第13話 -漆黒の竜王-

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」


 漆黒の魔物が四方八方に散らばって襲い掛かってくる。

 大半は僕を狙ってきている様だったが、数割は僕の後ろにいる他の皆を狙っているようであった。

 だけど、そいつらを後ろへとやらせるわけにはいかないんだ。


「しっ――!」


 僕は襲い掛かってくる魔物を斬り伏せる。瘴気の塊で出来ているからか簡単に刃が通ってくれた。

 両断された漆黒の魔物は死体を残さずその身を崩して消滅していく。やはりこれまで戦った魔物とは存在そのものが違うようであった。

 道中で出会ったハウンドドッグ、イノセントガーディアンにトロール種(後からリィナと話しているときに発覚したオークに似た敵だ)と似ている様だったが、明らかに動きが煩雑としており、知性の欠片もないただ目の前の敵を殺すためだけに生まれた存在のように感じる。

 僕は冷静にそして確実に一刀の元に迫りくる魔物を斬り伏せていた。

 だが、次から次へと湧いてくる漆黒の魔物たちは容赦なくこちらを襲い掛かってくる。

 僕だけならまだしも背後へ抜けようとする魔物の対処がかなり厳しい状況だ。


 埒が明かないな……リィナ達は大丈夫なのだろうか?


 僕は視線を後ろへと向ける。だが、距離があるとはいえ背後の様子はまだ芳しくない状況のようだった。

 シルフィル兄妹はリィナの指示に従ってかなり後方へと下がっているのが見える。あそこなら早々こちらの戦闘に巻き込まれることもないだろう。

 しかし、リィナはまだ瀕死状態の騎士の救出に奔走していた為、まだ暫くは僕だけで目の前の魔物を抑える必要があった。

 こうしている間も漆黒の魔物が湧き続け単体殲滅では追い付かない状況になっていた。

 体力の消耗が激しいけど仕方がない――!


「くっ……盈月一華-六の型-…≪朧・天満月≫!!」


 周囲に群がる魔物を範囲殲滅で一掃する。だが、それでも抜けてくる魔物が少なからず存在していた。だけどこのまま僕を通させるわけにはいけないんだ!


「まだ――だ!!盈月一華-六の型-追の太刀…≪弓張月≫!」


 僕は≪朧・天満月≫の動作に加え一度剣を鞘に収め、そのまま居合の原理で鞘の摩擦抵抗を用いて剣を加速させ――そのまま気を乗せて抜き放った!

 その刃は真空の牙となり間合いから離れた魔物を纏めて抉り飛ばす。遠距離特化の剣技それが≪弓張月≫だった。


 今の攻防で周りにいた数多なる漆黒の魔物は消滅し、多少ながら余裕ができた。

 だが、それも一瞬で終了することになる。


『グルゥゥァァアアアアアアアァァァァアアアア!!!!』


 魔物の背後に佇んでいた瘴気化ドラゴンが唸り声を上げた瞬間、湧き続けていた漆黒の魔物が急に崩れ去り瘴気化ドラゴンの元へと集っていく。

 そして、同時に瘴気化ドラゴンが背中の翼を広げ再度唸り声を上げたかと思うと威風堂々な姿のまま飛び上がり出したのだった。


 な、何を……


 広大な空間の中、羽ばたく風圧が渦を巻き出す。

 瘴気化ドラゴンはそのまま天井すれすれまで上がったかと思うとそのまま僕に焦点を定め出した。


「っ!?まずい……!」


 僕は瘴気化ドラゴンの行動に気付き急ぎ地面を踏み込み縮地を用いて前方へと回避を試みる。

 だが、既に行動を開始していた瘴気化ドラゴンが僕のいた場所へと突撃し――着弾したのはほぼ同時だった。


 ――ドゴォォォォォォォン!!!


 遺跡全体が揺れるほどの衝撃波が瘴気化ドラゴンを中心に放たれる!

 ギリギリ瘴気化ドラゴン本体の直撃を避けれた僕だったが、背後から迫る衝撃波を避けきれずにまともにその身に受けてしまう!


「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!?!?!!!」


 粉砕された岩石が転がる僕の身を打ちつけてくる。痛い……全身に痛みが走る。だけど痛いのは僕だけじゃないんだ……!

 転がり続ける身体に喝を入れてに剣を地面に突き刺し無理やり体制を整えようと立ち上がる。

 だが、瘴気化ドラゴンの行動はまだ終わっておらず、僕のいる位置に陰りが出来ていたのだ。


「な……!?」


 横凪ぎで振るわれる僕の背丈以上にある尻尾が目の前に迫ってくる――!

