第25話 バーバンク


 今回は「きゃっち」してはいない。

 買って、育てたモノではあるのだが――――


 ルーサー=バーバンクなる人物を、ご存じの方は、あまりおられないと思う。

 アメリカ人。農業家であり。育種家。園芸家。

 植物界の発明王とも呼ばれる彼は、様々な植物の品種改良に成功し、なんとその人生の中で三千種以上の品種改良を行ったというから、ただ者ではない。

 その中に、彼の偉業を象徴する、ひとつの植物がある。

 トゲ無しサボテン。彼の名を取って「バーバンク」と呼ばれるウチワサボテンである。

 サボテンにしてトゲがない。

 まさに画期的なこの植物は、人間の食料として、また牛や馬、ブタなどの家畜の餌料として、改良されたものなのである。

 乾燥地にも育ち、耐寒性もあり、肥料をあまり必要とせず、成長が早く、水分を豊富に含むウチワサボテンが食用、餌料用となれば、未来の食糧問題は一挙に解決。

 砂漠がサボテン農場に生まれ変わる可能性すらある、まさにエジソンの業績に、並び賞賛されるほどの画期的な大発明なのだといえる。


 このサボテンと俺が初めて出会ったのは、なんと爬虫類専門店でのことであった。

 故郷に帰り、とある会社に勤め始めた頃、俺は数十種類の爬虫類を飼育していた。

 俺の住む田舎の町で、当時唯一の爬虫類専門店。俺は、ほぼ毎日そこへ通い、餌や器具を買い、新しい爬虫類を物色していたのである。

 結婚前であったから、今のような小遣い制ではない。であるから、毎月の給料の半分近くをこの店に貢いでいた。

 そんな折り、店主が不思議な物を見せてくれた。

 冷蔵庫から取り出した新聞紙の包みを、さも大事そうに開けると、そこには緑色の円盤があった。いや円盤、というにはかなり長い楕円形をしている。何かの植物であることは一目で分かったが、それが何なのか、すぐには分からなかった。

 厚さは一センチもあっただろうか。

 店主は、おもむろにそれを刻むと、リクガメの水槽に入れた。


「どうだい。よく食べるだろう? これは、トゲ無しサボテンで、人間も食用にする美味しいサボテンなんだ。一枚千五百円。買ってみるかい?」


 高い。とは思ったが、手で持ってみるとずっしりと重い。

 二、三キロは優にあるだろう。

 ちょうど冬で、ギリシャリクガメの餌には困っていた。

 春や夏なら、クローバーやタンポポ、オオバコなどを採取してきて与えればいい。だが、冬はそれらの野草はすべて雪の下。仕方なくスーパーで小松菜を買っていたのだが、天候不順のせいで、一把三百円近くもするのだ。

 毎日一把ずつ与えていると、あっという間に金が消えていく。

 千五百円で一週間も保たせることが出来れば、ずいぶんと節約になるはずだ。

 俺は、とりあえずそれを購入してみた。

 与えてみると、確かに食いがいい。サイコロ状に切ったサボテンを、実に旨そうにリクガメたちはパクついた。

 これで少しは餌の節約が出来る。

 そう思って、一週間後に聞いてみると、店主からは意外な答えが返ってきた。

 

「え? そんなもの、あったかなあ?」


 いやいやいや、あんたから一週間前、確かに買ったんだが?

 だが、その不審な態度から想像するに、どうも割に合わなかったか、問屋に切られて取り扱いをやめた、ということのようだった。

 もともと、そこにしか専門店がないから通ってはいたが、その店主が誠実な人でないことは、昔から分かってはいた。爬虫類の種類間違えなんてざらだったし、変な理屈で高い方のカメを買わされたこともある。そして、その店も数年後に廃業。お客にウソをつくような商売がいつまでも続くはずはない。


