第三章 ~太陽の煌めきと月の輝き~

第51話 -過去の惨劇を防ぐためにも-

「父ちゃん、俺もう疲れたあぁぁ」


 惑星セレナディアにある様々な大陸の中で一番大きいとされるゼフィロス大陸。

 その大陸南部を統治している四大国の一つであるエルージャ公国にある小さな農村で二人の親子が汗水を垂らしながら勤労に励んでいた。


「文句ばっかり言うな。お天道様が見ているのだからしっかり働きなさい。怠け者にはお天道様が罰を与えてくるぞ?」


「えぇぇぇぇ。父ちゃんいつもソレばっかりじゃないか!!俺だって皆みたいに早く遊びたいんだよ!!」


 働き疲れいきり立つ少年をいつもの常套句で有無を言わさない父親。

 各家庭ごとに差はあれど、農業で生計を立てている人々の行動は何処も一緒だった。

 しかし、この日に限っては少年とその父親の二人以外周りの畑では働いている者はいなかった。


「仕方ないだろう……母さんが風邪を引いて朝はドタバタしていたんだ。だからといって今日やることを投げ出すことは出来ないんだ。ご飯が食べれなくなるのは嫌だろう?」


「うー……でも……」


 遠くから少年と同じ年代の子供達のはしゃぐ声が聞こえてくる。

 何時もだったら午前中に手伝いの畑仕事は終わらせて今頃は遊んでいるはずだった。

 しかし、今日は母親が風邪で床に伏してしまい、畑仕事を始めるのが遅れてしまっていたのだ。


「はぁ……仕方ない。お天道様が天辺に昇ったら自由にしていいぞ。ほら、あと30分もないのだから頑張れ」


「――!父ちゃん有り難う!!俺頑張るよ!!」


 それは何気ない日常。何気ない光景。


 ――お天道様が見ている


 怠ける者に対して言う言葉。

 空を見上げれば燦々と輝く太陽。誰もがその存在を知り、そして決して届くことのない存在だと敬意を払う。

 光なくして人々は生きられない。生命の源とも言うべき存在――


「頑張ればお天道様は私達に救いをきっと差し伸べてくれる。だからお前もお天道様が出ている間は皆のお手本になるような人間になるんだぞ?」


「また父ちゃんはそればっかり。それならお天道様が見えなくなった夜は悪い子でもいいの?」


「馬鹿言え。昼はお天道様が、夜はお月様が私達を見ているんだぞ?働いて遊んで、夜になったら家に帰る。暗くなっても外で遊ぶ悪い子はお月様が攫ってしまうんだぞ?」


「父ちゃんの言ってること難しくて解んないよ……だったらお天道様とお月様ってどっちが偉いのさ!!」


「私達が比較することが出来る存在な訳がないだろう。そんなことも分からないとは情けない奴だ……遊んでばかりいないで少しは勉強もしなさい。ほら、手も止まってるぞ!!」


