第30話 道草を食う


 今回は文字どおり、道端の草について、である。


 人生で最初に道端の草を食ったのは、幼稚園時代。

 姉とその友人に騙されて、シロツメクサ、いわゆるクローバーをを生で食わされたことに遡る。


「これ、三つ葉のクローバーだから、おつゆに入ってるアレと同じなんだよ。食べてみな」


 姉たちは三つ葉とミツバを混同していたわけで、そこに悪意があったかどうかは分からないが、実験台として使われたことは間違いない。

 結局、青臭い上に固くて不味く、吐き出してしまったわけだが、いまだに覚えているところを見ると、かなり衝撃的体験だったのだ。

 何がって、その辺に生えているものが食べられる、ということが、だ。

 急に認識が変わったわけではないが、野菜もその辺の草も、同じ植物、ということを理解したのはその頃だったかも知れない。


 そして小学生時代。

 一応、県庁所在地の駅前、なんてところに住んでいながら、俺の周囲には「道草」がかなりあり、それを食ってみせる友人達がいた。


「これ、吸うと甘いんだよ~」


 ってんで、登下校時にツツジの花を吸うなんてのは普通のこと。

 通学路が古城のお堀沿いだったこともあって、当時はスイバやギシギシ、イタドリなどがちょいちょい生えていたし、それを食ってみせることが、なんだかステータスのようになっていた。

 どれも、葉や茎を引っこ抜き、皮を剥いて根元の白い部分をむき出しにして囓ったものだ。

 当時からお堀の脇といえば、犬の散歩コースであったから、その糞尿も掛かっていたかも知れない。それを平気で食っていたことになるが、べつにお腹など壊した者はいなかった。今や、学校では水道水でさえも飲料に適さないとかで、自宅から水筒を持参させる時代であるから、その差は大きい。

 べつに犬の糞尿を嗜む必要はないが、潔癖に過ぎると却って何か問題が生じるような気がしてならない。


 さて、前置きが長くなった。

 きちんと料理して「道草」を食い始めたのは、やはり大学に入ってからだった。

 もともとある程度の知識はあったが、アケビの項で手に入れた山菜の本を読むようになってから、俺の草むらを見る目が変わったのだ。

 おいおい何コレ、食える草だらけじゃん。

 タンポポ、オオバコ、ハコベ、ギシギシ、スイバなんかはもちろんのこと。

 ヤブガラシ、カラスノエンドウ、アザミ、ノコンギク……なんと、ドクダミやスミレまで食える草扱いじゃないか。こりゃあ生鮮食品の完全自給も夢ではない。

 どれから食ってみるか。

 まず狙ったのは、クセが無く美味。とある草であった。

 そりゃあそうだろう。最初に食べるものに、わざわざ、アクやクセの強いものを選ぶヤツはどうかしている。


 まずは……タンポポ。

 多少苦みはあるが生でも食える。とあり、彩り豊かなサラダまでカラーで紹介している。

 生、というのには少々抵抗もあったが、ここまでやっているからには旨いのだろう。

 俺は、なるべく犬の尿の掛かっていなさそうな草むらの中程の葉を選んで持ち帰り、よく洗って、とにかく生で食べてみることにした。味付けはシンプルに塩のみ。


「ぐはああああああ!!」


 苦い。

 何だコレは。

 アケビの皮の比ではない。

 しかもなんだこの固さ。繊維質がかみ切れず、いつまでも口の中で苦さを発し続けている。

 これでクセがない???

 ふざけんな。

 時期も悪かったのかも知れんが……二度と生では食わん。

 そうそう、後で茹でてもみたが、やっぱ苦くて食えなかった。


 次。アカザ。

 これはなんと、縄文時代だか弥生時代だかに栽培されていた可能性すらあるらしい。

 ホウレンソウに似た味で、苦みもなく、お勧め、とある。

 これなら失敗はあるまい。

 だが。


「げ。固え」


 たしかに苦みはない。クセもない、と言っていいんだろう。

 だが、ゴソゴソした固い葉っぱは、お世辞にも美味いモノではなかった。新芽のあたりは多少マシか。だが、アカザは密生して生えているような植物ではない。その多少マシな部分だけを選んで摘んでいたら、いくら時間があっても足りない。

 却下。


 次。ツルナ。

 今度こそ。

 海岸の道端に生えるツルナも、またクセがないらしい。偶然行った海岸に生えていたのだが、特徴のある姿と、葉っぱ表面が煌めくような特徴のある質感ですぐに分かった。

 失敗を繰り返さないよう、今度は柔らかい部分だけ採って来て、しっかり茹でて食してみる。


「おげええええ」


 何この臭い。

 何とも言えない、独特の臭みがある。呑み込んだ後に鼻に抜けるイヤな臭い。

 茹でても炒めても、この臭いは消えなかった。

 青臭さでもなければ、苦みでもない。特有の臭い、という他はないが、食欲とこの臭いが結びつくには、相当の熟練が必要と見た。

 後年、ホムセンで野菜に混じってこのツルナの種を売っているのを見かけたから、栽培してまで食べる人もいる様子。

 気にならない人は気にならないのであろうか?? 俺は気になる。

 喜び勇んで採ってきたのだが、結局、ほとんど食わずに捨てることになった。


 ベニバナボロギク。

 外来種ながら、その評価は高い。

 春菊にそっくりの味わいと香り。しかしながら、その春菊をも凌ぐ柔らかさと食感を持ち、問題なく鍋料理にも使える、とある。

 早速おひたしでGO!!


