第02話 -出会いそして―-

 思ったよりも遠い――僕≪刹那≫はそう感じた。

 裸足のまま歩くことに慣れていないのもあるだろう。草むらの上を歩くとはいえ、どうしても歩く速度が落ちてしまう。

 目で見える距離だったのに僕は一向に近づくことのない目標へと足を痛めないように慎重に進む。そして大体15分ほど歩いた頃だろうか。目の前にようやく木板で出来た人工物がはっきりと姿を現したのだ。

 風化しているようだが黒く書かれた文字のようなものも見える。予想通り案内板で間違いがないと僕は気力を振り絞り歩く速度を速める。

 そして、そんな中周囲の風景も変化していることに気付いたのだ。案内板の周囲には草木が生えておらず舗装はされていないものの、砂利道だと一目で分かる細長い道が視界に入ってきたのだった。車が1台通れる程度の大きさであろうか――見える限り一直線に続いているようであった。


「ふぅ……毎朝の走り込みより精神的に疲れた…」


 案内板の前に辿り着いた僕は両手を腰につけて、背筋を伸ばす。慣れないことに身体の調子が思うようにいかなかったからだ。

 けれど、予想より時間は多少かかったものの人の手が入った場所に辿り着けたようで小さな達成感を感じる。

 第一目標クリアだ!と、自分を奮い立たせようとしたのだけれど、案内板を見る前に周囲を再度見回してしまった僕が馬鹿だった。

 そこから見えた風景は視界を変えてみたものの新たに見つかったのは何もなく永遠と続く砂利道以外歩いている時とさほど変化がないことが分かり、疲れと共に脱力感が襲ってきて先程感じた小さい達成感なんて一瞬で消え去ってしまったのだ。


「はぁ。何か情報になることが書いていることいいんだけど……」


 案内板に目を向ける。見たところ書かれている内容は少なく、左右に矢印と文字のようなものがそれぞれ記載されているように見える。簡易的な案内板の類なのだろう。

 しかし、矢印はともかく文字が読めない……今まで見たことのない文字だった。


「予想はしていたがまいったなぁ……」


 読めない案内板なんて役に立つはずもなく、これからの行動に悩む。

 どうにかしてまずはこの世界の人と接触しなければいけない。目標も誰からの示唆もなく、人は生きていけない……

 とにかく僕は落ち着ける場所が欲しかったのだ。本当に僕はこれからどうしたらいいんだ。


 どれだけ先なのか全く分からないけど、この直線に続く道のどちらかに向けて歩くしかないのかなぁ……


 砂利道をよく見てみると車輪の通ったような跡が見える。

 となれば、この道は普段僕の知る自動車はないとしても馬車か何かが通っていると想像がつく。

 それが通るまでここで待つのもありなのかもしれないが、正直何時通るか分からないソレを気長に待つほど馬鹿じゃなかった。


「うーん。考えても仕方ないし、適当に歩いてみるしかないよね……」


 とすれば、砂利道は左右二方向に分かれていた。どちらに進むか――その結果で今後の行動が変わってしまうのだ。

 けれど、決定材料が何もない中、僕は気分的に山々が見えない方向に歩こうと決めた。

 そして決めた方向へと足を延ばそうとしたその時、僕の耳に……いや、頭の中に夢で聞いた少女の声と同じ声が反響してきたことに気付いた。


『たすけて――』


「え?」


 僕は辺りを見回す。けれど、周囲は相変わらず平和そのものとしかいえない草原地帯しか見えない状況だった。


「空耳か……?」


 けれど、再度はっきりと頭の中に木霊するように夢の少女――アーリャの声が響いてきたのだ。


『たすけてッ――!!』


「――ッ!?」


 空耳なんかじゃない。誰かが助けを求めている。誰が?僕の頭に過ぎったのは夢で見た少女だった。ラグザの恋人だったアーリャ。けれど、アーリャはいないはずなんだ……。あの夢が現実で起こったことなのか分からない。過去の出来事なのか未来の出来事なのかさえも。

