁぁぁぁ!!盈月一華-二の型-…≪落月≫!!!」


 気を高めて剣圧と共に初魄へと力を込める。通常の刀では折れてしまいかねない無茶な攻撃だった。だけど、僕は妖刀≪初魄≫を信じる。だから、俺の剣技を全て受けて止めるんだ!!


「ぐぅっ……この少年なんて重圧を放ちやがる……」


「今だ!!」


「おうっ!」「こちらが終わったらすぐ戻ってきます!!」


 一瞬の隙をついて脇を潜り抜けるシルフィル兄妹。既にこのやり取りの前にガゼインとヴェネッサ、そしてリィナは先に中へと入り込んでいた。

 中からも複数の戦闘音が鳴り響いている。僕もこんなところでもたついている暇はないんだ。


「貴方が強い事は理解しています。だけど、僕もこんなところで止まっているわけにはいかないんだ!!」


「ハッ、いい殺気を放ちやがる。いいぜ、傭兵団――煉獄の烏≪インフェルノ・クロウ≫所属、ダルク=レイゲンがテメェを完膚なきまでに叩き潰してやる」


「≪悠久の調≫所属セツナ=シノノメ。参る!!」


 重厚なハルバードを意のままに操るダルクに妖刀≪初魄≫を構え直した僕は突っ込み、そして死闘が始まったのだった。


  ◆◆◆◆


 ガゼインと共に中へと入り込んだわたしは≪風爆≫の気配を探す。

 どうやらこの空間はかなり改造されているようだった。地下へと続く階段が先にあるようだった。


「シッ――!!」


 目の前でガゼインが敵を薙ぎ払うように戦っている。

 豪快に動き回るガゼイン。表で戦っているセツナの相手とは別に傭兵所属の人物もいたけど、ガゼインの相手ではなかったみたいだった。

 振り下ろされた剣を拳で叩き折り、そのまま相手の顔面を掴み壁へと叩きつける。

 そして、同時に隣にいた別の男の胴体へと内臓が飛び出るほどの蹴りを入れていた。

 まさに全身凶器。わたしやヴェネッサが手助けする必要もなくこのフロアにいた敵はその数を減らしつつあった。

 ここはもう大丈夫。背後からユーシアやアリシアの足音も聞こえてくる。セツナなら傭兵なんかに負けはしない。だから、わたしは≪風爆≫と決着をつけるためにも先に進む。


「……来て――≪風翠≫」


 この先からまだ微かにエンリィの……≪風翠≫の気配がする。瘴気に侵されながらも耐え続けたんだ。≪風爆≫は、エリザ=アーシュライトはまだこの先にいる!!


「……こんな薄暗いところに逃げるだなんて、貴女の方こそ豚さんみたいだね?」


「なんでここにいるのよ……アタシが豚ですって?ふざけないで、ふざけないでちょうだい!!!」


 やっぱり挑発に乗りやすい。こんなのがわたしの腹違いの姉だなんて。


「……もう逃がさない。貴女のことも、そして偽りの風の王も全てわたしと風の女王が決着をつける!!」


「もう逃がさないですって?あはぁ……真なる風の神たるアタシに何て物言いなのかしらぁ。もう命乞いしようと豚の様に泣き叫ぼうと許さない……狂い吹きなさい≪狂風≫!!」


 周囲に風が吹き荒れる。壁に掛けられていたランプの火が消えていく。最初からエリアの風は瘴気に塗れていた。

 風の精霊を喰らい尽くして王になった存在だ。最初から混沌に侵されていたんだろう。


「……お願い≪風翠≫!風の精霊≪シルフィード≫の名の元に―舞い風の如く踊れ 清風の如く清め給え 穢れを払い給え―ピュリフィカシオン・ブリーズ。この近くに人質はいるはず。皆今のうちに早く!!」


 瘴気の影響を下げる。同時に背後からヴェネッサとアリシア達がバラバラに動き出す。


「もう知らない。この街で行われる素敵な出来事を見たかったけれど、いいわぁ。この街ごと全て壊してあげる」


 エリザの手元に何かを顕現させていた。風を仰ぐような形をしているけど、あれが≪狂風≫の武器なんだろうか?

