第27話 世界融合(2)


「方法の前に、まずは世界の仕組みから」


 僕はそう前置きした。


「母さんは押収した地図と自分たちの世界地図を重ね合わせることにより、現状の勢力図を導き出した。それによると、日本全土を飲み込んだムルピエ王国とは、新たに出現した大陸の西半分を占め、もう半分はノヴァン帝国という国が占めていたようだ」


「確かにノヴァン帝国は、ムルピエ王国の隣国です。魔法大国として栄えていましたが、過去の大戦によって疲弊し、現在では争いを起こすことなく大人しいです」


「大陸の西側がムルピエ王国で、東側がノヴァン帝国ですね」


 ラシュトイア王女の簡易的な説明に確認を求めると、王女は首肯した。


「こちら側の認識としては、その大陸が突如自分たちの世界に出現したそうです。そしてその大陸の形状とそのときの状況から推測するに、その大陸はどうやら太平洋上に出現したらしいです」


 北はアラスカの手前まで、南は南アメリカの最南端であるホーン岬と同緯度まであり、東はアメリカの西海岸に干渉し、そして西は東アジアに干渉していた。まさに太平洋がそのまま大陸になったかのような広大さであった。


 そしてこれにより、アメリカと戦争している国はノヴァン帝国であることが判明した。その二つの大国が全力で衝突しているのだから、その末に疲弊して大人しくなるのも頷けた。ラシュトイア王女の口ぶりから、ノヴァン帝国はまだ健在しているようだが、その相手となったアメリカは、母が遺した本にその末路に関する記載がなかったため、今も存在しているのかどうかはわからなかった。


「そしてもう一つ、諸島連合というものがありますね」


「はい。ムルピエ王国から南西に向けて船を進ませると、いくつもの島国が密集した海洋国家に辿り着きます」


 その諸島連合も、ムルピエ王国やノヴァン帝国と同様こちら側の世界に出現した。位置としてはインド洋海上である。母の遺した情報によると諸島連合は、東京ひいては東アジアがムルピエ王国と、アメリカがノヴァン帝国と戦争している間、アフリカや南アジアと交戦して制圧し、それを足がかりに欧州へと攻め込もうとしているとのことだった。しかしながやはりその後の記載がないため、ようとして詳細は知れなかった。


「ムルピエ王国、ノヴァン帝国、そして諸島連合。高度な文明を築いている国が、何の前触れもなく突如出現した。これはどう考えても常識的な事態ではない。正確な世界地図がある時代において、未発見の大陸や国家が存在していたという見解は、流石に無理がある。ならば彼らは、一体どこからやってきたというのか」


「確かに、奇妙ですね」


 大陸や国が出現したなどということは、完全にこちら側の視点でしかなく、ラシュトイア王女が暮らすあちら側からすれば、荒唐無稽な話であろう。しかしながら王女はこれといって話の腰を折ることもなく、真剣に聞いてくれた。そこには彼女の優しい人柄が滲み出ており、僕としては話しやすく、非常にありがたかった。そしてその優しさに甘えながら、僕は続ける。


「そこで母さんが至った考えは、異世界が存在するというものだった」


「異世界……ですか?」


「はい。それまでそれぞれ独立した世界として存在していたが、何かしらの事情により二つの世界は融合し、一つの世界となってしまったのではないかと。母さんは便宜上、自分たちの世界を『α世界』、ムルピエ王国やノヴァン帝国の世界を『β世界』と呼ぶことにしたようだ」


「それがこの本のタイトルにある『世界融合』なのですね」


 ラシュトイア王女は手にした本の表紙を眺めながらそう呟き、僕はそれに頷いた。


「その考えに辿り着いた母さんは、それを実証するために動き出した。母さんは、過去の歴史を調べ出したんだ」


「もし本当に世界融合なる現象が起こるのなら、当然過去にも同様の現象があったはず、ということですね」


 僕はラシュトイア王女の理解に短く「そうです」と答えた。


「母さんが着目したのは、未知の存在が明るみになったときの歴史。つまり、大発見により世界が広がった瞬間の出来事についてだった。そしてα世界の地図が大きく広がった時代といえば、すぐに出てくるのが大航海時代だ」