 けれど、僕はその切羽詰まった叫び声ともとれる悲痛な叫びに自然と足が動いていたのだ。


 この先に何かがある――


 僕は元々進もうとしていた方向を見据える。地平線まで見える細長い一本道には何も変化がなかった。けれど、急がなきゃいけない。僕は足の痛みも我慢して小走りで先に進むのだった。


  ◆◆◆◆


 小走りと歩きを繰り返して数時間経っただろうか、さすがに疲労も溜まってくる。

 途中で小川が通っていたため、そこで喉は潤わせはしたが空腹感は増え続ける状況だった。

 けれど、僕は進むのを止めなかった。きっとそこで進むのを止めたら後悔すると思ったからだ。


「このまま何日も歩き続けることになったらさすがにやばいな……ん…あれは……」


 空腹感を感じながら歩いていると視線の先に何か見慣れない物体が見えてくるのが分かった。


 あれは……馬車か……?荷台が倒れているようだけど……まさか――


 僕は歩きから小走りに変えてソレに向かってみる。

 すると見えたものはやはり馬車であった。ようやく人に会えるかもしれないと思った僕だったが、それと同時に普段嗅ぐことのない不快感を示す臭いが辺りを漂っていることに気付いたのだ。


「う……これは血の臭い……」


 前方へと移動すると荷台を引いていたのであろう馬が横たわっており、馬の周りは血が流れており死に絶えているのが分かった。

 明らかに普通じゃない。何が起こったんだ……僕は荷台の布に覆われた中を覗いてみる。

 だが荷台の中には人はおらず、荷物が数個放置されているだけだった。しかし、荒らされた形跡は見受けられない――

 僕は再度倒れている馬を見てみる。すると流れ出した血がまだ固まっていない状態だと分かった。ここ数時間内の出来事――だとすると……


 襲われた……として、そう時間が経っていないということか。


 乗っていた人はどうなったのだろうか、僕は辺りを見渡す。

 すると、襲った人物から垂れた血が道から逸れて続いていることに気付いたのだ。


 どうする……この先に何があるのか分からない……けれど……


 僕は数時間前に頭の中に響いてきた少女の叫び声を思い出す。この先にいるのか……あの少女が?

 何かが待ち構えている気がする。僕に何かが出来るのか?僕には爺さんから習った剣術しかない。

 この先に進むということは身を危険に晒す可能性が高い――しかし、ようやく見つかった人との繋がりでもあるんだ……。

 武器になるようなものが何もないのが心もとないけど、僕は決意しナニカがいるであろう方向に向かうことにしたのだった。


  ◆◆◆◆


 景色が大きな岩が目立つ、そんな場所に変化する。

 地面も草木が生えておらず、点々と血の垂れた跡がよく見え、そして――僕の耳に何かの音が聞こえてくる。

 金属音だろうか、ナニカが打ち合う音が響いてくる。


 これは……剣戟の音だ……誰かが戦っている!!


 剣術の稽古の時に飽きるほど聞いた音、武器と武器が打ち合う音だった。

 僕は出来るだけ音を立てずに音の方角に向かう。すると突然大きな咆哮が聞こえてきた!


『ガァァァァァァァ!!!』


 辺りを塗りつぶす程の咆哮が聞こえてくる。獣だろうか――それに合わせ剣戟の音もどんどん大きくなってくるのを感じる。


「……ろ!………!!」


「………!!………を………!」


 もう少しでナニカが起きている場所に着く――足を速める僕の耳に人の声が聞こえてきた。


「わがままを言うな!こいつは俺の手には負えないんだ!だからお前だけでも逃げろ!」


「だけど…嫌よ兄さんを置いて逃げるなんて……どうすればいいの………誰か助けてッ――!!」


 ――ッ!?


 岩の影に隠れて見えないが男女の声が聞こえてくる。

 その声は切羽詰まっており、刻一刻と危険が迫っていることが分かった。

 それに聞こえたんだ。頭に響いた少女の『助けて』と同じ懇願した叫びを――!!

 迷っている暇なんてない。僕は速足のままその場所に突っ込んだ!


