一章 母の発明

第2話 おかえりなさいと言う存在


 転生したエジソン、平成の平賀源内、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ。その他、鬼才のマッドサイエンティスト、純粋無垢な発明王、稀代の才女等々、僕の母の呼び名は多数ある。


 世間から見れば立派な人なのかもしれないが、だからといって自慢できるわけでもない。一面が優れているからこそ、その反動でもう一面があまりにもひどい有様になっている。母の奇行の被害者は、いつも僕だ。その一般的な母親とはあまりにも違い過ぎる性質故に、思春期という多感な年頃の僕としては、母は忌避すべき存在になっていた。


 僕は我が家に充満する禍々しい空気を吸いたくないため、わざと時間を潰してから帰宅している。日によってはその空気を垂れ流している張本人に出くわすが、その日は厄日であると思い込んでやり過ごすしかない。なんとも不憫な生活である。


 五月の日の入りは早く、十九時頃到着の電車を降りて目白駅を出る頃には、既に日没していた。僕は明るい駅から離れ、駅近くの混雑している駐輪場へ行き、自転車を回収する。自転車に跨り目の前の通り、学習院大学の真横を通る目白通りを夜闇の中疾走。学習院大学を通り過ぎたところで北上し、複雑に入り組んだ路地を進み、雑司が谷の自宅に到着する。


「あ、おかえりなさい」


 玄関から中に入ると、家の中は既に照明が点灯しており、人の気配があった。しかしその人物は母ではない。その母ではない人物は、僕が帰宅してきたことに反応し、出迎えに来る。


 しかし僕は毎度疑問に思う。果たして彼女を「人物」というカテゴリーに入れていいものなのかを。


「今日も遅いですね、総介そうすけさん」


 パタパタとスリッパを鳴らして玄関まで出迎えて来てくれたのは、高校生である僕と同い年くらいの少女であった。西洋人形を思わせる白磁のような白い肌に、整いすぎた美貌。身長の割に、世の男性が理想とする艶かしい魅惑のスタイルをしている。


 プリーツスカートにブラウス、胸元に大きめのリボンを締め、ブレザーを羽織っているその姿は一見学生のように見えるが、その服はどこの学校のものでもない。制服というよりはむしろジュニアスーツと表現するのが正しく、冠婚葬祭に着ていける品の良さが滲み出ている。学生服よりも上質な生地を纏った容姿端麗な彼女は、どことなく深窓の令嬢というイメージを彷彿とさせる。


「……ただいま、トワ」


 僕は眉をひそめて複雑な表情をしながら、一応返事をする。トワという名の少女は、二年前くらいから家に住み始めたが、残念ながら彼女は人間ではない。こんな絵に描いたような完璧容姿の美少女が、人間であるわけがない。


 トワは、母が作った高性能人工知能搭載ロボット。まあ、所謂アンドロイドと呼ばれるものである。


 母の天才性を証明する要因でもあり、また僕が母を避ける原因の一つでもあった。



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