第47話 -幸せの定義-

 見上げれば曇りなき晴天。

 数日前にこの街≪エルガンド≫を瘴気を纏った雲が覆い包んでいたなど知らない者にとって嘘だと思うほどに素晴らしい天気だ。

 晴れ晴れとした陽気に合わせて至る所から活気のある声が聞こえてくる。


「野郎共!あと一日で祭りの開催だ!!今日に全部終わらせるぞ!!」


「「うす!!!」」


 逞しいな……

 周囲で繰り広げられる様子を見た僕の素直な感想だった。

 職人顔負けのスピードで動き回る商会とギルド支部の人達。

 ≪風爆≫との闘いの傷跡はエルガンドの街に確かに未だ残っている。

 だが、怪我が治っていくように人々の手によって僕の想像を超えた復旧作業が行われているのだった。


「あんなことがあったって言うのに皆元気だなぁ」


「……ん。商人や職人達は冒険者と歩む道は違うけど、この世界を生きるって意味では冒険者以上に逞しい人達だから」


「リィナ……。もう大丈夫なのか?」


 何時の間にか隣にリィナがいた。

 昨日今日と朝と夜以外僕達は全員別行動をとっていたのだけど、リィナの表情を見るに彼女の用事は済んだ様子だった。

 街の復旧やギルド支部への報告に走り回っているユーシアに怪我人の手当てに切磋琢磨していたアリシアは本日も終日忙しいままなのだろうな。

 僕やリィナももちろん街の復旧の為に動いていた。だが、リィナには復旧作業以上に大切なことがあった。


「……ん。大丈夫。街の外れに見晴らしの良い隆起した高原があるの。絶え間なく心地が良い風が吹いてるそこがいいかなって」


「そっか……頑張ったな」


 リィナが今何を考えてるかなんて僕には分からない。だけど、リィナはやり遂げた。

 あの戦闘の後、遅れながらレクセント王都直属騎士団≪ヴァイスシュヴァルツ≫所属の騎士がやってきた。

 ラクシア村で出会ったリクゼンとは別の騎士隊だったが、リクゼン以上に高圧的な人達だった。

 街の周囲に瘴気化魔物の存在を知ったガゼインが呼んだ結果、全てが終わった後にやってきた訳なんだけども彼等は魔物の残党を相手にするでもなく、怪我人の救出をするでもなく僕達の下にやってきてエリザの身柄の引き渡しを要求してきたのだった。

 あの時の僕はあまりに不躾な態度をとる騎士達にエリザを救えなかった不甲斐なさとネルクォーネを取り逃がした苛立ちにより怒りを抑えることができていなかった。

 だけど、僕の怒りは爆発する前に不完全燃焼してしまっていた。代わりに隣で静かに荒れ狂う一人の少女がいたからだった。

 リィナは倍以上の年の差であろう騎士達を黙らせた。しかし、騎士達もそのまま黙って退散することなんて出来るはずもなく、一時一触即発な状況になっていた。

 周囲には様子を見に来た人達で溢れかえっていたけど、火がついた火薬倉庫とも言える場所に足を踏み入れようとすは者などおらずこのままぶつかり合うかと思ったその時、一人の男が現れたのだった。

 エルガンドの街を取り仕切る商会の長であるガゼインはその場の様子を一見すると、騎士達に早々に立ち去るように言い放っていた。

 この街は俺等の街なのだと。遅れてやってきたテメェ等にくれてやるものは何もないのだと。

 憤慨する騎士達だったが、勢い余ってガゼインに飛びかかった一人の騎士が盛大に吹き飛ばされる光景をみた後、どこぞの三流役者のような捨て台詞を吐いて逃げ去っていったのだった。

 ガゼイン達はそのままリィナの頭を無骨に撫でた後、家族の後始末はテメェでやれと言うとその場を後にしたのだった。


 ガゼインに言われたから仕方なしにやったことじゃないことは明らかだ。

 敵味方の関係だったとはいえ確かに二人は姉妹だったんだ。リィナにとっては姉の存在なんて今まで知る由もしなかったことなのかもしれない。

 腹違いの姉は自分の居場所を妹に奪われたと感じ憎んだ。そして、妹は頼れる者なんておらず常に一人だと感じていた。

 だけど、確かに最後は二人は姉妹だったんだ。もしも何かが違っていれば二人は仲良しな姉妹でいられたのかもしれない。たがそれはifの世界であり、現実は非常だった。


「……正直エリザ=アーシュライトがわたしの姉だなんて言われても実感なんてなかった。今までアーシュライト家はわたし以外あの時全員死んだと思っていたから。それに、生死関係無くわたしに姉がいるなんて思いもしなかった。少し考えれば分かることだったのに。貴族が跡継ぎを産んでいないわけがない。そんなことにも気付かずにわたしは自分が一人なんだとずっと思い続けていた」


「…………」


「……セツナ……わたしね、エリザを……姉様を恨むことが出来ない。姉様は確かにたくさんの人を不幸にした。アーシュライト家のことも、そしてわたし自身のことも元を辿れば姉様が関わってる。姉様にもたくさんの悪い部分があった。だけど……」