「うー……分かったよぅ」


 もしも……本来ならば絶対に有り得ないことだが……

 昼の象徴であるお天道様と、夜の象徴であるお月様がぶつかり合った場合。

 勝利するのはどちらなのだろうか。

 その答えを知る者は誰もいない。そんなこと有るわけがないのだから。

 だからその質疑は意味をもたないモノだと誰もが吐き捨てる。そう、今の今までは……


  ◆◆◆◆


 カタン――カタン――カタン……


 不快感を覚えない振動が定期的に身体を揺らす。


「……ん。んんっ……」


 目の前には長時間の移動に飽き、隣に座る腰まで届く長い白縹色の髪をした少女の肩へと寄りかかり眠り続けるセミロングの白緑色の髪をした幼い少女。

 寄り添う二人の姿は仲の良い姉妹の様で見ていて微笑ましいものがあった。


「あふ……私も眠くなってきました……」


「ははっ。リィナも気持ち良く寝てるしね。まだ目的の場所まで時間もかかるみたいだしアリシアも眠っていいよ?」


 その言葉に安心したのか、返事を返す間もなく静かな寝息を立てだす白縹色の髪の少女――アリシア。

 アリシアの隣で気持ち良く眠る白緑色の髪の少女――リィナを見ていると眠くなるのも仕方のないことだと思う。


「さすがガゼインお薦めのキャリッジだなぁ。揺れが全然ないし乗り心地もスピードも車と変わらないなホント」


 初めて乗った馬車とは雲泥の差。というより比べるのも烏滸がましい程の心地良さ。

 サスペンションの緩衝具合も優に6人は乗れるであろう車内の広さも何もかも全てが高級な品だと素人目でも理解できた。

 その上、ガラス張りの窓から外の景色を見ると風を切り映る物全てが右から左へと瞬時に消えていく速さ。

 明らかに馬が出せる速さではないのは一目瞭然。それもそのはず。僕達が乗るキャリッジを引いている生き物は馬ではなかったのだ。


 ≪走る流星群≫の異名を持つ生物――ドラゴンミーティア


 短めの金髪を逆立てた20代半ばの青年――ユーシアの操る手綱に繋がれた二頭のドラゴンミーティアは疲れを全く見せずに走ることこそ生き甲斐の如く目的地に向かって疾走し続けていたのだった。


「私の為にガゼイン様には多大なご迷惑をかけてしまいました……事が落ち着いたら改めてご挨拶に伺わなければいけませんね」


「また口調が硬くなってるよ?ほら、僕達しかいないからこそ今のうちに慣れておいた方がいいよ」


「そうでした。ごめんなさい、セツナ様……いえ、セツナくん」


「その調子。僕達は同じギルドチーム≪悠久の調≫所属の仲間なのだから。ね、リーゼ」 


「はいっ!」


 座席の広さには余裕があるはずなのに肩が触れ合う程の近さで隣に座る柑子色の髪を後ろで束ねてポニーテールにした少女――リーゼ。

 僕にリーゼと呼ばれた少女ははにかむように微笑んでいた。

 僕達の新しい仲間となったリーゼ。彼女は僕と同じかそれ以上に目に映る存在全てに興味を持ち、隣に座る僕へと事あるごとに様々な質問をしてくる。

 気品さは決してそこなわずに子供のようにはしゃぐリーゼに苦笑しつつも僕自身そんなやり取りが楽しかった。


 元の世界から惑星セレナディアに何の因果か呼び出された僕≪東雲刹那≫は今、リーゼを含めた4人の仲間達と休む間もない新たな旅路へと足を運んでいる。

 目的地は初めて赴いた村≪ラクシア≫を発った時と変わらない。しかし、あの時と違って今は確固とした目的があった。

 昨日発った商人の街≪エルガンド≫での出来事を経て進む僕達。

 全ては隣に座るリーゼ――否、エルージャ公国を統治する王族の第四王女≪リースリット=R=エウィリーゼ≫からの願いにより始まった一つの軌跡だった。


―――…


――


「国王の様子がおかしい……つまりはそういうことなのですか?」


「はい。その通りです、ユーシア様。初めは小さな違和感からでした。数ヶ月前から感じた違和感……それが間違いのないものだと気付いた時には全てが手遅れでした。お父様は……私の知らない存在へと変貌していたのです」


 外では止むことのない商人達の競い合う声が街全体に響き渡り続け、賑わいを見せる商人の街≪エルガンド≫が誇る一大祭――エルガンド祭の三日目が執り行われていた。

 そんな賑やかさを見せ熱気に包まれた街とは真逆に僕達のいるこの街の中枢とも言うべき商会の建物の一室は緊迫した空気に包まれていた。


 部屋の中には限られた人物のみ。

 壁際にはエルガンドの街を治める商会の長――ガゼインと街全体の地下に張り巡らせた水路を生活の拠点としたアンダーグラウンドに住む人物達を取り纏める裏の情報人――ヴェネッサ。