「な……!?」


 そこには黒いオーラを纏った3mはあるであろう獣が男に手に持った鉈で襲いかかっている光景だった。

 20半ばぐらいの男が大剣を振るい、件の獣と競り合っており、男の後ろには少女の姿も見える。

 男の姿は血だらけで満身創痍のようであったが、少女を守るためか獣と戦い続けていた。

 しかし、どうみても男女の方が劣勢であった。

 僕は悩むことなく戦いの場へ足を踏み込もうとし――そして少女がこちらへと顔を向けたのはほぼ同時だった。


「ぇ……?逃げて!こっちに来てはダメ!」


 僕のことに気付いた少女が声を荒げる。そこで僕は少女の顔と声を聞いて驚愕することになったのだ。


 アーリャ……!?夢の少女と瓜二つじゃないか……!!


 そう、夢の中で命を落とした少女―アーリャと寸分違わず似ていたのだ。

 白縹色に近い長い銀髪、命尽きるまで笑顔を絶やさなかった少女と目の前の怯えていた少女が重なる。

 そして、先ほど聞いた少女の叫び声と目の前の少女の声色はほとんど一致していたのだ。


「ど、どうした!人がいるのか!?」


 獣の猛攻に耐える男が少女の変化に気付いたのか声を荒げていた。

 そして同時に男もこちらへと目を向ける。その油断が命取りになると分かっていながら――

 好機と捉えた獣が瞬時に離れ鉈を構え、男へと突っ込む!

 それは男にとって間に合わない致命的な行動だった。頭では追い付いていたが、身体が―自分の腕が追い付かないそんな一撃。


 斬られる――!!


 しかし、男が絶望に囚われる少し前に僕は動いていた。

 アーリャに似た少女は一先ず置いておき、この窮地から脱するべく僕は決意し足に力を込める。


 今動かないでどうする!!僕は――やるんだ!!!


 獣が男から離れたと同時に踏み込む――それは端から見るとあり得ない速度だった。

 ≪縮地≫―剣術の一貫として習っていた足捌きの一種でもある縮地により僕は離れていた場所から男の前へと踏み込む。

 その速度は獣が突っ込んでくるよりも速く――そして、獣が鉈を振りかぶる時には既に僕の準備は完了していた。


「な……!?」


「盈月一華-無手の型-…≪斜月≫!」


 男の驚きは無視し、襲い掛かる獣の動きに合わせ僕は構えた両手を獣へを振り下ろす。

 一瞬の交差だった――獣と僕の立ち位置が入れ替わる。そして同時に――


『ガ……ァァァァッァァ!!!』


 獣の肩から肩口へと斜めに血しぶきが盛大に吹き荒れだす。何故僕ではなく獣が傷ついたのか。獣の手元を見るとそこには鉈は持っておらず――僕の両手に添えられていたのだった。


「ぇ……何が起こったの…?」


 少女の驚いた声が聞こえる。獣の影に隠れて見えないが男も慄いているのか震えているのが微かに見えていた。


 良かった……うまくいってよかった……実戦では初めてだったし。


 一か八かの賭けだった。理屈としては簡単で敵の動きに合わせて武器を掠め盗り、そのまま敵を斬りつけるというものだが、少しでもタイミングを間違うと自分がそのまま斬られてしまう諸刃の剣でもあった。


『ァァ…ァァァアア、グルァァァァアアアアアアアアア!!!』


 痛手を負った獣の標的が男から僕になったことを感じる。そうだ、それでいい。

 血しぶきを振りまき、身体に纏った黒いオーラがより濃く渦を巻いて噴出しているのが見える。


「ふぅ……さぁこいよ化け物…僕が憎いならかかってこい!」


 人語が理解できるかは不明だが僕はあらん限りの挑発をし、奪った鉈を構える。

 恐怖はある――今から行うのは殺し合いだ。剣術を習っていたとはいえ、命の奪い合いはこれが初めてであった。

 しかし、僕は壊れているのだろうか。何よりも、そうあのアーリャに似た少女を見てから僕は高揚した気持ちだった。

 あの少女に恐怖の感情を持たせてはいけない。笑顔が似合ったあのアーリャのように笑っていてほしい。

 誰かの気持ちが混ざり合うように僕は決意する。


 あの少女を守る。それが僕の今の目標だ――!!


