第42話 -守りたい理由-

 リィナの元に辿り着いた時、そこは異様な状況だった。

 腹部から溢れ出る血流を無視し笑い続けるエリザと翡翠色のオーラを迸らせているリィナ。

 一見してリィナの方が優勢の様にも見えるがリィナの様子は明らかにおかしかった。

 僕の叫び声に振り返ったその眼は濁り、憎しみを抱いていたのだ。


「……セツナ……。邪魔しないで」


「何があったって言うんだよ!?リィナ!!ッ――」


 リィナに近寄ろうとするも周囲に渦巻く翡翠色の風が拒絶するかの様に吹き荒れる。

 この短時間に何が起きたって言うんだよ。


「リィナに何をしたんだ。笑ってないで答えろよ!!」


「あはぁ?ただ真実を告げただけなのよぉ。母親を殺したのはアタシだってね。アナタも邪魔しないでくれるかしらぁ?今ものすごぉくおもしろくなってきた所なのだからぁ!!」


「な……に――!?」


 エリザがリィナの母親を殺しただと?

 リィナの周囲に渦巻く翡翠色の風が感情に比例するかの如く強まる。そして同時にエリザも負けじと瘴気を含んだ風を撒き散らす。


「……許さない。貴女だけはわたしが――!!」


 既にリィナには僕の存在すら消え去ろうとしていた。


「おいセツナ。あのままだと堕ちるぞ」


 少し遅れてやってきたガゼインはリィナを一目見るだけで理解していた。


「あれは常人が持っていい感情じゃねぇ。どうするつもりだ?お前の身に余るなら今すぐに俺が≪風姫≫の意識を断つのも構わんが?」


「なっ――!?」


 目の前で吹き荒れる暴風の中に割って入る!?神剣使いでもない只の一般人が出来る訳がない。だが、ガゼインの言葉は虚言ではなく真実だった。

 この男は自分に出来ないことは言わない。実行に移せば確実にリィナを抑えることが出来る。リィナ達から感じる圧力とは別の威圧感がガゼインから漂ってきていた。

 彼はこう言っているのだ。

 テメェの感情だけでこの街に被害を及ぼすつもりなら俺が片す――と。


「僕がリィナを止めればいいんだな?」


「出来るのか?」


「………」


 リィナは今苦しんでいる。風の女王――エンリィの声が届かない程に。

 僕は止めなければいけない。何故か?

 リィナは仲間だ。僕を助けてくれた恩人であり戦友だ。ただそれだけなのだろうか。

 リィナは同じ宝煌神剣の使い手だ。僕が知る限り他に神剣使いは2人知っている。いや、遺跡でアッシュの元に現れた白装束の少女――確かナギサだとか呼ばれていたが、その人物からも同類の匂いを感じたんだ。そうなると僕とリィナ以外で神剣使いはアッシュにナギサ、そしてエリザがいる。しかし、リィナ以外全員がこちらと敵対している状況だ。宝煌神剣の使い手として共に共感できる人物はリィナだけだった。だから、僕は止めたいのか?

 違うんだ。僕は……アーリャがエンリィを妹の様に接していたのと同じでリィナを守りたいんだ。僕以上に人から愛されることを知らない女の子を。アリシアは言ったチームとは家族なのだと。一人の家族として。一人の女の子として僕は守らなければいけないんだ。妹を止められない兄がどこにいるんだ!!


「ハッ、言葉はもういらねぇよ。安心したぜ。気合入れろよセツナ」


 バシンと地下空間に響く。僕の背中を叩いたガゼインの歩き去る音が聞こえる。人質の救出に行ったのだろう。


「臆してなんていられないよな。なぁ、リィナ」


 一歩一歩確実に歩き出す。鬩ぎ合う二つの風が邪魔をするなと襲い掛かってくる。だけど、知ったことか。

 憎悪の感情で≪宵闇≫を取ろうとした時に止めてくれたアーリャ。次は僕の番だ。


「リィナ。君は復讐するためにここに来たのか?」


「…………」


「あはぁ。無駄よ?アナタなんかの言葉聞こえるはずないわぁ」


 風の刃が拒む様に切り刻んでくる。次々に身体に傷が出来ていく。だが僕は進むのを止めない。

 リィナの身は何時しか翡翠色に混じり微かに瘴気が混じり始めていたのだ。

 混沌は負の感情を好む。飲まれたら最後、最悪あの時のリクゼンの様に悪意を振りまく存在と化する。

 それだけは絶対にさせるわけにはいかないんだ。


 二人とも力を貸してくれ!!


