5.ロボット博士の異常な愛情
「博士は、本当にロボットに囲まれて生活しているんですねぇ」
ベテランロボット調査員・タナカが博士の家を見回すと、ひげを蓄えた50代の紳士・スズキ博士は自慢げな顔で頷いた。
「ええ、私はロボットを愛しています。妻の次にね」
そう言って、スズキ博士は小柄な婦人の肩を抱き寄せる。スズキ博士は、大の愛妻家として知られているのだ。
「素敵ですねぇ」
若い新米女性調査員・サトウはうっとりする。
「まあ、スズキ博士が愛妻家なのは知っていますよ。それよりも、例のロボットの件ですがね」
ベテラン調査員・タナカがため息をつく。
「そうです! ロボット!その例のいきなり爆発したっていうロボットを見せてくださいよ!」
新米調査員のサトウは目を輝かせた。
「それって、人工知能ですか? アイザック・アシモフ。私、好きなんですよ!」
サトウは、応接間の戸棚の前で腰をかがめ、勝手に本を物色すると、そこから『アイザック・アシモフ全集』を取り出した。
「『ロボット三原則』有名ですよね?」
『ロボット三原則』と言うのは簡単に言うと
第1条 ロボットは人間を危険な目にあわせてはいけない
第2条 ロボットは人間の命令に従わなくてはいけない
第3条 ロボットは自分の体を守らなくてはいけない
という、小説家・アイザック・アシモフが考え出した、ロボットたちが絶対に守らねばならない規則だ。
この三つの規則をロボットが破りそうになると、電子頭脳が壊れてしまうのだという。
「こらこら! 人のうちの本棚を勝手に物色するんじゃない!」
タナカ調査員は、サトウ調査員を叱りつけた。そして、応接間の床を走るお掃除ロボットを指さした。
「 それに、一口にロボットと言っても、何も人工知能だけがロボットではないんだ。こういったお掃除ロボットや産業ロボットだってロボットなんだからな!」
「でも、博士は人工知能を研究しているんですよね? チェスで人間に勝ったっていうロボットの記事、見ましたよ! そのロボットも、この家にありますか?」
「いいとも。見せてあげよう」
目を輝かせるサトウ調査員に、スズキ博士は上機嫌で研究室に案内した。
「わ~、これが博士の研究室ですか!」
そう言うと、サトウ調査員は部屋の隅の小さなイスとテーブルに勝手に腰かけた。
「これ、もしかして今研究しているロボットについての論文ですか? わー、生原稿!」
「こらっ、勝手なことをするなと言っているだろうが!」
タナカ調査員は、顔を真っ赤にして怒る。
「すみません、こいつ、新人なもので。あとでたっぷり教育してやります」
ぺこぺこと頭をさげるタナカ調査員を無視して、サトウ調査員はスズキ博士に詰め寄った。
「ところで先生は、ロボットに知能だけでなく、感情も与える研究もしているとか?」
スズキ博士は頷いた。
「ああ、良く知っているね。実は私は前々から人間の脳の研究もしていてね」
うんうん、とサトウ調査員は頷く。
「先生の著書に書いてありましたからね。先生は、以前から人工知能についての研究と並行して、脳と心についての研究を行なっていたと」
まるで、ミュージカル女優のように、大袈裟な身振りで手を広げるサトウ調査員。
「先生の最新の著書の中の『機械は意識を持つか』という項目は特に興味深いです。
人間の脳細胞を人工物で再現して、脳の神経細胞と同じ様に働くか実験するだなんて。
途方もない根気と労力がいるでしょうねぇ!」
スズキ博士は、サトウ調査員の熱意に満ちた瞳に少し圧倒されながらも頷いた。
「もちろん、途方もない時間が必要な研究だよ。いつ終わるか分からない」
「しかし、ロボットに心をもたせる、ですか」
タナカ調査員は首を捻った。
「私には、単に脳細胞を再現しただけで心が生まれるとは思えませんがね」
「まあ、それはそれとして」
サトウ調査員はくるり、とターンして笑った。
「そろそろ問題のロボットを見てみましょうか」
・
・
