第24話 王女に抱く感情


 東池袋駅を出発し、護国寺駅、江戸川橋駅、飯田橋駅、市ヶ谷駅と、順調にかつての東京の地下鉄有楽町線を南下していく。そして二階層構造のホームになっている麹町駅を通過し、一同長時間移動してようやく目的地である永田町駅に到着する。


 線路に降りた要領でホームドアに梯子を立てかけ、永田町駅のホームに登る。そしてまたしても動かなくなって久しいエスカレーターを上り、無人になった改札窓口前を通る。壁面に残された駅周辺の地図を見ながら今後の方針を決め、近場の地下出口へ向かう。出口は瓦礫によって塞がれていたが、その瓦礫の量は大したことはなく、近衛騎士たちによって撤去された。調査隊一同冥暗とした地下を抜け出し、ようやく陽光が降り注ぐ地上に出る。


 永田町。言わずと知れた日本の政治の中枢である。しかし今現在は何もない土地であった。ただどこまでも短い芝生が続いているだけだ。心地よい春の風が身体を撫でていき、残り香として草の匂いを残していく。


「いい香りだ」


 ここでレジャーシートを広げて弁当を食せば、極上の幸せを得られそうだ。


「そうですね。食事を持参して散策すると、とてもいい気持ちになりそうですね」


 香りが鼻腔を駆け抜けたと同時に、ラシュトイア王女は僕の隣に立ち、僕の呟きに反応する。


「フッ。今まさに同じことを考えていましたよ」


 そして全く同じ思考であったことに、僕は思わず吹き出してしまった。


 ラシュトイア王女は「笑わないでください」と少しむくれながらそう返したが、数瞬ののち「でも、同じことを考えていたなんて、ちょっと嬉しいです」と相好を崩して表情を変えた。やっぱりラシュトイア王女は、こうして笑みを浮かべている方が性に合っている。


「継承問題が解決してからだと先が長いので、ひとまず調査が一段落着いたら、ここで息抜きしませんか?」


 僕は自然と湧いてきた感情に従って誘ってみた。正直調査が終わる頃に、僕がどうなっているかはわからない。もしかしたら東京の謎を解き明かし、タイムマシンも再起動に成功して元の時代に帰る方が先になるかもしれないが、たとえそうなったとしても、ラシュトイア王女とピクニックするぐらいの時間は確保しようと思う。


 ふと、こうして他人とアクティブなイベントをすることが、今までなかったことに気がつく。


 それもそうだ。母は僕が生まれたときからとんちんかんな人だったし、思春期になってからはその言動に辟易して遠ざけていたから、家族旅行とかしたことがなかった。学校の友達も、学校行事での遠足とかでワイワイすることはあったが、プライベートでそういうことをすることはなかった。むしろ体力的に苦手ですらあった。


 そんな僕が他人を、しかも女の子をその手のイベントに誘うとは。僕自身言ってから驚いた。


 でも嫌ではない。むしろ気持ちが高ぶっている。僕がこちらの世界に来てから、ラシュトイア王女には本当によくしてもらった。一緒にいて心が安らぐ。一緒にいることが不快ではない人と出会うことは、もしかしたら初めてかもしれない。それほどまでに、ラシュトイア王女は魅力的だった。この感情は、この世界に来てから芽生えたものだ。


「はい。喜んで」


 ラシュトイア王女は風で乱れる髪を抑えながら、僕の誘いに返事してくれた。そのときの眩い笑みを見た僕は、密かに心拍数が上がったことを自覚する。多分今、僕はときめいたんだと思う。


 そんなこんなで、かつて永田町であった地上をラシュトイア王女と並んで歩く。とはいっても、目的地は目の前である。地上に出てきた時点で既に視界に入っていた。


「ではこの辺で作業に入りますか」


 僕は当たりをつけた場所にてそう指示を出した。ここからは人海戦術で目標を発見するしかない。僕の指示に従った面々は散開し、ホルスターから魔符を取り出す。


 急遽ラシュトイア王女に用意してもらった魔符は、掘削を保存したものである。


 昨日話を終えたあと近衛騎士数名の協力のもと、別邸の中庭に大穴を掘り、その行為を現象保存することで、当日現場での作業の短縮をはかった。実に数メートルほど頑張って掘ってもらい現象保存。その際ラシュトイア王女は、気を利かせて掘削の結果だけを保存したようで、掘削にかかる時間を無視していきなり大穴を穿つ魔符を完成させた。


 テレによると、現象保存する事柄を事細かく設定できるのは、純度の高い王家の血が必要であり、現在はラシュトイア王女のみができる芸当である。ミナゴト王子も素質はあるもののまだ幼く、また国王は体力の問題でできないらしい。僕はこの国の人間ではないのでなんとなくでしか理解できないが、それでも王女が有能な人物であることは疑いの余地がなかった。


 僕はその際、初めてこの国の魔法である現象保存を目の当たりにした。


 方法としては、まず保存するものの周りに陣を書き込む。書き込む方法はなんでもいいらしく、中庭での現象保存では、校庭とかで線引きする際に用いるラインパウダーのようなものを使用していた。とにかく保存するものを囲えればいいらしい。


 そしてラシュトイア王女は祝詞のような言葉を朗読する。すると僕が初めて魔符の発動を目にしたときのように、地面に書かれた陣が発光し始めた。これは僕の知る概念で例えるとしたら、レコーディングでいうところの録音開始にあたる作業である。


 その後陣の中で掘削作業している間も発光し続けた。そして仕上げとして作業終了後に祝詞を唱えて現象保存の魔法は終了し、王女の手元に一枚の紙片が出現した。その後出来上がった魔符を更に現象保存することで、魔符を複製した。


 以前トロメロさんは、ラシュトイア王女の現象保存は儀式のようだと表現したが、確かにその表現は言い得て妙であった。今回は屋外での行為であったため、どことなく地鎮祭のような雰囲気だった。……地鎮祭に立ち会ったことがないから完全にニュアンスだけの表現であるが、多分僕の語彙ではそれ以外に現す言葉はないであろう。


 そんなこんなで一瞬にして地面に大穴を穿つ魔符により、旧永田町の草原は穴だらけになった。開放感のあるとてもいい場所なので、こうして荒らしまくっていると忸怩たる思いに駆られる。非常に野蛮でもったいないことをしているが、大義のためである。致し方ない。それに一応、まだピクニックできるだけの景観は残っている。


 僕も二枚の魔符をもらっており、そのうち一枚を使用する。たちまち僕の足元の地面が消失した。しかし残念ながら僕が穴を開けた場所はハズレであったらしく、穴の中にはなにもなかった。


 僕はめげずに二回目の掘削を行うため場所を移動した。丁度そのとき、騎士の一人がラシュトイア王女のもとに駆け寄り状況を報告した。どうやらその騎士が開けた穴に何かあったようだ。それにより、調査隊一行は騎士が掘った大穴に集う。僕は照明を借りて中を覗き込む。


 そこには、広大な地下空間が広がっていた。見受けられる階層を数えると、地下八階。ビンゴである。


「ここです」


 僕がムルピエ王国の歴史資料、もといその他東京の変容を記した資料があるであろうと見当をつけた場所に、ようやく到着した。



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