 エリザがそれを仰ぐ様に舞い始める。


「あはぁ。無知なアナタにも教えてあげるわぁ。これは扇。風を自由に舞わすことが出来るアタシだけの神剣。アナタのような風を穿つ紛い物とは違うのよぉ?」


「……ッ!!」


 嫌な予感がしたわたしはエリザに向かって≪風翠≫の槍を突き入れた。だが、それと同時にエリザの周囲から初めて出会った時と同じように風が渦巻き始める。

 天井が壊れる!!


「……風の女王≪エンリィ=レイラント≫が命じる――……」


 出し惜しみしている暇なんてない。わたしは全てを掴みとるんだ。だから今貴女なんかに負けるわけにはいかない!!


「古代魔法ですって?あはぁ。こんなところでそんなもの放てばそれこそアナタの仲間も、助けようとしている豚達も皆死んじゃうわよぉ?」


「……風の理 精霊≪シルフィード≫の力よここに――其の力は我と共に……」


 これは古代魔法なんかじゃない。エンリィと心を通わせたからこそ使えるわたしだけの特異。


「風が集まっていくですって――!?」


 目を見開いて驚くエリザ。そう、わたしは今風と一つになりつつあった。自分自身が≪風翠≫になったような感覚。


「五行麗乱の風の如く、為ればこそ――我に翡翠の輝きを与え給え!!」


 全身から翡翠の輝きを放ちだす。そして同時にわたしの心の内に一つの声が聞こえだす。


『有難うリィナ。アタシを呼んでくれて』


 今わたしは風の女王と、そして風の精霊と一つになっていた。

 宝煌神剣そのものをその身に宿らせる秘儀。


「……大気よ風と成りて穢れを払い尽くせ!!」


「な、アタシの風が!?」


 わたしの掛け声と共に周囲に渦巻いていた瘴気の風が掻き消える。


「……遅いよ」


「え……ぁ、ああああああああ!!!??!!?!」


 今わたしは風だった。風が吹き抜けるようにエリザの目の前へと移動し大気を操り翡翠の槍を作りだし、エリザのお腹へと突き入れる。


「……もう貴女なんかに何もさせない。させるものかっ」


「あ、ああああああ……なんでよ……なんで、アナタは生きてるのよ。父様を……アーシュライトを堕落させた諸悪の権限が!!!あの使用人と同じでアタシに殺されていればいい物を!!」


「……何を言っているの」


 今この女は何と言った?あの使用人?


「何も知らないアナタに教えてあげるわぁ。アナタの母親はね、アタシが殺したのよ。父様を誘惑した薄汚い雌豚の癖に言い寄るんだもの。あはぁ」


 アタシガコロシタ……

 母はわたしを産んでそのまま死んだのではなかった?え……


『リィナ!!しっかりしてよ!!ねぇ――!!』


 エンリィの声が聞こえる。けど、今のわたしに他の事を考える余裕はなかった。


「使用人の分際で父様と交わるだなんて許されることではないわよねぇ。だからアタシはあの女がアナタを産んだその夜に毒を飲ませたのよ?弱っていた体にはとぉっても効いてくれて嬉しかったわぁ。一つ残念なのは苦しまずに死んじゃったことかしらぁ」


「……許さない」


『負の感情に負けないで!!リィナってば!!』


 お母さんを殺した人物が目の前にいる。わたしにリィナという名前だけしか残せなかったお母さんの仇が今目の前にいるんだ!!


「あはぁ。いいわぁ……アナタのそれが何なのかわからないけど、アナタがどんどん穢れていく感覚を感じるわぁ。ゾクゾクしすぎてイっちゃいそうよ、アタシ」


『幸せになるんじゃないの?憎しみで殺してリィナは幸せになれるって言うの!?』


 うるさいっ。わたしは、わたしは――!!


「リィナ!!!」


 その時、後ろから声が聞こえた。わたしを一人にしないと言ってくれた人。その人のことを考えると胸が熱くなる。


「……セツナ…?」


 振り返ると革鎧がボロボロになったセツナがいた。わたしの中に渦巻いていた負の感情が薄くなっていく。今わたしは何を考えてた……?エンリィの叫び声も無視してわたしは……


  ◆◆◆◆


 時は少し遡る。

 地下水路全体が突然地響きと共に揺れ始めていることに気付いた。

 振り下ろされるハルバードをバックステップで回避するも、揺れに足を取られかけてしまった。そのせいで着込んでいた革鎧がハルバードの先端の槍に引き裂かれてしまう。


「これは……」


「どうやらあの女が暴れているようだな」


 あの女……エリザか!!ということは予定通りリィナはエリザと戦闘を開始したということだ。

 この場所の地上側は商会の人達が避難誘導して封鎖してもらっているとはいえ、そう易々と壊されるわけにはいかない。

 早く行かないと…。こんなところでグズグズしている暇はないんだ!!