調査を終えた2人の調査員は、会社に戻ると、早速報告書を書き始めた。
「爆発の原因は例のロボットの電子頭脳のショートによるもので間違いないな」
タナカ調査員の呟きに、サトウ調査員は頷いた。
「ええ、そうですね」
「しかし、この道の権威であるスズキ博士のロボットが、まさかこんな不具合を起こすなんて、どうしてだろうな」
そう言いながら報告書を作成するタナカ調査員に、サトウ調査員はふふふ、と笑った。
「簡単です。ロボットが心を持ってしまったせいですよ」
「何だって? 冗談はよせ」
眉を顰めるタナカ調査員に、サトウ調査員はドサドサ、と大量の雑誌を机の上に投げ捨てた。
「何だ? これは」
「博士の寝室からパクってきました」
平然と言ってのけるサトウ調査員。
タナカ調査員がそれらの雑誌に目をやると、そこにはまだ十代前半の少女が裸同然の格好で映っている大量の写真があった。
そして、爆発したロボットが、12歳程の少女の外見をした愛玩用ロボットだったことを思い出す。
「まさか……」
「私の推理はこうです! スズキ博士は、この幼女ロボットにイヤラシイことをしようとして、それでロボットは博士に殺意を抱いた!しかし、ロボットは人を傷つけられない」
タナカ調査員はため息をついた。
「それで、ロボットの脳がショートしてしまったって? バカバカしい。
それに、少女型ロボットにイヤラシイことをしようとしている人間が、なぜそのロボットに心をもたせようなんて思うんだ? 意識なんかないほうが、言いなりで良いじゃないか」
そう言うタナカ調査員に、サトウ調査員は頷いた。
「……そう。スズキ博士には何のメリットもありません。スズキ博士にはね。そうしたのは別の人物です」
その言葉に、タナカ調査員はギョッとする。
「別の人物? ……まさか」
ニヤリ、と笑うサトウ調査員。
「そう。スズキ夫人です。ちなみに、今までの人工知能やロボットの研究もすべて夫人によるものなのでは? と私は睨んでいます」
「何だって? 何を根拠に」
そのタナカ調査員の問いに、サトウ調査員は説明を始めた。
「まず、おかしいと思ったのは書斎の本棚のアイザック・アシモフ全集の位置です。
あの本は、私が腰を屈めなくてはいけない程の低い位置にあったんです。
博士の愛読書のはずなのに、博士より、もっと背の小さい人が取りやすい位置にあったんです。
研究室の机と椅子も両方ともかなり小さくてあれは完全に女性が座るためのものですね。
あと、博士の生原稿を見ましたが、原稿の上にインクの染みがたくさんあって汚れていました。これは、左利きの人物が字を書く際に手にインクが付いてしまうためにおこるものです。でも、博士は右利きだ。
極め付けは、脳と心に関する話題。あれに全然ノッてこなかったことです!
普通、自分の研究についての話題なら、もっと食いつくハズじゃありません?」
タナカ調査員は、うろたえた。
「バカバカしい。君の推理はすべて妄想だ。証拠がないよ」
「そう、証拠は何も無いんです。すべては唯の推測です。だから、報告書には唯の『電子頭脳のショート』で構いません。しかしーー」
サトウ調査員は窓の側に立ち、空を見上げた。
「私、今、ふと思ったんですが、ひょっとしたら、スズキ夫人の目的は、スズキ博士の殺害でも、少女ロボットの破壊でもないのかも知れません。
ただ単に、見たかっただけなのかも。ロボットに宿った心が意志の力で、プログラムされた三原則に逆らえるのかどうかを」
バカげている。そう思いながらも、不思議とタナカ調査員はサトウ調査員の推理は一理ある、と思い始めていた。
そしてその推理が正しかったとするならば、スズキ夫人はまた同じような「実験」を繰り返すかも知れない。ロボットが人を殺せるようになる、その日まで。
「やれやれ」
タナカ調査員は、ため息をついた。
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