第15話 王女と魔法


「それは、ラシュトイア王女のお力で現象を保存し、魔符を作っています」


 トロメロさんは動じることもなく、すんなりと魔符とラシュトイア王女の関係性を答えてくれた。


「王女の、力?」


「はい。現象保存の力は王家の血によるものなので、基本的には、王族以外の人は魔符を使用できても、魔符を作ることはできないのです。ただ、この王家の血というものは意外と曖昧なもので、王族以外でも、王の遠い親族はもちろん、その子孫や隠し子、更にはその隠し子の子供にも能力が宿るのです。そのため現在王族以外で現象保存の能力を有している方は多く存在します。しかしどの方も微々たる力であり、王族の嫡流であるラシュトイア王女ほどの力を有している方はいらっしゃいません。ラシュトイア王女は、他の誰よりも優れた能力を有していらっしゃるのです」


 トロメロさんは魔符、延いては現象保存のことを丁寧に、委曲を尽くして説明してくれた。しかしまだ続きがあるようで、トロメロさんの話は終わらなかった。


「そのため、ラシュトイア王女の作る魔符はそれだけで価値があり、高級品であり貴重品でもあるのです。王女の現象保存はまさに儀式。お手を煩わせてお作りになられた魔符をそう簡単に使用することは憚られます。ただラシュトイア王女自身、現象保存の研究に強い意欲を持っている方なので、様々なものを現象保存しては下々の者に配り歩いていらっしゃるのです。ラシュトイア王女直々の贈り物なので、この上なく喜ばしいことなのですが、その頻度が多いため、程々に使用していかなければ魔符を持て余してしまうのが玉に瑕であります」


 止まることなく、聞いてもいないことをしゃべりだすトロメロさんであるが、その表情は、やんちゃで困った妹が可愛くて仕方がないといった様子のお姉さんそのものであり、仕事中にも関わらず相好を崩していた。


 しかしそのおかげで、必要以上に情報を手に入れることができた。


 トロメロさんはラシュトイア王女の現象保存を儀式と表現したように、恐らくかなり大掛かりで体力を使うものなのだろう。だからこそ、使用人としてはつまらないことに王女の手間をかけさせたくないのだろう。荷馬車の件もそうで、騎士団にとっては、ただ運搬するだけだからわざわざ現象保存しなくてもいい、という考えがあったはず。きっとなんとかラシュトイア王女を言いくるめて今の体制にしたのだろう。下臣の苦労が窺える。


 話を聞く限りでは、現象保存による魔符の精製に条件や制限などはなく、ただ単に下臣の遠慮であったようだ。例え制限があるとしても、それは王家の血が薄いことによる技術的な問題であり、嫡流であるらしいラシュトイア王女には関係ないようだ。


「しかし、どうしてラシュトイア王女はそこまで熱心なのですか?」


 お淑やかな印象のラシュトイア王女に限って、王族の異能を誇示したいだけだとは到底思えない。ならば、何故王女がそこまで力を行使するのかがわからない。そこに何かのっぴきならない事情があるのだろうか?


「ラシュトイア王女自身、誰かのお役に立ちたいと、常日頃から考えていらっしゃるのではないでしょうか」


「というと?」


「王族の血の効果の関係上、国内に能力を有するものは確かに存在しています。そのため現象保存の能力が悪用されないよう、遥か昔に法を定め、その時代の王族以外の魔符の使用を全面的に禁止し、発覚すれば重たい処罰を受けます。この法は功を奏しましたが、次第に王宮の技術力独占につながり、民は貧しくなる一方でした。それにこの法自体を悪用する者によって、都合の悪い者を処分するための悪法に成り下がりました。それを憂い、改善しようとしたのが現国王なのです。それまでの長い年月、魔符は民にとって忌々しい札でしかなかったのです」


