第16話 王国考察


 トロメロさんとの会話をそこそこに打ち切り、僕は全裸になって大浴場に入る。大浴場と呼ぶだけのことはあり、浴槽はバスケットボールのハーフコートほどある。一人で入るには広すぎであり、ほんの少しの物悲しさが湯気と共に空間を漂っていた。せっかくのお風呂イベントにも関わらず、美少女どころか人っ子一人いないのはいただけないが、いたらいたで確実に気まずくなるので、もしかしたらこれはこれでいいのかもしれない。


 一人で風呂に入るときに思考に耽るのは嫌いではない。むしろ思考にとどまらず妄想に耽ることもあるので、男子高校生である僕は、同年代の男子に比べて長風呂になりがちである。


 異世界に来て、王族の別邸の大浴場を借りている今現在でも、僕は自然と思考を巡らしていた。その内容は、当然この世界のことである。


 トロメロさんの話で大分この世界のことを知ることができたが、それはまだ一つ一つバラバラなピースでしかなく、断片的にしか理解していない。だがそれらを結びつけることにより、おおよその全体像を推測することはできそうだ。推理小説はあまり読まないし、サスペンスドラマも見ない僕だけれども、それぐらいの考察は可能である。


 まず始めに、何故王女は調査の帰りに襲撃を受けたのか考える。そしてそれは単純に、金品目的ではなく、その調査をよく思わない勢力による差金である。そして王女に刃を向けたということは、少なからず王女と敵対している者であることになる。


 ではその者は、王女の何が気に入らないのか? それは王女の行動に他ならない。王女は民思いの王族で、民の暮らしを豊かにするために、日夜現象保存から誕生する魔符を研究している。そして王女と同じ意志を持っているのが、現国王である。


 国王と王女を同じ枠組みにまとめると、王女に対する敵対心の起因は国王にあるのではないかと推測できる。


 ならば、国王が一派に嫌われる原因は何か? それはトロメロさんの話にも出てきた。つまり、王家の血の遺伝特性により王族以外にも能力を有する者が増え、それを抑制するために定められた法を改正しようとしたことである。


 そう考えると、調査帰りのラシュトイア王女を襲撃したのは、法改正反対派閥の者たちではないだろうか。


 ならば法改正の何がいけないのか? 魔符の法の効力は、王族以外の魔符を使用禁止にすることによる非公認魔符の排除。その副次効果は、王宮の技術力独占と、邪魔者排除の口実。つまり法改正によって、王族の恩恵を受けていた身分の高い者の富が脅かされることを意味している。


 この考えに至ると、結局どこの世界も世の中金が一番なのだということがわかる。そのあたりの概念はどうやら普遍的であるらしい。なんともきな臭い世界である。


 しかし、この王宮問題に地底人とやらがどう関わってくるのかが謎である。僕の推測はもしかしたら的外れなのかもしれないが、だとしても地底人と王宮を結びつける要素は結局ないのである。


 一応地底人の方もそれなりに推理してみた。


 この地に地底人が存在したという話は事実であろう。その地下迷宮が王女一行の調査対象なのだから。


 この国と地底人は、過去戦争をしている。それは王女の話だけではなく、物的証拠が確かにある。それは今滞在しているこの別邸である。


 この別邸は、元々王立図書館であり学校であった。


 そしてこの建物は八十年以上前に要塞化された。要塞を必要とする理由はただ一つである。それは軍事目的だ。


 では何故この建物は本来の機能を失ったのか? これまでの情報をもとに一番可能性のある答えを出すとしたら、国内で戦争が起こり軍事的な拠点が必要になったが、この土地にそのような施設がなかったため、急遽規模の大きい施設を改造した、という可能性。


 そう考えると、要塞化した時期と地底人との争いは、ほぼ同時期であることが推測される。


 そのような事情があったからこそ、地底人との争いで歴史資料が消失したのではないだろうか。軍事拠点が元は王立図書館なので、貴重な書物が保管されていた可能性がある。国が所有する図書館であれば、歴史的に価値のある資料などといった重要書物を保管していても不思議はない。


