第38話 寄生虫のこと、その他病原体のこと


 ここまでつれづれと書き続けてきて、気になったことがある。

 じつは俺は、このエッセイを書く時ひそかに

「もともとはそういうの食べない主義の人が『美味しそう』とか『食べてみたい』と思ったら勝ち」

 と、思いながら書いてきた。

 だが、もしコレを読んで、本気で試してみようって気になった人がいたとしたら……そして、その結果、何かあったらさすがにまずい。

 俺は何でも適当に捕まえ、豪快に料理して食っているように見えて、実はそれなりに気を使い、いざというときの覚悟も持って食べている……つもりなわけだ。

だが「へえ、ザリガニ美味そう」ってんで、いきなり食べてみた人が、病気になったり寄生虫にやられたりしたのでは、あまりに申し訳ない。


 そこで、遅ればせながらここで、野生生物を食べる場合に気をつけるべき点、つまり寄生虫やその他病原体、あるいは毒成分などについて種類と危険性、対策について、俺の知る限りではあるが、述べさせていただこうと思う。

 そういうわけなので、今回はちょっと頭痛くなるような難しい言葉の羅列になるかも知れないが、まあ、今回はこの作品を読む上での注意書きみたいなもんだと思って読んでいただければ幸いである。


 まず、そのへんの野生生物には、寄生虫や病原体がいる!!

 とお考えのあなた……じつはそれは大間違いである。

いや、そういうものに寄生虫がいないってんではない。その逆で、普段食べている魚介類や肉にも、ちゃんと寄生虫や病原体はいる!! のである。

 飼育状況や地域によってもそれは違う。

 例えばSPF豚のように、完全閉鎖空間で無菌飼育されたものなら、そういったものは、まったくいないかも知れないが、どんな生き物でも、野生だろうが飼育下だろうが寄生虫が入り込む可能性はあるのだ。

 むろん一般的には、飼育されたモノの方がきちんと管理されているぶん、寄生率は低いが、絶対なんていう事はない。

 逆に高密度で養殖したりしていると、寄生虫にとっては宿主だらけの天国みたいなものだから、予防措置を怠ったり、管理体制に不備があれば、むしろ野生下よりたくさん寄生してしまう場合すらある。

 だが、寄生虫だからって、なんでもかんでも危険視する必要はない。それが人間にも寄生するとは限らないし、必ず問題を引き起こすとも限らないからだ。


 世界的に有名な外部寄生虫・ノミで説明すると、こうである。

 例えばネコノミは長期間ヒトに寄生できず、すぐにどこかへ行ってしまう。そりゃあ、ネコを飼っていてノミ防除を怠れば、腕や脚に常に斑点が出来るほど刺されはする。

 だが、その人にくっついていって、勤務先や学校で他の人に移って寄生し始めたりなどはまずない。

 何故なら、彼等はその脚が「ネコの毛の中を進むのに適した形状」に進化してしまっていて、ヒトの髪の毛やその他体毛では、上手く潜んだり進んだりすることが出来ないからである。

 学生時代、俺はネコを飼っていた。

 どれも拾ったネコだったから、ネコノミだけでなく、シラミや条虫サナダムシやギョウ虫も持っていた。特にノミは厄介で、体中刺された。

 ノミ取り首輪とノミ取り櫛を総動員して、撲滅に力を入れたものだったが、その時、ネコの毛の中を泳ぐように素早く華麗に進むノミの姿に、俺は驚愕した。

 一種異様な美しささえ感じるその動きに、感動を覚えたほどである。

 だが、そのノミどもが俺の体表面になるとからっきしだ。

 当時から俺は割と体毛が濃い方ではあったのだが、すね毛や胸毛にからまってにっちもさっちもいかなくなったノミを捕まえ、何度も潰した。

 ノミが絡まるとすぐ分かる俺の体毛は、ノミを撲滅するまでの間、ノミセンサーというかノミ専用トラップとして大変優れた威力を発揮したものであった。

これがノミだけの話かと言えばそうではない。

 外部寄生虫で言えば、シラミやダニなどの多くもそうだし、内部寄生虫の回虫、条虫、ジストマ、コウトウチュウ、シタムシなど、様々な種が宿主を限定していて、それ以外の生物の体内では正常に生活できないのだ。


 また、余計な話が長くなった。

 つまり俺が言いたいのはこういうことだ。

 寄生虫は、その宿主に合わせて形態、性質ともに特化しているものが大半なのだ。寄生虫を呑み込んでしまったからといって、それが無事(?)に人間の体内に定着するとは限らない。

 むしろ、初めての体内環境に適応できず、死滅する場合が多い。

 都市伝説系のホラーで、クモが体内に巣を作っただの、寄生虫に操られただのってのがあるが、普段から人間を宿主としていないヤツは、簡単には人間を利用出来ない。

 ゆえに、人間の住まない未開の地から来た寄生虫がいたとして、人間にうまく住み着いたり、操ったりはまずできないのだ。

 かの有名なサバの寄生虫・アニサキスですら、本来の最終宿主であるイルカではない人間の体内では、正常に生活出来ない。

 じゃあ、なんでみんなそんなに怖がるのかというと、人間なんかに食われてしまって身の振り方が分からんから、暴れて胃壁を食い破ったり、べつの臓器に潜り込んだりすることになるので、急性の腹痛を起こしたりしてヤバイ、ということなのだ。


