第13話 ガンタケ


 教授に毒キノコを食わせた……とはいっても、キノコ男が同定を間違えたわけではない。

 また「毒」といっても、含有していると現在では判明しているだけで、当時確認したどの本にも『食』マークが付いていたキノコではあるのだ。

 それを、俺達は動物形態学実習の打ち上げ宴会に持ち込んでしまったのである。

 動物形態学実習。

 生き物を片っ端から持ち込み、それを観察していく実習である。

 すべての「動物門」を観察しよう!!

 が合い言葉であるから、活動は広範囲にわたった。寄生虫でしか観察できない動物門もあるから、俺は県外のペットショップにまで赴き、外国産爬虫類の死体を多数もらい受けて、解剖したりもした。

 その時、皮膚下、肺、肝臓、胆嚢、消化管、筋肉中にまでも寄生した、異形の寄生虫を続々と発見し、軽くトラウマになるのであるが、それはまた別の話で。

 とにかく、我々はほとんどの動物門を確認し、優秀な成績? で実習を終えたご褒美に、教授のおはからいで宴会を執り行うこととなったのであった。

 会場も店ではなく、教授の自宅と決まり、博士課程の先輩方も長野の実習センターからやって来た。どうやら手みやげは「ザザムシ」「蜂の子」「イナゴの佃煮」であるらしい。

 ならば我々は、遠くからやって来た先輩方を、本学で採れた食材でもてなさねばなるまい。と早速、俺、キノコ男を含む数人で、学内に食材調達にでかけた。

 だが、秋も深まり過ぎていて、狙っていたハタケシメジなどの良いキノコはあまりない。

 ヤマグリが大量に落ちていたが、これは小さくて食うのが大変。栗ご飯にするにも剥いている時間がない。マテバシイの実もあったが、これは評判があまり良くなかった。

 アケビもほとんど採れない。どうしようか、と思った時、ある池の畔に大型のキノコが大量に生えているのを発見したのである。

 だが、キノコの形態は明らかに「テングタケ型」である。つまり、一本立ちの立派なキノコで、柄にはツバがあり、一番根元が膨らむか、もしくはツボ状の外被膜の跡がある。

 平たく開いたカサには、特徴的なイボイボも付いている。

 これまで、一度も見たことのないキノコである上に、このタイプのキノコは命に関わることもある。

 俺は敬遠して、無視して歩を進めたのだが、一回りして帰ってくると、キノコ男達が嬉しげにそのキノコを採集している。

 俺は慌てて彼等を止めた。


「おいおいお前ら、そんなのテングタケの仲間だろ? 食えるわけないじゃねえか」


「何バカ言ってんだよ!! これが、かの有名なガンタケだよ。テングタケ科の中にあって、珍しく食べられるキノコさ!!」


 キノコ男は、余裕の表情で俺に説明した。

 たしかに、俺もガンタケは知っていた。そして、タマゴタケと並んで、この仲間には珍しい食用菌だという知識くらいはあった。

 だが、この『ガンタケ』というキノコは、見分けやすいタマゴタケとは違って、有名な猛毒キノコである「テングタケ」に、まことにそっくりなのだ。

 もちろん、学内にはテングタケも生えるのであるから、恐ろしい。

 キノコ男の眼力を信用しないではないのだが、これまでのこともある。ちょっとやばいなー、とは思ったが、あまりに自信を持っているものだから、打ち上げの鍋の主具材はガンタケと相成ったのであった。


 さて、宴会が始まり、ガンタケを食べ始めると、その旨さに皆は舌鼓を打った。

 実際、旨味が濃いのだ。

 歯ごたえも固すぎず柔らかすぎず。俺はタマゴタケを食べたことがあったが、それよりは確実に旨い。

 ダシの旨味こそ似たようなものだったが、柄が中空で脆いタマゴタケに比べて、まずボリューム感が桁違いなのである。その上で、つるんとした舌触りやシコシコした歯ごたえは、確実にガンタケの方が上である。