「ぎゃあああああ」


 プラスチックか。

 なんつー臭いだコレ。

 春菊とは似ても似つかない、妙な臭いに、結局一口も呑み込むことは出来なかったのであった。

 くそ。かけた醤油がもったいねえ。


 とまあ。

 こんな感じで、様々な草を採っては食していった。

 その結果、確かに美味、と言えるようなものにもいくつかぶち当たった、ので以下にご紹介しておく。


 まずはノカンゾウ。ヤブカンゾウ、ニッコウキスゲなど、近縁種がいくつかあるが、どれも同じように食べられるらしい。

 これはかなり美味。

 早春、出始めたばかりの新芽を摘んで、おひたしにして、酢味噌でいただくのがベスト。

 その頃の若芽はコイツだけ薄い黄緑色で、まるでバンザイしたようにYの字型に地面から飛び出していて、他の植物とは簡単に区別が付くのも嬉しい。

 生えているところでは一面に生えていて、こんなに生えているのに放っとかれているってことは、やっぱし不味いんじゃないかとおっかなびっくりだったが、食べてみてびっくり。

 一切のクセが無く、妙な臭いもない。歯ごたえはしゃきしゃきしつつ、ぬるっとした食感もあり、甘味もある。

 掛け値無しに旨い「道草」と言える。

 地域によっては完全に山菜扱いで、産直店で売っていることも多い植物だが、べつに山中に多いわけではない。狙うなら河川敷の道路脇、であろうか。

 ユリ科で、黄色やオレンジの花が目立つので、前の年に花を見つけておいて、翌年の早春に採りに行くのが確実。


 次はノビル。

 言ってしまえば野生のネギ。

 それがその辺に、ほいほい生えている、と言っても信じる人はあまりいない。

 かの山岡さんと栗田さんも、わざわざどっか他県の山奥に行って食べ「なんだか体中の血が綺麗になるみたい」とかなんとか言っていたと思うが、何のこたあない。その辺の河川敷や草むらにいくらでもある。

 要するにネギだから、生だと辛みもあるが、香りを残す程度にさっと茹でると辛みが抑えられ、酢味噌で食うと絶品。

 ただ、気をつけたいのは、春先以外では葉っぱの方は固くなっていて、使えない、ということ。切り捨てるべし。球根部分はほぼ年中利用できるが、茹ですぎると旨くない。


 それと最後はノゲシ。

 キク科。茎のある大型のタンポポみたいなもので、沖縄あたりでは野菜扱いだとか聞く。っていうか、食べるのを教えてもらったのも、西表島で野宿していた時、世捨て人のオッサンに、なのだ。友人とキャンプしていたら「こっちで一緒に呑もう」とか言われてテントへ行ったのだが、じつに偉そうな態度で、様々なうんちくを語ってくれた。

 ほとんど聞き流していたのでよく覚えていないが、その経験談の半分以上は眉唾だったと思う。何よりそんだけ凄い人なら、ジャングルで世捨て人になっているはずないだろう。

 だが、話は眉唾でも、料理は旨かった。

 ヨーロッパ原産と言われる帰化植物だし、まさか食えるとは思ってなかったのだが、沖縄名物スパムミートと一緒にさっと油炒めにすると、苦みがほどよく中和されて、実に美味なのだ。スパムのしつこさも消えて爽やか。

 タンポポのような強烈な苦みが無く、ずっと柔らかいから繊維がいつまでも残るようなこともない。

 本土でも食べてみたが、味わいは同じだった。

 でも、リクガメ、ウサギ、ヤギなんかも大好物で、どっちかというとカメのために探して回った記憶の方が多い。

 そういう意味でも、かなり利用価値の高い「道草」ではある。

 ただ、近縁種のオニノゲシとかはトゲが痛いし、さらにトゲトゲのキツイ別種も最近帰化していて、間違えないよう気をつけた方がいい。っていうか、そいつ等の葉っぱは固くて旨そうじゃないのですぐ分かるが。


 あと、これは旨いって言えるのは、植物種に限らず天ぷらにすること、であろう。

 前述の苦いタンポポにしても、天ぷらにすればかなり美味。

 油が苦みを抑えてくれるのと、固い繊維もパリッとすることで、食べやすくなるわけだ。

 「闇揚げ」の項でも書いたが、油で揚げるってのは万能だ。

 オオバコ、ハコベ、ミツバ、ギシギシ、アザミ、ヨモギなど、様々な葉っぱを天ぷらで食ったが、どれもなかなかのモノであった。

 中でもヨモギ、ミツバなどの香りの強いものはお勧め。

 この料理法の欠点は、どれを食っても大体似たような味わいになってしまうことであろう。あと、仮に激不味の毒草を間違えて食べても、分かりにくいってのもある。「道草」の中には毒を持つものもあるので、充分気をつけていただきたい。


 何か、書いていたら草を食べたくなってきた。

 もうノカンゾウの時期は終わっちまったし、早春のいわゆる山菜は、軒並み大きくなりすぎているわけだが、まあ、「道草食い」のいいところは、ターゲットを次々に変えて、どんな季節でも何らかの獲物にありつけることである。

 アバウトな俺の性格に合っているのだ。

 今週末あたり、息子を焚き付けて昆虫採集に行く予定だから、その時に少し何か採ってこよう。夏の冷酒に合うヤツを。


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