 手負いの獣となったソレは四つん這いとなり、僕に目標を定める。

 その裏で獣が僕を標的に変えたことに気付いた男はすぐに少女を抱えて離れた位置に移動していたことに安堵を感じた。


 そのまま逃げてくれてもよかったのにな。義理堅いのかな。


 男は離れた位置で悔しい表情をし、少女はこちらから目を離さずに男に対して治療しているようであった。

 僕は意識を獣に戻す――と同時に獣は気高く咆哮し、突っ込んでくる!


『ガァァァァァァアアアアア!!!』


 空気が震える。涎と血を撒き散らた獣を相手に僕は意識を集中させる。

 それは今まで感じたことのない気迫だった。それはそうだ。目の前の獣だって死にたくはないのだろうから――


「所詮獣とはいえ、その巨体lそして謎のオーラを纏わせると厄介だな……ッ!!」


 腕を振りかぶり爪で引き裂こうとする獣を鉈でいなして回避を試みるが重圧がすごく僕は数メートル押し戻されてしまう。


 重い……こいつ――鉈を持っていたときより危険になっている?


 武器を持たずに戦うのが本来の姿なのだろう。動きが明らかに俊敏になり、獰猛さを増していた。

 真正面から獣の薙ぎ払いを受けずに鉈で受け流したのに身体が押されてしまっている。

 スピードも力も先ほどまでと段違いとなっているようだった。

 僕の様子を見て好機と思ったのか獣は口を大きく開け突撃をかましてきた!


「や、やめろぉぉぉ!!」


 男の叫び声が聞こえてくる。けど、僕もまた今を好機としていたんだ!!


「甘い――!!盈月一華-二の型-…≪落月≫!」


 僕は押されて後ろへと反れていた身体を前へと倒し踏み込みと同時に鉈を振り下ろす――!


 ――ズシャッ……


 鈍い音と同時に獣が僕の前で動きを止める。そこには頭と胴体が切り離され、もはや生物とは呼べない何かに変貌した獣が両手を振りかぶった姿のまま佇んでいた。

 獣の顔は何が起きたか理解できない表情のまま口を大きく開けたまま痙攣し地面を転がり続けていた。

 一瞬の出来事だった。

 僕は再度手に持った鉈を振り、刀身から血糊を払い飛ばす。

 そして同時に獣が纏っていたオーラが徐々に霧散していくと、ついに胴体も砂埃を立てて崩れ落ちたのだった。


 息が荒い……僕は今初めて生命を奪った――なのに、僕の心に罪悪感が全く生まれてこなかったのだ。僕の中の何かが変わってきている……?

 僕は呼吸を整えると気を取り直して命を奪った存在に目を向ける。


 熊――に似てるけど何か違う……


 倒れ伏した獣は先程まで発していた異様なオーラは既になく、茶色い毛皮をした熊に似た動物の死骸に成り果てていた。


「ふぅ、危なかったな……と、それよりも、あの!大丈夫でしたか!?」


 離れていた位置で呆けた表情で固まっている男と少女に声をかける。すると、時が動いたかのように二人は表情を戻し、慌てて此方へと駆け寄ってきたのだった。


「い、今のは何だったんだ!?一瞬であのガルムグリズリーを倒すなんてお前何者だよ!?」


 男が僕の襟首を掴み、捲し立ててくる。正直暑苦しかったが僕がしゃべろうとする前に少女が男を取り押さえてくれて助かった…。

 というか、名前もグリズリーってことはやっぱりあれ熊だったのね。


「兄さん!助けてくれた恩人に対してそれは失礼でしょ!あ、あの…助けていただいて有難うございました!」


「ぐ…そうだな…すまない、取り乱してしまった。危ないところを助けてくれて感謝してもしきれない、本当に有難う……」


 男を僕から引き離し感謝の言葉を述べる少女――見れば見るほどラグザの恋人のアーリャとそっくりであった。


「あー……いや、こちらも別の理由で困っていたから大丈夫だよ。それであの……出来れば落ち着いた場所で話をしたいんだけど……」


 未だ興奮が収まらない男とそれを宥める少女に提案をしてみる。こんな血生臭い場所から1秒でも早く離れたい気分だったんだ……嫌な匂いが充満していて倦怠感がひどくてたまらないんだよ。


