第41話 バーバンク再び


 気合いを入れて書いた小説よりも、息抜きに書いているこのエッセイの方が、アクセスも評価ポイントも高いというのも皮肉な話だ。

 百話以上書き連ねて、ようやく先日二百ポイントに達した作品など、毎日ツイッターで宣伝していても、アクセス数は百~二百程度なのに、この「きゃっち☆あんど☆いーと」ときたら、宣伝どころか禄に更新情報も発信してないのに、毎日二百~三百くらいはアクセスがある。

 所詮、小説は架空のものだから、怪獣や妖怪の気持ちなど想像でしか書けない。ところが、生の実体験ならばそう感じたのは事実以外の何ものでもないから、共感を得やすいってことかも知れない。それと、感想をいただいていて思うが、俺が『割と変わった体験』と思ってご紹介した体験を『自分もやっている』とか、『昔自分もやった』『懐かしい』とかいう感覚でお読みになっている方も多いようだから、ますます共感を得やすいって事なのであろうか……。

 何より『食』と『狩猟』の二つの本能の琴線に触れるテーマである、ということが、このファンタジー全盛のネット小説界で評価をいただける理由なのかも知れない。

 読者の方が多いというのは大変ありがたいことで、たくさんの目に晒され、感想もいただける。その反応を見ることで、受けそうなネタも選べるし、たまにネタそのものを頂戴することもある。

 だが、あくまで俺は自分の実体験に基づいて書いている。だからその時、その場所、その種類、その個体の味について自分の感覚で書いているのであり、それが一般的でない可能性も常にあるのだ。

 比較するのもおこがましいが、かの開高健先生のエッセイで何度か語られている「ブラックバスの清蒸」など、実際に食べてみるとそこまでの美味とは感じない。っていうか、皮ごとだと独特の臭みがあって食べにくい。

 またファーブル昆虫記でも、セミやカミキリムシの幼虫を実際に食べているが、それが描写されている通りの味かというと疑問だ。

 ましてや、物書きも料理も本職でもない俺の体験であるから、ちょっと違うな、と首を傾げる場合もあるのではなかろうか。

 さて、それらを踏まえてサボテンの話である。

 以前ご紹介した、トゲ無しサボテン『バーバンク』だが、「歯が溶けるほど酸っぱい」と書いた。これに対するご異論を、ツイッターのフォロワーさんで読者の方からいただいたのである。

 その方は、どうやら九州地方にお住まいらしく、割と日常的に『食用サボテン』をお召し上がりとのこと。

 しかし、俺が言うほど酸っぱくはない、と仰るのだ。

 そして、とろみが豊富で歯ごたえが良く、美味な食材である、とのご見解である。

 たしかにとろみと歯ごたえは良かった……ように思う。というのも、酸っぱすぎてそれらも苦痛にしか感じなかったので、よく覚えていない。

 だが、思い当たるふしはあった。

 多くのの食用サボテン紹介サイトでは、あの強烈な『酸っぱさ』について言及していないのである。

 それが事実だと仮定すると、もしかするとトゲなし食用サボテンでも、種類や系統の違うものがあるのかも知れないし、同じ種類であっても、栽培条件や季節によって違う可能性もある。

 俺はその方に、もし手に入るようなら、是非送っていただけないかお願いしてみた。

 顔も知らぬフォロワーさんに、大変厚かましいお願いではあるが、こうしたエッセイを公開している以上、読者の方にできるだけ正しい情報を伝える責任がある。なにより、このエッセイの目的の一つに顧みられない食材にスポットを当てたい、というものがあるから、食材の地位を不当におとしめるようなことを書いたのであれば、訂正しなくてはならないと思ったのだ。

 そのフォロワーさんも、食用サボテンの地位向上を願っておられるようで、俺の厚かましい願いを快く聞き届けてくださり、一週間ほどの後、可愛いクマもん柄の段ボール箱が届いた。

 俺はその方のご厚意に感謝しつつ、箱を開いた。

 中に入っていたのは、柔らかそうな深い緑色をした、ずっしりしたトゲのないサボテンの葉が二枚。しかし見たところ、我が家で今も維持している『バーバンク』と何も変わらない。種類や系統が違うのでは? という可能性はこの時点で薄くなった。

 少なくともこれは、生まれつきトゲのないウチワサボテンに間違いない。

 そして、そういうサボテンは人工品種である『バーバンク』以外には考えにくい。何故なら、かの植物品種界のエジソン・ルーサー=バーバンク氏以外に、サボテンに囁きかけながらトゲを無くそうとする勇者が他にいるとは思えないからだ。

 箱の中にはもう一つ。この食用サボテンの料理法の書かれた紙も入っていた。

 分かりやすくイラスト入りで、下ごしらえの方法と料理法が丁寧に書かれている。

 なるほど。ナイフで切れ目を入れてから毛抜きで引っ張ると、あっさりトゲと皮が剥がれてくる。あとピーラーで葉の周りのトゲの部分を掻き取り、それから薄皮を剥ぐと、綺麗に剥げるわけだ。

