三章 異世界の王国

第11話 出発の朝


 昨夜は懐中電灯の光を反射して流星のような銀色の髪をしていたが、日をまたいだ今日は、暁光を反射して太陽のような金色の髪をしていた。そこでようやく、ラシュトイア王女の元々の髪色は混じり気のない、完全な白色であることに気がつく。


「さ、総介さん、出発しましょう」


 赤みを帯びた空の光を反射する純白の少女ことラシュトイア王女は、その髪を揺らしながら振り返り、丁度地下から出てきた僕を手招きした。その姿は髪による光の反射もあって非常に神々しく見え、僕は思わず見蕩れてしまい出口に立ち尽くしてしまった。


「どうかされましたか、総介さん?」


「あ、いや、なんでもないです」


 僕は呼ばれて我に返り、小走りして先行したラシュトイア王女に追いつき、王女の別邸を目指して出発する。


 ラシュトイア王女の話を聞く限り、調査区域は別邸から馬車で三時間ほど北上した場所にあるらしい。


 馬車の時速を考えてみると、およそ三十キロメートルぐらいだろうか? ザックリとした計算だが、これは雑司が谷の隣にある池袋から神奈川県の横浜までの直線距離と大体同じくらいである。


 まあ、東京で池袋から三十キロメートル南下したら、辿り着くのは東京湾の海上だけど、ここは東京ではない別の世界。その距離南下しても、陸地は続いているのだろう。


 長時間の徒歩。そう考えると途方もなさに萎えてしまうが、別にそこまで歩く必要は全くもってないのである。そもそも、ドレス姿にヒールを履いたラシュトイア王女――そこまで派手ではないが、どうしてその格好で調査隊を率いろうとしたのかは謎である――にそこまでの長時間移動は無理なのだ。


 僕たちが目指すのは、自力で別邸に到着することではなく、調査隊と合流である。


 夜間の奇襲で王女が行方不明になってしまったのだ。当然夜を徹して総出で捜索するであろう。仮に捜索を打ち切ったとしても、朝の早い時間から再開されているはずである。王女が見つかりませんでしたでは済まされない事案なのだ。


 だから僕たちは、その調査隊が派遣した捜索隊と合流できればいいのだ。一応別邸の方角を目指しつつ、僕とラシュトイア王女は歩く。


「あ、そういえば……」


 だが数歩進んだところで、ラシュトイア王女は何かに思い当たったかのように小さく声を漏らした。その声に反応した僕は、王女の方を振り返る。すると王女は可憐なドレスをまさぐり、隠し持っていた数枚の魔符を取り出した。


「夜が明けたからといって、賊が再び襲撃してこない保証はどこにもありませんね。であれば護身用の武器は必要になるかと」


 それもそうだ。よく考えてみたら、朝になれば安全であるなんてことはないのだ。日差しがあって視界が悪くないだけであり、襲撃しようと思えばいくらでも可能だ。そういう意味であれば、確かに身を守る術はちゃんと用意した方が得策である。


「持ち合わせの魔符は少ないですが、何枚かは総介さんがお持ちになった方がよろしいかと」


「でも、僕は使い方わかりませんよ」


「ご安心を。魔符は生体反応に呼応するので、目標物を見据えてかざせば発動します。とくに呪文や予備動作などは必要ありません」


 何かそれ都合がよすぎるな。なんかこう、魔法らしい詠唱とかないのかよ……。


 と、心の中でそう突っ込むが、それが僕の口から出て行くことはなかった。何せラシュトイア王女の言ったことがこの世界この国の常識であり、僕の方が異端なのである。僕が住んでいた世界の常識に照らし合わせて考えてはいけないのだ。魔法が実在する世界のことは、柔軟な思考で受け入れなければならようだ。いちいち驚いていたら身が持ちそうにない。


 そんなこんなで、僕は護身用として五枚の魔符を受け取った。魔符のサイズは丁度トランプと同等であった。ただ大きな違いといえば、トランプならば絵柄や文字があるはずだが、この魔符はそれらが一切ない。単純に色とりどりの紙片である。宛ら折り紙を手渡されたかのようだ。


「私の魔符はわかりやすいように、保存した現象のイメージで色分けをしています」


 ラシュトイア王女はそう説明する。それによれば朱色の魔符は火炎を保存したもので、水色は氷塊を保存したもの、黄色は熱せられた岩石で、緑色は突風であるようだ。どれもいざというときには、相手を怯ませることぐらいはできそうなものであった。


「これは?」


 そしてもう一枚は、真っ白な魔符であった。僕はそれを指に挟みながら尋ねた。


「それは刀身をダイヤモンドで作った宝剣です」


「ダイヤモンドで!?」


「はい。刃渡りはおよそ五十センチメートルほどです」


「そんなに!? それすごく高価なものなのでは?」


 小粒のダイヤモンドですら目を疑うほどの価値があるのだから、それだけふんだんにダイヤモンドを使用した宝剣ならば、気が狂ってしまいそうなくらい高価なものであろう。さすが一国の王女様は違うな。


 僕は驚愕を禁じ得なかったが、一方のラシュトイア王女は小首をかしげて不思議そうな表情をした。もしかしたら王女の金銭感覚では高価なものではないのかも、と僕は解釈したが、どうやらそうでもないようだ。


「ダイヤモンドはそこまで高価なものではありませんよ。確かに綺麗で滅多に取れない宝石ではありますが、そのようなもの現象保存の魔法でいくらでも複製できますから」


「へッ!?」


 ラシュトイア王女は何気なく語ったが、僕としては盲点をつかれ、思わず呆けた声を出してしまった。


 確かに現象を記録し、それを容易に再現できるこの国の魔法であれば、希少品は貴重品にはなりえない。本物と寸分違わずのものが作れてしまうので、そのものに価値が生まれるわけがないのである。そう考えると、魔符は非常に便利なものであった。


「では遠慮なく使いますね」


 僕はラシュトイア王女にそう断り、魔符を胸ポケットにしまいこんだ。


 しかし気になることがある。


「そういえば、ラシュトイア王女自身の護身用魔符はいいのですか?」


 二人しかしないので、いざというときはラシュトイア王女も戦わなければならない。しかしそのときに丸腰では、相手の思う壺だ。僕ばかり武装しているけど、ラシュトイア王女は自分の身を守れる魔符を持っているのだろうか?


 僕が疑問を口にすると、ラシュトイア王女は「はい、大丈夫です」と言いながら、袖口から二枚の魔符を覗かせた。灰色の魔符と肌色の魔符である。僕はその魔符の中身を尋ねようとしたが、しかし尋ねる前にラシュトイア王女は二枚の魔符を袖の中に戻してしまったので、僕はタイミングを逃し聞くに聞けなかった。


「では、いざというときは、私の支援の方をお願いしますね」


 ラシュトイア王女はそう指示をしてきたが、その言い草は、どことなく僕が後方支援で王女が前衛であるかのようだった。しかし、もし僕が思っている通りの役割であるならば、その役割は逆ではないだろうか? 戦闘経験はないものの一応男子である僕が前衛の方がいい気がするし、王女を護衛する意味でも彼女は後衛の方がいいはずだ。


 そしてそのことは、聡明である彼女も気がついているはず。しかしそうしないということは、彼女なりの考えがあるのだろう。であるならば今のところそれに従い、もしその考えが破綻したときに改めて別の方法を取ればいいだろう。


 まあ一番いいのは、賊と遭遇しないことである。願わくは、無事に生還できますように。




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