第36話 過去へ


 僕たちは東池袋駅から南下して、雑司が谷の辺りまで来る。ラシュトイアとテレの記憶を頼りに襲撃があった場所まで行き、そこからは僕の記憶を頼りにその場所を目指す。


 少々背の高い草が生い茂る見晴らしのいい草原。その中、草によって上手くカモフラージュされた洞穴がある。そう、僕の家があった場所である。世界融合によって地上はムルピエ王国のものとなり、それに伴い建物は消失したが、幸いにも家の地下はそのままの状態で残っている。僕はここまで戻ってきたのだ。


 自宅地下に通じる洞穴に入っていく。入口付近はただの洞穴だが、少し進めば幅は狭く急だがしっかりとした階段が現れる。そしてそのまま階段を下りていくと、地下エントランスに到達する。地下エントランスにはバルブ付きの重厚な扉があり、僕はそのバルブに手をかけて開ける。


 地下室に入ると、そこには工房のような研究室になっていた。しかしそれは百年も前の話であり、現在は足の踏み場もないないくらい物が散乱している。僕を先頭に余計な怪我をしないよう慎重に進み、隣の部屋へ。扉をくぐると、広々とした倉庫のような部屋に出る。そしてその中には、僕をこの世界に誘った元凶である防音室型のタイムマシンが鎮座していた。


 僕はタイムマシンに向かっていくつか言わなければならないことがあったが、それよりも手当が優先であり、僕は一度タイムマシンの中に入って母が用意した物資の中から医療品を取り出す。血は止まっているが念のため傷口を消毒し、ガーゼを当てて包帯を巻き、応急処置を施す。


 僕の左腕とテレの額に処置を施すと、改めてタイムマシンの前に立つ。


「まさかタイムマシンの正体が、トワだったとは」


 僕は暗闇の中のタイムマシンに向かって話しかける。国会図書館地下書庫で発見した母の本によれば、僕の家で暮らしていた母特製高性能人工知能搭載ロボット、つまり少女型アンドロイドであるトワの正体は、実は小規模な世界融合によって僕の世界に来た時間移動能力を持った異世界生物であった。


 母は思念体のような存在であったトワをロボットの身体に閉じ込めていたのだ。そして母は時間移動能力を活用するために、ロボットの身体からトワの本体を移し替えてタイムマシンを作り上げた。つまり、タイムマシンの正体はトワなのだ。まあ、そのおかげで、その後とんでもない規模の世界融合を引き起こしてしまったわけだが。


「意外と早く気づきましたね、総介さん」


 タイムマシンから、人工音声とは思えない美しく澄んだ声が流れてくる。間違いなくトワの声として設定された音声である。


「きっと、母さんがこんなかたちでヒントを残してくれなかったら、永遠に気づかなかったと思うよ」


 傍から見れば防音室と会話しているように見え、実に滑稽な光景だろう。現にラシュトイアとテレは驚愕の眼差しで僕とトワを見つめていた。


 それに対して、僕はとくに説明したりしなかった。恐らくこの程度で驚いていたら、東京の街並みを見たら卒倒してしまうだろう。最初はとくに考えずに、そのようなものなのだと認識していれば問題ない。宛ら、この世界で初めて現象保存や魔符を目にした僕のように。


「お前が、異世界の存在だったとはな」


「京子さんに与えられた知識によって私を定義するのであれば、そうなりますかね。私自身、私の存在がどのようなものなのかがわからないわけですし」


「そうか。……まあ、もういいや。トワ、僕たちを百年前の東京に連れて行ってくれ」


「かしこまりました。どうぞ中へ」


 僕とトワは必要以上に言葉を交わさなかった。結局言いたかったあれこれは僕の口から出ていくことはなかった。ここで時間を弄する暇があったら、とっとと元の時代に帰りたいというのもあるが、いろいろ言いたいことがありすぎたため、混乱して言葉をまとめることができなかった、というのが正直なところであった。


「さ、二人共中に入って。これから、僕の暮らす東京に案内するよ」


 僕は振り返って手を差し伸べた。その手をとったのは、微笑むラシュトイア王女だった。テレはラシュトイアの後ろから興味津々といった様子でついてきた。


 僕はきつく扉を閉める。三畳くらいの部屋で実質一畳ほどしかない空間に三人は非常に狭いが、我慢するしかない。


 今回の時間移動で、僕たちは様々な体験をし、様々なものを得て、そして様々なものを失った。


 おはよう、僕の人を想う感情。


 こんにちは、ラシュトイアの憎悪。


 僕たちは、よくも悪くも変わった。


 そんな僕たちを乗せて、トワに乗って過去へ飛んだ。


 さよなら、未来の世界。


 はじめまして、新しい過去たち。


 世界は、変貌する。


 こうして僕とラシュトイアは、一つの世界を滅ぼした悪役となった。



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