 そして僕達ギルドチーム≪悠久の調≫の4人の視線の先にいるベッドから上半身だけ起こした少女――第四王女≪リースリット=R=エウィリーゼ≫。

 リースリット姫殿下の目覚めにより集まった僕達はエルージャ公国の命運を賭けた流れに身を置くことになるのだった。


「……殿下の知らない存在ってどういうこと?」


 エルージャ公国が崩壊するという始まりから話し始めたお姫様。

 自国の未来をそう思わざるを得ない程の出来事はお姫様の父親――エルージャ公国現国王であるゲイオス=レクセント国王陛下のとある変化からだった。


「お父様は厳格な方でした。自分自身を律し、未来を背負う私やお兄様、お姉様にも厳しく当たる。それも全てがこの国を大事に想うからこそ。……知っているかと思いますが、我がエルージャ公国は大国と呼ばれていても他の3大国とは全ての面で劣っています。しかし、他国に対して政治面でも武力面でも侵攻されない為にお父様は頑張り続けていました。だからこそ、そんなお父様の後ろ姿が私は大好きでした。ですが――それも大よそ5か月程前のことでしょうか。最初に気付いた違和感は兵力の大幅な増強でした」


 ――兵力の増強。

 その言葉には別段おかしい部分はないと思う。平和だった僕の故郷――日本でさえ防衛の為に自衛隊という組織があった。

 魔物が徘徊し、他国との鬩ぎ合いを考えれば兵力の増強は何ら問題はないことだと思う。

 しかし、今まで国王である父親の姿を見続けたお姫様が違和感だと感じる程のことだ。僕達は言葉を挟まずにお姫様の語りに身を任せていた。


「我が王家が保持する兵は皆様知ってのとおりレクセント王都直属騎士団≪ヴァイスシュヴァルツ≫になります。国全体の秩序を守り、悪を裁く白の隊と他国の侵略等の有事の際に武力を以って制する黒の隊。彼等は皆志願してきた者達でこれまで少数精鋭ながら奮闘してきました。それがお父様の突然の一声によって変わってしまいました。唐突な強制徴兵……そして複数の傭兵団の国有化。その数は優に10倍を超える程の人員となる程でした。違和感を覚えながらも私も最初は半年ほど前から各地で現れ出した漆黒のオーラを纏う魔物の対処だと思っていたのですが……」


「10倍って今そんなことになってるのかよ……確か元々≪ヴァイスシュヴァルツ≫は白と黒合わせても1000にも満たない人員だったと聞いたが……」


「あぁ。俺の知る限り今の≪ヴァイスシュヴァルツ≫の総数は万を超えているはずだ。だがまぁ、王都へ立ち寄ることの少ないお前等ギルドの人員が知らなかったのも仕方のないことだと思うがな。元々≪ヴァイスシュヴァルツ≫と大陸全土に存在するギルドは犬猿の仲だと言われるほど仲が悪い事で有名な話だしな。お前等もつい先日まで漆黒のオーラ――瘴気を纏った魔物の存在を知らされていなかっただろう?」


 ラクシア村のギルド支部の支部長も瘴気化魔物の存在を知らなかった。

 通常の魔物を数ランク狂暴化させる存在を対魔物討伐のスペシャリストであるギルドが半年もの間知らされていないと言うのは本来有り得ないことのはずだった。

 国王は直属の騎士団で対処するために知らせなかった?その為に強制徴兵や傭兵を取り入れてまで兵の数を増やそうとした?

 しかしその予想は全て違っていた。


「兵の増強――その本当の理由は隣国の二大国……リグレシア共和国とアスタリテ王国の制圧。そして、ガイロス帝都が有する異世界の知識――セツナ様の世界の知識を手に入れることだったのです」


「「「なっ――!?」」」


 お姫様は今何と言った?

 ガイロス帝都が有する異世界の知識……?確かに昨日ガゼインはガイロス帝都に僕と同じ異世界人がいると言っていた。もしかしてその事を言っているのか?