 ≪宵闇≫を掲げ力を込めていく。刃先をリィネへと向ける。


「もしかして瘴気に飲まれるぐらいなら自分の手でとか思ってるクチなのかしらぁ?アナタが殺してくれるのならアタシとしては大歓迎なのよぉ」


「………」


 意識を集中していく。殺気は込めない。これは殺すための太刀ではないのだから。

 リィナは未だ憎悪を込めてエリザへと力を振りまいている。敵意を感じない僕は眼中にもないのだ。

 ならばそこを逆手に取ってやる。

 ≪宵闇≫の力を刀身に纏わせる。重力の極致――ブラックホールは全てを飲み込む。ならばこの刀に斬り裂けないモノ等あるはずがないのだ。

 きっとリィナが放つ神性すら感じる翡翠色のオーラはエンリィと同化した結果なのだろう。

 心の中で謝る。今から僕はリィナとエンリィの力の結晶毎斬り払うのだから。


「リィナ。君には憎悪なんて似合わない。だから、僕は君を斬り裂く!!盈月一華-五の型-…宵の系譜≪朧月・朔夜≫!!!」


「……ぇ――」


「あはぁ!本当に斬り裂くだなんて、素敵……素敵だわぁ!!!」


 リィナが僕の間合いに入った瞬間、上段に構えた≪宵闇≫の刀を一刀の下振り下ろす。気配に気づいたリィナが僕を見て目を見開くのと同時だった。

 リィナが纏っていた翡翠色のオーラと瘴気が軌跡として残った斬撃を中心に霧散していった。

 その光景を見た者は誰もが僕がリィナを斬った様に見えただろう。エリザの口元が更に弧を描き歪になっていた。

 だが、


「……セツ、ナ…?」


 何が起こったのか理解できていないリィナが玩具を無くしたような不安な顔で見上げてくる。

 リィナの身体には僕がつけた傷は唯一つとしてなかった。

 この剣技は姿無き物体を斬る。月と惑星、そして太陽が一直線に並んだ時に姿を現す悪しき存在を引きずり出し消し飛ばす。だから僕はリィナを斬ったのではなく、リィナの内に入り込もうとする瘴気を≪風翠≫の力ごと斬り払ったのだった。


「リィナっ!!」


 手元から≪宵闇≫を消し去り、茫然とするリィナを抱きしめる。指先に震えが伝わってくる。


「自分一人で抱え込むなって言っただろ!リィナがあいつを憎むことを僕は否定しない。だけど、お願いだから心を閉ざさないでくれ!!」


「……ごめんなさい」


 リィナの瞳は既に正常に戻っていた。


「何なのよ……なにくっさい茶番をやっているのよぉ!!いいところだったのに、あと少しでイけそうだったっていうのに!!!アナタ本当に何なのよ!!」


「僕は――リィナの家族だ。兄が妹を想って何が悪いっていうんだ」


「……ぁ」


「家族ですって?許さない……絶対に許さないわ……アナタのせいでアーシュライト家が狂ったっていうのにアナタだけが家族を手にするだなんて許せるわけがないのよ!!!」


 エリザの雰囲気が変わった。

 既にエリザが混沌に侵されているのは知っていた。だが、この状況は何なんだ?

 地下水路全体が悲鳴を上げるように揺れ始める。そして同時にエリザの全身から瘴気を漂わせ始める。それはまさに瘴気化した魔物と同じであった。


「ユルサナイ……アナタタチモ父様トオナジヨウニナッテシマエバイイ……」


「……父様…?」


「な、何が起きてるって言うんだ!?」


 エリザの言葉に何か別の意志を感じられたその時、背後から異変を感じ取った仲間たちが戻ってきた。

 そこには怯えた表情でエリザを見つめる人質達の姿もあった。


「皆!人質は全員救出できたのか!?」


「はい!このフロアにいる人たちは全員ここにいます!ですが……」


 アリシアの表情が陰る。全員救出したのなら急いで脱出すべきこの状況でまだ何かあると言うのか?


「少年、よく聞きな。このフロアに囚われていた中にはいなかったんだよ。君達が一番探す必要がある第四王女の姿はどこにも」


「な――!?」


 ここは敵の隠れアジトじゃなかったのか!?


