第33話 庭草を食う


 鬼嫁。

 というものと自分が結婚してしまうとは、若き日の自分は思いもよらなかったのであるが、今現在、そうなっているのは事実である。と、言っておこう。


 わがままで常に感情的で、自分に道理がない時には甘えて無理を通し、相手に道理がない場合には、感情を排除して理詰めで責め立てる。自分の価値観が唯一最上であるとし、他の価値観を認めない。ゆえに、基本的に人の話を聞かないくせに、自分の話は異常に聞かせたがる。例えば悪夢でも良い夢でもない、オチも山も意味もない、つまらない夢の話を延々と聞かされるのはしょっちゅう。会ったこともない学校の父兄や先生が、これまた会ったこともない妻の知り合いの関係者だったって話が、俺にとっては極めてどうでもいいってことも、彼女には分からないのだ。

 だが、俺が自分の友人や知り合いについて少しでも話そうとすると、返ってくる言葉は「どうでもいい、うるさい」であるから、正直気持ちは萎える。

 相手をけなすことに躊躇なく、俺だけでなく、自分の子供にさえ傷つくような言葉を平気で投げつける。

 そのくせ、自分が構ってもらっていないと寂しくて仕方ないのか、土日は常に家族全員で行動。そのせいで著しく決断と機動力が低下し、そのせいで無駄に時間を過ごした場合はすべて俺の責任。

 常に構って欲しいので、接待でお客様と飲んでいる時に、携帯鳴りまくらせてどん引きされたのも一回や二回ではない。飲み屋の店先にタクシー代行を送りつけられたこともある。他県での飲み会でも、シメの時間が終電に間に合うなら帰ってこいと平気で言うし、実際に帰らされたことも数度ある。お客様の協力会の旅行の時には、グアムに二時間おきに電話が掛かってきた。


 こういう妻であるから、専業主婦のクセに家事分担も俺に強いている。

 ゴミ出し、風呂掃除、庭の水まき程度でごちゃごちゃ言っている旦那連中は甘い。それらすべてやっているが、その程度は大した負担ではない。

 これ以外には、食器洗い……これはまあ、食洗機に並べて洗剤投入してスイッチポンだけだが、子供の水筒は手洗いなのでかなり面倒。あと、ナベやフライパン、漆器は手洗い。ちなみに焦げ付かせるのは毎度妻の仕業。

 洗濯物畳み……すべてやっているわけではないが、帰宅してすぐ風呂用のバスタオルや下着類その他をすべて畳んで用意するのが俺の仕事。当然、洗濯機のセットや干すことも普通に出来るし、やることもあるが、これは義務化されてはいないのでまあいい。

 朝の犬の散歩&餌やり……これもまあ、押しつけられているわけではないので別にいいのだが、その後、朝食作って息子に食べさせ、バス停まで車で送っていくのは俺の仕事で、その時点で妻はまだ寝ているというのがかなり気に入らない。

 そう。平日の朝食は俺の仕事なのだ。そればかりか、昼食も会社から帰って俺が作ることが多い。

 休日ともなると、外食以外はほぼ三食俺が作っている。

 俺が食事を作る間、妻は大抵ソファに寝っ転がってTVを見ているワケだが、そのくせ味には人一倍うるさいし、美味しいと言ったことは一度もない。

 黙って食っていると、ああ、まあ合格点かな? ってところ。もし、無言でおかわりしているならば、相当気に入ったってことなのだ。

 少しでも気に入らないと口汚く罵倒してくるので本当にやる気が失せるが、その原因の大半は、調味料や材料をきちんと買い揃えてなくて、代用品で済ませているせいなのだから、なにをか言わんや、である。

 まあ、そんな生活をしているわけだから、こんなエッセイを書ける程度には料理のウデは上がる。むろん、というか味噌汁や卵焼き程度なら、味で妻には負けはしないし、炒め物や煮物、焼き物、揚げ物、おやつ作りなど、すべて一定以上にはこなせる。というか、出来ない料理の方が思いつかない。