 僕は咄嗟に剣を地面から抜き放ち耐えようと試みる。だが、そんな僕の行動を嘲笑うかのように瘴気化ドラゴンの一撃が叩きつけられることになった。


「がっ――――ぁ……」


 僕は耐えることも出来ずに吹き飛ばされ壁に打ち付けられてしまっていた。身体全身に尋常ではない痛みが走る。

 意識が朦朧としてきた……。こんなところで倒れているわけにはいかないのに――僕の身体から力が抜けていく……。

 瘴気化ドラゴンは未だ僕に標的を定めているようであった。その身を動かし口を大きく開け息を吸い込みだす。


 奴は何を……


 ――竜王の咆哮


 上位の龍種のみが使えるその身に宿した属性をブレスとして放つ大技。瘴気化ドラゴンもまた竜王の咆哮を使用することが出来ていたのだった。

 空気が震える。何が起こるか分からない僕にも今の状況は絶望的なことに変わりがなかった。

 そして終わりが迫ろうとする一撃――咆哮が放たれようとした瞬間、僕の目の前に一人の少女が躍り出たのだった。


「……トカゲ風情がこれ以上思い上がらないで!!穿て穿て穿て!その身を―その総てを抉り取って≪風翠≫!」


『ガァァァァァァァァァァァアアアアアアアア!!!!!』


 小さな身体を捻り手に宿す翡翠色の槍を瘴気化ドラゴンに向かってリィナが全力で投げ放つ!

 同時に瘴気化ドラゴンも僕達を消し飛ばさんと闇の波動を乗せた≪竜王の咆哮≫を放っていたのだ。


 ――ドォォォォォォォォン!!


 ≪風翠≫による一撃と≪竜王の咆哮≫が盛大にぶつかり拮抗したかのように、これまでにない振動と衝撃が場を荒れ狂うように踊り狂う。だが、それも一瞬のことだった。

 リィナが放った翡翠色の槍はそのまま≪竜王の咆哮≫を飲み込み槍の一部として纏わさせ――そのまま威力を倍増し次の瞬間、瘴気化ドラゴンの頭部を穿つ一撃となったのだった。


 す 、すごい……!!


 僕が為す術もなかった瘴気化ドラゴンが一撃で吹き飛ぶ光景に驚嘆を感じていた。

 頭部が無くなった瘴気化ドラゴンは咆哮を放った姿勢のまま立ち尽くす――

 これで終わったのか……またリィナに助けられてしまったな……。体力が限界だった僕の意識がぼやけてくる。


 そんな僕の気持ちなんて知る由もしないリィナは目の前でポーチから取り出した薬を飲み干しているのようだった。

 精神力を回復させる薬もあると言っていたからきっとそれを飲んでいるのだろうと思ったのだが、何か違和感が……。

 その僕のその予想は当たっており、リィナはそのまま僕の方を振り向くとしゃがみ込み予想できない行動をとってきたのだった。


「……んっ」


「!!!?!?!!???」


 突然の出来事に失いかけていた意識が覚醒し出す。それと同時に僕の口に苦みのある薬が流れ込んできたのだ。

 それは先ほどまでリィナの口の中に入っていた液体でもあり――要するに唐突な口づけ。リィナが口に含んだ薬を僕に無理やり飲ませてきたのだ。

 リィナの突然の行動により僕は動くことも出来ず成すがまま時間が過ぎていく。そしてリィナの口から僕の口へと薬が全て注ぎ込み終わると、リィナはゆっくり口を放してくれたのだった。


