第47話 ミツバ


 今回も「きゃっち」とはほど遠い? 話であるが、ご容赦願いたい。

 前項の『キャベツ』は、墓場の脇の畑へ植えたとご報告した。

 妻が引っこ抜いたからであるが、俺と息子が大事にしているのは知っているはずなのに、情け容赦なくこういうことをする。文句を言ってものれんに腕押し、糠に釘。相手の価値観は一切認めようとしないのだから、議論にならない。よって、黙って拾い対応するしかない。そうでなくては、関わった命に申し訳が立たないというものだ。

 「祖父の家」については、何度か書いたが、亡き祖父の住んでいた家であり、今は祖父と祖母、そして親父が仏壇に入って住んでいる。まあ、空き家だ。

 そういや、危険な空き家は強制撤去される法律が出来るとか。

 しかし、ここは空き家といっても、俺が毎日仏壇と神棚参りに行くし、しっかり利用しているのでそういうことはなかろうが。

 それはさておき。

 引っこ抜かれたキャベツを植えた墓の横の畑というのは、「祖父の家」のすぐ近く「祖父の使っていた畑」である。

 「祖父の畑」とは我が家代々の墓に隣接していて、野イチゴの項にも書いたが、イチゴを粗放栽培している畑のことだ。

 いや、じつはイチゴだけではない。

 ここには、イチジクの木もある。毎年実がなって、ジャムにしている。

 茫々と繁った草を掻き分けると、大和芋、ジャガイモ、サツマイモ、ニンニク、ノカンゾウ、カキツバタ、スカシユリなどもそこここに植わっていて、それらも、俺が楽しむ分くらいには収穫している。

 隣の畑のおばさんには大変迷惑を掛けているようで、雑草の種が飛ぶ頃になると、いつの間にか境界線が刈られていたりして恐縮する。

 だが、ちゃんと耕し、ちゃんと管理するには時間もパワーも足りないのだ。

 せめて、土日の家族サービスが半分くらいになれば、なんとかしようもあるのだが。

 で、キャベツはこの草茫々の畑の一部に、株分けして植えた。一本だったキャベツはなんと七本に。そしてこれを書いているまさに今日、小さな玉が出来ていたので収穫した。

 一つのキャベツで四年にわたって三度目の収穫である。効率はとことん悪いが。

 しかし、ただ収穫に行っておいて、この繁りまくった草をノータッチでは、さすがにご近所に睨まれる。俺は会社を一時間ほどサボって畑の草をとることにした。

 除草剤を撒いたり、草刈り機で一気にやれれば楽なのだが、前述のようにそこここにいろんなモノが植わっていて、無計画かつ無秩序に増殖しつつあるので、そういうワケにもいかない。

 手鎌で少しずつ刈るしかないのだ。

 しかも、種類を見極めつつ……である。極端な言い方をすれば、植物の種類を、一種一種、確認しつつ刈るのであるから時間が相当掛かる。


「これ、スズメノテッポウやな。こっちはヤブガラシ、あ、スベリヒユ。これはチカラシバか。おいおいミントなんか植えた覚えないぞ。どっから来た」


 てな調子である。

 そうやって刈り進むうちに、全体の様子がつかめてくる。サツマイモも生きていた。

昨年入手した紫のジャガイモは収穫にはもう少し、といったところ。

昨年、イチゴの群落が減退していたため、別の場所に植え直したのだが、何とか根付いてくれていた。来年あたりには、またたっぷりジャムが作れそうである。

このイチゴを衰退させたのが、ヘクソカズラというツル植物と、「ミツバ」である。

 このミツバ。じつは野生由来の個体ではない。近所の山林にもいくらも生えているし、たまに採取して食ったりもしていたのだが、そういうのは大きすぎて『ごそつく』食感が嫌われ、我が家の家族には、あまり人気がなかった。

 そこで、というわけでもないが、妻がスーパーから買ってきた繊細な「三つ葉」の根の部分を、庭に植えてみたのだ。栽培されている品種なら、野生種よりは食べやすかろうと思ったわけだ。

 根の部分……そう、スポンジに根付いたあの部分を、土に植えておくだけで、ミツバは容易に再生産可能なのである。機会があれば、是非お試しいただきたい。

 だが、試す際には気をつけなくてはならないこともある。

俺の読みが甘かったことも付け加え、注意喚起しておかねばなるまい。それは、このミツバという植物の意外なまでの繁殖力とタフさについてだ。そう、スーパーなどで販売されている繊細な容姿は、単に水耕栽培されているからに過ぎないのだ。