 そんな多重の意味で重要拠点であったこの建物は、恐らく一度敵に制圧された。でなければ施設内の書物が消えることの理由が見当たらない。焼いたなどして破棄したという可能性もあるが、そうであるならば王国側に何かしらの記録が残っているはずだし、失われても支障がないように工作するだろう。


 しかし実際はそうではなく、長い年月が過ぎた今でも、わざわざ調査隊を率いて地下迷宮の調査をし、過去を解き明かそうとしている。だが、その調査は一体何のために行われているのだろうか?


 もしかしたら調査の目的は、そのときに失われた歴史資料の捜索ではないだろうか?


 そうすると必然的に、ラシュトイア王女の目的は、地底人に奪われた歴史資料の発見ということになる。


 しかし疑問がある。先程も思ったが、通常歴史資料ならば、失われても支障がないように何かしら複製がされていると思われるし、そもそも学校があったのなら、歴史の授業があったはず。よって例え貴重な歴史資料が消失しても、歴史を辿ることは少なからずできるのである。


 だがそれができず、消えた歴史資料を捜索するしかない現状を考えるに、その資料は複製をすることのできない、国の最重要機密なのかもしれない。そのあたりが、王国の趨勢に関わるのだろう。


 半ば妄想に近い推測をしてみたが、やはりピースは足りない。強引に筋道を立てようとしたが、結局は穴だらけのものになってしまった。真実とは程遠いのかもしれない。だが現状はこれ以外の推測のしようがなかった。


 王宮の現状と、この土地の戦争。その二つを結びつけるのには、最低でも地底人が何者で、消失した歴史資料に何が書かれているのかがわからないと不可能である。


 そして根本的な問題として、僕がそれを知ってどうするのか、ということである。


 別にこの国に永住するわけではない。よって僕には関係のない問題である。そもそも外国人がその国の問題に介入するのもどうかと思う。行くあてのない僕を拾ってくれてよくしてもらったことには感謝しているし、恩を返したいとも思っている。しかし能力的に返せる恩と返せない恩がある。そして返せない恩は大抵悲惨な末路になることが多い。


 結局、僕は何がしたいのだろうか?


 いや、そんなことはわかりきっている。僕はタイムマシンを再起動させて元の世界に帰るのだ。そのためには時間が必要であり、その時間の安全を確保しなければならない。それには、厄介事に首を突っ込まないのが一番だ。嫌な言い方をするが、情報を得て整理することで、利用できる要素と警戒する要素の判断をはっきりとさせなければならない。それが、現状僕が考えられる最善だ。


「総介様、如何されましたか?」


 不意に背後の扉から、落ち着いた老人の声がかけられた。どうやらクモルが長風呂を心配して様子を窺いに来たようだ。僕はそれほどまでに長い思考に耽っていたらしい。


「いや、大丈夫です。このお風呂が気持ちよすぎたので、少々長く入ってしまいました」


 咄嗟にそう答えると、クモルは老いた声で上品に笑った。


「我を忘れて、夢見心地になるほどのものでしたか。それは屋敷の管理を任されている爺にとっては、この上ないお褒めの言葉です」


「べ、別にそこまで大げさには……。もう出ますね」


「……何か答えは出ましたかな?」


 不意に、全てを見透かされたかのような言葉を投げかけられた。僕はその言葉に激しく動揺し、浴槽から上がる動作が止まった。この老人は何をどこまで察したのだろうか?


 しかし冷静に考えてみれば、納得がいく。長風呂の原因の殆どは考え事であり、考え事をするということは何かに迷っているからである。クモルはあくまで広義的な意味で答えは見つかったのか尋ねただけなのだ。そこに大した意味はない。


「……いえ、余計わけがわからなくなりました」


 僕も広義的に返事すると、クモルはまたしても上品な笑い声を上げた。




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