第14話 -絶技の果てに―-

「……風の精霊≪シルフィード≫の名の元に―法を律する精霊よ 其の力は一陣の風 願わくば眷属たる我に疾風の如く与えたまえ―ハイウィンド・レイ!」


 リィナが疾走しながら詠唱を綴る。僕たちの周囲に風が集ってくる。

 おかげで僕たちの走るスピードが先ほどまでと比べ物のない程速くなった。これなら――!


「ぜぇぇぃぃやぁぁぁ!!」


 地面を掴みそのまま踏み抜く!

 同時に瘴気化キマイラドラゴンが翼を大きく広げ攻撃動作に移っているのが見える。

 翼の一部が飛来し、そのまま刃となり僕達を突き刺さんと飛ばしてきた!


「なめ……るなっ!」


 襲い掛かる羽を剣で弾き飛ばす。そして、僕はそのままの勢いで瘴気化キマイラドラゴンへと近づき右手部分を斬りつける!だが――


――ガキィン!!


「なっ……硬すぎる!?」


 放った斬撃は堅牢な鱗に阻まれ瘴気化キマイラドラゴンにほぼ傷を与えることが出来なかったのだ。

 慄く僕に視点を定めた瘴気化キマイラドラゴンが好機と見たのか、右手を振り上げ鋭利な爪で斬り裂こうとしてくる。僕だけだったら回避できない一撃なのかもしれない。だけど、僕には背中を預けることが出来る相方がいるんだ。


「……やらせない!」


 駆け寄ってきたリィナが振り上げた右手に向けて風を纏わせた≪風翠≫の槍を突き入れてくる!

 リィナの一撃でも瘴気化キマイラドラゴンに致命的な一撃を与えることが出来てはいないようであった。だが、振り下ろしてくる右手はリィナの槍により軌道を邪魔され僕たちは無傷で避けることができたのだった。


「……こいつとても厄介…」


「あぁ……だけどやるしかないんだ―ー!」


 瘴気化キマイラドラゴンの猛攻を防ぎつつ僕達は攻撃を仕掛ける。だが、その全てが堅牢な鱗に阻まれてしまう。

 どの部位も鱗に阻まれ攻撃が真面に届かない。リィナとの連携でこちらも瘴気化キマイラドラゴンの攻撃を受けずにすんではいるが、このまま闇雲に攻撃するだけじゃ意味がなかった。だから――!


「リィナ!!」


「……ん!」


 こちらの意図に気付いてくれたリィナが一旦離れる。僕はそのまま瘴気化キマイラドラゴンの振り下ろしてくる両爪を掻い潜り懐に潜り込む!そして――


「ぁぁぁぁぁあああああ!!盈月一華-四の型-…≪無月・絶華≫!!」


 剣先に全気力を集中させる。そしてそれを振り上げ――がら空きとなった瘴気化キマイラドラゴンの胸元へと突き入れ集めた気力を解放させる!


 ズドン――――!!!


『ガ、ガァァァァァアアアアアアアア!!!??』


 僕の剣技により胸元の鱗が剥がれ落ち、赤黒い肉体が剥き出しとなった。だが、僕の目的はそこじゃないんだ。今の一撃による気の爆発で瘴気化キマイラドラゴンの上半身が宙に浮いていたのだ。僕の行動は唯の布石――次の一撃からが僕達の全力の攻撃だった!


「リィナァァァァァァァ!!!」


「……任せて!!穿て穿て穿て!飄風を纏いて疾風の一撃を我が身に――我が槍に!!!」


 リィナの元へと風が突風となり集っていく。それは今までに見た何よりも激しい飄風であった。その全てがリィナの持つ槍へと収束していく。そして槍が翡翠色の輝きに包まれた瞬間――リィナはその身を撓らせると瘴気化キマイラドラゴンへ渾身の力で投擲したのだ!


「……ぁぁぁぁぁ!ストーム・ブラスト!!」


 放たれた一撃が激しい閃光と暴風を生み、場を掻き乱しながら瘴気化キマイラドラゴンへと突き進む。そして、僕の一撃により仰け反っている瘴気化キマイラドラゴンは避けることも出来ず鱗が剥げ落ち露出した部位へと直撃したのだ!


 ――ドゴォォォォォォォォン!!!


「ぐっ………」


 凄まじい土埃がリィナの放った槍の残滓として巻き起こり視界が一瞬奪われてしまう。致命的な一撃だったはずだ――だけど未だ目の前から脅威が全く失われていなかった。

 だから、僕は相手が動く前に目の前の脅威と突き進む!


「まだ、だ!!はぁぁぁぁぁぁっ!!盈月一華-四の型-殺の太刀…≪繊月≫!!」


 目の前に立ち尽くす異物へと剣を突き入れ、そのまま全力で柄頭へと螺旋をぶつける!!