「全ての原因はアイツだよな」


「……ん。ゼファード=オルガレス。風の王だったゼファードは死して尚貪欲だった。姉様を宝煌神剣の使い手として選んだのは姉様を神の担い手に選んだのではなく、自分自身の憑代にするためだった。そのためだけに姉様の負の感情を煽りに煽った。ただそれだけのために……」


「世界は理不尽で満ち溢れている……か」


「……セツナ?」


「幸せな人の裏には数倍以上に不幸な人達がいる。それはこの世界でも、僕がいた世界でも変わらず同じだってことさ」


 どこだって同じなんだ。幸せを掴む人の裏に数多なる踏み台となった人達。

 ゼファードは自身の悦の為に自分以外の有象無象を全て支配しようとした。人だけではなく、この世界に住まう精霊や魔物にも多大な影響を及ぼした。

 確かに他人を蹴落とす者程上に行くのかもしれない。傲慢な人、強欲な人程王と呼ばれる存在に成り得るのかもしれない。

 だけど……


「僕はそんな存在になりたくない。他人を不幸にしてまで幸せなんて得たくないんだ。それが偽善だと言われようと。たとえその結果が他人から見れば不幸以外の何物でもないとしても。僕は……」


「…………ん」


 リィナが手を握ってくる。


「……わたしはそんなセツナが好き。わたしも一緒だから。元々他人と関わりを持つのを避けていたわたしは自身の幸せすら気にもとめてなかったよ?だけど、わたしは存在そのものが姉様にとっては姉様の幸せを邪魔する存在に見えていたんだろうね」


 突然の告白に少し焦りつつも平常心を保たせる。


「だけど、姉様は屋敷を魔物に襲撃させるまでは決してわたしを殺さなかった。殺せる機会はいくらであったのに。それが生き地獄を与えるための結果だとしても、わたしは今生きてる。そして、セツナに出会うことが出来た。セツナが言う通り他人から見ればわたしの人生なんて悲惨としか言えない人生なんだろうね。でもわたしは今幸せだよ?セツナがいる。ユーシアとアリシアもいる。そして、わたしには姉様がいたんだから」


「あぁ……そうだな」


 エリザ。お前は今のリィナを見てどう思うだろうな。

 敵だった相手を姉だと呼び、国からの亡骸の引き渡しを拒否して自然豊かな場所に眠らせるために奔走した妹のことをどう思うだろうな。

 これでもお前は許せないと思うだろうか?ゼファードという怨念から解き放たれた今そんな考えは持っていないことを切に願うよ。

 だって僕と弟の裕那はすぐ傍にいながら本音で会話したことなんてなかった。そして僕も裕那も存命だけど、もう二度と会うことが出来ない。

 リィナとエリザ。敵同士だった二人だけど最後には心が通じ合っていたんだ。

 最後に奴が現れなければ……考えるほど後悔しか出て来ないけどそれでも僕は許すことが出来ない。


「ネルクォーネ。あいつだけは絶対に許すことは出来ない」


「……同感。姉様だけじゃなく姫様とヴェネッサの仇もとらないとね」


 リィナの言う通りだな。第四王女≪リースリット=R=エウィリーゼ≫とエルガンドの街の裏に顔役とも言える情報人ヴェネッサ。

 二人は今ユーシア達とガゼイン等商会の活躍によりネルクォーネの手から奪い返すことが出来ていた。

 だけど、未だ二人共意識を失ったままだという。

 ヴェネッサは怪我がひどく治癒魔法でも全快できていない状況だった。

 リースリット第四王女は見た目こそ怪我らしい怪我はないものの意識が戻る気配が全くなかった。


「早く目覚めてくれると良いな」


「……ん」


 二人が眠っているであろう方向を眺めながら僕達は街の復旧に尽力すべく奔走するのであった。


―――…

 

――


 時はゼファードとの決着が付く少し前まで戻る。

 そこは素人目から見ても異様な場所だった。

 幼い少年を囲い込み、大の大人達が縦横無尽に斬りかかっていた。

 明らかな過剰攻撃。明らかに弱者は少年で強者は大人達であった。

 しかし、その実真実は全くの逆であった。


「なんなんだよこいつは――!!」


 俺――ユーシアの周囲には屈強な商会の連中とギルド支部からの同類達が集い合っていた。

 その全員が一人の相手に死に物狂いで挑んでいた。手を抜いている者なんていない。

 一人一人が持ちうる全ての力を振るい必殺の一撃を放っていた。

 だが、その全ての攻撃を受ける少年――ネルクォーネは嗤っていた。


「あははははははははは!!!」


 斬っている感触がない。

 そんなこと誰もが理解していることだった。

 だからといって手を止めることが出来るだろうか?足を止めることがが出来るだろうか?

 否――そんなこと出来るわけがなかった。

 目の前の敵はあろう事か俺達の国の姫様をペット扱いしやがったのだ。

 断じて許せるものか!!


「だらああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」


「あははは!!無駄だって分かっているのにまだやるんだ??君達もホント飽きないねぇ」


「なら、これなら……どうだ!!」


 ネルクォーネの死角から滑り込んできたガゼインの右腕が轟音を放ちネルクォーネに胴体へと突き刺さる。

 ガゼインを信頼している商会のメンバーだけでなく、ギルド支部の冒険者達もガゼインの一撃に歓喜し出す。

 だが……


「がっ――!?」


「だから無駄だって言ってるのに。人の忠告は聞いた方がいいって習わなかったかなぁ??じゃないとほら、君達の攻撃は全部君達に返っていっちゃうよ??」


 嘲笑した笑みを浮かべるネルクォーネに動いた様子はなかった。

 なのに攻撃を与えたはずのガゼインの全身から血が噴き出したのだ。見れば身体の至る所が裂傷していた。

 一体何が起きたっていうんだよ!?


「ま、まさか……」


 そんな中、後方支援を行っていたアリシアが何かに気付いたかのように戦慄いていた。


「もしかして位相をずらしているんですか……?でも、そんなこと出来るわけが……ううん、やっぱり間違いない」


「位相をずらす……だと?」


「へぇ……。脳筋しかいないと思ったら賢い子もいるんだね??正解正解大正解だよ!!そんな君にはご褒美を上げないとね。今まで君達が僕に与え続けた斬撃……どこに消えたと思う??」


「ッ――――!?」


 ネルクォーネから膨れ上がる威圧感。頭の悪い俺にはアリシアの言っていることはほとんど理解出来ていなかった。

 だが、俺は手に持った大剣を投げ捨ててアリシアの下へと走った。それが妹を護るために兄の矜持だったからだ。


「妹想いのお兄さんだねぇ。その想いが少しでもエリザちんにあればよかったのにね??でも、そんなことボクには何の関係もないか。あはははは!!それじゃ――ばいばい」


 ネルクォーネに右手が俺達の方へと向けられたと同時に俺はアリシアを抱き抱え地面へと倒れ込んだ。

 周囲の空間が歪んでいくのを感じる。


「に、兄さん!?何をしてるの!?」


「いいから黙ってろ!!お前は絶対に俺が護ってやる!!!」


 アリシアが言っていたことが本能的に理解できてきた。

 要はアイツは俺たちの攻撃を全て別次元へと飛ばしていたのだ。そして、ネルクォーネの意志で好きに次元へと飛ばした物体を取り出すことが出来る。

 それが人であろうと、剣戟に軌跡だろうと――


 だけどな?どんな攻撃が来ようと次こそはアリシアを護り通してやる。

 俺の不甲斐なさでアリシアは一度死にかけた。いや、実際死んでいた。

 あんな想いもう嫌なんだよ……妹すら護ることが出来ない屑に俺はなりたくないんだよ!!!


「ユーシア!!そこから離れろぉぉぉぉ!!!」


 ハッ……妹を護って死ねるならそれはそれで本望じゃねぇか。

 だが、そんな俺の決意は空を切ることになった。


ドォォォォォン――――!!!


 俺達の場所とは別の場所で派手な爆発音が響き渡ってきた。

 そして、それと同時に、


「空気が変わった……?」


「澄んだ風が……」


 先までの瘴気を含んだ大気とは明らかに違う、どことなく仲間の少女を思い浮かべる風が周囲を吹き抜けていた。


「あ~ぁ。エリザちんしくっちゃったみたいだなぁ。これからが楽しいところだって言うのに。ごめんね??妹想いのお兄さんに真っ赤な華を咲かせたかったんだけどもう時間切れになっちゃった。まぁ、でもいいかな??ボクの目的はもう達成してる訳だし??だから頑張った君達にはお詫びに僕のペットは返すことにするよ~寛大なボクに感謝してよね??」


「なっ――――!?」


 コイツは何を言ってるんだ!?

 時間切れ?目的?ペットを返す?

 そうこうしている間にネルクォーネの姿が薄らいでいることに気付いた。同時に周囲の空間が歪みだしていることも。


「ま、待ちやがれ!!!テメェは……テメェ等は一体何なんだよ!?」


「待てと言われても待つわけがないんだけどね??それに、今はまだ僕達の事を公に言うことは出来ないかなぁ。まぁ、そう遠くない未来に嫌でも知ることになると思うからそれまで楽しみにしててよ。それじゃ、またねぇ」


 それが幼い悪魔――ネルクォーネとの最後だった。


「くっそがああああ――――!!!!」


 場に静けさが戻ってくる。

 しかし、その静けさを打ち払う程の爆音が響き渡る。

 音の正体は大地を破砕し隆起するが如く打ち付けるガゼインの姿。

 第四王女≪リースリット=R=エウィリーゼ≫は確かに取り戻すことが出来た。

 だが、この敗北感は何だ?

 この場にいる誰もが敗走者の如く打ち拉がれることとなるのだった。

 それは少し後に知ることになるセツナとリィナも同様に……だった。


 俺達は負けた。それも盛大に。

 強くなりたいなぁ……妹をどんな障害からも護れるほどに強く――……

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