「いただきます」という食事前の挨拶がある。
これはどうも日本特有の文化らしい。僕は今、わけあって中国に住んでいるのだけれど、少なくとも中国には存在しない。命を大切にする日本人らしくて良い文化だと僕は思うし、実際に中国の方から「日本人のそういうところいいよね」と言われたこともある。最近は「ラーメン屋とか牛丼屋でいただきますとか言ってる奴はちょっとカッコ悪い」的な風潮もあるらしいけれど、全く納得できない。気恥ずかしくて出来ないというコミュ障的心理は理解するが、それを「カッコ悪い」という客観評価に置き換えて己の正当性を確保する浅ましさこそ「カッコ悪い」ぞと言いたい。
話が逸れたので本題に戻そう。本作は「採ったら必ず利用する」を信条とする著者様の「いただきます」遍歴を綴ったエッセイだ。要するに食レポ。こんなものをこんな風に食ったよという記録。それを踏まえて、各話のタイトルリストを一度ざっと眺めてもらいたい。
「マジで?」と思わなかっただろうか。
僕は思った。だから読んだ。結論から言うと、マジである。本作の著者様はとにかくバイタリティが半端ない。修羅場くぐりすぎ。スズメバチに襲われた時の対策法を記した文章の後にさらっと綴られた「俺はこの方法で、何度か危地を脱したことがある」という記述には震えた。「何度か」って、普通の人間は人生でスズメバチに襲われる経験なんて0か1ですよ。1あれば飲み会の話題には事欠かず、何回も同じこと話して「スズメバチおじさん」の異名がつくレベルですよ。それを箪笥の角に足の小指ぶつけるぐらいのあるあるで語られたら、なんていうか、その、戸惑う。
とまあ特殊な経歴を持った著者様であり、僕は本作に記されている「食材」のほとんどを口にしたことも口にする予定もないのだけれど、何となく読んでしまう。それは単に知的好奇心を刺激されるというのもあるけれど、やはり著者様の「いただきます」に対する真摯な姿勢が成せる業なのではないかと思う。読んでいて気持ちが良いのだ。面白半分で面白いもの食ってみました系のグロ食レポとは一線を画する信念が、そこにはある。
僕が僕の人生で本作から得た知識を活用する機会はほとんどないだろうに、なぜかすごくためになる勉強をした気になる不思議なエッセイだった。各話のタイトルリストを見て興味を覚えた方は是非一読して貰いたい。「食」に対する考え方が、少しばかり深まるかもしれない。
『食べる』ことは生きるために必要な行動の一つ。
安価に安全な食品が入手可能な現代では、手間を掛ける労力に見合わないとそれを『食料』と見なさないのに、この作者様は身近にある、またはたまたま入手した動植物を食べてみようと試みます。
面倒なアク抜きをして美味な山菜に舌鼓を打ち、少々グロい手順を踏んで動物を捌いてみたり。
しかし、ここで思い出して欲しいことがある。
真面目に何かをしている様子は好感が持てると同時に、笑いを誘うものであるということを。
頭からビニール袋を被った姿だったり、服を着たまま川に入ってずぶ濡れになったり。
本人(達)が必死になればなるほど、笑ってはいけないと思えば思うほど止まらなくなっていきます。
獲(採)ったら食べる。
ただそれだけなのに、何故か面白くて仕方ない。
野生の生き物、植物などを採って食べた記録です。
ただの食レポではなく、その食材を食べることになった経緯やその食材にまつわる知人とのやりとりがふんだんに記されていて物語として楽しめます。
主人公(著者さん)がたくましく失敗もほとんどないので安心して読み進められます。また、やや話が脱線することもあるのですが、その脱線した部分が面白いので、むしろ脱線しはじめるとワクワクしたりします。
そこら辺の楽しさは、司馬遼太郎の街道をゆくと同じ感覚でしょうか。
ひとつの食材あたりの文字数は少なくテンポ良く進んでいくので、次はどんな食材と遭遇するのか、ちょっとイジワルな好奇心も刺激されつつ一気に読んでしまいました。
続きを楽しみにしております。
ナマズ、ノイチゴ、ハタケシメジ、アケビ、スッポン、アメリカザリガニ、レンギョ、ウサギ――――。
この秩序のない動植物の羅列はなんだろうか? これは本作の作者が半生をかけ、手に入れ、調理し食した『食材』の数々だ。
幼少の頃より生き物を飼育、観察することが好きな作者は『ひょっとしたら食えるかも』、と思ったらすぐに適切な調理をし、胃袋に収める。
その様子は文体からも垣間見える、熱い生物への探求心あってこそ。
スーパーに行けばすぐにパック詰めされた肉や魚、野菜や果物が手に入る現代社会にあって、この作者の行動は必要以上にアグレッシブだ。
最も勉学や恋愛、就職と悩み多き大学生時代に醸成された、生物への畏敬と愛情。
好奇心に読者はある時は笑い、ある時は胸を打たれるはず。
このエッセイを読んだ心ある者たちよ、今すぐ野生食材を手に入れよう!
※ 食材を手に入れる際は、必ず法令や公序良俗を守ってください。
少しでも怪しいと思ったものはいきなり口にせず、専門知識のある方に助言をいただいて適切な対応をしてください。
素人が見よう見まねで狩猟や調理をすることは、大変危険です。