 それと、最初の方に書いたが、あらゆる生き物に寄生虫はいる。

 スーパーでシャケの切り身やタラコの表面を観察してみていただきたい。白いモノがとぐろを巻いていたりするのが、けっこうな確率で見つかるはずだ。丸ごとの新鮮なイカなど、生きたものが見つかることすらある。

 何を隠そう、それも寄生虫。

 しかも、前述の悪名高きアニサキスの仲間であることが多い。

 むろん、塩ジャケやタラコの表面では塩漬けになってしまって死んでいるので心配は要らないし、むき身にして洗ったイカからは取り除かれているはずだが、料理された刺身に絶対いないなどという保証はどこにもない。

 生で大丈夫、と言われている食材の多くは『寄生虫が全くいない』ワケではなく『その時期、その調理法なら滅多にいない』もしくは『ソイツに付く寄生虫は人間の体内で悪さをする可能性が極めて低い』だけのことだ。

 ちなみに、ここまで悪食な俺だが、たとえ高級料亭で出されようとも『淡水魚の刺身や洗い』『哺乳類の生肉』などは、余程のことがない限り手を付けない。

 余程のこと……これまでで言えば、年間数千万の取引のあるお客様から「食え」と無理矢理すすめられた時に、興味もあってクマとシカは食ってみた。

 いったん冷凍してあったし、寄生虫は大丈夫だろうと判断したからだ。

 だが、同時に出たイワナとアユの刺身は、冷凍もしてなかったのでのらりくらり断って結局箸を付けなかった。

 ちなみに、たとえ冷凍してあっても、シカやクマはE型肝炎ウイルスを媒介するので、絶対安全ということはない。むろん、それが馬だろうが牛だろうが鶏だろうが同じことで、ウイルスフリーな生肉なんぞ、この世に存在しない、くらいの心構えで充分だ。

 O-157がレバ刺しやユッケに付いていて、それで死人が出て大騒ぎになったニュースは皆さんの記憶に新しいと思う。そのせいで飲食店で生肉の提供が法規制されたわけだが……ハッキリ言って、俺はそれ以前から絶対にそういうモノは食わなかった。

 それどころかてっきり、危険きわまりないことくらい、誰でも分かっていてスリルを楽しんでいるのだと思っていた。

 まさか安全だと勘違いしていたとは、おめでたいにもほどがある。

 哺乳類の生肉は、絶対に食わないに越したことはないのだ。

 かようにどんな生物にも、寄生虫や病原体はいるので、そういうものが怖くて食えないというなら、すべての肉や魚を食わない、というのがよろしかろう。


 しまった。

 野生生物を捕らえて食う際の危険性を示唆するつもりなんだった。

 これでは、あらゆるものが食えなくなってしまう。


 えーと。話を切り替えよう。


 さて。

 そうはいっても、野生生物の寄生虫率は高い。

 大学の実習でも、様々な生物を捕獲してきたり、飼ってきたりして解剖したが、寄生虫が全くいない野生動物は、皆無と言ってもいいほどだった。

 まあ俺達に捕まるくらい鈍いヤツらは、寄生虫によって弱っていたのでは? って考えもあるが、そんな連中ばかりでもない。

 中には、腸内の線虫に消化吸収を助けてもらっている草食性動物がいたりするらしいから、あながち悪いことばかりでもないわけで、中にはむしろ寄生虫がいた方が元気なものもいるかも知れないわけだ。


 そこで、何かを捕らえて食べてみたいならば、念入りに火を通していただきたい。

 大抵の病原体は、それで失活つまり、死ぬかどうかしてしまうからだ。

 それでもどうしてもご心配な方は、揚げて食べるとよろしかろう。レアなんてのは問題外だが、煮たり焼いたりしたくらいでは、死なない寄生虫もいるのは事実。だが、油なら軽く百度は超えているので、その危険性は低い、というわけだ。

 本来、寄生虫は脆い。

 それはそうだ。移動能力や戦闘力、防御力のすべてを宿主に肩代わりして貰い、自分は栄養摂取と生殖能力だけに特化しているのだから、宿主外での生存能力など皆無に等しいのが殆どなのである。

 ゆえに大抵の寄生虫は、宿主の体内から出されると、すぐに死んでしまう。

 だが、例外的になかなか死なない状態となる場合がある。それが、卵とシストだ。

 以前、モクズガニの項でも書いたが寄生虫が「嚢胞シスト」と呼ばれる状態になると、多少煮たり焼いたりしたくらいでは死なない。

 卵はもっとすごい。寄生虫の中には、運良く宿主に呑み込まれるまで、いつまでも野ざらしで耐え続けることのできる卵を産む連中もいるから、高温だけでなく、低温、水没、乾燥、酸欠など、あらゆる悪環境に耐えてその時を待つ。