 十五世紀頃から十七世紀頃にかけて、航海技術の発展により欧州が富を求めて大海原に飛び出し、その結果数多の発見をしたという。有名なものをあげると、クリストファー・コロンブスの新大陸発見や、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路の開拓などだろう。


「常識的に考えれば、ただの歴史的大発見だろう。だが少しひねくれた考え方をすると、本当にただの大発見だったのだろうかという疑問に至る。ことα世界とβ世界の融合疑惑が持ち上がっている状況では尚更だ。そのひねくれた考え方というのが、『人間原理』というものである」


「人間……原理、ですか?」


 やはりというべきか、聞きなれない言葉を聞いてラシュトイア王女は小首を傾げた。僕は「結構難しい話になりますが」と前置きをして、その人間原理がなんたるかをできるだけ簡単に説明する。


「人間原理というのは、宇宙論において『人間という知的生命体が宇宙を観測することによって、初めて宇宙は存在している』『知的生命体が存在していないと宇宙は観測されないため、宇宙は知的生命体が存在できるようにできている』、つまり『人間が観測することができる技術を持っているから、宇宙は存在することができる』という人間本位の考え方なんだ」


「それはなんとも……荒唐無稽な考え方ですね」


 ラシュトイア王女は眉を八の字にし、露骨に困惑して感想を述べた。まあ、初めてこの話を聞いた人ならば、誰でも同じような反応をしてしまうので、仕方がないといえば仕方がない。僕は同情しつつ続きを語る。


「この人間原理を大航海時代に当てはめて考えてみると、どうなるだろうか?」


 僕は一拍の間を開ける。


「つまり、『人間がその大陸を発見したから、大陸はそこに存在している』『人間が航海しないと大陸は発見できないので、大陸は人間が航海できるような場所にある』ということである。これを別の言い方に直すと『人間が航海できるような技術力を手に入れたから、大陸はそこに存在できるようになった』となる。人間原理的に考えれば、観測できないものは存在しないということなのだから。コロンブスも偶然大陸を発見したわけではなく、そこまで航海できる技術があったから、大陸はその場所に現れたのだ」


「確かに、大発見をそういう見方をすると、その発見が必然であったかのように思えますね」


「はい。そしてα世界の歴史を更に遡ってみると、軍の遠征によりその土地を認知することができるようになった例がある。例えば、古代ギリシャでアレクサンドロス三世が東方遠征したことにより、地図は東に大きく伸びたこととか」


 話が脱線してしまうのは躊躇われたので、例は一つしか出さなかったが、このような事例は探せばいくらでも出てくる。世界の歴史としてはさして珍しいことではないのだ。


「つまり母さんが言いたいことは、人間は発展した技術力をもとに行動すると世界は広がる、ということらしい。いや、その言い方では語弊があるかもしれない。人間原理では、観測できないものは存在しないのだから、正確に言い表すとしたらこうなるだろう」


 僕は一度深く呼吸して心を落ち着かせてから、それを言う。



「新たな世界が……出現する……」


「はい。そして歴史に人間原理を当てはめることで得たこの見解を前提とし、α世界とβ世界のことを考えてみる。α世界とβ世界のどちらかで革新的な技術進歩が起こり、それによってどちらかの世界にもう片方の世界が出現した、と考えられないだろうか。母さんは世界同士で起こるこの現象を『世界融合』と名付けたようだ」


 そして大航海時代も古代ギリシャも、はたまたそれ以外の歴史においても、世界融合が起こった事象を常識的な思考で解釈していた可能性がある。しかしそれは、世界融合という世界の摂理に至ることができていなかった故の過ちであるのだ。それは天体を正確に認識できなかった故に、長い間天動説が信じられていたのと似ているのかもしれない。


「世界融合という事実があり、それが二つの世界で起こったとなれば、調査のしようがある。そこで母さんは両世界の技術について調べた。α世界の科学技術の進歩は、物理学の権威である母さんであれば容易に調べることができた。だから母さんは、押収したムルピエ王国の膨大な資料の文字を言語学者の協力のもと解読し、その中から革新的な技術進歩にあたる記述がないか調べた」


「そこで、何かが見つかったのですね」


「そうですけど、見つかったのは、世界融合の原因となった技術に関することではなかった。見つかったのは、世界融合の仮説を補完するものだったのです。それは言わば、β世界側の世界融合論だったのです」


