第09話 -いざ遺跡へ!-

「リィナ、君は…あの二人の居場所を知っているのか!?」


 リィナははっきりと≪悠久の調≫のメンバーの居場所を知っていると言った。≪悠久の調≫のチームの一員となった時ユーシアが言っていた――僕が入ることでようやくチームの人数が3人になると喜んでいた。ということは、それまではずっとアリシアと兄妹2人でチームを組んでいたということになる。リイナはその二人が僕と別れた後の行方を知っているということだった――僕を助ける前から僕達の行動を知っていた、もしくは尾けていたということなのだろうか……この子は本当に何者なんだろう。


「君は……一体……いや、今はそんな詮索は後だな。アリシア達は今どこにいるんだ?会うことは出来るのか?」


「……ん。あの二人の行方を知ることが出来たのは本当に偶然。セツナの匂いを追ってたら女の方…アリシア?を見つけたの」


「アリシアを?その後どうなったんだ」


 リィナは頷き淡々と話を続けた。


「……アリシアは急いでいた。きっと急いで貴方の元へと戻ろうとしていたんだと思う。だけど、わたしが見掛けたすぐ後に騎士に声を掛けられているようだった」


 騎士……本当にアッシュとリクゼンが言った通りだった。


「……アリシアはとても驚いている様だった。その後すぐに貴方の元に向かうのではなくもう一人のメンバーの男の方へと急いで走り出していた。わたしも気になったからアリシアの後を追ってみたの」


 リィナの言葉が続く。

 ユーシアの方にも騎士が出向いてたとのことでユーシアと騎士が言い合いをしていたところへアリシアが合流。

 リィナはその様子を隠れながら見ていたとのことだった。

 その後、騎士がユーシアとリィナに対し僕を引き渡すように命令していたが、二人は当然のように激昂し拒否を続けていた。それは騎士がお金の入った袋を手渡そうとしても払いのけるほどのことだったという。


 リィナの言葉に僕は安堵していた。やっぱりあの二人は僕をお金で売り払ったんじゃなかったんだ。

 それが嬉しくもあり、そして同時にならなんでいなくなったんだという不安も湧き上がっていた。

 リィナの言葉はまだまだ続く。


「……騎士の高圧的な態度にアリシア達は無視して貴方の元へと向かおうとしていた。だけど、そこに……宿で貴方を襲っていた男がやってきたの」


 アッシュだ――。アッシュはアリシア達の所にも顔を出していたとのことだった。

 アッシュの態度は僕と出会った時と変わらず飄々としていたらしい。だけど一点違っていたことがあったそうだ。

 それは濃厚な殺気を隠すこともせずその場に現れたことだった。一瞬で場を支配した殺気にアリシアは腰を抜かし震えてその場にしゃがみ込み、ユーシアも恐怖で硬直しているようだったそうだ。


「……わたしも危なかった。あれほどの殺気は久しかった」


「それでもリィナは耐えれたんだ……よくばれなかったね」


「……わたしはアリシアの後をつけていた時から風の魔法で姿を隠していたの」


 風の魔法には速度を上げたり姿を隠したりと補助に特化したものがあるとのことで、アッシュが現れた時も姿を隠していたためリィナは見つからなかったそうだった。


「……アッシュは言ってた。セツナの元へと向かうなら命はないと。だけど、あることを行えばセツナを渡す…とも」


「あること……それは一体なんだったんだ?」


 リィナは頷く。その内容はとある遺跡に向かい、ある遺物を見つけてくるということだった。但し、同行者として一緒にいた騎士をつけて監視させるのが条件でもあったようだ。


「……殺気に中てられていた二人は頷くことしかできなかったみたい。そのあとは騎士に連れられて二人共その場をいなくなったという状況」


「なるほど……。そういうわけだったのか。ちなみにそのあとのことは分からないのか?」


 リィナのおかげで状況が露わになった。だけど、僕はそのあとのことも正直知りたいところだった。

 だけど、リィナは首を横に振り拒否を示す。


「……二人が向かった遺跡の場所は知ってる。けど、これ以上わたしは追うことが出来なかった。あの男――アシュベルがわたしの方を向いたの。殺意を混ぜてこれ以上介入するなと言わんばかりに……」


「え……リィナは姿を隠していたんだよな?ばれていたってことなのか?」


「……たぶんそう。だからわたしは暫くその場を動くことが出来なかった。そして、そのあとは……わたしがセツナを見つける前に先にアシュベル達が貴方と合流していた。だから助けるのが遅れてしまった」