「どいてくれ……。アンタは何でこんなことに手を貸してるんだよ!!」


「あ?んなもん金になるからに決まってんだろ。金と酒と女。それだけあれば俺達は生きていけるのさ。それが提供されるんならどんな悪党でも俺は手を貸すね」


 ダルクはそれが当たり前のように話していた。

 そっか……。


「聞いた僕が馬鹿だった。やっぱり僕は心のどこかじゃ根っからの悪人はいないんだと思ってた」


 妖刀≪初魄≫を鞘に納める。


「はぁ?何言ってんだテメェ。得物も仕舞って何がしたいんだ?」


「きっと気づかないうちに心がブレーキをかけていたんだよな。だけど、もういいよね……来い≪宵闇≫!!」


 これは僕の覚悟。ガゼインに言われた人を殺す覚悟。そして業を背負う重さを……


「なんだその圧力は……その黒い刀どこから出したって言うんだよ!!」


「お前の相手をしている暇はないんだ。だから――ここで眠ってくれ!!」


 腰を低くしてダルクへと駆け寄る。僕の斬撃をハルバードを盾にして受け止めてくる。だけど、自分の娯楽の為に戦っているお前なんかに僕の覚悟を止められてたまるものか!!


「≪宵闇≫!!汝の力を我に与え給え!!星の力場を 超重獄をここに!!!」


 柄へと力を込める。闇を吸い込み重力場を刀身そのものに張り巡らしていく。


ビキッ――


「なっ!?俺のハルバードに罅だと――」


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」


「ま、待て。俺の負けでいい!!この街にはもう手を出すのを止めるから……頼む!!」


 焦り出すダルクの命乞いとも呼べる声。だけど、僕は――


「お前はそうして助けを乞う人々を戦場とやらで殺し続けたんだじゃないのか?お前だけが助かると思うなっ!!」


 その瞬間、ダルクの持っていたハルバードは粉々に砕け散った。

 そのまま僕は≪宵闇≫を振り下ろす。飛び散った血しぶきが顔にかかる。


「はぁ、はぁ……」


 倒れ込んだダルクの体から血が溢れだす。僕はこの手で初めて人を殺したのか……


「心配することなかったみたいだな」


「ガゼイン……」


「お前が今思っているその気持ち忘れるんじゃねぇぞ。人を殺す勇気は必要だ。だがな、そのことに決して慣れるんじゃねぇぞ。人としてお前は生きろ」


 戻ってきたガゼインが煙草を蒸かしながら戻ってくる。中はひどい惨状だった。これをガゼイン一人でやったというのだろうか。


「お前が相手してたやつが一番の手練れだったみたいだから気にするなよ?」


「そっか……」


「それよりも下が騒がしい。急ぐぞ」


「っ――」


 そうだった。今もリィナがエリザと相立っているはずなんだ。駆け出すガゼインと共に走り出そうとしたその時、内から焦った事で聞こえてきたのだった。


『急いで刹那!!リィナが危ないの!!』


「アーリャ?」


 内から突然アーリャの悲痛とも取れる叫び声が響き渡った。

 アーリャは言った。今のリィナはエンリィの声が届かないほど負の感情に囚われてしまっていることに。

 遺跡でアッシュにアリシアが刺されてしまった時の僕と同じ負の感情に囚われているとのことだった。


『負の感情は瘴気を呼び起こす。それは混沌と同化するようなもの。お願い……私の妹を助けて――!!』


 何事だと振り返っていたガゼインを手で払い僕は駆けだした。

 リィナの身に何が起こっている?急げ……僕は階段を転がり落ちる様に駆け降りる。そして、


「リィナ!!!」


 翡翠色に輝くリィナの姿を見つけた僕は叫んだ。

 今リィナが何を思っているのか分からない。けど、彼女を一人にすることなんて出来はしないのだから!!

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