 そして、自宅の食材だけでは栄養バランスが足りないので、『きゃっちあんどいーと』せざるを得ない、ということにもなるわけだ。

 さて、妙に筆が乗ってしまい、前置きが長くなった。


 散歩を終えた俺が、食材の乏しい冷蔵庫を開けて何を作ろうか頭を悩まし、妻も子供達もまだ二階の寝室でぐうぐう寝ている。

 そんな日曜の朝が、今回の舞台である。

 それにしても、何もない冷蔵庫であった。朝食に使えそうなものは、粗挽きソーセージ一袋のみ。卵も切れている。あとは俺の作ったジャム、謎の佃煮、梅干し、正月に供えた昆布、ヨーグルト、缶ジュース、それ以外は、ゆずごしょうやポン酢、ソースといった調味料系。それが冷蔵庫にあったすべてだ。

 野菜室もひどい。

 長期保存しすぎて白いヒゲ根が生え始めた大根。ほぼ完全に干涸らびたニンジン。あったのはそれだけである。

 冷凍庫の方も大したモノが入っていない。先日まであった、冷凍の新巻鮭の切り身も食べつくしたし、妻の好物である明太子を勝手に解凍すると怒られる。大きなホッケの干物は、たぶん夕食用だろう。

 料理は嫌いではないから、朝食を作るのは構わない。

 だが、材料くらいはきちんとそろえておいて貰わないと、どうしようもない。俺は錬金術師ではないのだから。

 とはいえ、子供達にはせめてまともな食事を作ってやらなければならない。妻は正直どうでもいい、っていうか、休日は大抵最後に起きてきてせっかく作った朝食を食わないってのが妻のパターンだから、気遣う方が損をする。


 とりあえず、粗挽きソーセージを焼き、腐りかけた大根とニンジンを短冊に切って乾物庫の方で発見した乾しワカメを合わせ、味噌汁を作ることにする。

 少し寂しいが、子供達の朝食はこんなモンでいいだろう。だが、俺としては何となく物足りない。そうだ。緑の野菜が無いのだ。

 考えあぐねた末、俺はハタと思いついた。そういえば、庭にはいくつか食べられる植物があったはず。早速、金属ボウルを持って庭へ出撃、である。


 我が家の庭。

 俺はビオトープ管理士であるから、市内近郊の学校ビオトープや地元の有志の作ったビオトープへ自然観察講師として呼ばれたり、ビオトープの施工や生物多様性アップの依頼を受ける事がある。

 庭にある植物の多くは、そうした折に増殖のために採取してきた希少種であったり、駆除してきた外来種、園芸種であったりする。

 基本的に遺伝的な問題が起きないよう、それは付近の河川敷や山林から移植したものであり、増殖後にビオトープへ戻してしまったモノの残りであるが、フツーの人には見た目雑草に過ぎない。このため、妻の草むしり攻撃を常に受けている。

 妻によって駆除されてしまったモノの中には、オダマキやオドリコソウ、エビヅル、アケビといった、鑑賞価値や利用価値の高いものも含まれるのだから困ったモノだ。

 室内の家事は嫌いなクセに、草むしりとか落ち葉掻き、雪かきは大好きという変わった妻なもので、庭の植物たちの大半は気息奄々となりつつも、なんとか生きている状態なのである。

 そういう理由で今も量は少ないが、これを利用しよう、と俺は考えた。

 まず、味噌汁の薬味としてノビルを採取する。

 これは根が深いので、妻といえども容易く駆除しきれはしない。前にも書いたが、風味がネギそのものなので、刻んでしまえば分からない。家族は普通にネギだと思っているようだが、買ってもいないネギがあるわけがないことに、彼等は気付かないのである。


 次に自分の為のおひたし用の草を物色。

 よく見ると、庭のそこかしこにヤブガラシの新芽が出ている。

 紫色の美しい新芽のヤブガラシは、べつに植えたものではない。鳥の糞か何かから発芽したらしく、いつの間にか出てくるようになったものだが、地下茎が太くて長く、深い。このため、さすがの妻も根絶できないでいる。