 卵にせよ、シストにせよ、いくら温度耐性があるといっても限度はあろう。だが、食材の表面が百度だからといって、中の方まで百度に達しているかというと怪しい。

 火が通っているからといって、死んでいるとは限らないのだ。ゆえに、ますます油で揚げればまず大丈夫。となるわけだ。

 それでもじっくり揚げなければ中心温度は上がらないし、危険性は変わらないのだが。


 あと、死体を触る場合の注意点を。

 哺乳類、鳥類の新鮮な死体からは、ハジラミやダニ、ノミがうつる。

 前述したように、外部寄生虫自体は長く人間の体に居座ることはないのだが、厄介なのは彼等が媒介する病気だ。

 ダニなどの外部寄生虫を介して、ウイルスやリケッチアに感染することが問題なのである。

 野兎病やとびょうがその典型で、野兎病菌は傷からだけでなく皮膚感染もあり得るとのことで、その感染力の高さは折り紙付きだ。

 ノウサギを調理する場合には、是非とも注意されたい。

 皮膚感染するということは、外部寄生虫だけでなく、死体を捌く際に直接血肉に触るだけでもヤバイわけで、マスク、手袋、帽子は必需品。まな板や包丁の熱湯消毒はもちろんのこと、捌き終えたら、すぐシャワーを浴びるくらいの気遣いは必要であろう。


 触れるだけでヤバイのは十二指腸虫や住血吸虫、ジストマも同じで、カタツムリやナメクジなどの陸貝、モクズガニやザリガニなど、淡水甲殻類の体液に触れると、皮膚から体内に入り込む可能性がある。

 モクズガニをすり鉢で丸ごと潰し、水ですすいで殻を濾した汁を味噌汁にする、『カニコ汁』なる絶品料理があるが、すりつぶした殻や液には寄生虫がいる可能性が高いため、素手で絶対に触ってはいけない。


 植物についても警鐘を鳴らしておこう。

 ウドやワサビ、セリ、クレソンなど、アクが少なく生で食べられる山菜がある。これらを無農薬だからといって、洗いもしないで食べると、回虫や条虫、もし北海道ならばエキノコックスなどという、危険度の高い寄生虫の卵が付いていることがある。

 これらは、野生動物の糞から感染する寄生虫で、前述したように、卵は悪環境への耐久性が異常に強いから、そのへんに糞が無くても卵はくっついていたりする。

 特に野生動物は水辺に寄ってくるから、湿性植物のクレソンやワサビは危険性が高いと言えるだろう。

 そう考えると、ヤマブドウやキイチゴ類など、生食できる木の実も心配になるかも知れないが、木の上にまでウンコがつく事は少ないだろう。ちょっと食べるくらいで病気になる可能性は低いと思われる。

 だがもちろん、鳥のフンにも寄生虫や病原菌はいるから、まったく安全というわけではない。洗って食べるのがベストなのは当然だ。

 またむろん、水中にも卵はあるし、寄生虫そのものが泳いでいることもあるから、山の水を飲む時には相応の覚悟が必要だ。野生動物の来る水辺は、ヤマビルやマダニも多いので、近寄る時には気をつけたい。


 あと、総じてこうした寄生虫症や感染症は、初期症状が普通の風邪や食中毒、アレルギー性の蕁麻疹などに酷似していて、原因究明が遅れることが多い。

 医師がそういう病気の経験を持たず、場合によっては存在すら知らない場合もあるからだ。運悪く、感染して体が変調を来した場合には、すぐに病院に行くだけでなく、自身に心当たりがあれば、その旨を医師にしっかりと伝えることが重要であろう。

 手遅れにならなければどうということのない病気も、手をこまねいていたが為に命に関わる場合もあるから、お気をつけいただきたい。


 まだまだ寄生虫や病原体の話題は尽きないが、私の今話せることはこのくらいであろうか。

 それにしても、ここまで分かっていて、なんで「きゃっち☆あんど☆いーと」するのか?

 なんで気持ち悪いとか怖いとか思わないのか?

 読者の中には、そのような疑問をお持ちになった方もおられるやも知れない。

 だが、逆である。

 ある程度危険性を知っているから、そして生態を把握しているから、気をつけて感染を避けることができる。だから「きゃっち☆あんど☆いーと」を満喫できるわけだ。

 お化けがどうして怖いのか? といえば、それは正体不明だからである。

 正体が枯れ尾花だと分かっていて怖がるヤツはいない。

 どんな強敵キャラでも、攻略法が分かっていれば、ただのポイント稼ぎに過ぎないだろう。

 むしろ、誰も見向きもしないところに、美味が無料タダで落ちているのだから、見逃す手はあるまい。


 さあ、みなさんも正しい知識を身につけて、れっつきゃっち。


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