42.浮気性な彼氏

 私には同棲中の彼氏がいる。名をアキトくんという。


 色白の肌、少しクシャッとした髪の毛、スッと切れ長の目。ああ、かっこいい。


 かっこよくて優しくて、最高の彼氏なんだ。


 私は彼がいれば何もいらないし、彼だってそう。愛し愛されてる。


 だけど彼には一つ問題があるの。


 それは彼が浮気性で、すぐに他に女の子にデレデレしちゃうってこと。


 かっこいい彼氏を持つと苦労しちゃうわよね。


 でも大丈夫。本命は私。多少フラフラと遊んでも、最後には必ず私の元へと帰ってくるんだから。


 そう、最後には必ず……ね。


 そのためには、私はどんなことだってするんだから。


 ***


 その日も、彼はリビングのソファーでコソコソとスマホを見てる。あやしい。


「何見てるの?」


 私がひょいと横からスマホをのぞきこむと、アキトくんは「わっ」と横に飛びのいた。


「びっくりした。何だよ、台所に居たんじゃ無かったのかよ」


 慌てた様子でスマホを後ろに隠すアキトくん。ほらね。あやしいんだ。


「また女と連絡とってるんでしょ。やましい事が無いのなら見せてみなさいよ」


 私は嫌がるアキトくんから無理やりスマホを奪って中身を見ようとした。


「こら、やめろ。何するんだよ」


 アキトくんは慌ててスマホを取り戻す。


「何って、やましい事が無いのなら見せてみなさいよ!」


 私がなおもスマホを見ようとすると、アキトくんは大きなため息をついて立ち上がった。


「もう、邪魔だからあっちに行けよ」


「女でしょ。また他に女を作ったんでしょ!」


「しつこいな。何も無いって。邪魔すんなよ。今、ゲームしてて大事なところなんだから」


 彼はスマホを持って自分の部屋に閉じこもってしまった。


 あやしい~!


 私の女の勘が告げる。ゲームだなんて言ってるけど、明らかに嘘。これは女だ。

 私の他に女ができたに違いない。


 ムカつく。


 吐き気がした。


 胸の中に、どんどんどんどん黒いモヤモヤが広がっていく。


 ああ、嫌だわ。こんなんじゃダメ。だけど、この胃のムカムカはどうしようもできなくて――。


 どうしよう。


 私って、嫉妬深い女かな?


 ***


「ふう、アキトくん、遅いなあ」


 ソファーに横になり、大きくのびをする。


 最近アキトくん、残業で夜遅いんだ。

 何でも大きなプロジェクトを任されたからって……。


 でも、それって本当かな? 


 最近よくSNSで連絡を取り合ってるあの女と会ってるんじゃないの?


 私は台所にたくさん余ってる、美味しそうなビーフシチューを見つめた。


 ぐぅ、とお腹が鳴る。


 今日の晩ご飯はアキトくんの好きなビーフシチューなのに、どうして帰ってきてくれないのかしら。


 胸の中の大きなモヤモヤが膨らんでいく。


 そんなわけで、いても立っても居られなくなった私は、アキトくんを迎えにいくことにした。


 家から最寄り駅までの道を歩いていると、すぐに見慣れた姿を見つけた。


「あ、いたいた。あんなところに」


 暗い夜道でも、好きな人の姿ってよく見える。


「おーい、アキトくー……」


 だけど、アキトくんに声をかけようとしたその瞬間、アキトくんの横に見知らぬ女の子がいるのが見えた。


 だ、誰よその女……?


 胸がザワザワする。


 思わず建物の影に隠れ、二人の様子を観察する。


 誰? 知り合い? 会社の人?

 たまたま会っておしゃべりしてるだけ?


 そうよね、きっと。


 だけど私がじっと影から二人を見つめていると、アキトくんはその女二人で飲み屋に入ってしまった。


 慌てて二人の後を追いかけて飲み屋の前にやってくる。


 そして窓の隙間からこっそりと中をのぞきこんだ。


「いたわ」


 私はアキトくんと談笑する清楚な紺色のワンピースを着た女を見つめた。


 仲睦まじそうにお酒を飲む二人。何あれ、まるでカップルみたいじゃない。窓枠にギリリと爪を立てる。


 話している内容は分からないけど、二人の身振りや表情からして、あの女の綺麗にカラーリングされたボブヘアーを褒めてるみたい。


 アキトくんたら、私の長い黒髪をいつも綺麗だねって褒めてくれるのに。


 この長い黒髪がたまらないって言ってくれたのに、お人形さんみたいだねって撫でてくれたのに、あんな茶髪の女がいいのかしら。


 それとも、たまにはいつもの味とは違う味を試してみたいだけ?


