オールジャンル短編集

深水えいな

1.ケーキの女とカレーライスの女

 人間誰だって、甘いものを食べた後にしょっぱいものを食べたくなる、という経験をしたことはあるだろう。


 俺は酒を飲めない体質なので、その代わり甘いものが大好きになった。スイーツ男子って奴だ。

特にケーキには目がない。ショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン。俺はどんなケーキだって好きだ。


 しかし、どんなに好きなケーキだって毎日食べれば飽きてくる。

 たまにはカレーとか、牛丼とかからあげとか、そういうのを食べたくなる。そうだろう?

 でも今度はカレーを毎日食べ続けたとする。するとどういうわけか、無性にケーキを食べたくなるんだよな。


 何が言いたいかっていうと、俺にとって「ケーキの女」がマキで、「カレーライスの女」がレイカだってことだ。


 マキは俺の会社の同僚で、小柄で朗らかな女性だ。いつも柔らかな声でうふふ、と笑っていて、マキが笑っているのを見ると、周りに漫画みたいに花や蝶が飛んでいるように見える。

 いつもすっぴんみたいな質素な顔をしていて、髪を無造作に後ろでまとめていて地味だけど、その笑顔のおかげでマキはとても魅力的に見える。

 料理が得意で、家庭的で、子供が大好き。男の後を3歩下がってついてくるような、そんな女性だ。


 マキが毎日俺に凝った手作り弁当を持ってくるおかげで、俺とマキが付き合っているのは会社ではもうすでに知れ渡っている。


「マキさんすごいねぇ、良いお嫁さんになるよ!ショージくんが羨ましいね」


 先輩のイズミさんが褒める。俺はハハハ、と笑った。ショージとは、俺の名である。


「うふふ、いつも外食じゃ体に悪いし、経済的じゃないですから」


 マキもまんざらじゃなさそうだ。


 その日、俺は会社を定時で上がった。マキはまだ残ってやることがあるというので、俺は一人で車に乗り込んだ。

 するとしばらくして、俺のスマホが鳴った。


「はい、もしもし」

「私よ、レイカ」


 電話はレイカからだった。


「ああ。仕事、終わったのか?」

「ええ。ねえ、これから会えないかしら?」


 レイカが電話越しに色っぽい声で囁く。


「いいよ」


 俺は浮足立った気持ちで車を走らせた。久しぶりにレイカに会える。


 マキが「ケーキの女」だとすればレイカは「カレーライスの女」である。

 毎日ケーキばかり食べていれば飽きる。そんな時、レイカのスパイシーさが恋しくなるのだ。


 ビル街の街灯の下にレイカは立っていた。銀のピンヒールの靴に、黒いタイトなワンピース。綺麗に巻いた髪を肩に垂らし、長いまつげと赤い唇がセクシーなレイカがそこに立っていた。


「遅いわよ」


 レイカは髪をかきあげながら言った。


「わりーわりー」


 適当に謝る俺の腕にしがみつき、レイカはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「お詫びに、存分にサービスしてもらわないとね」


 俺はレイカに夜景の綺麗な高級レストランで料理を奢り、そのあとホテルに向かった。

 そこで俺たちは激しく求めあった。俺はいつもレイカのテクニックに翻弄され理性を失ってしまう。レイカはまさに小悪魔だった。

 その最中、レイカはふと俺に言った。


「ねえ、私たち、結婚しない? 体の相性もばっちりだし、きっといい夫婦になると思うわ」


 その時は、俺はレイカの魅力に理性も何もかも吹き飛ばされていたので、すぐさま承諾した。


「ああ」

「ふふ、決まりね。ダイヤの指輪、買ってちょうだいね」


 しかし、行為が終わって冷静になると、俺は頭を抱えた。

マキのあの朗らかな優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。俺はため息をついた。イズミさんや、他の同僚たちの顔も思い浮かぶ。ああ、一体どうやって説明すればいいんだ?



 次の日、俺は職場で意を決して全てを打ち明けることにした。


「ショージくん、どうしたの?」


 真剣な顔をした俺に、マキが首をかしげる。

 俺は宣言した。


「わたくし、庄司明彦しょうじあきひこは、ここにいる真木麗華まきれいかさんと結婚することに決めました!」


 「まあ!」


 和泉いずみさんが目を見開く。


「おめでとう! じゃあ、二人とも『庄司さん』になっちゃうのね!」


 別の同僚が身を乗り出して尋ねる。


「プロポーズはどっちから?何て言ったの?」


 俺は、麗華の顔をちらりと見た。麗華は「分かってるわよね?」と言う顔をしていた。

ああ、分かっているとも。「清楚で家庭的な真木さん」というお前のイメージを崩すようなことは言わない。


「ええと、俺から。夜景の見えるレストランで結婚してくださいって」


 まあ、夜景の見えるレストランに行ったのは本当だしな。昨日は麗華の30歳の誕生日だったし。


「まあ、なんてロマンチックなの!」


 和泉さんはうっとりとした表情で俺たちを見た。


 こうして昼は家庭的で清楚な「ケーキの女」のマキ、夜は派手好きでセクシーな「カレーライスの女」レイカ。

 このちぐはぐな二人を今度から俺はいっぺんに味わえることになったのであった。




------------------------------------------------


※エブリスタの第26回超・妄想コンテスト(お題:ちぐはぐな二人)にて優秀作品に選ばれました!ありがとうございます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る