第35話 -妖刀-

 吸い込まれるような美しさ。

 白縹色に輝く刀身は刃毀れ一つなくその輝きを如何なく発揮していた。

 誰もが見ても理解できる。この刀が聖剣や魔剣に匹敵する業物であることを。


「どうして、この刀を僕に……」


 そんなこと分かっていた。ユーシアがガゼインに頼み込んだのだ。

 でも、何故このタイミングで?


「んーなんだ……セツナの戦いを見ていて思ったんだが、お前……無理して戦ってただろ?」


「え――」


 これまでの僕を支えてくれた武器――ラクシア村で買ってもらった片手剣。マルク鉱石が使われたこの世界では使い手が一番多い両刃の剣だ。

 村で一番の剣だったこともあり、瘴気化したキマイラドラゴンを相手にした時も僕の盈月一華の剣技を限界まで受け止めてくれることが出来た。

 正直、あの場でこの剣が耐えてくれなかったら今ここに僕はきっといないことだろう。

 その剣も今はスライム型魔物の溶解液により損傷した状態となっているのだけれど。不甲斐ない僕の為にごめんなさい……


 だが、やはり剣を振るう度に違和感は拭えないでいた。

 元の世界で爺さんから盈月一華を習っていた時は基本木刀を使っていた。いわゆる剣道としての竹刀ではなく、だ。

 もしも、竹刀で修練していたとしたらきっとそこまで違和感なく片手剣を使うことが出来ていたのかもしれない。

 木刀は元より日本刀を模した製品だ。日本刀は反りのある片刃の刀剣だ。これが両刃を主体とした所謂西洋剣とは全くの別物と言えることだった。

 また、片手剣は斬るという行為ではなく叩き斬るというのが正直正しい。技術ではなく腕力を主体とした武器なのだ。

 そのことに僕は今まで表には出さなかったがずっと苦慮していたのは確かだ。

 刀はまさにその逆で腕力ではなく技術主体で斬るという概念に特化した武器だ。

 だからこそ、僕は剣道としてではなく剣術として。竹刀ではなく木刀で盈月一華を習ってきた。


「俺は未だ名を馳せることの出来ていない冒険者だが、戦いの場に足を踏み入れてもう10年は経ってるんだぜ。お前が戦うとき、そして剣技を使うとき。変に力が入っていることには気づいていた。それはお前の動きに武器が合っていなかったせいなんだろ」


「……ユーシアも気づいてたんだ」


「ハハ、リィナ程洞察力は高くはないがな。そのぐらい分かるさ。ただ、種明かしすることもあるんだけどな」


「種明かしって?」


「セツナが使う神剣――≪宵闇≫は刀だったよな。お前があの時あれを使ってアシュベルと戦っているのを見た時、思ったんだよ。明らかに次元が違うと――な」


 ユーシアが言うことは確かに事実だった。

 ≪宵闇≫の象徴とも言える漆黒の刀。その力に目覚めたあの時、僕は本来の動きで……いや、これまで以上の力で戦うことが出来たんだ。

 もちろん神剣としての力のおかげだったことが多々あるのも事実だ。けれど、僕の半身とも言える前世としてのラグザの想いが具現したと言っても過言ではない≪宵闇≫の刀は僕の手にすんなり馴染み、そして盈月一華として培ってきた技術全てを意識せずとも使うことが出来ていたのだ。

 正直あの遺跡でアッシュと、そして終焉の獣とも言える終焉の混沌≪カオス=フィーネ≫の残り香であるカオス=フィーネ=プロフーモと真面に戦うことが出来たのは≪宵闇≫のおかげだった。


 やっぱり僕には刀が必要だったのだ。

 だからこそ神剣に迫るほどの性能を秘めた刀を手渡されたのはびっくりした。実際今まさに手に持つ刀の重さに震えが止まらないのだ。こんなの爺さんから初めて真剣を持たせてもらった時以来だ。