遮るもののない空の下、肥沃な大地に根を下ろしたミツバは、本来の増殖能力を取り戻す。それは、次第に庭を席巻し始めたのであった。

 山地や林床に生えているときには、割と日陰で湿った場所を好むクセに、なんで庭先だとスギナやタンポポと互角になるほど強くなるのかは不明だが、とにかくよく殖える。

 しかも、最初に植えた場所が犬小屋近くだったこともあって、せっかく殖えたミツバも家族の誰も食べてはくれなかった。

 そして、例によって妻からミツバ駆除命令が下り、この畑に引っ越させることとなったわけだ。

 まさにキャベツと同じ経過である。

 学習能力がないのか? と問われれば、なくはない、と答えておこう。

 傍目から見れば同じ失敗を繰り返しちゃあいるが、本人は『失敗』だとは思っていないのだから、同じ事をやって当たり前。

 生き物は死んだら負け。生きているのが正義なのだ。

 つまり、今回は成功の部類に入る。ミツバの隠れた性質までも発見できたのだから、大成功と言ってもいい。

 だがまあ、殖えすぎた時点でヤバイ感じはしていた。それでも、所詮ミツバだし、殖えても大したことはない、と多寡をくくっていたのも事実。

 殖えたら食ってしまえばいいのだと思っていた。

 そもそも、ウチの家族はミツバが好きだ。薬味としてだけでなく、おひたしでも食べる。大量にミツバを食うってのもたまには悪くはない、はずだった。

 畑でまでも異常に繁殖し、イチゴが制圧されかかるほど、みっしりと繁茂している、その状況を見るまでは。

 ミツバとイチゴの葉は少し似ていて、素人目には分かりにくい。だから、今まであまり気にならなかったってのもあるが、よくよく観察すると、ミツバばかりで五m四方くらいの面積が占められてしまっている。

 この時点で、イチゴはすでに気息奄々だった。

 ミツバの隙間に細々と伸びているイチゴの株もあって悲惨だ。まさかこのようなことになるとは考えもしなかった。

 結果、それまでタッパ五つ以上のジャムができたイチゴの収穫が、タッパ一つにまで減少してしまった。これはゆゆしき事態だと、本格的に刈り取り…………つまり、収穫を開始したのであった。

 目的はイチゴの復権であるから、相当きちんと刈らねばならない。俺は会社を一時間ほどサボって、ミツバを大量に収穫した。

 

 前述したように、そもそも、ミツバは林床に生える植物だと思っていた。

 野原に見かけることはないし、直射日光下では枯れてしまうと予想していたのだ。庭先はまだしも、この開放的な畑に移植した時点で、可哀想だが全滅するだろうと思っていたのだ。

 それがまさか、雄々しくも復活を遂げたばかりか、他の植物……イチゴだけでなくイネ科雑草やヤブガラシ、ヘクソカズラ、セイタカアワダチソウ、ヨモギなど悪名高き連中までも圧倒して増殖するなどと、誰に予想できただろうか?

 収穫の喜びよりも、この異常な状況に対する複雑な気持ちでいっぱいだったが、収穫したからには食うしかない。

 収穫物は、堂々と自宅に持ち帰った。

 前述した通り。ミツバは家族には歓迎されるのだ。しかも畑でとれた新鮮なミツバ。いつもと違ってコソコソすることなく、妻の許可を得て、外の洗い場で丁寧に泥と雑草を取り、キッチンで下茹でをしようとして驚いた。


「鍋に……入らん」


 バケツに軽く一杯のミツバ……のはずだった。

 だがそのバケツの容量を忘れていた。それは、釣りの時に使う活きアジ専用バケツ・二十五リットル。

 結局、手持ちの最大の鍋で三回茹で、ようやくすべて茹で上がった。

 早速、一発目はおひたし。ミツバのおひたしは、香り爽やか、苦みもなく味も良い。だが、そうそう腹一杯食べられるモンでもない。

 なんとか全員が箸を付けたが、大皿に山盛りのおひたしは減ったふうにも見えない。

 仕方なく、一発目の残りはすべて、豆腐のすまし汁に叩き込む。

 豆腐よりも、汁よりも、ミツバの多いすまし汁。まあまあ食えるが、味はおひたしを食べているのと大きく変わらない。

 早々に子供たちからブーイング。


「まずい」


「食べ終わらない」


 いかにもそうだろう。俺だってキツイわ。

 そして我が家の残り物は、すべて俺の前に集まってくる。俺は生ゴミ処理機ではないのだが、そういう扱いなのだ。

 その夜は、ほぼミツバだけで腹一杯になり、苦しいおなかを抱えて寝た。

 翌日。残りの下茹でしたミツバを見るなり吐き気が込み上げてきたので、すべて冷凍。そして、ミツバはいまだに冷凍庫の中にある。

 とはいえ、自宅で食べるために解凍する気にはならない。そうだ。冬までとっといて、友人を焚き付け、鶏鍋をやろう。その時に放り込んですべて消費する。それ以外にない。それでようやく平和になる……そう思っていたのだが……

 その後、しばらくぶりに「祖父の畑」へ行ってみて驚いた。

 ミツバは元通りになっていた。根が残っている限り、刈っても刈っても生えてくるのだ。それにしても、一ヶ月も経っていないのに……バケモノめ。

 もはや同じ場所でのイチゴの復権は諦め、少し離れた場所に植え替えることにしたのが昨年のこと。

 イチゴはそれでようやく息を吹き返したが、ミツバは滅びたわけではなく、版図は更に広がって勢いは増すばかり。

 今、俺は真剣に、JAの産直市場にコイツらを出荷することを考えている。


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