「話してくれてありがとう。アリシア達が無事だと分かって安心できた」


 二人がどうしていなくなったのか。そして今どこにいるのか全てわかって僕はようやく安堵に包まれる。

 だけど、リィナの顔は少しだけ不安を持った表情をしていた。何かあるのだろうか。


「……正直に言う。今あの二人が無事だという保証はできない。二人が向かった遺跡――これは最近見つかった遺跡で危険度も不明な状況なの。実はわたしもその遺跡を探るために今回ラクシア村に寄って――その時にセツナ、貴方を見つけたというわけなの」


「…………」


 まだ調査もまともに行われていない遺跡というのは僕のいた世界でも当然危険なものでもあった。

 当然そこに入るわけなのだから安全の保障はできないのも当然だろう。そうと決まれば……


「リィナ、頼みがある。僕をその遺跡に連れていってくれないか」


「……分かった。だけど本当に気を付ける必要がある。遺跡の方角――そこからよくない気配が漂っている。瘴気?のようなものが」


「な……!?だとしたら余計急がないと!」


「……ん。ここから歩けば明日の早いうちには着くと思う」


 アリシア達を助けないといけない。僕は決意を固めて立ち上がる。

 リィナも一緒に立ち上がり、僕に何かを手渡してきた。これは――僕の装備だった。


「……防具つけないと危ないよ?」


「あ、ありがとう……」


 そうだ今僕は上半身裸になっていたんだった……。顔を赤くしたまま僕はリィナから受け取り急いで着替える。剣も含めユーシアから買ってもらったものは全てリィナが持ってきてくれていたようだった。


「……準備できたかな。なら速度を上げる魔法をかけるから少し待って」


「あ、ああ。わかった」


 僕の準備が終わると同時にリィナが呪文を唱え始める。それはあの時アリシアが唱えていたような神秘的な光景だった。


「……風の精霊≪シルフィード≫の名の元に―法を律する精霊よ 其の力は一陣の風 願わくば眷属たる我に疾風の如く与えたまえ―ハイウィンド・レイ」


 リィナの周りに飄風が巻き起こる。そして、詠唱が終わったと同時にリィナと僕の周りに薄い風が纏わりつき身体が軽くなったように感じた。


「……これで歩く速度が速くなった。効果が切れないうちに急ご?」


「ああ、これから頼む」


「……任せて」


 リィナの表情が柔らかくなる。こうして僕たちはアリシア達を助けるために遺跡へと急ぐのであった。


  ◆◆◆◆


 そこからの道のりは順調だった。

 リィナが唱えてくれた魔法により僕たちの速度は走っているときとあまり変わらない速度で進むことが出来ていた。

 どうやら遺跡は森の奥にあるらしい。

 周りの風景が草原から次第に木々が増え始め、日が暮れる前に深い森へと入ることができた。

 だが、その森はほとんど人の手が入っていないようで森に入ってからというものの歩く速度が目に見えて落ちてしまっていた。


 当たりが暗くなってきたころ、少し先を歩いていたリィナが急に足を止める。何かあったのか?


「……動かないで。この先に何かいる」


「っ!?」


 リィナが腰に携えた武器を手に取る。見た目棒のような武器だった。

 リィナがソレを構えると先が伸びていき、先頭部分に鋭利な刃先が現れる。――それは槍だった。先にいる敵を見据えてリィナが腰を落とし構える。

 僕も同様に剣を抜き構えた。意識を集中させると分かる。この先に何かが同じく僕らを見ていることに。

 そしてソレは不快感を醸し出す鳴き声を発しながら現れた。


 ――キシシシシ……


 現れたのは黒い蜘蛛だった。赤い眼が暗くなった森の中で光っている。ただ、問題はその大きさであった。正直リィナよりも大きいかもしれない。

 そして間の悪いことにそれが全部で3匹現れる。


「……ジャックスパイダー……しかも3匹。気を付けて。こいつは前足が鋭く、吐く糸もとてもやっかいだから」


「あ、あぁ。わかった」


 リィナの忠告を聞き剣に力を込める。

 まず、初めに動き出したのは戦闘にいた蜘蛛であった。


『キシキシキシ……シャァァァァアア!!!』


 先頭のジャックスパイダーの口が開き糸が吐かれる。それは広範囲に撒かれ僕らを絡め取ろうとしてくる。


「リィナ!」


 僕は一旦糸が届かない後ろへと下がりながらリィナへと叫ぶ。

 だが、リィナはその場で一旦しゃがむと糸が届く直前その姿を僕の視界から消すこととなった。


 消えた!?いや……上か!!


 僕は視線を上げる。そこには木から木へと飛び跳ねるリィナの姿があった。

 その姿は一陣の風となりそのまま糸を吐いて硬直する蜘蛛に向かって槍を振り下ろす!


 ザンッ――!