「本当に綺麗ですね……」


「うん。アリシアの髪の色と同じでとっても綺麗だ」


「え?私と同じ……?ぁ――ッッ!!」


「セツナも言うねぇ……ていうか、アリシアを褒めてんのか刀の感想なのか分からん発言だな」


「……天然ジゴロ」


「え。いや、違う違う!僕はアリシアの髪と同じ白縹色に輝く刀が綺麗と感じたんだよ!」


「だから、それがアリシアのことも褒めてるんだってこと気づけよ」


 呆れた表情のユーシアとリィナ。あれ、刀のことだよね?アリシアの髪も当然綺麗だと思うけれど、あれー……


「と、とりあえず!この刀を本当に僕なんかにいいんですか?」


「妖刀≪初魄≫な。もちろんお前の為に用意したんだぜ。大事にしてくれや」


「妖刀≪初魄≫……」


 鞘をテーブルに置き、僕はその刀――妖刀≪初魄≫を構える。

 ≪宵闇≫の時とも違うその感触。けれど、これ以上ない程に手に馴染む。思いっきり振ってみたい。盈月一華の剣技を使ってみたい。


「ハハッ、男だな。だがな、セツナ……ソレを渡すには条件がある」


「条件、か。こんなすごい業物だもんね。……教えてください。僕に出来ることなら」


「そう気構えんな。俺からの条件はただ一つ。その妖刀とお前自身の力でこの街に迫る悪意を斬り滅ぼせ。これはお願いじゃねぇ、何が何でもだ」


 ガゼインの眼つきが変わった。その瞳は言葉以上に物語っていたのだ。迫り来る敵は全て斬り滅ぼせ――と。

 ガゼインの気持ちに引っ張られて僕は鞘を力強く握る。

 その時、構えた妖刀≪初魄≫が微かな異変を起こしたのだ。


「あれ、少し寒くなった気が……」


「む。アリシアの気のせいじゃねぇか?――いや、本当だな。って、おいセツナお前それ……」


「え?ッ――!?」


 妖刀≪初魄≫が青白く発光していたのだ。そして同時に周りに白い靄が発生していることに気付く。

 これは……冷気だ。≪初魄≫から妖気のように冷気が止めどめ無く溢れていたのだ。


「セツナ、お前何かしたのか!?どんどん寒くなっているぞ!」


「いや、僕にもさっぱりだよ!?≪初魄≫の特性か何かじゃないの!?」


 話している間にもどんどん周りの温度が下がっていく。既に肌寒くなってきていた為、妖刀≪初魄≫そのものが原因ではないのかとガゼインの方を振り向くと、ガゼイン自身も目を見開いていたのだ。