 ものの本では後味が辛いと書かれているが、果たしてどんな味か、試してみるのも一興だ。


 次はカラスノエンドウ。

 庭の一部、花壇状になった部分に毎年生えてくる。

 この野生マメは、かなり大きくなっても柔らかくてクセが少ない。生でもいけるくらいである。豆苗という野菜をご存じだろうか? すこしごそつく食感のアレだと思えば普通に食べられる。


 それ以外ではユキノシタと、凝りもせずにあの苦いセイヨウタンポポ、それと去年食べずに捨てたツルナの種がこぼれ、すでに新しい葉を展開中であった。

 これらを少しずつ摘み取り、金属ボウルに集めていく。こうした新芽の採取時のコツは、刃物をあまり使わないことだ。

 刃物で切らねばならないほど、硬く育ってしまっているなら、それは歯で噛み切ることも出来ないわけだ。


 これらを塩を多めに入れた湯で、さっと湯がいていく。

 緑が鮮やかになり、香り、色ともに食欲をそそる温野草サラダの出来上がりである。

 まず、ヤブガラシを食べてみる。

 歯切れ、歯ごたえともに良く、微かなヌメリもあって美味い。「辛みがある」と書いてある本が多いが、大したことはない。辛みといってもほんの少し。まずクセのない野草と言っていいだろう。

 次はユキノシタである。一見して葉っぱは毛だらけであり、固そうだ。正直、本で紹介していなければ、食えるとは思えないが、食べてみると意外にもクセがない。たしかに他の野草よりは固いが、気にするほどではなかった。天ぷらの方が美味いということだから、次回は試してみることとしよう。


 カラスノエンドウは少々青臭いが、苦みもなくクセがない。ボリュームもあるし、出来れば次回は炒め物にでも使ってみたい野草だ。


 ツルナは驚いたことに、以前食べた時に感じた、不思議な臭いが感じられない。

 確かにこれならクセがない、と言っていいだろう。そういえば、あの時食べたツルナには、花や実が付いていた。もしかすると、あの独特のイヤな臭いは、花や実から臭っていたのかも知れない。


 最後はセイヨウタンポポ。

 うん、やっぱり苦いわ。ツルナを山菜として見直したと同時に、タンポポも見直したかったのだが……やっぱり、おひたしや生食には向いてない、と俺は思う。天ぷら向きだな。


 今回はやはり、というか、子供達は味噌汁は食べたが、得体の知れないおひたしには手を付けなかった。結局、自分自身の栄養確保になっただけであるが、それが元々の目的ではある。自分の健康維持のため、今後とも庭草で栄養補給していこうと思う。


 我が家の庭には、これ以外にもミツバ、ニラ、タラノキ、オオバギボウシ、フキ、ノコンギク、ノカンゾウ、ツリガネニンジン、コゴミ、コオニユリなどの食べられる野草が、そこここに植わっている。今回はシーズン外だったが、その時々に応じて利用していけそうだ。

 家族は気付くと気持ち悪がるし、旬が短いのでなかなか利用できないが、気付かないように上手く料理して、食卓にしのばせるのも、それなりに楽しい。


 もう少し庭草のバリエーションを増やしたいところだが、妻は草むしりが本当に好きで、よく抜かれる。妻のプレッシャーに負けないほどの庭草は、増えすぎて困る場合も多いので、今考えているのは、大型のスミレ類、ニリンソウ、カタクリなど、花の綺麗な草である。

 これなら、さすがに草むしり攻撃はされないはずである。

 これらの草花をまさか、俺が食べるために植えているとは、妻も思うまいし。問題は、山地に多く栽培が割と難しいこれらの草花が、我が家に生えるようになってくれるかどうか、なのだが、そこは俺のビオトープ管理士としての腕の見せ所なのかも知れない。


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