「セツナ様や皆様が驚くのも無理ないと思います。そしてこの事は我が国は王家と上層部の人達しか知り得ない事――ガイロス帝都は異世界の人々を召喚する技法を有している。だからこそガイロス帝都は強大で他国の追随を許さない程の強さを誇っています。お兄様から兵の増強理由が他国を制圧し帝都から異世界の知識を奪うことだと聴かされた時、私は立っていられない程視界が真っ暗となってしまいました。何よりそんな暴君の様な内容が政の場で可決されてしまったことも……」


「ちょ、ちょっと待ってください。政の場で可決されたって宰相や大臣はそんな有り得ない内容に賛成したってことなんですか!?」


 アリシアが驚くのも無理ない内容だった。

 独裁国家ならまだしも通常であればそのような大事他の重鎮達が黙っているはずがなかった。それなのに政の場というのは正式な場で決議されたということ。一体何が起きているというんだ?


「アリシア様の言う通りです。その事実を知った私は宰相や各大臣へと詰め寄りました。しかし、皆決まって同じことを――国王が決めたこと。我等はただ従うのみと言ってきたのです」


「洗脳されたとしか思えないな……」


「私もそう思いました。そして、その頃からです。お父様が纏う微精霊が変化が起き出したのは」


 この世界には通常の人々には見えない存在がいる。人々と共存する精霊の源――微精霊。その属性は多種多様とは言え彼らは大地と共に生きていた。

 宝煌神剣である僕やリィナは微精霊の姿を視覚化することは出来ずともその場にどれだけいるのか把握できている。

 そして、理由は不明だがアリシアはここ最近になって微精霊の姿を視覚化できるようになっていた。聖なる祝福を受けた微精霊は属性色に染まっているがどれも神々しい存在だと言う。闇の微精霊でさえ同様に、だ。

 しかし瘴気に侵された微精霊は漆黒に覆われ、僕達だけではなく魔の道に通じる者であれば視覚化出来るほどの禍々しさを醸し出していた。

 今はまだ断定できないが、お姫様から匂う感覚……彼女も微精霊の存在に気付くことが出来る人種のようだった。


「最初は見間違えだと思いました。疲労が溜まって幻覚を見ているのかとも……けれど、その光景は日に日にひどくなっていきました。お父様の周囲は時を経つにつれて黒く染まり、純粋な微精霊はいなくなっていきました。その頃から私はお父様を私の知るお父様だと思えなくなりました。異形の怪物……悪魔の化身。そう思う様になってしまったのです」


「そんな国王様が……」


 何かしらの理由で国王陛下は瘴気を身の内に取り入れてしまったということなのだろうか?そのせいで暴君の様な行動を取るようになった……?


「だが、姫様よ。確かに国王の急な暴君的行動は許しがたい事実だ。そして――たかが数万程度の兵で他国を攻め様とすることもな。リグレシア共和国やアスタリテ王国ならもしかすると制圧することが出来るかもしれないな。だが……俺はガイロス帝都以外の三大国が揃っても勝てる想像が出来ないな。姫様もそう思ったからこそエルージャ公国が滅びると思ったのか?」


「ガイロス帝都ってそんなに強いんですか……?」


 僕自身は正直どれもこれも聞いただけの話だからうまく想像ができない。元の世界であればアメリカに対して戦争を仕掛ける様なものなんだろうか?でも、だからって大国と呼ばれる国が集まっても勝てないなんて……


「はっきり言うぞ。帝都は異世界の知識に加え、神の使い手――セツナ、お前や嬢ちゃんと同じ奴等が複数いるという話だ。元より相手が違いすぎるんだよ。相手をするだけ無駄。奴等は常に隣国を攻め落とそうとしているが本気じゃないのは見え見えなのさ。だが、逆に自国に仇名す存在は完膚無きまでに叩き落とすことでも有名だな。史実には実際にそんな理由で滅んだ国が幾つもある」


「…………」


 空いた口が塞がらないとはこの事なのだろうか。

 ここ最近驚くことが多すぎてそろそろ限界に達したかと思ったのだけど、それでもガゼインの言葉はインパクトが多すぎた。

 僕と同じ異世界人を複数有した上、宝煌神剣の使い手すら複数いると言う事実……神すら屠ることが出来、神に成ることができる存在がそんなにいるって本当にどういうことなんだろう……