「セツナに渡した妖刀は確かに名品だが、こんなことが出来るってのは聞いたことがないぞ」


「なら、どうして……」


「……もしかして」


 リィナが何かに気付いたようだった。


「……気を落ち着かせて。きっとこの冷気はセツナの力によるもののはず」


「僕の?分かった……」


 リィナに言われるがままに身体の力を抜き気を緩める。

 すると、同時に青白く発光していた刀身が元の白縹色に輝きに戻り、そして周囲に漂う冷たさも収まったのだ。


「収まったのか?」


「そうみたいだな。何が起こったんだ?≪風姫≫の嬢ちゃんは何か知ってるみたいだが」


「…………」


 ガゼインの問いかけにも微動だにせず僕をジッと見続けるリィナ。

 僕自身、今起きたことに驚きを隠せずにいた。僕から溢れる力?しかも冷気……それってもしかして……


 アーリャ=アナスタシア――


 ラグザと共に僕の内に眠る彼女の力に違いなかった。ラグザと同じく精霊と契約し昇華した王の一人で氷の女王だったアーリャ。

 けれど、僕はアーリャの力を自分の意志で使うことが出来ていない。そもそも、過去使ったのもアーリャ自身の力を借りてアリシア達を助けたあの古代魔法だけだ。

 だが今起きた現象はリィナの言うとおり僕の力だ。力を緩めて気づいた。これはアーリャの氷の女王としての力だった。でも、何で急に……


「まぁ、見てる限り小僧にも分からない事実がまだ小僧の中にありそうだな」


 あ、セツナから小僧の呼称に戻った。きっとガゼインは自分が認めた人物しかはっきりと名で呼ばないんだろうな。


「ガゼインの言うとおりかな。すみません、騒がしくしちゃって」


「何にも支障出てないし、気にすんな。とりあえず話がぶった切れちまったが、俺が言いたいことはこの街を守ってくれってことだ。そして第四王女を救い出せ。必ずな」


「分かった。絶対に遂行するよ。そしてこの刀大切にするよ有難うガゼイン」


「おう。その片手剣みたくすんじゃねぇぞ」


「ぐぅ……」


 見抜かれていた。腰に添えた剣が既に使い物にならないことに。


「ん、話は終わったかい?」


 と、暫く紅茶を優雅に飲み続けていたヴェネッサが口を挟んできた。

 冷気が溢れて周囲が騒がしくなっている間もずっと我関せずを貫いていた様子。


「そういや、ガゼインは何故ここに俺達がいることが分かったんだ?」


「ん?あぁ、そりゃ簡単だ。ここは情報のやり取りを行うには最適な場所だからな。お、マスターさんきゅ」


 場に落ち着きが戻った僕達は各々席に座り込む。僕も≪初魄≫を鞘に納めて椅子へと座る。

 同じくガジエンが空いていた椅子を引いて座り込むと、タイミングを見計らってたのかマスターが現れガゼインの元にもティーカップを置き、既に空になりかけていたティーポットと新たに紅茶を入れ直したであろうティーポットを入れ替えてきた。ヴェネッサだけじゃなくマスターも先ほどの騒ぎには関与していなかった。本当に店に影響が出ていたら止めていただろうけど、基本的に客の情報は聞かないように徹底しているのだろう。僕の勝手な想像だけど、出来た人だと思う。

 再度全員のカップへと湯気が立ち昇る紅茶を注ぎまわるとマスターは特に何も喋らずにそのまま下がっていった。

 冷えてしまった身体にサクティの風味が温かさと共に広がっていくのを感じる。

 そこで、ふと横眼でガゼインを見ると、彼も片手にも関わらず器用に飲んでいたのだった。正直隻腕だと不便なことが多いと思うのに、そう感じさせないところがすごいと思う。


「ふぅ、あったかいです。そういえば思ったんですけど、私達がこの時間にここに来るって決まってたわけじゃないですよね。なのにセツナさんに刀を渡すためだけにここに来たんですか?」


「あぁ、嬢ちゃん。それはちょっと違うぞ」


「え、でも私達がいなかったらそれこそ無駄足だったんじゃ……」


「お前達がヴェネッサと会っていようといまいとコイツはこの時間にここにいたと思うぜ」


 あれ、ガゼインの言っていることが分からなかった。どういうことだ?


「分かってないって顔してるね。君等に言ったじゃないか。アタシは最初から君等の後ろを尾いていっていたと」


「あぁ、確かにそう言ってたな」


「つまりこういうことさ。君等がアタシの暗号に気付かなかったり、魔物に苦戦したり無策で奴等に突っ込んでた場合はアタシは君等を見限っていた。その場合はきっと今頃アタシはここで一人紅茶を飲んでいただろうさ。そうなっていたらガゼインが少年に渡した妖刀は予定通り今回のエルガンド祭の目玉商品の一つになっていただろうさね」


「そういうこと、か……」


 要はこの邂逅は仕組まれていたってことだ。昨日ガゼインが依頼した時から……いや、僕達が彼等の御目に適った時からだろう。最初から彼等は僕達を試していたのだ。この街を救うに値する人物であるのかを。


「……用意周到」


「だが、勘や適当に決められるよりマシだろ?実際お前達はお前等が思うがままに行動し、それが俺達には信じれるに値できると判断できたんだからよ」


「まぁな」


 本当喰えない人物だ。ガゼインもヴェネッサも。この街の表と裏をそれぞれ動かしてきたのだろう。僕には到底真似できない周到さだった。


「けどねぇ、ガゼイン」


「ん、どうした?」


「まだ何か話してないことがあるんじゃないのかい?それも良くない話が」


「…………」


 良くない話?ヴェネッサの言葉と同時に黙り込むガゼイン。場の雰囲気が一段階重くなった感じがした。


「外からの情報なんだがな。このエルガンドの周囲の魔物に異変が起きているらしい」


「魔物に?それってどういうことなのさ」


「今朝方だ。この街にある冒険者ギルドに所属する奴等が大怪我をして戻ってきたんだよ」


「大怪我?だが、それ自体は珍しいことでもないんじゃないのかね。大方引き際を間違えたとかさ」


「一人二人なら俺もそう思うさ。だがな、それが二桁を超える程の人数だったらどうする?しかもB~Aランクのチームがだ」


「「「なっ――!?」」」


 二桁って十人以上ってことだよね。しかも僕達のチーム≪悠久の調≫以上のランクのチームの人達がだ。


「アタシのところには大型討伐をするだなんて情報来ていないが……何が起きた?」


 ガゼインの言う異変というものに気付いたらしい。ヴェネッサの眼つきと口調が変化した。


「……不明だ。そもそも街の周囲にそんな複数で討伐する魔物は出現していなかったはずだ」


「それならどうして……」


「今回怪我で戻ってきた奴等は全部で5チーム。チームは各々別々に行動していたそうだ。実際に北と南に分かれる門から別々に戻ってきたわけだしな」


「なら偶々怪我した冒険者が同時に戻って来たって言うのか?」


「いや、そういうわけでもないんだよこれが」


 どういうことだ?ガゼイン曰く各チームは別々の依頼を受けて別の場所に赴いていたということだ。それらが何故同時に大怪我をして戻ってきたんだ?