 瘴気の損耗が激しいのか僕の攻撃は驚くほどすんなりと鱗を突き破り瘴気化キマイラドラゴンの右足に抉りこみ、そのまま弾き飛ばしたのだ。


「よしっ!!これならいける――!」


 龍種の生命力が高いと言っても瞬時に部位復活が出来るほどの脅威さはないようであった。

 土煙が収まりその姿が露わとなった瘴気化キマイラドラゴン。その身は上半身の大部分が消し飛んでおり、先ほど僕の一撃で片足も飛ばしたことにより今まさにその身を崩さんと倒れこもうとしていた。

 だが、いたるところで身に纏った瘴気が生命を維持しようと損傷した部位に集い蠢いているのが見える。

 まだ倒れないのか――!?ならば消滅するまで斬り刻むまでだ!僕は足に力を入れ更なる追い討ちへと行おうとした時――リィナの叫び声が聞こえたのだ。


「……っ!セツナ危ない!!」


「え?な……!?」


 僕の目の前に瘴気化キマイラドラゴンの尾部分―二股に分かれた蛇が今まさに僕へと襲い掛からんと左右から迫り来ていたのだ!


「くっ――!!盈月一華-三の型-…≪片月≫!!」


 僕は咄嗟に右から襲ってくる蛇へと剣技を用いて斬り刻む!だが、左からの襲撃に間に合わない――!!


「……右に避けて!!」


 背後から聞こえるリィナの声に従い転げながら僕は右へと避ける。そして同時に襲い掛かってきていた蛇へと貫く銀色の槍が飛翔してきたのだ。

 左から襲ってきていた蛇も頭部が槍によって切り離され頭が僕の元へ転がってくる。


 あ、危なかった……


 リィナが咄嗟に≪風翠≫ではない通常の槍を放っていなければ致命傷を受けていた……。僕の胴体より太い尾に繋がった蛇の頭だ。噛まれれば正直危ないところであった。

 僕は急いで立ち上がり、転がってきていた蛇の頭へと蹴りを入れる。そこでまだ敵の攻撃が終わっていないことに僕は気づいたんだ。


 眼が光っている――まさか!?


「まずい……リィナ離れろ!!」


「……!!」


 頭だけになった二尾の蛇頭の眼が赤く光ったかと思うと同時にその口から漆黒の煙が噴出し出したのだ。明らかに嗅ぐと拙いと感じるソレが周りに充満してくる。


「……これは――麻痺毒!?セツナ、絶対に吸わないで!」


 リィナの忠告を受けて急いで息を止めてその場から離れる。だが、僕の動く速度以上に毒煙が逃げ道を塞いできていたのだ。

 そして最悪な事に瘴気化キマイラドラゴン本体が完全体ではないが動き出す気配も感じてくる。どうすれば――!?


「……くっ……風の精霊≪シルフィード≫の名の元に―舞い風の如く踊れ 清風の如く清め給え 穢れを払い給え―ピュリフィカシオン・ブリーズ!」


 リィナの詠唱と共に暖かい風が周囲に巻き起こる。その風は有害な毒煙を瞬時に浄化し辺りを清めだしたのだ。

 すごい……


「助かったリィナ、ありがと――っ!?」


 窮地を脱することが出来た僕はリィナの方へと振り返る。だがそこには手元から≪風翠≫の槍が消え去り、肩で息をするリィナの姿があったのだ。


「リ、リィナ!?まさか毒を吸い込んだんじゃ――!!」


 顔を青ざめるリィナに急いで近づく。だが、リィナは静かに首を振り途切れ途切れの声で答えだしたのだった。


「……違う。……体内のマナが枯渇してきた……これ以上動けない…かも」


「……!!」


 それは当たり前の状況だった。ここに来て連続で≪風翠≫の力を解放したことに加え、微精霊の力を借りずに魔法を何度も行使しているのだ。

 だがどうする!?瘴気化キマイラドラゴンはまだ倒れていない――これ以上は僕がどうにかする必要があったのだ。

 そんな僕の身体にリィナが放っていた風が吹き抜けてくる。


 風――あ……!!


 僕の気と彼女の風があれば……

 僕の頭に一つの剣技が浮かびだす。それは元の世界では一度も使うことが出来なかった剣の極致の一端。


「……セツ…ナ……?」


 リィナが不安そうに僕を覗き込んでくる。彼女にこれ以上無理はさせれないよな。僕は任せろと言わんばかりに彼女の頭を撫でる。

 そうだ、後は僕に任せてくれ。これで全てを終わらせてやる――!!


 僕は復活しつつある瘴気化キマイラドラゴンへと向き直す。そして剣を無造作に掲げ、意識を集中させる。

 目の前には瘴気化キマイラドラゴンの叫び声が聞こえた。だが、意識を逸らすな。気を高めろ。そして――リィナの力を受け入れる!!

 その時リィナの眼には信じたい光景が映っていたと思う。

 僕の剣先にリィナが放っていた≪ピュリフィカシオン・ブリーズ≫による風が集い出す。それは僕の気と混ざり合いそして溶け合っていく。

 これなら――いける!!!