「こほん。ガゼイン様の思惑は間違っていないと思います。急ごしらえで増やした兵で帝都を落とせるだなんて常人であれば信じることが出来ない事実。その結果、帝都の逆襲に合うであろうことも容易に予想できます。ですが……私が最初に言ったエルージャ公国の滅亡。これはまた別の理由もあるのです」


「あぅ。もう驚き疲れて腰が抜けてきました……」


「はは……俺もだぜ。セツナに任せるとは言ったが、こんな重大なこと俺なんかが聞いていいのかよ……」


 お姫様が話す内容はどれも国の今後を動かす重大機密のオンパレードだった。

 普通であれば貴族でもない僕達が聞ける代物でないことなんて一目瞭然だった。

 けれど、僕はお姫様を助けるって誓ったんだ。


「このようなことに巻き込んでしまい本当に申し訳ないと思っています。ですが……私にはもう皆様しか頼ることが出来ません……私はこの国を守りたい……皆が笑い合える争いのない世界を目指したいなんて夢幻は言いません。私はいまある現実を壊したくないんです。皆が頑張るこの国を……」


 ポタポタと白い掛け布団の上に雫が落ち染みとなり広がり出していた。

 何故こんなにも幼い少女が泣かなければいけないんだろうか。僕達しか頼れない。その言葉は現状の王都にはお姫様の味方はいないということになる。

 事の元凶は国王なのではないのか?だけど他の重鎮である宰相や大臣達の様子もおかしいという。王都で何が起きているんだ?

 ただ、これだけは言える。


「リースリット姫殿下。泣くよりも笑って僕達にお願いすればいいんですよ。それに僕達は誓いました。僕達の力は貴女の為に――何を聞こうともその誓いは揺るぎません。貴女が国を守りたいという想いは僕達も一緒です。だから、僕達に手伝わせて下さい」


「ぐすっ。私も同じ気持ちです!お姫様を助けたいんです!!」


「俺なんかがだなんて弱気な事言ったら駄目だよな。姫殿下を助けたいって気持ちはセツナにも負けねぇよ。あぁ、もう何だってこいさ!!」


「……ん。最初から他人事じゃない。だから教えて。貴女が何を見たのか、その全てを」


「皆様……有難うございます……ぐすっ。有難うございます!!」


 目尻から涙を拭い精いっぱいの笑顔で答えるお姫様。


「青春だねぇ……俺も長っていう柵がなければまざりてぇな」


「ここで茶々入れるアンタが混ざれる訳ないだろうさね。アタシ達は裏から手助け出来ればそれでいいと思わないかい?」


「違いねぇ。姫様の手助けは奴等みたいな損得抜きで俺達の街を救ってくれた者が行うべきだしな」


 横で事の成り行きを見守るガゼインとヴェネッサが全てをぶち壊してくるけど、場を少しでも和ませるには良い緩衝剤なのかな。


「それで、リースリット姫殿下。貴女が知った別の理由とは何なのでしょうか?」


「セツナ様。私達は今後苦楽を共にするんです。私の事は敬称なんて付けずリースと呼んでくれていいんですよ?」


「え……いや、でも……」


 いきなりお姫様を呼び捨てでしかも愛称で呼べと?

 しょっぱな不敬を働いた僕が言うのも何だけどそんな恐れおののきそうな事出来る訳が……


「あ、いやちょっと待ってくれ。後で言おうと思っていたがこの後の話がどうであれお前達は姫様を連れて王都へと向かうはずだと俺は思っている。ユーシア、その認識でいいよな?」


「え、あ、あぁ。出来れば姫殿下はこの場に隠れ頂いて俺達で王都で起きていることの対処をするのも手だが……すみません。姫殿下も一緒ですので泣きそうにならないでください……俺も泣きそうです……」


「兄さん……最低……」


 ユーシアの言葉と同時にお姫様の顔色が絶望に染まりまた目尻に涙が溜まり出していた。

 つい先ほど苦楽を共にするってお姫様が言ったばかりなのに、さすがの僕でも置いていくだなんて言えないよ。


「とにかくだ。理由はこの後の話で分かるだろうが姫様を王都へ連れて行くのであれば姫様の存在は隠蔽する必要があると思う。そうだな……確か倉庫に認識疎外のイヤリングがあったな……それと名前も姫様を連想させる名は呼ばないほうがいいな……セツナ。何か良い呼び名はないか?」