「既に知っている前提で話すぜ。意識のある奴等は口々にこう言ってたのさ『黒いオーラを纏う魔物に襲われた』とな」


「――!!」


 無意識にテーブルに手をついて立ち上がってしまった。カップに残った紅茶がゆらゆら揺れる。

 黒いオーラーを纏う魔物だと?間違いない……


「瘴気化した魔物が出現したんですか。しかも至る所に」


「やはり知っていたな。その通りだ。しかもそれだけじゃない。他にも次々に同様の魔物を見たって目撃情報が集まってんだよ。この街を中心に東西南北すべての方向からな」


「キナ臭いさね。ガゼインもそう思ったからアタシ達に話してるんじゃないのかい?」


「あぁ。これは偶然じゃねぇ。瘴気を含んだ魔物。実際珍しい部類だが、注視すればその目撃情報は最近増えてきた。だが、今回のこれは異常だ」


「確かに、あの遺跡では大量に現れたけど、遺跡以外ではユーシア達と出会った時以来だよね」


「あぁ、そのはずだな」


 瘴気そのものが何なのか。僕はその事に思い当たる節がある。終焉の混沌≪カオス=フィーネ≫だ。

 彼の異形が発する何かを感知した魔物が瘴気化しているのではないかと僕は思っている。この事は前に皆と話しての見解一致したことだった。

 その瘴気化魔物達がいきなり増え始めた?ガゼインの言うとおり異常なことだ。偶然なんかじゃない。この街で起ころうとしていることと何か関係があるのか?


「遺跡……ね。お前等が崩壊した遺跡で何を見て何が起きたのか是非とも聞きたいところだが、言えないことがあるんだろうな。この場で聞かねぇよ」


「あぁ、助かる。それで、このことを話したってことは次は俺達に外の様子を見てこいとでも言うのか?」


 通常の魔物を数ランク引き上げる瘴気化。それの対処を行うには相応の人間が必要だ。僕達をその対処に当たらせようというのだろうか。


「いや、お前等はこれまで通り人身売買を行う奴等を掴んでくれ。外の事は王都にも救援を求めた。この街自体に影響が出ない限りはお前等は中の事に注視してくれて構わん」


「……ならどうして話したの。貴方も気になっていることがあるんじゃないの?」


 リィナの言うとおり、この場で外の異変を話して、そのことを気にするなと言われても何かこう釈然としないことだった。

 実際、第四王女の救出、≪風爆≫の対処、可能であれば人身売買の組織のメンバーを全員捕えるということまで行いたかったが、そこに加え外の瘴気化魔物の調査や討伐まで加えられたら僕達4人だけじゃ絶対的に厳しい状況だと思う。

 聞かないままで外の状況が悪化していくのも嫌だが、ガゼインは僕達にこのことを話したのは何か意図がありそうだったのだ。


「ハ、その通りだ。俺はな、これが偶然だとは思えんのさ。第四王女に何が起きているのか、≪風爆≫がここで何をしようとしているのか、そして、そのことに外で急激に発生した魔物の異変。これらが俺には別個で動いていることだとは思えんのだよ」


「つまりこう言いたいってことか。今回起きていることは副産物で裏で俺達がまだ知る由もしない何かが起きようとしていると、そう言いたいのか?」


「俺はそう思っている。だから、お前等は中から探っていってくれ。俺も覚悟を決めないといけないかもしれんな」


 決意を固めるガゼイン。

 これからこの街で何が起こるというのだろうか。街で動く不穏な影と外で蠢く異形の数々。それが一つの事柄に集約するのであれば、それはもしかすると終焉に関係するのかもしれない。

 この街でも何者かが終焉の混沌に関わる何かを行おうとしているのだろうか。僕はそう思えて仕方がなかったのだ。

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