31.星に願いを
すべてが滅んだ死せる星で、少年は夜空を見上げていた。
紺青の闇のその果てに、まだ見ぬ誰かがいると信じて、少年は星空にメッセージを送る。
『聞こえますか。僕はここにいます』
もう何度目だろうか。幾度となく発せられるそのメッセージに、答える者は誰もいない。それでも彼はメッセージを送り続ける。
『聞こえますか。僕はここにいます』
宇宙の果てにいる誰かが、答えてくれると信じて――
*
少年が夜空にメッセージを送り続けてどれ位経っただろうか。ある時、少年はメッセージを受信した。
星空から伝わるメッセージ、それは歌だった。
澄んだ少女の歌声。柔らかなメロディー。聞いたことのない旋律だったが、不思議と懐かしさも感じる。
少年は、その歌声に聞き入った。灰色の雲を裂き差し込んでくる日差しのごとき歌声が、少年の心を揺さぶった。
「この歌声は、誰のものなんだろう。どこで誰が歌っているのだろう」
歌は、孤独な少年の心を癒してくれた。少年は歌声の主に会いたいと願った。
だが少年はこの死せる星から出る技術を持ち合わせていない。
ならばせめて、こちらからも君への思いが届くように、メッセージを発信しよう。
『聞こえますか。僕はあなたの歌を聞いてファンになりました――』
そこまでメッセージを送信した所で、少年は手を止めた。少年は彼女の歌を聞いた時に感じたその感情を、上手く言葉にできなかった。
少年は文字にすれば自分の思いを上手く伝えられるのではないかと考えた。
そうして書き始めた。最初で最後のラブレターを。
*
「ねえ、見て!」
少女が星空を指さす。
「凄くきれいな星ね! ぴかぴか光って」
「ああ、綺麗な星だろう? でも今見ているこの星の光は実は数億年前の光かも知れないんだ」
父親が少女の頭を撫でる。
「どういうこと?」
「光は一秒間に約30万km進むんだ。月と地球は38万km離れているから、今見ている月の光は1.3秒前の光なんだ。地球に届く太陽の光も実は8分前の光なんだよ」
少女は目を丸くした。
「光にも速さがあるのね」
「光だけじゃない。音にも速さがあるんだ。音は一秒間に340m進む。光よりも遅いんだ。雷や花火の音が遅れて聞こえるのはこのためなんだ」
少女は星空を見上げた。
「じゃあ、この歌も今よりずっと昔に歌われた歌なのね」
「歌?」
父親は首を傾げた。父親の耳には、歌など一切聞こえなかったのだ。
「お父さんには聞こえないの? この星の歌が。星空から伝わるメッセージが――」
空を見上げた少女の瞳からは、銀河からこぼれ落ちた一滴の星のような涙がきらめいていた。
少女が聞いたのは、幼い少年の歌だった。
『聞こえますか。僕はここにいます。
僕に元気を与えてくれる君が、もし一人ぼっちならば悲しいので、君が寂しくないように、僕はメッセージを送ります。
大丈夫です。僕はここにいます。
君がつらい時も悲しい時も、君のことを思う僕はここにいます。
僕は君に会った事がないから、この感情が何なのか分からない。恋かもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
でも、君の歌を聞いた僕は、酷く感情を揺さぶられる。僕は君の歌がとても好きだよ。これだけは確か。
これが恋でないとしても、僕は君に憧れて、尊敬している。
時々思うんだ。僕は君みたいになりたいって。
君みたいに誰かを感動させ、心を揺さぶって、幸せにさせるような、そんな人になりたいって。
星に願いをかけるならば、僕は君に会いたい。でも、それは叶いっこないって分かってるから、代わりに僕は君の幸せを願う。
このメッセージを聞いて、君の幸せを願っている人が一人でもいるって、君に知って欲しいんだ。
君は独りじゃない。聞こえますか? 僕はここにいます――』
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