「全テ滅ビ去レバイイノヨ……アハァ……」


「ひっ――!?」「化け物……」


 その姿は既に人とは呼べる者ではなかった。瘴気に侵された風の中心に聳え立つ一匹の魔物……


「崩れるぞ!!今すぐ逃げろ!!!」


 それは誰の言葉だったか。恐怖心に駆られた人質達が地上に向かって走り出す。


「ユーシア、アリシア!!地上まで全員を誘導して逃がしてくれ!!!」


「わ、分かった。だけどお前はどうするんだよ!!」


「僕達もすぐ後を追いかける。ここで戦うには場所が悪すぎる!!」


「なら急ぐぞ、アリシア!!」


「待ってください!水の精霊≪ウィンディア≫の名の元に―慈愛の精霊よ 傷つきし者へと癒しの光を―ヒール・ウォーター!!」


 崩落が始まった地下水路の中にアリシアの詠唱が響き渡る。


「無理はしないで下さいね。セツナさんも自分を顧みずにいつも動いちゃうんですから」


「有難う……うん、僕もすぐ後を追うよ」


「絶対ですからね」


 僕とリィナ以外はアリシアが最後だった。

 ガゼインとヴェネッサは既に動き出した後だった。


「さて……」


「……ん」


 この元凶へと眼を向ける。

 その姿は遺跡で見た瘴気に飲まれたリクゼンに似ていた。

 リクゼンの時は獣の様な姿だった。人としての部位は既にどこにもない。

 まさに悪魔――背から翼が生え、背丈も既に人の身ではない程膨らんでいたのだ。


『チカラガアフレルワァ……愚風ノ存在ヲ踏ミツブス為ニモ……ソシテ、アタシヲ受ケ入レナイ世界ニ裁キノ暴風ヲ!!≪狂風≫ヨ、アタシニモットチカラヲチョウダイ!!!』


 本格的に崩落が始まり、天井の隙間から陽の光が差し込んでくるのが見えた。


「リィナ、ぶち破れ!!」


「……ん!穿て穿て穿て――飄風よ暴風となりて全てを抉れ、全てを穿ち尽くせ!!!ゼフィロス・ストリーム!!」


 僕の合図とともにリィナの手元に≪風翠≫の槍が現れる。

 遺跡で見たリィナの神剣技だったが、あの時よりも更に鋭利に、より神々しく輝きだす。そして渾身の力で放った!!

 狙いはエリザじゃない。崩落していた上部へと。空高くに消えていくようにリィナの一撃が瓦礫を飲み込んでいく。

 一部にぽっかりと地上へと続く穴が出来上がった。よし、今だ!!


「≪宵闇≫よ頼む!!地へと沈め――圧礫を生み、混沌なる存在を墜とし給え――ダムド・グラビドン!!」


 エリザの頭上へと小さな黒い球体が生まれる。

 瘴気と化したエリザがその球体を見上げた瞬間暴虐なまでの重圧が襲い出した。


『ガ!?ア、アアアアアアアアアアア!!!!?!!?!?!』


 エリザを中心に重力場が暴れ出した。翼が折れ、身体ごとへし折らんと地へと潰し始める。


「リィナ!!」


「……ん。風の精霊≪シルフィード≫の名の元に―大地の縛り無く 空を駆けよ 其は風 汝に羽ばたく翼を―エアライド・ウォーク」


 潰れるエリザを横眼に身体が軽くなった僕達は崩れ去った瓦礫を足場に地上へと駆け上がる。

 実際に空を飛べる程の軽さではないが、この調子なら数十秒で地上へと出られるはずだ!!

 暫く暗い場所にいたせいか陽の光に目が眩む。片手で太陽の光を遮りながら何とか僕達は地上へと上がることが出来た。


 慣れてきた目で周囲を見回す。僕達がいる地点を中心に数百メートルはひどい有様となっていた。

 事前に商会のメンバーが避難誘導してくれていたおかげで人的被害は最小限に抑えることが出来たが、家屋は幾つも崩壊している状況だった。


「ひどいなこれは……」


「……ごめんなさい。わたしのせいでもあると思う」


「いや、リィナのせいじゃ……」


「セツナ!!!」


 後方より僕を呼ぶ声が聞こえる。振り返るとユーシアが叫びながら走ってくる姿だった。後ろにはアリシアの姿や人質だった人達を保護する様子も見えた。

 どうやらあっちも無事脱出することができたみたいだな。しかし、何やら様子がおかしい。


「魔物が――!!外からと地下から急にこの街目掛けて多数動き出したって情報が来たんだよ!!!群れの中には瘴気化した奴等が多数いるんだよ!!!」


「な――!?」


 魔物が急に!?いや待て……さっきエリザは何と言っていた。


アナタタチモ父様トオナジヨウニナッテシマエバイイ……――


 アーシュライト家は魔物の襲撃で滅んだとリィナは言っていた。もしそれが偶然魔物に襲われたのではなく、意図的な出来事だとしたら……


「っ、まずい――!!」


「……セツナ、もしかして……」


 僕達が気づいたその時だった。


『アハァ。ニゲチャウナンテヒドイジャナイノ……デモォ、ニゲミチナンテドコニモナインダケレドォ!!アハハハハハハハ!!!!』


 僕達が這いあがった穴の中から黒い物体が空へと飛びあがってきた。

 何者かなんて分かっている。あの重圧からこうも簡単に逃げ出すとは……


「魔物の騒動も何もかもお前の仕業か……エリザ=アーシュライト!!!」


 空に浮かぶ瘴気化した悪魔は嘲笑した笑みを浮かべる。

 身体から無数に放ち続ける瘴気が僕に対する答えだったのだった。

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