 このガンタケは松とクリの混成林の樹下に大量発生していたから、鍋の具材としてはたっぷりあった。

 参加人数は多かったが、全員がけっこうな本数を口に出来たのであった。

 しかし、俺は用心した。

 たしかに、これはキノコ男の言う通り、ガンタケであるかも知れぬ。

 それほどまでに、キノコ男の鑑定眼は信用していた。だが、こと『食べる』ことになると、キノコ男は信用できないのである。

 また、どう見てもテングタケっぽいこのキノコのことも、どうしても信用することは出来なかった。

 結局、俺はそのキノコを、一本しか食わなかった。

 理由には、それより以前に、キノコ食いの先輩からいくつか聞いていた話があったというのもあった。


 話その一。

 ベニテングタケを食べる地方がある。だが、一人一本だけと決まっている。毒キノコだが、一本くらいなら少々ボーッとしたり、下痢をする程度で治まるからだ。


 話その二。

 テングタケの系統は、毒キノコだが非常に旨い。しかし旨いのも道理。その旨味こそが毒成分なのである。だから、旨味が強いほど警戒しなくてはならない。


 話その三。

 キノコの中毒には解毒剤はない。本格的に中毒したら、対症療法で乗り切るしか無く、それがダメなら、あとは死ぬだけである。


 俺は、ガンタケの「強い旨味」が気に入らなかった。

 いや、味そのものは上述の通りにたいそう気に入ったのだが、その旨味こそが毒成分であるような気がして仕方なかったのである。

 だが、キノコ男はもちろん。友人達も、教授も、先輩連も、かなりな量を食った。

 翌日。

 俺以外の全員が、消化器系の不調を訴えて学校を休んだ。

 入院するほどではないが、腹がゆるくなって、一日中トイレに行かなくてはいけない状態だったらしい。

 幸いなことに、先輩連の持ち込んだ「蜂の子」「ざざむし」「トド肉の缶詰」「クマ肉」などなど……それら以外にも、俺達後輩を驚かそうとした、得体の知れない食材の数々の方が疑われ、キノコ男の鑑定したガンタケに疑いの目が向けられることはなかったのであった。

 だが、俺はその時点でガンタケの毒性を、ほぼ確信していた。

 ガンタケを一本以下しか食べなかったのは、俺だけであったからだ。


 現在、販売されているほとんどのキノコ本には、ガンタケは「毒」と表記されている。

 毒成分は「イボテン酸」「アマトキシン」どちらも、旨味の濃ゆい「猛毒」らしい。テングタケなどと違って含有量が少ないので、これまで毒キノコとして認識されなかったのであろう。

 たしかにこのキノコは旨かった。

 だが、読者の皆様は決して食べないようにしていただきたい。それでもこの強烈な旨味を体験したい……というなら、自己責任でどうぞ。


 ちなみに、過去食菌で現在毒とされているものは、ガンタケ以外にもいくつかある。

 ゆえに、古本屋などでキノコ本を買うことは避けるべきだと俺は思う。


 例えば、「スギヒラタケ」という真っ白なキノコ。

 十年ほど前に毒性が確認されて、毒キノコの仲間入りをしたが、それまでは優秀な食菌として販売もされていた。だが、実は腎臓疾患を起こす遅効性の毒を持つので、かなりヤバイのである。

 むろん過去のキノコ本には「食マーク」でかなり美味しいと紹介されているキノコであり、見分けやすく、簡単に見つかるので、実は俺自身も何回か食べたことがある。だが、たまたま食べた量が少なかったので、何ともなかったのであろう。

 こいつは大した旨味もない薄っぺらいキノコであるから、無理して食べる必要はない。腎臓疾患は無論命に関わる上、ヘタをすると一生の病気になりかねないので、興味があっても、絶対に食べないでいただきたい。


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