第28話 世界融合(3)


「ノヴァン帝国の軍事的魔法技術発展によって島国の諸島連合が出現したことを受け、母さんは技術進歩の内容と世界融合の因果関係はないとした。航海技術が発展したからといって、新大陸が出現するわけではなさそうだ。つまり、α世界とβ世界が融合した切っ掛けとなる技術進歩の特定は、もっと広義的に考察しなければならなかった」


「それは、骨の折れる作業ですね。どちらの世界も、呼吸するように技術を使っていたはずなので、特定するのは困難でしょう」


「そうなのですが、そうではなかったようなのです」


 僕の言い草に、ラシュトイア王女は疑問符を浮かべたのか、小首を傾げた。


「母さん自身、とある可能性に目を背けていたからこそ、特定が困難になっていたのであり、その可能性に向き合えば、特定できたのも当然であった。そして母さんは紆余曲折の末、ようやくその事実に向き合った」


「そ、それは、どのようなものなのでしょう?」


 ラシュトイア王女は戸惑いながら促した。そして僕はそれに答える。


「α世界とβ世界の融合の原因は、ではないだろうか、と。つまり、僕がこの時代に来てしまったから、世界はこのように変化してしまったのではないかと」


 僕が寝泊りしている客室内は、沈黙に支配された。ラシュトイア王女もテレも、それを聞いて固まってしまった。僕としても、この事実についてなんてコメントすればいいのか皆目見当がつかない。


 ただ時系列を考えてみれば、納得できなくもない。東京とムルピエ王国が争ったのは、今僕がいる時代から遡ること八十年以上前であり、その争いは世界融合直後に起こった。そして僕は百年前の過去からタイムマシンに乗ってこの時代に来たのである。つまり、僕が未来に飛んでから僅か二十年以内に世界融合が発生したということになる。時期的に見ても、タイムマシンの発明という技術革新がトリガーになって、世界融合が起こった可能性が大きかった。


 静まり返った空気だが、いつまでも黙ったままでいるわけにはいかなかった。


「そして母さんはこう綴っている。タイムマシンの開発は、トワに対する好奇心から生まれたものであり、その責任は全て自分にある、と」


「トワ……というと?」


 僕は重たくなった気持ちを引きずりながらそれを言ったが、案の定、ラシュトイア王女はトワの存在を気にした。正直トワのことを話すのは気が向かないが、話さなければ話が進まないのも確かである。僕はなんと説明すればよいのか考え、頭の中に出てきた言葉をそのまま伝える。


「トワとは、思春期になった僕のために、母さんが暴走して作った高性能人工知能搭載ロボット、少女型のアンドロイドだ。人間以上に人間らしいその存在は、何事もなく普通に家で暮らしていた。無機質であるトワに生物特有の生気を感じることが多々あり、僕はそのことを人形に付喪神が憑依したかのようだとか、別の知的生命体の意識だけをロボットの身体に封じたかのようだとか言っていた。未来の世界に行く前から、僕はトワには秘密があると思っていたんだ」


 思ってはいたものの、まさかこの場面でこのようにトワが関わっているとは、思いもよらなかった。


「人造の人間、ということですね」


 僕の説明を、ラシュトイア王女は自分なりに噛み砕いて納得したようだ。


「総介さんの暮らす世界、α世界には、そのような人造の人間が当たり前のように存在しているのですか?」


「いや、そういうのは創作物の中だけの存在で、現実にはいなかった。トワ以外にはね」


「であるなら、そのトワさんという人造の人間が、タイムマシンよりも前に生まれたその時点で、世界は大きく傾いたはず。タイムマシンが完成したことにより、世界にとどめを刺してしまった、といったところでしょうか」


「そうかもしれない。だが根本的に、トワさえいなければ、タイムマシンも生まれることもなかった」


 僕はトワに対して複雑な感情を抱いていることは確かである。だがしかし、僕としてはトワを否定するつもりは毛頭ない。トワの立場を考えれば、結果的にそのような存在になってしまっただけであり、決して本人のせいではないのだ。


「どういう、ことですか?」


 僕の意味深な発言に、ラシュトイア王女は訝しみながら尋ねてきた。


「母さんはトワのことを不思議な存在と言い表している。母さんによると、トワの発見は偶然であり、奇縁であったようだ。そして世界融合の事実が明るみになったからこそ判明したことだが、トワは小規模な世界融合によって、α世界にやってきた異世界の生命体ではないかと思われる。言わば、今の僕と似たような立場であったようだ」


 僕がラシュトイア王女と出会ったように、トワも母と出会ったのだ。そして僕が東京の地理を活かして王女の調査に協力したように、トワも自分の能力を母の科学実験に提供したのであった。


「トワは肉体を持たない思念体のような存在だと母さんは綴っている。そしてトワが肉体を持たない理由は、トワには空間に干渉する力が微弱であるからではと推測した。そしてその代わり時間に干渉する力が強大であったとのこと。つまりトワは、空間移動はほぼできないが時間移動はできる異世界生命体であるそうだ」


 母はそんなトワに知識を与え、観察していたという。そして空間に干渉できるよう、微弱な力を増幅させる無機質の身体を与えたという。つまりそれが、僕の知るトワの誕生である。