 前回食べた時はネット情報を参考にしたから薄皮なんぞ剥がなかったが、こうすると確かに舌触りが良くなり、味もしみやすいわけだ。

 しかも、この注意書き。簡略的な割に実に親切で、でかい葉っぱの中のスジの多い部分のことや、固い場所も教えてくれているので、大変ありがたい。

 料理法も書いてある。スジの多い中程の部分は、ピーラーやスライサーで薄くして、きんぴら風にして卵でとじると美味らしい。

 凝った料理にも挑戦してみたいところだが、とにかく今回は素材の味だ。

 あの強烈な酸っぱさがない、というこのサボテン。比較するには、前回と同じ調理法が良いだろう。

 ということで、書かれている通りのやり方で下ごしらえして、前回と同じ醤油味のステーキにしてみた。

 恐る恐る口に運んでみると……おお……たしかに酸っぱくない。いや、酸味があることはある。だが、さほど邪魔にならない。歯が溶けるかと思うほどのあの酸っぱさではなく、春先に囓るスカンポ=オオイタドリの新芽程度の酸っぱさだ……っつっても、大半の人には分からないだろうか? ヨーグルトよりは少々酸っぱ目に感じるが、レモンや梅干しほどではない、という感じ?

 これなら食感や味も楽しめる。オクラのようなぬめりもあって歯切れ良く、青臭さも醤油で消えて、美味しい、と言っていいかも知れない。

 あとひとつだけ前回と違う、皮を剥くという項目。もしかして剥かなかった皮に強烈な酸味がある可能性もある、と考えて皮付きも食してみたが、食べにくさ以外に大きな味の違いはなかった。

 つまり、サボテンの酸味自体が大きく違うのだ。


 だが、見た目トゲなしウチワサボテンであるということは、前述したように品種はバーバンクなのであろう。

 しかもサボテンの栽培は殆ど『栄養生殖』つまり『葉挿し』と呼ばれる挿し木で行われるから、遺伝的に違うとも考えにくい。だとすればこの味の違いの原因として考えられるのは……栽培環境ではないか?

 温暖な九州と、俺の住む日本海側の豪雪地帯では気候が大きく違う。

 前回の『バーバンク』の項でも書かせていただいたが、俺は入手したこのトゲなしサボテンをいきなり食べず、栽培した。それも、満足のいくサイズの若葉が手に入るまで、数年かけて。

 そして、収穫までには様々な苦労があった。

 俺の住む北陸は寒い。寒気に当てて株全体を腐らせてしまい、僅かに生き残っていた小さな新芽から育て直したりもしたし、地植えできないから、夏期には乾燥させすぎて枯れそうになり、あわてて熱帯魚飼育水槽の濾過装置から、汚泥混じりの水を補給して生き返らせたこともある。

 サボテンのサイズの割には、小さな鉢で栽培していたせいで、上の方が重くなって倒れ、随分長いこと半割れの植木鉢で栽培もした。


 どの栽培条件が悪かったのか分からない。あるいは、俺のやったことのどれもが、サボテンのストレスになったのかも知れない。

 もしかすると、そのストレスが防御反応を引き起こし、酸味を倍加させたとは考えられないだろうか?


 ちょっと調べてみたところ、この酸味の原因となっている『蓚酸』という物質は様々な植物に含まれているらしい。身近なところではホウレンソウなんかが有名だが、驚いたことに蓚酸そのものは『劇物指定』されている。

 むろん、ホウレンソウを食べて直ちに体に悪い影響がある、というわけではない。

 要するに、多量にとると血中のカルシウムと結合してしまって『蓚酸カルシウム』となり、害を及ぼすということのようだ。具体的な例では、尿路結石や腎臓結石など。つまり血流の一部で集まり、固まってしまうことがある。

 これら結石は手術が必要だし、症状は格別に『痛い』事で知られているから注意されたい。

 キウイやブドウ、ヤマイモ、サトイモなどには、この蓚酸は蓚酸カルシウムの針状結晶状態で含まれていて、皮膚についた時の痒みなどの原因物質になっているらしい。

 植物体内で生理的にどういう働きをしているか、またどのような生育状態で植物体内の濃度が上昇するかまでは、手に入る限りの情報では分からなかった。しかし、悪環境で育つことで防御のために酸っぱくなった可能性は充分にある。

 前述したように、蓚酸は様々な植物に含まれているものだし、食用サボテンの酸味も本来は少し酸っぱいかな? 程度であるようだから、普通に九州で育ったサボテンは、主食にでもしない限りは大した問題はないかも知れない。が、俺の栽培したような『歯が溶けそうな』サボテンを食うのは、健康上の観点からもやめておいた方が良さそうだ。


 送っていただいたこのサボテン、二枚でも充分なボリュームがあった。

 一枚は例によって祖父の空き家でこそこそと食べたのだが、あと一枚をどうしようか悩んでいたら、偶然来た妻に見つかってしまった。

 何度も書いているように、妻はこういうモノに対する理解がまるでないわけだが、ザリガニとか蛙などのような不気味な食材ではなかったことも幸いして、自分が食わされさえしなければ、勝手に食えばいいという事に落ち着いた。

 せっかくだから送っていただいたフォロワーさんお勧めの「きんぴら風卵とじ」を試そうと思っているが、俺も年である。腎臓結石や尿路結石は怖い。

蓚酸が多いことには違いなさそうだから、一週間ほど間を空けて、食させていただきたいと思う。

 そして、説明書に書かれているように葉の根元部分を挿し木して栽培し、もう一度巨大な葉っぱを再生しようと思う。それが、今あるバーバンク株と同一の栽培条件下で果たして味が変わるのか、それを確かめて食用サボテンの結論としたい。


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