14.星空の絵

 この春、私は結婚をすることになった。彼は非常に明るく社交的な人で、周りのみんなは、内気で家にこもりがちな私とは正反対のタイプだねって言う。


 そんな彼と付き合うことになった決め手は、彼の家に飾ってあった一枚の絵だった。


 どこまでも青く果てしない星空の絵。その絵は、私の部屋に飾ってあるのと全く同じだった。

 

 私がその絵と出合ったのは、近所の美術館だった。

 たまたま郷土出身の画家だということで飾られていた一枚の絵。

 青白い光を放つ星空。その前に立った時、私の心は遥か銀河の彼方へと飛ばされたのだった。

 

 冷たい闇の中を、道しるべのように照らす小さな星々。チラチラと燃える灯りたち。


 賢者が持っている硝子でできた魔法のランプを、弟子が間違って落として、その破片がちりぢりに散らばったような。


 鍾乳洞の中で宝石のごとく輝く土ボタルのような。


 大きいもの、小さいもの。明るいもの、暗いもの。


 あるものは白く、またあるものは赤く、燃えては消え、生れ落ちては死んでいく。

 そのすべてが黒と青とのグラデーションを薄闇の中に形作っている。


 ここは銀河の果て。眩い光の中を、私は宇宙の果てを目指して歩いている。


 ひしゃく型に並んだおおくま座、北極星をもつこぐま座、獅子座のレグルス。

 微かに瞬く春の星座たちよ。この道は、どこへ続くのだろう。銀河の果ては。

 永遠にも思える時間の中、星たちの明かりに胸を焼かれながら歩いた。


 気が付くと、途方もなく長い間、私はその絵の前に立ち尽くしていた。

 やがて正気に戻った私は、帰りがけにその絵のレプリカを買った。


 しばらくして私は、ネットでこの絵の作者について調べ、作者が自殺していることを知った。

 高層マンションの窓から飛び降りて、彼は星になったのだ。


 だからか分からないけれど、この絵は綺麗だけど、どこか寂しい。しんみりとして、見ていると涙が出そうになる。孤独の絵だ。


 孤独と言えば――彼と出会ったばかりの頃、夜中だというのに、なぜか無性に彼に会いたくなって、彼の家の前まで来たことがある。


 すると彼はまるで私が来るのを分かっていたかのように窓を開け、家の外にいた私を見つけると出迎えてくれたのだ。


 その時初めて、彼の部屋に飾ってあった星空の絵を見た。


 聞くと、彼もあの美術館でたまたまあの星空の絵に惹かれ、レプリカを買ったのだという。


 見ていると孤独で胸が締め付けられる気がするよね、と彼は言った。


 社交的で友達の沢山いる彼が、何でそんなことを言うのかその時は分からなかった。



 でも今はこう思う。部屋の中だけじゃない。彼と私の心の美術館には同じ絵が飾ってある。


 心の中に同じ空を持っていて、同じ星を見上げている二人だから、きっとうまくやっていけるのだろう。


 結婚して、私たちの絵は二枚になった。

 それらは、彼の部屋と私の部屋、それぞれ別の部屋に飾られているけれど、私たちの心の中にある二枚の星空はきっとどこかでつながっている。いつまでも、私たちを照らしてくれるだろう。


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