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッァァッァァァァァアアアアアアア!!!!!!!!!!』


 上半身の三分の一が消滅したままの瘴気化キマイラドラゴンが盛大な唸り声を上げる。

 同時に僕はこの戦いを終わらすために瘴気化キマイラドラゴンへと駆け出す!

 復活した右手を振り下ろしてくる瘴気化キマイラドラゴンの攻撃を避け、そのまま右手を伝い駆け上がる!そして――


「はぁぁぁぁぁ……全てを斬り裂く!盈月一華-絶の型-…≪桜華風月・刹那≫!!」


 爺さんから僕へと受け継がれし剣技――その全てをぶつける!!

 瘴気化キマイラドラゴンの頭部と同じ位置に飛び上がった僕は全力で剣技を抜き放った!

 風を纏った剣が瘴気化キマイラドラゴンを貫く。そのまま僕は縦へ横へと振りぬく――

 僕の今できる全力の12連撃。その全てを瘴気化キマイラドラゴンへと叩き込む!

 その時―僕の剣先に一つの感触を感じたのだ。


 ――パキャァァァァァン!!


 何か硬い球体のようなものを砕く感触。そしてソレが瘴気化キマイラドラゴンにとって致命的な一打となり、盛大な叫び声を上げ出したのだ。


『ガ、ガアアアアアアアア!!!??ギィアアアアアアアアアアア!!!!!』


 剣撃が終わり、僕は肩で息をしながら膝で着地を行う。そして事が起きたのは同時だった。

 目の前で細切れになった瘴気化キマイラドラゴンが瘴気の塊となり崩れ去っていく。そして、ついにその身全てが崩れ去り瘴気そのものも霧散したのだった――


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 喜びを感じる余裕もなかった。瘴気すらも霧散していくこの状況でこれ以上復活されたらもう逃げるしかない状態だった。

 よろける僕の腰に手が回ってきたことを感じる。横を見るとそれはリィナだった。


「……ん。勝った。終わったよ、セツナ」


 リィナの顔はいつもと違い喜びに溢れていた。そうか…終わったんだ。僕達は勝てたのか……!


「やっ………た!!!」


 拳を握りこみ喜びを噛み締める。正直絶体絶命と何度思ったことか。でも僕達は勝ったんだ!


「セツナァァァァァァ!!!」


「セツナさん、セツナさん、セツナさぁぁぁぁぁん!!」


 同時に後方からユーシアとアリシアの声が聞こえてきた。こちらへと身体に鞭打って駆け寄ってくるのが見える。

 これで終わったんだ……


 僕は倒れそうな身体に力を入れアリシア達へと向き直す。落ち着いたらこれまでの事を皆で話し合おう。

 そして、出来ればシルフィル兄妹とリィナ、そして僕の4人で冒険が出来ないか提案してみよう。色々なことが僕の頭へと駆け巡っていた。



 だけど――




 次の瞬間その想いが打ち砕かれることになったんだ―――




「え…………」


 駆け寄ってきていたアリシアが急に立ち止まる。

 どうしたんだろう……横を走っていたユーシアと騎士たちも立ち止まり、そしてその目が見開き驚愕の表情へと変わっていく。

 何があったんだ。いや、ナンナンダコレハ。立ち止まったアリシアへと視線を向ける。



 そこに見えた光景――それは紛れもない事実で……アリシアの腹部から赤い無骨な剣が覗いていたのだった。



「げほっ…………」


 アリシアの口から赤い血が流れ出す。思考が停止する――何が起きているのか理解が出来ない。

 だが、目の前で起きていることは紛れもない事実で。アリシアがその身を崩したとき、否が応にもその事実を突きつけられることになったのだ。


「あ、あぁ…ああああああああああああああああ!!??!?」


 僕は走りだす。アリシアのいた位置に誰かが立っていた。アイツが……アイツがアリシアを刺したのか!!

 僕は激昂していた。だが、それは僕だけではなかった。

 アリシアの隣にいたユーシアも僕と同時に背中に挿していた大剣を抜きアリシアを刺した奴へと振りかぶっていたのだ。


「テ、テメェェェェェェ!!!俺の妹に何をしやがる!!!!」


 だが、ソイツは笑っていた。そして僕はソイツが誰か分かっていたんだ。だってソイツは、その男は……


「は――。おせぇよ」


 ユーシアの体験が振るわれる直前、アリシアを刺した赤い無骨な剣を振りぬく。それはあっさりとユーシアの右腕をすり抜ける。そして――


「ガッ……あ、あああああああああああああああああああああああああ!!!??」


 ユーシアの肩から右腕が無くなっていた――。血しぶきが肩口から噴出しているのが見える。

 崩れ去るユーシア。男の足元に二人から漏れ出た血が血だまりとなり男の靴を濡らす。


 なんで……なんで!なんでこんなことをしているんだ……


「答えろ!!アッシュゥゥゥゥゥ!!!!」


 アリシアとユーシアと殺そうとした男――アッシュに向かって僕は叫び、全力で駆けるのであった。

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