「え、僕ですか!?え、えーっと……僕が決めていいんでしょうか?」


「確かにリースですと私が王女だと気づく人物が現れるとも限らないですね。セツナ様お願いできますか?」


 お姫様からも直々にお願いされちゃったよ。

 名付けなんて初めてなのに……うーん……リースは駄目。かといって全く違う名だというのも変だし……リース……エウィリーゼ……あ。


「じゃぁ、リーゼっていうのはどうかな?リースリット=R=エウィリーゼの最初と最後を合わせたというのとエウィリーゼの最後の文字もリーゼだというのもあって……やっぱり安直かな?」


「へぇ、リーゼねぇ……」


「リーゼ……わぁ、とてもいい名だと思います!決めました。私のことは今後リーゼって呼んでください!!有難うございますセツナ様!!!」


 お日様の様な笑顔で答えるお姫様もといリーゼ。

 満面の笑みで返されると羞恥で顔が真っ赤になってきた。


「あ、う……じゃぁ、宜しくリーゼ……」


「あと、姫様もその口調は気を付けたほうがいいな。今後は同じ仲間として行動するんだ。仲間に敬語はなし、様付けなんてもってのほかだ」


「そ、そうですよね。えっと、何と呼べばいいでしょうか?」


「俺は呼び捨てでいいぞ?」


「私もアリシアでいいですよ。リーゼさん」


「……ん」


「リーゼの好きに呼んだらいいよ。僕達はこれから同じ仲間になるんだから」


 そしてリィナ。既にリーゼに対して一言で済ますのはすごいとしか言えないよ。


「でしたら、ユーシアとアリシア。リィナちゃん。それと……セツナくんでいいですか?」


「……何で僕だけくん付け?」


「……わたしもちゃん付けなんだけど」


「すみません、駄目だったでしょうか……私の中でお二人はそう呼びたくなってしまって……」


「謝らないで!?呼ばれ慣れてないだけで嫌じゃなかったから!!ね、リィナ」


「……ん。ちょっとこそばゆいけどそれでいいよ?」


「有難うございます!セツナくん、リィナちゃん!!」


「あー……俺もユーシア兄様とかにしてもらえばよかったかな……」


「に、い、さ、ん?そんなに呼ばれたいなら私が呼んであげましょうか?お兄様?」


「いてっ、嘘、嘘だって!!俺の妹はアリシアだけだからそんなに頬を引っ張らないでくれよ!!!」


 呼び方ひとつ違うだけで場の雰囲気は変わる物なんだなぁ。

 妹に追いつめられる情けない兄の姿は視界から外しておくのは忘れない。


「あとは姫様の口調はまだ固い部分があるがそこばっかりは慣れていくしかないだろうな。常に砕けた話し方が出来る様に日頃から慣れておくべきだな。……さて。色々と脱線したが話してくれ。一体何を知っているんだ?」


「ふふっ。さっきまでは一つ一つが話すのにとても息苦しく感じていましたが、今なら何でも話せそうです。では、私が知った残りの内容を話します。それは二つありました。一つは不可思議な人達が城内で見かけることになったこと。もう一つは精霊の主のことです」


「不可思議な人……それってもしかしてアッシュ――アシュベルやもしかしてナギサとか呼ばれる人達のことじゃ……」


「セツナ様……ごめんなさい。セツナくんはあの人たちの事を知ってるんですか!?」


 やっぱりか。

 以前遺跡での騒動の後リクゼンが言っていた。国王の周りをアッシュがうろついていたと。だが、リクゼンは確か昔からだとも言っていたはず。リーゼが見始めた半年より最近からだとしたら時期が合わないな……