「な、なんで……」


 目と鼻の先にいるリィナに僕は唖然としながら声を掛ける。


「……緊急だった。貴方の瞳孔が開きかけていたから急いで飲ませるのに必要だったの。もう動けるはず。上級薬を飲ませたから……」


 僕は黙って身体を動かす。どうやら本当に先ほどまでの痛みが嘘のように身体が動いてくれたのだ。

 立ち上がるためにリィナの方へと視線を向ける。いつの間にか後ろを向いていたリィナだったが、その顔が仄かに赤くなっていることに僕は気づく。

 彼女も恥ずかしかったのだろうか……


「あ、ありがとう……。でもそんな上級飲ませる程でもなかったのに。あのドラゴンも倒したことだし……」


 先の瘴気化ドラゴンの行動により周りにいた漆黒の魔物も全て吹き飛んでいる様だったのだ。

 そして、その瘴気化ドラゴンもリィナの一撃で頭部が吹き飛んでいたのだ。僕はもうこれ以上戦闘はないと思っていた。

 だけど――


「……まだ終わってない。あのドラゴンからまだ瘴気の臭いが濃く漂っている」


「え……」


 その時だった。


 ――ゴポッ


 瘴気化ドラゴンの首元が漆黒の魔物が湧き出る時のように泡立ち始める。


「まさ…か……」


「……体制を維持して。もうすぐあれは復活する。あれはイビルドラゴン……いや、まさか――!?上位の龍種の生命力はとてもすごいけれどあれって……」


 リィナはいつの間にか手元に戻ってきていた≪風翠≫の槍を構えていた。だが、その表情は驚愕に満ちている様だった。

 だがその理由を僕も身を以って知ることになった。


 次第に瘴気がドラゴン全体を包み込みその形状を変化し出したのだ。


「……キマイラドラゴン――間違いない。あれは竜王の一種……推定ランク【SS】、しかも瘴気化により【EX】にすら届いている可能性がある」


「………!」


 僕を叩きつけた尻尾は二股に分かれ各々の先には蛇の頭が、翼はより鋭利に手足は獅子のようであった。

 そして――頭部が復活を果たしたと同時に濃厚な瘴気を漂わせながら盛大な雄叫びを全体に届かせるのであった。


『ガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!』


「くっ……っぁ……」


 身体が震える。先程とは比べ物にない威圧感が襲ってくる。

 こんな存在に勝てるのか?身体全体が委縮してしまう。だけどその時、隣から僕の手を握ってくれる存在がいたのだ。


「……大丈夫。今度はわたしもいる。一緒にがんばろ?」


「ぁ……」


 リィナの意志が手を伝って届いてくる。温かい――。

 そうだ。僕には頼もしい相方がいるんだ。アリシア達を守るためにもこんなところで負けていられないんだ!


「ありがとう。二人であいつを倒そう!!」


「……ん。任せて!」


 僕達はそれぞれ武器を構えて瘴気化キマイラドラゴンと対峙する。

 そして瘴気化キマイラドラゴンが僕達を補足したとき、僕とリィナは同時に駆けだすのであった。


  ◆◆◆◆


「な、何が起こっているんだよ……」


 俺ことユーシアは目の前で起きている出来事が夢のように思えた。

 俺たちはセツナを騎士共から救うためにこの遺跡に来ていたはずだ。

 なのに、何故そのセツナが戦っているんだ!?


「ぁ……あぁ……」


 隣で俺の鎧を引っ張りながら妹のアリシアが震えている。

 無理もない――俺でさえあのドラゴンの叫び声に魂を抜かれる想いだったんだ。

 魔法が何故か使えなく自衛手段がないこいつにとってはどうすることも出来ない状況だったのだろう。

 だが、それは俺も同じ想いだった。

 これでも今まで冒険者としてそれなりの修羅場は潜ったつもりだった。

 なのに、今目の前でドラゴンと戦うセツナとアリシアよりも数段幼い少女の二人が戦っているその場に俺は加われる自信がなかった。


 あの少女は何者なんだろうか。俺たちを安全地帯まで引っ張ったかと思うと、そのまま俺たちの護衛できていた騎士の救出も行ってくれていた。

 そしてほぼありったけの薬を俺に渡してきたかと思うとそのままセツナの助けに戻っていったのだ。

 正直、あの子がいなかったら俺たちも、そして戦い続けているセツナの命もなかっただろう。


 悔しい――何もできない自分がとんでもなく情けなかった。

 ドラゴンに吹き飛ばされるセツナを見た時も俺は足が動かなかったんだ…。

 許してくれとは言わない、だけど――頼む勝ってくれ。だから――


「負けんじゃねぇぞ、セツナーー!!」


 俺はあらん限りの声で叫ぶ。喉が枯れようが戦い続けるあいつらがいる限り俺は叫び続けてやる!

 その想いが隣にいたアリシアにも届いたのか何時しか震えがなくなり俺の顔を茫然と見上げていたのだ。

 俺は頷く。俺の妹ならこんなところで縮こまって震え続ける程軟じゃないよな。


「……ないで。お願い…お願い――負けないで!!」


 両手を合わせ祈るようにアリシアが懇願する。それは次第に俺と同じようにあいつらに届かせるように叫び声となった。

 何時しか意識を取り戻した騎士共も同じように叫んでいた。

 俺たちは戦い続けるセツナ達を応援することしかできなかった。だが、喉が枯れ続けても叫び続けてやる!それが俺にとっての贖罪だったんだ。

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