「あ、あぁ……そうだな!アリシア、ガルムグリズリーの討伐証拠品を集めたら馬車に戻るぞ」


 男の言うことに頷いた少女は亡骸となった獣に近づき、何かを行っているのが見える。討伐証拠品と言っていたから何かを剥ぎ取る感じなのかな。


「僕も何か手伝いましょうか?」


「ぁ、いえ大丈夫です。助けていただいただけじゃなくこんなことまでさせられませんよ」


 男と少女が獣から色々と回収しているのを見ながら、手持ち無沙汰になっていた僕は手伝いを申したが、まぁ当然のごとく少女が申し訳なさそうに断りを入れてくる。断れる気はしていたが、案の定だったなぁ。

 仕方がない為、僕は二人の動作を眺める。手馴れているのか二人は解体作業のようなことを行っているようだった。

 それから十分ほどしてやることは終わったのか、二人とも獣から離れて僕の方へと歩いてきた。二人から生臭い臭いが漂ってくる……そして獣の血を浴びた僕からもかなり臭ってくる。


 とにかく身体を洗いたい……そして新鮮な空気が吸いたい……


「お待たせしてすみません、馬車に戻りましょうか」


「あの……その前に身体と服を洗いたいのですが、何か方法ってないでしょうか?」


 解体直後の少女からも漂ってくる悪臭。待たせてしまった罪悪感よりまずはそっちをどうにかしてほしいかも。

 だからこの世界に来た時に感じた新鮮な空気が途轍もなく恋しくなってきたこともあり、我慢が出来なかった僕は少女に対して状況を訴えてみた。


「あ、確かに結構臭いますよね……ちょっと待ってください。今浄化魔法を唱えますね」


 すると少女は納得がいったのか、手荷物を地面に置き唐突に何かを唱え始め出した。


 浄化……魔法!?今この娘魔法って言ったのか!?


 魔法――そんなものは僕にとって空想上の内容だった。科学技術が発展していた僕の世界では物語の中でしか聞かない言葉である。


「水の精霊≪ウィンディア≫の名の元に―身に纏われし穢れ その全てを浄化せよ―アル・ゼシト・ウォーター!」


 少女が呪文を唱えだす。手には幾何学模様の円陣が浮かび上がり、周囲を何か見えないものが渦巻き風を起こす。

 そして、呪文が唱え終わると同時に発光し、僕の身体へ淡白い光の玉が纏わりつくと獣の血を含む汚れが全て薄れていったのだ。

 何という神秘的な光景だろうか。今まで感じたことのない感覚が僕を包み込む。

 10秒も経たないうちに臭いもなくなり、着ていたジャージも洗い立てのように綺麗になっているのが分かった。見た目も着心地も、そして自分自身の身体の汚れも綺麗に無くなっていたのだ。


「す、すごいなこれは……」


 初めての魔法に僕は驚嘆を隠せずにいた。それほど魔法の存在にはこの世界で二番目に驚かされる事実だった。

 一番驚いたことは目の前の少女がアーリャと瓜二つであることなんだけども。

 僕の気持ちなんて分かるはずもなくその様子を見ていた少女は不思議な顔をしていたのだった。


「浄化魔法を受けるのは初めてでしょうか?魔法使いにとっては初級魔法の一種なので、メジャーな魔法だと思うのですが…」


「そこも含めて馬車で話をさせてくれると嬉しいな……。とにかくありがとう」


「えぇ、そうですね……」


 正直魔法なんて知りませんでしたと言えない雰囲気であったため、無理やり話を締めた僕に、何となく釈然としない表情をした少女は荷物を持ち上げ歩き出したのだった。僕が荷物を持つといっても、頑なに渡そうとしてくれなかった。

 ちなみに男の姿は既にこの場にはなく、先に馬車の方へと戻ってしまっていたらしい。それでいいのかと僕は思ったけど気にしないことにしたのだった。

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