13.チョコレート電話
A社の開発したチョコレートには、ある画期的な機能が備わっていた。
それは、通話機能。
チョコレートを口に含むだけで、通話できるとあって、そのお手ごろさから「通話できるチョコレート」は大ヒットした。
しかし、このチョコレートには弱点があったのだ。
その日私は、意中の彼と初めて出かける約束をしていた。
しかし、うっかり寝坊してしまった私は、待ち合わせの時間に遅れそうになっていた。
「やだ、遅刻しちゃう! こんな日に限って、目覚ましの電池が切れるなんて!」
私は大急ぎで家を出た。
しかしそこで、私はあることに気が付く。
「嘘! スマホを家に忘れてきちゃった! これじゃ、彼と連絡が取れない!」
なにせ今日が初デート。私は少し浮かれすぎていたのかもしれない。
しかし、私にはあれがある。最近巷で話題になっている「通話できるチョコレート」だ。私はチョコを一欠け口の中に入れた。
「もしもし? あのね、私――」
しかし、今日は真夏ということもあってか、私は本題に入る前に、チョコレートは口の中で溶けてしまった。
「まあいいわ。まだチョコレートは残ってるんだから」
私はもう一欠けチョコレートを口に入れた。
「もしもし? あのね、実は――」
しかし、何回やっても本題に入る前に、チョコレートは口の中で溶けてしまう。
そう、これこそが、このチョコレートの弱点なのだ!
特に真夏は、冬なら一分はもつこのチョコレートも、ものの数秒で溶けてしまう。
結局私は、30分以上遅れて、待ち合わせ場所についた。
するとそこには誰もいない。彼の姿は、影も形も無かった。
私は泣きそうになった。もう嫌だ。待ち合わせにも遅れるし、連絡もよこさないし。きっと彼は、あきれて帰ったに違いない! 私の事なんか嫌いになっただろう!
そう思って鞄の中を漁っていると、カバンの底に、もう一欠けだけ、チョコが転がっていた。最後の一欠けだ。
これを逃すともう連絡は取れないかもしれない。意を決して、そのチョコレートを口の中に入れた。
「――もしもし?」
彼の声が聞こえた。
私は、開口一番、自分の一番伝えたかったことを、チョコレートが解けないうちに急いで喋った。
「あのね! 私はあなたが好き! 付き合ってほしいの!」
そこで通話は切れた。
すると背後から
「いいよ」
と声が聞こえた。
振り返るとそこには彼が居て、にっこりと笑っている。
「え……いいの? こんなにだらしない女でもいいの?」
そう私が言うと、彼はため息をついた。
「初めは僕もそう思ったんだけどさ、なんでだろう……」
夏の日差しが、彼を眩しく照らす。
「きみと話していると、僕はいつでも甘い気持ちになれるんだ」
甘かったのはチョコレートか、はてさて。
ちなみにこのチョコレートは、しばらくして販売停止になった。
カカオ豆同士が会話してうるさいからって、現地の住民が育てるのを嫌がっちゃったのが原因らしいが、真相は分からない。
一つだけ確かなことは、そんな彼と私は、今でも甘い生活を送っている。
そして来月結婚する私たちは、結婚式のケーキを発注した。
「ケーキの種類は何にしたんだ?」
彼が結婚式場のパンフレットを見ながら尋ねる。
私はにやりと笑った。
「そりゃ、もちろん……」
それを見て、彼もピンときたようだ。
私たちは、声を合わせて言った
「チョコレートケーキ!」
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※田丸雅智先生が講師の「ショートショート講座」にて作成したものを一部改稿しました。
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