「少し前に因縁があったんだよ。けれど行動理由が不明だった。ただ――奴等は終焉の混沌と関わりがあると僕は思っている」


「終焉の混沌……混沌……やっ、ぱり………」


「……?リーゼ?終焉の混沌のこと何か知っているのか!?」


「い、いえ……でも、間違いないです……先程話した二つの事柄。一つはセツナくんが言う通り異様な人物達――アシュベルと呼ばれるものやナギサ、ネルクォーネと言った者達のことです。そして残る一つ……精霊の主。微精霊ではない各属性を司る意志を持った精霊。その一つ――水の精霊≪ウィンディア≫が城の地下に囚われているのです」


「え――?」


 水の精霊≪ウィンディア≫……それはアリシアが契約しているはずの精霊の名だった。


「隠れるように地下へと赴くお父様の後を付けて辿り着いた場所に水の精霊≪ウィンディア≫はいました。けれど、私の知る限りソレはもう水の精霊と呼べる存在ではなかったかもしれません。物理干渉されないはずの精霊を鎖で繋ぎ留め、場は瘴気に侵されていました。水の精霊≪ウィンディア≫は狂乱し私では理解できない叫び声を上げていました。その時に精霊の声とは別に聞こえたお父様の言葉――混沌の贄。それが私の王都での最後の記憶でした」


「水の精霊の狂乱――嘘……だろ……?」


 それは僕の記憶にある光景。僕の前世であるラグザ。そしてその恋人であり共に僕の内に眠るアーリャ。二人の生まれ故郷を滅ぼす原因となった出来事……


「……セツナ、もしかして何か知ってるの?」


「……ぁ……駄目だ。このままじゃ終焉の混沌が生まれる。ラグザの……アーリャの故郷の様に王都が滅んでしまう!!!」


「……ッ。そういうこと」


「え、え?セツナくんとリィナちゃんは何か知ってるの!?」


 有り得ない。あの悲惨な光景を現実でもまた呼び起こそうとしているのか!?

 ラグザとアーリャの人生を狂わせた出来事を……


「……セツナお願い落ち着いて。それとリーゼ、一つ教えて。貴女は何処まで知っているの?わたし達の存在や――貴女自身のことも知っているの?」


「それは……セツナくんやリィナちゃんが神の使い手だということですか?ですが、私自身のこととはどういう……」


「……まだ、か。単刀直入に言う。貴女はわたし達と同じ宝煌神剣の使い手。セツナも薄々気づいてたみたいだけど、この匂いと感覚間違いない。であれば色々と説明が付く。貴女が微精霊が瘴気に侵されていくことに気付いたのも、水の精霊の狂乱を見てこの国が滅亡すると感じたことも」


「わた、くしが神の使い手……?え――?」


「はぁ……ッ。間違いないよ、リーゼ……君は僕達と同じ存在のはずなんだ。あの惨劇だけは絶対に止めなきゃいけない。でなければ、ラグザ達は何の為に――!!!」


 怒りが湧き上がってくる。

 何のために混沌を蘇らせようとしているんだ。たくさんの人々を不幸にして許せない……


「……セツナ!!」


「セツナさん!!!」


「ッ……ぁ……」


 両手が温かい……

 僕は……


「……憎しみに心を奪われないで。セツナはそんな感情持っちゃ駄目」


「私は……優しいセツナさんが好きなんです。だからお願いです。怖い顔をしないで……」


「リィナ、アリシア……ごめん。どうかしてたよ……」


 僕自身分かっていたことなのに。

 ラグザとアーリャの全てを狂わせた存在の再現と聞いて我を忘れそうになるほどの怒りに囚われてしまうとこだった。


「……色々と事情は深刻そうだな。だったら、そうなる前にお前達の力で止めろ。過去は変えることは出来なくても未来はお前等の結果次第で変えれるだろ?」


「セツナ、すまないがお前の前世の苦しみを俺は理解できない。だけどガゼインの言う通りだ。俺達はリーゼの願いの為にも、止めに行くんだろう?怒りに我を忘れてどうするんだよ」


