2.小説家の卵
「あなた、いい加減小説家になるだなんてバカげた夢はあきらめてこんな汚い部屋、掃除したらどう?」
妻がうず高く積まれた原稿用紙が、あちらこちらに散らばった私の部屋を見て嘆く。
私はため息をついた。
「いいかい、妻よ。私は昔、歌手になりたかったことがあったんだ。しかし、どんなに練習してもうまくならないから、歌手の夢はあきらめたでも、もし諦めずに今までずっと歌の練習を続けていたならば、歌手になれなくとも、会社の宴会やカラオケで、それなりの歌を披露出来るくらいにはなったかもしれない。また私は、絵描きになりたかった時期もあった。しかし、どんなに練習してもうまくならないから、絵描きの夢もあきらめた。でも、もしあきらめずに今まで練習を続けていたら、季節の変わり目にちょっとした絵葉書を送ったり、自分の小説の表紙を描くくらいはできたかもしれない。妻よ。努力に無駄なんかないんだ。今度こそ、私は夢を諦めたくない。もう少しだけ、小説家の夢を追わせてほしい!」
私の必死の説得に、妻はあきれたように笑った。
「分かったわ。あなたの努力が実ることを祈っています」
その目は、半信半疑だったけれども。
――しかし、それから数年後。
「嘘……でしょ!?」
妻が、私の受賞のニュースを聞いて驚く。
私は、誇らしげに胸を張った。
「どうだ!? 長年小説を書きためたかいがあったろう!」
テレビでは、ニュース番組が私のことを盛んに報じている。テレビのボリュームを上げると、上品そうなアナウンサーが、原稿を読み上げる。
”……浅海さんが、昨日11日に開かれた日本建築大賞で最優秀賞を受賞しました。彼の作品は、ボツになった無数の原稿用紙で建てられた家で、この賞の受賞を受け、彼はこのように受賞のコメントしています。
「賞を取っちゃったし、小説家になるのは諦めて今度は建築家を目指そうかな!」”
妻は目を丸くして、私の方を見た。
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