「は、はあ……」


「結局法を改正することはかないませんでしたが、しかし王自らが様々な事象を多く保存して民に配ったおかげで、魔符の印象は見事に改善されたのです。ラシュトイア王女は、そんな国王の意志を受け継いで正義感を抱いているのかもしれませんね。民の暮らしをもっと豊かに。まだ王位継承しておらず政策として実行できない状況下、せめて手の届く使用人たちから、とお考えになっていらっしゃるのでしょう」


 なるほど、そういうことか。トロメロさんの長い説明でなんとなく理解することができた。親である王様の影響を受け、民のためにその力を尽くす。今はその規模は小さいが、いずれは国内全土に。民のことを考えている王族なんて、素晴らしいことではないか。


 確かに綺麗事であり、もしかしたら独善だと判断する者もいるだろう。だがそこに喜ぶ人がいて、確固たる結果を残しているのであれば、その綺麗事は意味を持ち、独善と言われることもなくなるだろう。全ては口だけではなく、行動に移すことが大事なのである。


「なるほど、よくわかりました。そういえば、もしかしてトロメロさんが僕の話している言葉を理解できるのも、事前に魔符を使用したからですか?」


 途中から気になっていたが、クモルもトロメロさんも、僕が使う言語をきちんと正確に理解していた。ラシュトイア王女と出会ったときは互の言葉が理解できずに苦労したし、テレを含む騎士たちは僕の言葉に訝しんでいた。両者が円滑に会話できるのも、翻訳の効果を保存した魔符があったおかげなのである。


「はいそうです。ラシュトイア王女は帰還早々、お着替えもせず嬉々として魔符の複製に取り掛かり、下々に配られていました。私たちもこれから総介様をお世話するにあたり、魔符を使用しなければ差し障りが生じると考え、素直に魔符を使わせていだだきました」


「やっぱそういうところは、魔符を使用するのですね」


「はい。お食事の用意や衣服の洗濯の魔符は便利といえば便利ですが、なくても支障はありません。しかし未知の言語となると一朝一夕で習得することは不可能ですので、ここは遠慮するところではないと判断しました」


 確かに調理や洗濯はどうにでもなるが、言語はどうしようもない。使用人たちは魔符を使うことに遠慮するきらいがあるが、使わざるを得ない状況であれば使うらしい。


 僕も科学技術が発展した東京で暮らすにあたり、やかんでお湯を沸かせばいいが急いでいるときは電気ケトルを使うし、洗濯物は外に干せば事足りるが雨天のときは乾燥機を使う。物事の重大さに差はあるかもしれないが、本質的にはきっと同質なものなのだろう。


「それに私も異国の方がどのような方なのか気になりまして、実際にお話をしてみたいと思ったからなのです。そして私以上に好奇心旺盛でいられるのが、王女なのです」


「ラシュトイア王女が?」


「はい。ラシュトイア王女は、総介様がお国の技術を持ち込んでおられるとおっしゃっていまして、その技術から何か学べるのではないかと考えていらっしゃるようです。王女の研究熱心の性が出てしまったようです」


 ラシュトイア王女は出会った当初から僕に親切だった。それは使用人であるトロメロさんの話によって王女の人柄故であることはわかった。だが、そこにもう一つ理由があったのだ。確かに研究者たるもの、専門外とはいえ未知の概念に遭遇すると、そのものを理解したくて仕方がなくなる。それは大学教授である母を身近で見てきた僕だからわかることである。


「そうしたら、次王女とお会いするときは、僕の故郷のことを話せばいいのかな?」


「そうなりますね。総介様も、ラシュトイア王女のお話からこの国のことを学ばれてはいかがですか? よい遊学になられると思います」


 そういえば、僕は勉強のために旅をしていることになっていた。今更「実は未来に行こうとして失敗しました」とは言いづらい。ならば、今のところそういうていで接するしかないだろう。嘘をついているようで心苦しいが、異文化による誤解の範疇であることにするしかないようだ。




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