「ガゼイン、ユーシア……うん、そうだよね。僕達で水の精霊を助けないと。王都での異変を止めるんだ……リーゼごめん、取り乱して」


「だ、大丈夫です。私がセツナくんやリィナちゃんと同じだなんて全然実感はないのですが、セツナくんが苦しむ姿はもう見たくありません……」


 本当に皆に心配かけてばかりだな……

 あの悲劇を起こさない為にも一刻も早く王都へと行かなきゃいけない。

 ラグザ、アーリャ……二人の様な悲劇はもう二度と起こさせたりするものか。


――


―――…


 コン――コン――……


「ん……」


 あれ、僕は……


「お、ようやく起きたな。ったくもうすぐ着くぞと後ろを見れば全員眠ってるってどういうことだよホント」


「ユーシア……?え、あれもしかして僕寝てた!?」


「もしかしなくても爆睡だったぜ。というか、お前……リーゼの肩に涎つけてるぞ。お姫様に涎を付けるとかすげぇな」


「え、うわっ!!ど、どうしよう!?」


「……ぅぅん。セツナ様……?」


 本当に僕何時の間に寝てたの?

 そしてリーゼも同じく寝てたみたいでアリシアとリィナみたいに肩よ寄せ合って僕達も眠り、不覚にも涎をリーゼに垂らしてしまった、と。

 ……最悪だ……


「ご、ごめんリーゼ!!服弁償するから!!!」


「ぇ――?ぁ……ふふっ。大丈夫ですよ。セツナくんのですし汚くないですよ」


「いや、汚いって!!ほんとどうしよう!?」


「……セツナうるさい。後でアリシアの浄化魔法もらえばいい」


「あふ……。セツナさんの馬鹿。リーゼさんの肩で眠るなんて……」


 いつの間にか同じく目覚めたリィナとアリシアが寝起きによるものなのか呆れの物なのかジト目で文句を言ってくる。

 そんな目で見ないでお願いだから……


「セツナって色々と役得だよなぁ。俺にも春こねぇかな……っと、それよりもだ。一先ず最初の目的地に着いたぞ」


「え、もうなの?あと1日はかかると思ってたんだけど」


「いやなぁ。コイツ等がはりきってな。今日中に着いちまったな。ただもう夜だからここで野宿になるんだが……お前達ずっと寝てたから見張りしろよ?」


「う……もちろん」


 キャリッジの扉を開けて外へと降り立つ。

 周囲は鳥の鳴き声が聞こえる以外静かな場所だった。

 目の前には大きく口を開けた洞窟。


「ここが≪ドグハイムの洞窟≫なんですか?」


「そのはずだな。地図を見せただけでほぼ自動的にここまで疾走してくれたドラゴンミーティアが間違ってない限りここが目的の場所だな」


 文句あるのかとユーシアを睨みつけ鳴き声を上げる二頭のドラゴンミーティア。

 ガゼイン曰く馬の様に行先を手綱で操るのではなく、頭の良いドラゴンミーティアは地図で行先を指示するだけで最短ルートを走ってくれるらしいのだが、実際目の前の洞窟を見るにそれは真実の様だった。


「正規ルートだと私の存在に気付かれる可能性があるからあえて、遠回りをする。ガゼイン様の言う通りこれが一番の得策ですね」


「……リーゼ、また様が付いてる」


「ぁ……すみません……」


 リーゼの左耳には蒼天色に輝くイヤリングが揺れていた。

 装着した人物の認識を阻害する魔具。だが、それもリーゼ本人を王女だと知る者にはほとんど効かない代物だという。

 出来るだけ王女に見えない姿にはしているが、それでも隠れての行動をする必要があった。

 急がば回れとも言うべきで僕達は正規ルートとも言うべき王都への道から外れて普段人が通らない場所を選んでいた。


「明日は一気にこの洞窟を抜けるぞ。ということで……俺は少し休むからあとは頼むわ」


「ごゆっくり。本当に寝ててごめん」


「まぁ、仕方ないさ。俺自身途中何度か意識とんでたしな」


 ……それはある意味居眠り運転じゃ。

 ドラゴンミーティアという自動運転があれど運転手も眠るのはいけないことだよね……。

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