第33話 -信用と信頼-
「つまりアンタは元々あの場所にはいなかったということなのか?」
「そうさ。アタシは貧民街からずっと君等の後ろを尾いていっていたのさ」
一時のティータイムを店の雰囲気に則り安らぐことが出来た僕達は今度こそ本題に入ることにした。
そこでようやく話し出したヴェネッサの口から出た言葉。彼女は僕達が貧民街で渡された紙に書かれた目印には最初からいなかったということだった。
「なんですぐに声を掛けてくれなかったんですか!?あんな魔物がたくさんいるところまで行かなくて済んだのに」
「アリシアの言うとおりだ。俺達はガゼインからアンタと会うように言われて地下へと赴いた。なのに何でこんな回りくどいやり方をしてんだよ」
「ふぅん。君等はこう言いたいのか?無駄な時間を過ごしてしまったと」
シルフィル兄妹の愚痴とも言える口論にヴェネッサが紅茶を優雅に飲みながら対応していた。その姿は決して優位を崩さないように努めているようにも見える。
「そりゃそうだろ。アンタは俺達が貧民街に着いた時には同じ場所にいたってことだ。だが、何であんな分かりにくい紙だけ残して隠れていたんだ。しかも、あんな遠い場所に……」
空になったカップへと中央に置かれたティーポットから紅茶を注ぎ一気に飲み干すユーシア。風味や味なんて関係ないのだろう。見てるともったいなく感じてくる。
正直ユーシアの言葉には同意できる部分もある。けれど、それだけじゃない。僕はヴェネッサが何の理由もなく赤点で描かれた場所へと誘導したとは思えなかったのだ。
「冒険者ってのは噂通り脳まで筋肉で出来てるってのは本当のようだねぇ」
「あ?喧嘩売ってんなら買うぞコラ」
「ちょっ、落ち着いてユーシア……」
「だが、俺達の事をああまで言われたんだぞ。冒険者としての威厳がなくなるだろうが」
「……威厳を落としてるのはユーシア」
「おい、リィナまで何を言ってるんだよ!?」
「……少し黙ってて」
「………お、おう」
何かに気付いたリィナがユーシアを黙らせる。小さい身体に似合わず威圧感がすごい。って、リィナが目を細めた状態で僕の方も向いてきた。
「……セツナも良からぬこと考えてない?」
「いえ、そんなことはないです!」
ヴェネッサに小さい言われてからリィナが過敏になっている。気を付けないと……
「……ん。確かにわたし達はそこの女の思うがままに動いたのかもしれない。けど、水路の奥でわたし達はあの集団と出会った。闇に蠢く人達に」
「ぁ――」
リィナの言葉にハッとするシルフィル兄妹。そのこと自体には僕自身も気づいていた。ヴェネッサが記した目印に従って移動した結果、偶然黒装束の集団と出会ったというのだろうか。否――それは違う。ヴェネッサは知っていたんだ。あの場所に奴等がいることに……
「……貴女は最初からあの人達を見せたかった。この街の裏で暗躍する人達が何なのかを知らせたかった。違う?」
「…………」
鋭い眼光でヴェネッサを射抜くリィナ。その先にいるヴェネッサはティーカップを口元へと固定したまま微動だにしていなかった。
場に静けさが広がっていく。遠くから聞こえる街のざわめきがルルイエの花の匂いと相成って店内を支配していく様であった。
しかし、その時間も長く続かなかった。ヴェネッサの持つティーカップがテーブルに置かれたのだ。陶器と木製が打ち合う静かな音が遠くから聞こえていたざわめきを全て消し去ってしまう。
「…………合格だ」
「は?」
数瞬の後、ヴェネッサの口から出た言葉。それは意外なものだった。
「合格だと言ったんだよ。悪かったね、君等を試してたんだよ」
「ど、どういうことなんですか?」
「ガゼインから推薦された人物とは言え、見極める必要があった。冒険者としての実績ではなくアタシ自身の眼で。君等は不思議に思わなかったか?偶然やって来たこの街でいきなり商会長なんて大物人物と出会って、トントン拍子で依頼が進んでいったことに」
「それは――」
ヴェネッサの言うことは確かに気になることだった。何で僕達が?この街にも冒険者ギルドがある。それこそチームランクが僕達≪悠久の調≫のBランク以上のチームだって探せばいるはずだ。なのに、何で偶々外からやってきた僕達に声を掛けたのだろうか。
「ガゼインはラクシア村で起きたことを知っていたと話したはずだ。詳細はアタシ含め把握できてはいないがね。最初から君等は偶然――偶々ガゼインの眼に適ったわけじゃないのさ。これは必然。最初から君等に頼む必要があったのさ。神剣使いが2人所属しているチームにさ」
「ッ――!!」
ヴェネッサが僕達の事に気付いていることは地下水路にいる時から分かっていた。けど、彼女の口からはっきりとその言葉が出た時、それは明確な事実となった。
「君等はガゼインから第四王女≪リースリット=R=エウィリーゼ≫の救出を依頼された。この国の象徴でもあるお姫様の――ね。お姫様が王都からいなくなったなんて大半の民が知る由もないこと。いや、知られちゃいけないことなんだ」
ユーシア達と初めて出会った時に聞かされたことだ。僕達がいるこのゼフィロス大陸には4つの大国がある。≪エルージャ公国≫、≪リグレシア共和国≫、≪ガイロス帝都≫、≪アスタリテ王国≫。東西南北に分かれた4つの大国は数百年前から各々国の領土を鬩ぎ合い、時には小国を飲み込み成長していった。その中でも様々な分野で劣っている僕達がいる国≪エルージャ公国≫はそれでも大国の中で一番平和と言われていたのだ。ユーシア達からその事を聞かされた時は何の疑問も持たなかった。けれど、今は違う。