『ギ、ギギギギ…シャァァァアアアア!!』


 構え上げていた足の一部がリィナの払った槍によって斬り落とされる。

 そしてそのまま着地したリィナは槍を引き、蜘蛛の胴体へと突き入れる!


「……煩雑な動きでとても遅いです!このまま…死んでください!」


 リィナが突き入れた槍はジャックスパイダーの身体を貫通しそのまま腹へと切り払い両断するのだった。

 一瞬の出来事。リィナの動きには無駄がなく3匹いたうちの1匹は一瞬でその命を枯らすこととなった。


「すごい……だけど、僕も負けていられない!」


 残りの2匹がリィナへと襲い掛かる。リィナにだけ任せてはおけないと、僕も足に力を入れ縮地を用いて蜘蛛へと肉薄する!


「リィナの邪魔はさせないっ!はっ――!」


 左からリィナへと襲い掛かっていたジャックスパイダーに対し持った剣で斬りかかる。


 うわっ、柔らかい……!?


 振りかぶってきた前足を斬るために合わせた剣先がそのままジャックスパイダーを斬り裂く。これなら僕もやれる――!


「このままっ――!」


 僕は剣を翻し、ジャックスパイダーの亡くなった足部分に向けて振り下ろし、そのまま一閃、二閃。

 それはそのまま蜘蛛の身体を引き裂く一撃となり、僕が相手にしたジャックスパイダーも無事倒すことが出来た。


「ふぅ……っと、あと1匹!って、あ……」


 目の前のジャックスパイダーが死んだことを確認し、僕はリィナの方へと振り向く。

 するとそこにはやることが終わったリィナと残っていたもう1匹のジャックスパイダーが頭から槍が突き刺さり痙攣している状態で死に絶えている状態だった。


「……そっちも終わった?」


「あ、あぁ……」


 リィナは普段と変わらない表情でジャックスパイダーから槍を引き抜く。

 強い――僕から見たリィナはすごかった。正直一対一では勝てないと思うほどに。


「……じゃぁ、先にすすも?」


 槍を縮めて収納しながらリィナは先へと進み出す。僕も急いでその後を追うのだった。


  ◆◆◆◆


「……うーん。蜘蛛の体液がかかって気持ち悪いな……」


 先の戦闘で粘り気のある体液が服にかかってしまい、僕は嫌悪を示す。同じく戦っていたリィナはうまく避けたのか見た目はほとんど変わらない様子なのに……。

 僕の言葉に振り向いたリィナは表情を変えずに首を振る。


「……少しだけ我慢して。わたしは浄化魔法が使えないから、水場で洗い流すしかない。この先から水の音が聞こえるから」


 リィナ曰く魔法を使うには属性適正が必要とのことだった。基本その人がもつ属性は一つ。リィナは風属性の適正があるとのこと。

 浄化魔法はアリシアが使っていた通り、水属性の魔法によりリィナは使うことが出来ないというわけだ。

 魔法の事に関して色々と説明を受けながら歩いていると目の前にリィナが言った通り少し深めの川が見えてくる。


「……ここなら身体を洗える。夜も遅くなってきたしここで休むことにするけどいい?」


「わかった。けど、ここって魔物も出るんだよな?休んでも大丈夫なのか?」


「……大丈夫。設置型の魔物が嫌がる臭いを発する道具を持ってるから」


「へぇ……そんなものがあるんだ。って、ぇぇぇええええ!?」


 リィナの発言に耳を傾けていた僕はリィナへと視線を向ける。するとそこには服を脱ぎかけて半裸となっているリィナの姿があった。


「な、なんでここで脱いでるの!?」


 僕は慌てて後ろを向く。だけど見てしまった――リィナの発展途中の膨らみかけの胸と細身の身体。脱ぎ掛けの服の間から見える白い肌が僕の視線に映り情報となり頭へと駆け巡る。


「……?何を驚いているの?貴方が言ったはず、身体を洗いたいと。わたしも少し蜘蛛の体液がかかっているから」


 だから服を脱いでいた――と。いや、それはおかしい。男である僕の前で恥じらいもなく服を脱ぐ少女。後ろでは引き続き服を脱いでいるのか衣擦れる音が聞こえる。

 そんな僕の葛藤をよそに、水が跳ねる音がしだした。まさか川に裸で入ったの!?

 リィナと一緒にいると僕の中の常識が色々と崩れていく気がしてくる……。


「……気持ちいいよ?セツナも早く身体を洗ったらいいのに」


「っっ……!!ごめん、先に食べ物探してくる!」


「……ぁ」


 リィナの誘いに僕はよからぬ想像をしてしまう。この場にこのままいると自分を保てる気がしなかった。

 僕は脇目も振らず森への方へと走る。その時聞こえてくるリィナの言葉は少し寂しそうな声だった……。

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