 そう考えると、確かにトワは時折意味深な発言をしていた。それはつまり、時間移動できるが故に、他の時代を見通していたからなのではないだろうか。


「母さんは、トワのその時間移動の能力に着目した。そしてその能力を活かして作り上げたのが、タイムマシンであった。しかしそれはていのいい言い方だ。母さんは単に、与えた身体からトワを取り出し、あの防音室型の部屋に押し込んだだけだ。あれはタイムマシンなんかではなく、トワそのものであった。僕はトワの能力で、百年後の世界に来たのだ」


 僕をこの世界に飛ばした実験について、母はトワのことを重要な役割とか動力源とか言っていたことの意味がようやくわかった。


「……私と総介さんが初めて会い、共に一夜を過ごした地下にあったあの小部屋が、タイムマシンであり、トワさんご本人であったのですね」


 ラシュトイア王女はあの日のことを思い出しながら、僕の話を飲み込んだ。しかしそれは他人である僕から見ても、無理やり納得したようにしか見えなかった。


「トワが僕の世界に来て、そして能力が技術に変化したことにより、α世界とβ世界は融合したみたいだ」


 トワ単体であれば能力の範疇であっただろう。空間に干渉できない代わりに時間に干渉できるのだから、僕たち人間の感覚でいえばただ歩行しているにすぎない。しかし物に頼って荷物と一緒に移動すれば、それは立派な技術になる。手で持って徒歩で移動するのと車に乗せて移動させるのでは、技術力の差が生まれる。


 つまり防音室型の部屋に僕を乗せて時間移動した時点で、トワの能力は技術に変化したのである。そしてα世界にて、本来時間移動できない人間を時間移動させるだけの技術が誕生したのなら、当然大きく世界は傾くはずである。そしてその先にあるのは、どこかの世界との融合である。


「東京の地上が、まるで上書きされたかのように消失し、ムルピエ王国の土地となったのは、α世界の上にβ世界が出現したからではないだろうか。原因であるα世界が土台なのだから、ありえなくもない話だ。これなら東京の地下が無事であったことに納得できる」


 これが、この世界に起きた変容の正体である。


「正直言ってしまえば、牽強付会すぎて母さんが何を言っているのかがさっぱりわからない。しかし同時に、母さんの立場でなければ到達できなかった見解であった。この見解の信憑性は残念ながら皆無だが、それでもこれ以外でここまで説明できる見解もないことも確かだ」


「そうですね。……総介さんのお母様には申し訳ないですが、理解するのが難しい話でありましたね。私も、なんとなくわかりましたが、同時に混乱もしています」


 ラシュトイア王女は目を伏せ、困った顔をしながらそう呟いた。納得できるかできないかということを度外視して、書いてあることをそのまま頭に叩き込んだ僕とは違い、王女はちゃんと理解しようとしているみたいだ。そこが僕と彼女の違いなのかもしれない。


「総介さんはこの世界の仕組みを踏まえた上で、過去を改変しようとしているのですね」


 ラシュトイア王女は別にそういう口調で話しているわけではないが、何故か責められているような気がして、僕はその確認に答えることができなかった。母に過去改変を託されたわけだが、僕自身それを行う決意はまだ固まっていない。


 僕はラシュトイア王女の問いを半ば無視するかたちで、話を進める。


「本の最後に、過去の母さんが未来の僕に宛てたメッセージが書かれています」


 そう促し、ラシュトイア王女は本の最後のページに目を通す。


 最後のページには、このようなことが書かれていた。




 ――世界の秘密を曲がりなりにも解き明かした私だが、世界の変容を止める術はなかった。何故なら世界が変容する前に戻って世界融合の原因を消し去ろうとしても、それを可能にするトワは総くんと共に未来に行ってしまったからだ。


 だから私は必要になるだろう情報を解明し、この本を書き上げた。一応長い年月本が存在していられるような場所に置いていくつもりだが、未来の総くんがその場所まで辿り着くのは万に一つの確率もないだろう。更にその場所からこの本に辿り着かなければならない。それは絶望的な可能性でしかない。


 しかしあわよくば、この本が無事総くんの手元に渡ることを願っている。誠に勝手なお願いだが、是非とも親の尻拭いを頼めないだろうか。


 総くんがいなくなった世界は、世界融合とそれに伴う戦争によって、双方大勢の人が死に、からくも生き残っても死んだような生活を送っている。私の行動によって引き起こされたこの世界の不幸を、なかったことにしてもらえないだろうか。


 単純に、総くんが未来の技術の一部を持って元の時代に帰ってくるだけでいい。タイムマシンは既に出来上がって実用してしまったのだから、それによる世界の傾きは修正できない。


 だがタイムマシンによって世界が傾き、α世界とβ世界が衝突するならば、未知の技術を持ち帰ることで、更に世界を傾かせてβ世界の未来線上を避け、衝突を免れることが可能だと思う。タイムマシンに声をかければトワは反応し、元の時代に帰れるよう動いてくれるはずだ。


 総くん、いや瀬尾総介くん、世界を救ってはもらえないだろうか?――






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