第13話 異世界の王国
程なくして騎士たちが集合し、馬車の用意が整えられ、別邸へ帰還することになった。馬車は隊列を組んで緑の大地を進んでいく。
先頭を進むのは八名ほど騎士を乗車させた人員輸送の馬車で、その次に続くのは物資や装備などを乗せた荷馬車、その後ろに装飾が施された王女の馬車がついて来て、殿として先頭と同様の騎士を乗せた馬車が続く。またラシュトイア王女を乗せた馬車の左右には騎乗した騎士が二名ずつ警護しており、合計二十名ほどの騎士で前後左右を固めた隊列となっていた。
一見過剰のようにも思えるが、警護しているのが一国の王女である上に昨夜は賊の襲撃を許してしまったわけなので、当人たちにとってはこれでも足りないのだろう。そのあたりの感覚は、平和な東京育ちの僕にはわからなかった。
もちろん王女の馬車に同乗するわけにもいかず、騎士の馬車にも乗るスペースはないので、僕は荷馬車の方に乗せられ、荷物ともに揺らされることになった。まあ本来なら身分がないので、荷馬車とはいえ乗せてもらえるだけありがたいけどね。
そういえば、テレはラシュトイア王女と同じ馬車に乗車している。王女の護衛という意味もあるだろうが、先程他の騎士に指示を出しているのを考えると、テレ自身も名家の出身で結構身分の高い存在なのだろう。どうやら近衛騎士の紅一点というだけではなさそうであり、それはそれで興味が湧いてきた。だが、確認しようとしてもまた身体の穴にレイピアを突っ込まれるのはたまったもんじゃないので、僕はこれといって詮索することはしなかった。
そんなこんなで異世界の風景を眺めつつ移動を開始する。
徒歩よりも断然速い速度で進むが、馬車から見える景色はどこまでも広がる大自然であるため代わり映えがなく、正直目的地に向かってちゃんと行軍している実感がない。異世界であるのは間違いないが、これといって特異なものがないので観察のしようがないのだ。僕は終始退屈を持て余すことになった。
僕は手持ち無沙汰であったので、なんとなく周囲にある積荷を観察する。積み重なった木箱や布をかけられた樽など、どれも容易に中身を確認することはかなわなかった。このあたりはファンタジーなゲームとかに出てくるキャラバンの積荷とそう違いはない。
だがよくよく考えてみると、この世界のこの国――確かラシュトイア王女はムルピエ王国と言っていたような気がする――には魔符と呼ばれる非常に便利な魔法が存在するのだから、別にこのように荷馬車を用意する必要はないのではなかろうか。抜群の収納力と携帯性を誇るこの魔法で物資を圧縮してしまえば、十分手持ちで対応できそうである。
でも実際はこうして荷馬車を用意しているということは、荷物を魔符によって記録することはできないのかもしれない。もしかしたら何かしらの条件や制限があり、やたらめったらに行使することはできないのかも。どうやら四次元ポケットのようにはいかないらしい。そのあたりも気になったので、今後機会があったら探ってみようと思う。
これといって事件も事故もなく順調に進んでいるようで、移動開始から数時間過ぎた頃に馬車は森の中に入っていった。ただ森といっても明らかに人の手が加えられており、安定した道が木々の間にある。そしてその道を程なく進むと、前方に大規模な建物が見えてきた。
「なんだ……ありゃ?」
眼前に姿を現したのは、砦のような外壁であった。そして外壁の頭から飛び出すように尖塔が見え隠れしている。恐らくこの建物が、ラシュトイア王女の言っていた王族の別邸なのだろう。
しかし別邸という言葉に騙されていた僕は、その外観を西洋のお屋敷みたいなものとだと思い込んでいた。しかし実物はそれの何十倍も物々しく、厳つかった。
僕はその外壁を見つめながら馬車に揺られる。程なくして外壁のもとに到達すると、馬車の進行に合わせて殷々と門が開いていく。そしてトンネルのように長い門の中を進むと荘厳な巨大建築が姿を現した。