「私たちの方が、先にその現象について知っていたのですか!?」


 ラシュトイア王女はその事実に目を見張り、表情が驚きに染まった。


「そういうことになりますね。なんと大昔のムルピエ王国は、母さんと同様の見解に行きついていたのです。それは魔法に関する歴史資料に記載されていたという。それによると、当時諸島連合は存在しておらず、ノヴァン帝国の軍事的魔法技術発展に伴い出現したという。その際ムルピエ王国の人間によって、異世界論が説かれたのです」


「それは初耳です。それは、どのようなものなのですか?」


「本にその概要が記載されていました。その異世界論によれば、世界には土台があり、その土台から未来への道筋が伸びているらしく、世界はその道筋に沿って移動しているということらしいです」


 そしてその異世界論に対する母の解釈は、世界の構造はエレベーターのようなものであり、世界は絶えず未来に向かって上昇している、というものだった。確かにそう言われるとイメージしやすかった。


「ムルピエ王国の異世界論では、魔法技術を発展させると世界の土台に歪みが生じ、結果未来への道筋、母さんは言いやすいように『未来線』と名称を変えたみたいだけど、それが傾くと説いている。そして傾いた未来線同士が干渉し合い、世界がその地点を通過すると、世界同士が衝突して融合するとあった」


 それはまさに、α世界とβ世界の融合のからくりを的確に現した見解であった。


「ムルピエ王国はその異世界論をもとに、下手に技術が発展しないよう、魔法の使用を最小限にすることにしたようだ。その方法は、王族以外の魔符の使用を禁止する法を定めるというものだった」


「え?」


 僕のその言葉に、ラシュトイア王女は小さく驚きの声を発した。王女の後ろに控えていたテレも驚いたのか、眉をひそめて険しい表情を作った。


 だが彼女たちの反応も仕方がないことだろう。何せラシュトイア王女は、民の暮らしを豊かにするために、現国王の意志を継いで魔符の法を改正しようとしていたのだ。しかしそこにはその法を制定した真の目的があり、自分たちの行いが世界のあり方を変えてしまうものになるとは思いもよらなかったはずだ。驚愕するのも無理はない。


 僕だって最初この記述を読んだとき、まさかあの魔符の法が、こういう伏線で世界の真実に介入してくるとは思っておらず、思わず瞠目してしまったほどである。でも、得心はいく。


「そういった事情があったから、歴代の国王はその法を改正しようとはしなかった。どの代の国王までその真実を知っていたのかは謎だが、少なくとも現国王はその真実を知らなかったようだな。争いで歴史資料を失った現代のムルピエ王国は、その法の真の意味を知る術はなく、表面上に見えるものだけを事実としていたようだ」


「まさか、カニーロ宰相の一派が法改正に反対していたのは、その真実を知っていたからなのか?」


 そこでこれまでとくに口を挟まなかったテレが、その沈黙を破り、焦慮に駆られた様子で僕に尋ねてきた。


「いや、それはないだろう。知っていたのなら堂々と国王に進言しているはずだ。その方が確実に国王を説得できるからな。相手は恐らく、本当に自分たちの富を守るためだけに反対しているようだ」


 しかし僕はそんなテレをなだめつつ、僕が思ったことを述べた。流石に世界が変容する事実を隠す必然性は感じられない。であるならば、カニーロ宰相もその真実を知らないということになるはずだ。


「話を戻しましょう。今は世界融合についてです」


 驚き動揺していたラシュトイア王女だが、それらを引っ込め、真面目な表情を作って話題の方向性を修正した。


「その世界特有の技術を使うと、世界は傾く、でしたね。でも人間技術なしでは生きていけない存在です。つまり世界が融合して拡大していくのは、真理であり摂理であったということですね。この瞬間も、世界は傾きつつある、と」


「そう、なりますね」


 ラシュトイア王女の意見に、僕は短く返事をした。


 果たして、僕が住んでいた百年前の世界は、いったいどれだけの世界と融合した結果なのだろう? そう疑問に思ってしまうほど、僕が住んでいた世界は多種多様な人種や文化が入り混じっていた。しかしそんな疑問は、今ひも解くにはあまりにも複雑で難解なものであり、そしてその答えに意味などないのだ。


 僕は数拍の間ののち、気を取り直して、本に記載されていたことの説明を再開した。



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