エピローグ 帰ってきた日常と新たな日常

第37話 帰ってきた日常


「確かに、何か証拠になるものをお願いとは言ったけど、まさか未来人の女の子を二人も連れて帰ってくるなんて……総くんまさかプレイボーイの素質があるの? 私母親として総くんの将来が不安だな」


 タイムマシンことトワに乗り、洗濯機宛らに内部でもみくちゃにされた末、僕は元の時代に帰ってこられた。そして扉を開けて開口一番に言った母の台詞がこれであった。僕の感覚としては、自分で自分のことを老けたかと思ってしまうほどの大冒険をしてきたのだが、母の感覚では一分どころか一秒すら経過しておらず、僕と母の間には大きな温度差が生まれていた。


 奇想天外でありあまり関わりたくない母であるが、それでも、久方ぶりの母である。その姿を見ると、僕は涙を流さずにはいられなかった。以前では抱くことがなかった感情だ。


「そ、総介さんのお母様でいらっしゃいますか? 私はラシュトイア・ビアウザ・ムルピエと申します。総介さんは私の命の危機を救ってくれただけではなく、居場所を失った私をこうして総介さんの住む街に案内してくださった恩人であります。急に押しかけてしまい大変申し訳ございません。不束者ですが、何卒よろしくお願いします」


「え、え!? 何事? 総くん未来で何してきたのよ!?」


 まるで婚約者が姑となる相手に挨拶をするかのように、ラシュトイアは母に簡潔な事情説明をする。受け手となる母は流石にその説明だけでは理解できず、困惑して狼狽えてしまう。正直狼狽える母は珍しい。母は僕に説明を求めたが、嗚咽を漏らして泣き続ける僕は、事情をうまく言葉にすることができなかった。


 突然泣き出す僕と、妙に緊張しているラシュトイアと、困惑して狼狽える母。百年後とは違い朽ちていない小奇麗な倉庫の中で、僕たちはカオスな状況を作り出していた。この場で一番冷静であろう怪我人のテレも、どう反応していいのかわからずにいる様子であった。


 皆が落ち着くまで待ち、そして僕たちは母に事情を説明することにした。話すことはあまりにも多い。混乱して言葉の形にならない場面もあるが、それでも僕が、僕たちが体験した出来事を話さなければならないと思い、十分に時間をかけながら、ことの顛末を母に説明した。途中ラシュトイアやテレが補足し、実際に実物や実技を見せ、僕が辿り着いた百年後の東京のありさまを伝える。


「そうなると、総くんが辿り着いた未来を作り上げた犯人は、私ということになるのね。学者故、己の好奇心が世界に影響を与えることは多々あるが、まさか世界そのものを変質させてしまうとは。……私は、私のあり方を改めなければならないのかもしれないね」


 母は僕が持ち帰った未来の本を読み終えて、感慨に耽けていた。


「でもそうすると、総くんが二人を連れてきたことで、この本が存在した世界は消失してしまったことになったのね」


「まだ、じゃないか。母さんの書いた本の通りであれば、この世界のこの時代で未知の技術を利用しなければ、未来を変えることはできないのでは?」


 今はまだ手段を得ただけであり、これからはその手段を活用して世界融合の危機を回避しなければならないのだ。


 世界融合は世界の未来線同士が干渉するから起こるのであり、その原因は技術の行使によって世界そのものが傾くからである。そして僕の解釈が正しければ、未知の技術を得たときが一番大きく傾くはずだ。


 しかし母は僕の考えに対して「まあ、そうだけど」と曖昧な返事をしてから、自分の考えを口にする。


「確かに、二十年以内に訪れる世界融合を回避するには、この世界この時代で技術を使って世界を傾けてしまえばいい。そして総くんの言う通り、未知の技術であれば大きく傾くと踏んで未来の私はそう本に記したのだろう。しかし総くんがこの時代連れてきたのは未知の技術ではなく、未知の技術を持った人間である。そこにはあまりにも大きな違いがある」


「ん? 確かに技術と人間は違うものだが、それと世界の傾きがどう関わってくるんだ?」


「考えてみたまえ。この世界に存在するはずのない人間が突如現れたのだ。その人間が科学技術の塊である東京で平然と未知の技術を行使する。それはすなわち、科学技術とは異なる概念の技術が、その姿を保ったままこの世界に現れるということだ」


「えっと……」


「総くんがいくら未知の技術を持ち帰ったところで、科学技術しか知らないこの世界の人間にとって、その未知の技術を科学技術に応用することしかできない。しかしその技術の使い手自身がやってきたとなると、そうはならない。科学技術の要素を含まないで新技術をこの世界に提示するのだ。私たちが使うよりはるかに衝撃的である故、より大きく世界が傾くとは思わないかい? 世界に予期していなかった因子が現れたことにより、未来に影響する因果は全くの別物になるはず」


「あ……」


 そこまで言われて、僕はようやく母の言っている意味を理解した。そう、ラシュトイアがこの世界に現れたことにより、東京が存在するこの世界には、科学技術とは違うもう一つの技術体系が生まれたことになるのだ。それは発展ではなく発現なので、当然その分大きく世界は傾く。それにより未来線は動き、干渉を回避できるのである。


「つまり、ラシュトイアさんがこの世界で現象保存なる魔法を使うだけでいいのだ。しかも何をどう使うかは別にどうでもいいというオマケつきだ。大変な苦労をした総くんには肩透かしかもしれないが、今回の世界融合に関する諸問題は、既に解決したも同然だよ」


 母の予測は理解できるが、感情の面で理解が追いついていなかった。本当に終わったのかと疑問に思ってしまうが、よく考えてみると母の言っていることは正論であり、やはりもう全ては終わっているのである。なんだか、本当に肩透かしだ。


「もしあれだったら、しばらく時間を空けてからトワちゃんに様子を見てきてもらうのも一つの確認方法だけど。私が書いたであろうこの本の通りならば、トワちゃん単独であればそこまで世界に影響は与えないわけだし、変化がよくわかると思うよ」


「あ、ああ。それもそうだな」


 未だに心の整理がついていない僕としては、生返事しかできなかった。



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