 それはさておき。

 再びそのトゲ無しサボテンと出会ったのは、それから更に数年後、インターネット上であった。

 某サボテン園で、その葉を通信販売している、というのだ。

 十数年間、飼い続けたギリシャリクガメも随分成長した。久しぶりにサボテンを与えてやろう。そう思った。

 その時、初めてそのサボテンの品種名がバーバンクであり、自然の種類ではなくルーサー=バーバンクなる人物が作り出した、人工品種である事を知った。

 しかも、このルーサー=バーバンク。サボテンのトゲがなかなか無くならなかったので、なんとサボテンに話しかけて育種したのだという。


「ここは安全だよ。そんなトゲで武装する必要はないんだ。さあ、トゲを捨てよう」


 こんなことを毎日毎日囁き、ついにはサボテンからトゲを無くしてしまったのだと…………嘘クセえ。

 いくらなんでも、それはないだろう。伝説すぎる。

 そもそも食用サボテンってことは、食っちゃってるんだから、敵、いるし。

 だが、そうすることで出来たこのトゲ無しサボテンは、立派に食用に耐えるモノなのだというから、すごい。

 どうせなら……自分でも食ってみたい。

 そう考えて、十数枚の葉を取り寄せたのであった。

 だが、よく調べると食用には、葉っぱならいい、というもんではないらしい。やはり、柔らかい、その年に生えた新しい若葉が適しているとのこと。

 俺は、購入したバーバンクをプランターに植えた。サボテンの葉は簡単に根付くからだ。

 そして時々リクガメの餌にしつつ、新芽が出るのを待ったのであった。


 このトゲ無しサボテンバーバンクは簡単に根付き、ばんばん殖えた。

 だが、耐寒性があるとはいえ、さすがに雪国の冬はヤバかったようだ。そろそろ収穫か……という時になると、何度も全滅させかけ、復活を待つ、ということがそれからまた数年も続いたのである。


 そして昨年。

 俺が初めてトゲ無しサボテンに出会ってから、既に十年以上が経過していた。

 ようやく……ようやく、食用に耐えそうな若葉が出来たのである。

 その間に、ギリシャリクガメは庭でアライグマに食い殺され、残った爬虫類たちの大半は、友人に譲るなどして手放した。

 俺の、長い歴史の積み重ねの賜物として、まな板の上に乗るトゲ無しサボテン。

 俺は、ネットで見た調理法を参考に、処理を進めた。

 僅かにトゲのある芽の部分を切り取り、綺麗に下ごしらえをしてから茹でる。

 この下茹でが重要だと、書いてあるサイトがあった。どうも酸味が強い、らしいのだ。

 だが、食味について詳しく書いてあるサイトはそれくらいで、それ以外のサイトでは「甘味があるらしい」とか書かれていたり、「食べたことはないので食べてみます」で、そのまま更新されていなかったり、「オクラのようで美味かった(らしい)」と書かれていたりで、どれも自分で食ってみてどうだったとは書かれていないのである。

 それにしても、いかにも柔らかそうで瑞々しく、野菜的な見た目に対して、酸味が多いというのはまったく想像が付かない。たしかに、蓚酸を含むのでリクガメにも主食にすべきではない、と聞いてはいたが……とにかく、よく茹でるしかない。

 茹で上がったサボテンをフライパンで焼く。味付けは……醤油でもかけておけば問題なかろう。

 できあがったのは『サボテンのステーキ』である。

 焦げた醤油の香りが食欲をそそる。だが、茹でて変色した葉は深緑色に変わり、浸み出したとろみのある液が、こんがり感を台無しにしているが、それはまあ仕方ない。

 これは、某サボテン園でも出している料理と聞いていたから、ハズレは無いはずだ。

 ナイフとフォークを用意し、おもむろに口に運ぶ。期待を込めて噛み締めると……


「ぐあああっ!? 何だコレは!?」


 酸っぱい、なんてもんではなかった。

 柑橘系の酸っぱさともまた違う、酸味を純粋に抽出したかのような酸っぱさ。舌の方は耐えられても、歯が溶けていくのが実感できる酸度、と言えば分かるだろうか?

 実際、食べた後の歯がキシキシする。

 小さめの葉にして良かった。欲張ってでかい葉にしていたら、食いきれなかったところである。付け合わせに、ザリガニを揚げておいて助かった。口直しがなければとてもではないがやっておれないほどだ。

 何とか食いきったものの、たっぷり増えたこのトゲ無しサボテンを、俺は二度と料理しようとは思わなくなったのである。


 だが、サイトによっては、そんな酸味のことなど全く触れずに、美味しい料理として紹介しているものもある。

 もしかすると、新葉だったのが拙かったのかも知れない。

 葉を採取した時期の問題かも知れない。

 それとも、雪国の冬に耐えさせ、プランターで長年栽培し続けているうちに、性質が変わってしまったのだろうか。

 だが少なくとも、俺の食べたトゲ無しサボテンは、とにかく酸っぱくて食べられたモンではなかった。これだけは、自分自身の舌で確かめたのであるから、自信を持って言える。

 もし、実際にサボテンのステーキを食べたことのある方で、そんな異常な酸味など無かったとおっしゃる方がおられたら、是非ともお教えいただきたい。

 我が家には、まだまだトゲ無しサボテンバーバンクが、たくさん生えているのだから。


 だがまあ、考えてみれば、乾燥に強く、肥料いらずで手間も掛からず、耐寒性もあって、水分豊富で、栄養価も高いなんて夢の植物が美味ければ、今頃もっと大々的に栽培されているはずである。

 ルーサー=バーバンクはたしかに偉大な育種家には違いないのだろう。

本当に囁きでやったのかどうかは知らないが、ウチワサボテンから巨大なトゲを無くすことは出来たわけだ。だが、このクソ酸っぱい葉の味を変えることはできなかったのではないか? 俺はそう勘ぐらずにはおれない。

 彼は晩年、自分の仕事はまだ端緒についたばかりである、と言い残しているらしい……それがこのサボテンの味のことであるのなら確かにそうである、と言わざるを得ないのだ。

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