10.双子の姉妹

 ふきのとうのふっくらと芽生えたばかりの朗らかな春の日、その姉妹は生まれたのでした。

二人は、一卵性の双子で、両親ですら時々間違えるほどそっくりでした。


 しかし、はたから見ればそっくりなこの姉妹でしたが、本人たちは「そっくりだね」と言われるのは大嫌いなのです。二人はことあるごとに、


「どこが似ているの? こんなチビと!」

「私はこんなに出っ歯じゃないわ!」

「あなたの方こそ顔が大きいじゃない」

「あなたは足が太いわ」


 と喧嘩ばかりしていました。

 

 とにかく小さいころから「二人同じ」というのが気に入らない二人。姉がレストランでハンバーグを頼めば妹はオムライス、姉がオレンジジュースを買えば、妹はアップルジュースを買いました。

 二人は小学生になると、姉が赤のランドセルを背負い、青のランドセルを背負いました。

 姉がピンクの服を着たら妹は水色の服を着て過ごしました。文房具も、給食袋も、全部色を別にしました。間違えられるのが嫌だったからです。


 中学生になると、制服を着ることになったので、姉は髪を伸ばし、妹は髪を切りました。

それで、だいぶ間違われることは減りました。それでもことあるごとに「似ている」「似ている」と言われるので、二人はうんざりしていました。


 二人は、高校生になりました。高校を選ぶ時も、二人は絶対に同じ高校は嫌だと言い張り、同じような偏差値の、別々の高校に通いました。その時も二人は

「あなたの高校は制服がダサい」

「あなたの高校は田舎で不便」

 と、お互いの高校のことをけなしあっていました。


 高校を卒業して、二人は似たような中小企業で働き始めました。

 そこでも相変わらず

「あなたの会社は給料が低い」

「あなたの会社は残業だらけ」

 とお互いにけなしあっていました。


 やがて、二人は、似たような時期に似たような相手に出会い、結婚しました。

 そこでも二人は

「あなたの旦那さんはデブだ」

「あなたの旦那さんはハゲだ」

 とののしりあっていました。


 しばらくして二人は、同じ時期に離婚して、家に戻ってきました。

 双子の姉妹は、姉妹と、それからお母さんの三人で暮らすことになりました。

 お母さんも、ずっと前にお父さんと離婚していました。

 姉妹は、昔のように毎日ケンカをしながら暮らしていました。

 お母さんは、その様子をどんな時でもにこにこ朗らかな様子で見守っていました。


 ある時、お母さんが亡くなりました。

 お葬式の日、双子の姉妹は互いにこう思っていました。


「絶対に、あなたよりも先に泣かないわ」

「絶対に、あなたより立派に葬式に出てやる」


 そう意地を張りあって、二人はとうとう最後まで泣きませんでした。

周りのすすり泣きが聞こえる中、二人の周りだけが、静かな、しん、とした悲しみに包まれていました。

 双子の姉妹は、その日から二人っきりになりました。

 

 季節は巡り、またふきのとうが、春の日を浴びて芽吹き始めました。

 双子の姉妹は、お婆さんになっていました。

 ゆっくりと、縁側に腰掛けると、二人はいつものように言い合いを始めました。


「あなたはしわだらけだ」

「あなたは白髪まみれ」

「あなたは腰が曲がってる」

「あなたは足が悪い」


 その様子を見て、「またやってるよ、あのお婆ちゃんたち」と笑いながら子供たちが通り過ぎていきました。

「だいたい、あなたは――」

 ふと、姉が遠い空を見つめました。白い雲が、青い春の空を通り抜けていきます。

「もし、私が先に死んだら、あなたは私に遠慮せず、好きなものを着て、好きなものを食べて、好きなことをしていいんだよ」

 ぎょっとして、妹が姉を見つめました。そんなことを、姉が言うなんて初めてでした。

「何だい」

 妹は声を荒げました。

「自分だけ先に死ぬなんて、そんなのずるいじゃないか。双子なんだから、どんなに嫌だろうと、一緒に死ぬと相場は決まっている」

「そうかね」

 姉も、ぎょっとしました。まさか妹がそんな風に思っていたなんて思いもしませんでした。

「そうさ。だいたい、我慢していたのはそっちのほうじゃないか。私はいつだって、自分の好きなようにしてきた。好きなように、自分で選んできた結果がこれさ。後悔なんかしていない」

「わたしだってそうだ。自分のしたいように、自分らしく生きてきたつもりさ」

 姉も妹も、じっと、自分の皺だらけの手を見つめました。

 嘘でした。姉や妹が羨ましいと、自分もそっちのほうが良かったと、言いたくても言えなくて、我慢していたことが沢山ありました。

 では、片方が死んでしまえば、自分の好きなように過ごせる? 自分らしくいられるのでしょうか?

いや、違う。そんなことをしなくたって、私は私だったのに。

 二人は空を見上げました。

 年月がいくら過ぎても、見上げる空は同じに見えます。変わったものは、何だろう?


「先に死んだら、承知しないからね」

「そっちこそ」

 姉妹は、笑いあいました。

 春の風が、やさしく通り過ぎていきました。

 子供たちの声が遠くで、春の喜びを告げていました。

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