 アキトくんがあの女の髪を撫でて愛をささやく様子が頭の中に思い浮かび、腹の中が煮えくり返るように熱くなる。


 またお腹の中でどす黒いものが、湧き上がってくる。


 黒いものが、どんどんどんどん湧き上がって成長していく。


 はどんどんどんどん大きくなって、どんどんどんどん膨らんでいく。


 ――キモチワルイ。


 私はいても立っても居られなくなってその場を立ち去った。


 早く……早く



「ただいまー、ちょっと残業してた」


 何でもないような顔をしてアキトくんが帰ってくる。泊まりじゃないけど、日付はとうの昔に変わっていた。


「おかえり」


 私はずっと家にいたかのような顔をして、平然と出迎えた。


 アキトくんはいつもの様に私を抱きしめてくれる。


 ふわり。


 お酒の匂いに混じってほのかに他の女の匂い。


 アキトくんは気づかないって思ってるかもしれない。でも私の鼻は誤魔化せない。


 不快だわ。不快な匂い。浮気決定よ。


 でも、これだけじゃ決定的な証拠にならないわね。


 お酒を飲んでただけだって開き直られれば終わりだし。


 そこで私はある作戦を考えた。


 今度こそ、浮気の証拠をつかんでやるわ。


 私の作戦はこう。


 まずは、私は毎週決まった曜日に外に出る用事を作り、家を空ける。


 そして私が家を空けたすきに、アキトくんが女を連れこんだら浮気決定。簡単でしょ?


 ***


「それじゃ、行ってきまーす」


 今日は金曜日。いつもの様に夜、出かけるとアキトくんは平然とした顔で送り出してくれた。


「おお、またいつもの友達との集まりにいくのか? 行ってらっしゃい」


 少しは寂しがったり、夜家を空けるなんて、と怒っても良いはずなのに、こんなに優しいなんて、あやしいわ。


 やっぱり女を連れ込んでるんじゃないの?


 出かけたふりをして、家の影からじっと様子をうかがう。


 すると、いつぞやの茶髪の女が家を訪ねてきた。


 来たっ!

 

 私は二人がリビングで楽しそうに会話している様子をじっと見つめた。


 なんなのあの女。彼女がいない隙に、女と家に二人っきりになるなんて……これは浮気決定だわ。


 始末しないと。いつもみたいに。


 そうすれば、彼は私の元へ戻ってくるはず。


 腹の中の黒くて真っ黒くてどす黒い、モヤモヤしたものがどんどんどんどん湧き上がってくる。


 どんどんどんどん湧き上がってきて――。


 それは腹から胸、胸から喉へ、そして――すぐそこまで湧き上がってきていた。


 私は台所のビーフシチューをチラリと見た。


 待っててね。今、


 私はいつもの様に凶器をとぐと、彼の部屋へと向かった。


 キイ……。


 私がゆっくりとドアを開けると、アキトくんはビックリしたように目を見開いた。


「……お、お前、いたのか!」


 いたのか、じゃないわよ!


「アキトくん……これは一体どういうことよ!」


 私は女に飛びかかると、思い切り爪を立てて女の顔をひっかいてやった。


「きゃあああ!!」


 女の子は悲鳴をあげて私を顔から引きはがした。


「痛い! 何するのよ、この猫!」


「タマ! 何でここに!?」


 アキトくんが私を抱き上げる。


 私はアキトくんの手をガリリと引っかくと、女のコートに向かって思い切り吐いてやった。


 オエッ、オエッ……ゲロロロロロロ!!


「きゃあ、私の新品のコートが!」


「す、すまない! うちの猫が……」


 はー、スッキリした!


 毎日毎日、自慢の黒い長毛をペロペロ毛づくろいしてるから、毛玉がお腹の中に溜まって大変だったのよね。


 邪魔な女にも復讐できるし、一石二鳥!


「ご、ごめん。ほらうちの猫、長毛だからさ、毛ずくろいの時に毛をたくさん飲み込んじゃってすぐ吐いちゃうんだよ。一応ブラッシングも毎日してるんだけど――」


「私、帰ります!」


 アキトくんの言い訳も聞かず、女の子がバタンとドアを閉めて帰ってしまう。


「ああっ、待って!」


 アキトくんは女の子が帰ったドアの向こうを、膝をついてあわれっぽく見つめた。


「全くタマったら、四十にもなると、マッチングアプリに登録しても中々会ってもらえないんだぞ? ここまで来るのにどんだけ努力したか……」


 アキトくんはガックリと肩を落としながら台所に行き、ビーフシチューを解凍すると中の肉をひとかけだけくれた。


 わーい、これ、大好物なのよね!


 毛玉を吐いてすっきりした胃の中に大好物の牛肉を流し込む。ああ、満足だわ。


「次から条件の欄に『猫好きな人』って足しておくか……」


 アキトくんはポツリとつぶやく。


 大丈夫よ、アキトくん。人間の女なんか居なくても、私がいれば。


 最後には私が絶対に勝つんだから。アキトくんは、私の元に戻ってくるんだから!





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オールジャンル短編集 深水映 *深水えいな @einatu

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