第18話 テレの襲撃(1)


 どうしてこの時代にいるのか。その言葉に、僕はまるで心を握りつぶされたかのような衝撃を受けた。一体どのような経緯でテレは僕のことを看破したのかがわからない。しかしその的を射た言葉に、僕は瞠目すると共に嘘がばれたときのような冷や汗を流した。


「…………」


「あくまで、口を割らない、か」


 僕としてはなんと答えればいいのか皆目見当がつけられないのだが、当のテレは僕のその態度を黙秘と捉えたようである。


「ならば、口を割らせよう」


 その瞬間、テレはソファから立ち上がり、腰のホルスターに手を伸ばす。そして魔符に記録されたレイピアが実体化する。僕は即座に、出会い頭に受けたテレの剣技を連想させ、横に倒れ込むようにしてソファに伏せた。


 しかしテレ自身最初の一撃は威嚇のつもりであったらしく、僕がいた場所からややずれた場所を一突きし、ソファの背もたれにレイピアを突き立てた。そのため僕の回避行動は大仰なものになってしまった。


 僕は恐怖を覚え、すぐさま立ち上がる。そして部屋の出口に向けて駆け出した。


「逃げる気ですか?」


 しかしテレはそれを許さず、ソファに突き刺したレイピアを引き抜き、僕に向けて刺突を繰り出す。その軌道は確実に僕を捉えており、僕を足止めする一撃であることを理解した。


 どうする? 


 僕は刹那の間で思案する。このままでは串刺しにされてしまう。しかし僕にはその一撃を防げる要素はない。


 ……いや、ある!


 僕は胸ポケットに手を伸ばし、それを取り出す。そして背後から迫り来る剣先を振り向きざまに目で捉え、それをかざす。


 その瞬間、僕の指先から氷が実体化する。その氷は盾のような塊であり、僕とレイピアの間に出現してその役割を果たす。


 氷塊を保存した魔符。


 それは地下室から別邸へ向かう際、護身用としてラシュトイア王女から分けてもらったものであり、僕はそれを胸ポケットにしまったままにしていたのだ。


 盾と化した氷塊はテレの剣を防ぐが、残念ながらその氷塊は宙に浮いた状態であり、別段僕が構えて踏みとどまっているわけではなかった。そのため、氷塊はテレの一撃に押され、僕に迫り来る。


「グガァ!」


 刺突は殴打に変化し、僕に襲いかかった。しかし出口に向かっていた僕は押し出されるかのようにそれを受けたため、結果として出口の扉まで吹き飛ばされるかたちになった。身体は痛むが、レイピアで一突きにされるよりはましであり、まだ十分に動くことはできる。


 奇しくもテレと距離が離れた。変に抵抗してしまったため、テレはこのまま僕に危害を加えて口を割らせるつもりだろう。最早敵として認識されたようである。ならば、ほとぼりが冷めるまでどこかに逃げて身を潜めなくては。そのためには、この偶然によって生まれた距離をうまく活用しなければならない。


 僕は胸ポケットから魔符を取り出す。取り出したのは黄色の魔符。ラシュトイア王女の説明によれば、この魔符は熱した岩石を保存したものらしい。


 僕は立ち上がると共に魔符を突き出した。それにより魔符は小さい隕石のように炎を纏った岩石となり、指先から撃ち出される。炎弾と化したそれは、大砲のように空間を引き裂きながら目標に向かっていく。その目標はテレではなく、レイピアの剣先に刺さったままの氷塊。


 刹那、炎弾は氷塊に激突し、衝撃でテレを吹き飛ばしながら視界を白く染め上げる。


 氷は高温の物質に接触したことにより融解して水となり、そしてその水も高温により気化する。そして気化した透明な水蒸気は、空気の温度により冷却され、湯気という白い気体として視認される。


 テレが受身をとって衝撃をいなし、立ち上がって姿勢を整えたときは、部屋は温泉よろしく湯気が充満して視界を悪くしていた。しかし完全に相手を視認できない状況ではないので、僕はそそくさと扉を開けて部屋の外へ逃げ出した。


 あの状況下で目くらましを思いつけたのは、完全に偶然であった。あんな機転を瞬時に何度も起こせるものではない。きっとテレは再び襲いかかって来るだろうから、今度はちゃんと策を考え、テレを無力化しなければならない。


 僕は廊下を疾走しつつ胸ポケットから全ての魔符を取り出し、今後の作戦を思案する。


 二枚消費したことにより、残り三枚となったそれ。朱色の魔符は火炎を保存したもの。緑色は突風を保存したもの。そして白色の魔符は、ダイヤモンドの刀身の宝剣。


「どうすんだよ、これ」


 正直どれもテレを無力化するには力不足なものである。火炎なんてものは足止めにしかならないだろうし、突風も簡単にしのげるだろう。宝剣に至っては、テレ相手に剣術勝負など愚の骨頂でしかなく、一番役に立たない。


「クソ、手札が最悪だ」


 僕は愚痴を漏らしたが、頭の中では現実逃避せず、必死に解決策を模索していた。


 ヒントはあった。それはたった今起きたことである。


 氷塊に接触した熱せられた岩石。それにより、部屋は湯気に満たされた。


 それはすなわち、この世界でも僕の知る物理法則は存在して、それは魔符に記録された現象にも適用されるということ。つまり、僕の頭の中にある科学知識は有効であるのだ。


 ならば希望は持てる。何せ、僕は天才物理学教授である瀬尾京子の息子だ。幼い頃からずっと科学に触れてきたのだ。だからこそ、何かしらの知識は持っているはずである。


「僕を相手にしたのが間違いだな」


 僕は走りながら不敵な笑みを浮かべ、三枚の手札を眺める。そしてこの状況を覆す最強のコンボを導き出す。


 火炎、突風、ダイヤモンドの宝剣。


 考えろ。答えは僕の中にある!


 その三枚の特徴を見出し、それをあらゆるパターンで組み合わせていく。


「これだ!」


 そしてそれは唐突に閃く。


「あとは、場所の問題だ」


 僕が閃いた作戦は、それを行う環境が重要だった。


 僕は廊下を疾走する足を早める。僕が編み出した作戦が、最大限効力を発揮する場所を見つけるために。




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