ラクシア村でリクゼンと、そしてアッシュと出会った時から王都に感じる不穏な気配を感じていたのだ。
アッシュという存在。そしてあの時最後に現れた白装束の少女。この国には何かが裏で動いているとも思えて仕方がないことだった。そこに加え、今回の騒動である。王都で何が起きているのだろうか。民から慕われるという噂の第四王女がここ≪エルガンド≫の街の裏で人身売買という形で取引されるという。
この国は本当に平和なのだろうか……僕は既に平和なんてものは崩れ去っており、騒乱が国全体を駆け巡るように思えて仕方がなかった。
「――少年?」
「ッ……すみません考え事をしていました」
意識を内へと集中しすぎていたようだ。
「気にすることはないさ。異世界人である君には特に重い話だと思うしね」
「……やっぱり知っているんですね」
そのことに僕はもう驚かなかった。もうヴェネッサが何を知っていてもおかしくない。
「実際異世界人ってのはそこまで珍しいって程でもないしなぁ。といっても、そこいらにいるって程多いわけじゃないけどな」
「それって……」
彼女の口ぶりからして僕以外にもいるというのだろうか?僕はその事が知りたくなった。けれど、僕がこれ以上離そうとする前にヴェネッサは片手で僕を制してきたのだ。
「少年。優先すべき事柄を履き違えないように。それは今絶対に知る必要があるのことなのか?君等が依頼されていることに必要なことなのか?」
「それは……すみません。続けてください」
「聞き分けのいい子は好きだよ。んんっ……話を戻そう。数日後に行われるエルガンド祭はこの国でも生誕祭を除けば一番でかい祭ってことは知っていると思う。その祭りを成功したいと思う気持ちは地上、地下関わらずこの街に住む民全てが望むことさ。けど、その中で暗躍する輩がいる。しかも、この国の主張とも言えるお姫様を捕えて、あまつさえ裏の目玉取引の材料とさえしている始末。この事が実際に行われ、世間に露見した日にはエルガンドという街そのものの存在が危うくなる。この街は一種の独立した場所だ。王族や貴族といった連中には任せず自分たちの力で発展させてきた街。その分、その手の連中には好かれていないってのもあるがな。観光としては自由気ままに来るくせに自分勝手な奴らだよ」
「確かに、な……」
思うところがあるのだろう。腕を組んだユーシアがこれでもかと頷いていた。
ヴェネッサの話す内容はこの街の今後の運命を左右する程のことだった。
苦労して頑張ってきた結果が一部に蠢く穢れにより崩れ去ってしまう。そういうことだったのだ。
「誰にも頼めることじゃない。奴等に対抗できる人物が必要なんだ。信頼することが出来る人物が、ね。だからこそアタシは君等を見極める為に試したのさ。行動力と洞察力、そして戦闘力を。少し危なげなところは感じるが、君等は信用できると判断した。今回のアタシ達の問題に――そして、この街を、この国を脅かす奴らに対抗できると」
「…………」
口の中が乾く。何杯目だろうかサクティの紅茶の甘さが口の乾きを必死に塗りつぶそうと頑張っていた。
ヴェネッサの話す内容はとても重かった。この街の根底に関わることだ。正直僕達が関わっていいものなのかさえ思う。
けれど、彼女は言った。奴らに対抗できる人物が必要だと。奴等――それは誰だ。そんなこと分かりきっている。僕の、そしてリィナと同類の人物だ。
その時、僕は気づく。昨日今日と立て続けに感じた悪意ある殺気……
「リィナ、もしかして――」
「……ん。わたしも同じ考え」
「二人ともどうしたんですか?」
「ここに入る前にも話したことなんだけど……」
僕はヴェネッサ含めて昨日今日と感じた視線のことについて包む隠さずに話した。予想も含めて全て。
「昨日もセツナさん言っていましたね。あ、もしかしてその相手って……」
「間違いないと思う。僕を、そしてリィナを射抜いた殺意。あれはヴェネッサが言う、僕達の同類である神剣使いだ。その人物は既に僕達に気付いている。あの殺気は明らかに僕達を敵視していた視線だ」
「……ん。ただ、匂いは感じなかったから近くにはいなかった。けど……」
「けど?」
リィナが何かに気付いている様な目でヴェネッサを見る。そして、
「……貴女は何か知っている。そうじゃないの?」
「………ハハッ。≪風姫≫の名は伊達じゃないか」
「……やっぱり」
「っていっても、君等の同類の正体までは探りきれていない。だが、そいつの二つ名までは掴むことが出来た」
二つ名……リィナの≪風姫≫。そしてアッシュの≪紅滅≫。それは有名になった人物が敬意と畏怖を込めて周囲の人々からつけられた渾名だった。僕と同じ盈月一華を使うと言う≪剣鬼≫含めて。
その名をヴェネッサが情報屋としての情報網を駆使して捉えたという。
周囲が緊張に包まれる中、ヴェネッサがチラリとリィナを横眼で見た後その名を口にした。
「――≪風爆≫。それが奴等の元にいるご同類の名だ」
「……え?」
その名は初めて聞く二つ名だった。けれど、隣に座るリィナがその名を聞いた時今まで見せたことない程、目を見開き驚愕の表情を現していたのだ。
リィナと同じ風を冠する名。ヴェネッサの掴んだ情報が真実であればこの街に風に関わる神剣使いがいるというのだ。
二つの≪風≫。それはこのエルガンドに巻き起こる全ての前触れでもあった。
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