別邸というにはあまりにもスケールが大きすぎるため、筆舌に尽くしがたい。だが大雑把に説明するならば、ヨーロッパの歴史ある大学校舎のようである。イギリスのオックスフォード大学が城壁に囲まれ、その城壁も木々に囲まれているといえば伝わりやすいかもしれない。
当然僕は絶句した。その常識外れの荘厳さに開いた口が塞がらなかった。それほどまでに途方もない建物であった。
そんな僕を乗せた馬車は、堂々と敷地内の道を進み、中央にそびえる建物の前で停車する。こうして真下から建物を見上げて見ると、確かに西洋のお屋敷のように見える。その建物が中庭を挟んで何棟も屹然と建てられているので、ここは一種の城塞都市のように思えた。
唖然とする僕をよそに、馬車から騎士たちが続々と降りてくる。僕もそれに倣い荷馬車から降りるが、何をどうすればいいのかわからなかったので、荷馬車の脇に控えるくらいしかできなかった。
佇立していると、ふと目の前が騒がしくなったような気がした。そちらに注目してみると、屋敷の使用人たちが表に出てきており王女の出迎えをしているようだ。王女の馬車から建物まで使用人たちがずらりと並び、道が出来上がっていた。まさか使用人の列による道をリアルで見ることになるなんて思ってもみなかった。一体何人使用人がいるのだろうか?
そんな疑問を抱きながら使用人たちを見ていると、どうも様子がおかしいことに気がつく。てっきり騒ぎの原因は、ラシュトイア王女が無事に帰還したことに嬉しさを隠せていないだけだと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
使用人たちの反応は、嬉しさというよりも動揺の方が適切であり、ザワザワと雑音のような私語が聞こえてくる。そして、どうして使用人たちが王女の前でそのような態度をとっているのかはすぐに判明した。
ラシュトイア王女は、馬車から屋敷に続く使用人たちの道を通っていないのである。
馬車の扉から真っ直ぐ伸びる道ではなく、馬車に沿って歩みを進めている。それは馬車の隊列の前方に向かう足取りであり、王女の馬車の前にあるのは、僕が乗車していた荷馬車であった。
そう、ラシュトイア王女は下車して真っ先に僕のもとに来たのである。王女自ら、得体の知れない少年のもとに行ったのだ。使用人たちが動揺するのは当然であった。
「さ、総介さんもこちらに」
ラシュトイア王女は共に屋敷へ向かうよう僕を促す。その可憐な笑みに僕は思わずうっとりとしてしまいそうだったが、脇に控えるテレが刃のような眼差しを僕に向けてくるので、僕は王女の優しさを素直に受け取ることができなかった。
「は、はい」
だがしかし、王女のお誘いを無下に断るわけにはいかず、僕は歯切れの悪い声で返事をしたのち王女についていく。
そんなこんなで人生初めて人による道を進むが、残念ながら非常に居心地が悪かった。ちなみに居心地が悪い原因の四割ぐらいはテレの眼差しであり、残りは道を形成する使用人たちの怪訝な視線であった。
僕はその空気に耐え切れず、
「あ、あの、質問よろしいですか?」
と気を紛らわせるための会話を作ろうとした。
「言ってみろ」
しかし不運なことに、答えたのはラシュトイア王女の脇に控えるテレだった。
「あの、この建物は、どういったものでしょうか?」
僕はおっかなびっくり質問をした。
「王族の別邸だ」
そして当然答えたのはテレであった。
「……さいですか」
こうしてものの数秒で会話は終了し、再び居心地の悪い空気に放り込まれたが、
「この別邸は、以前は王立の図書館であり、アカデミーを兼ねていました。でもそれは八十年以上前の話であり、現在は別邸として建物を保存しています」
と、思わぬところから救いの手が差し伸べられた。先頭を歩くラシュトイア王女であった。
「王女」
しかし即座にテレが諌める。それによってラシュトイア王女の言葉が途切れてしまう。王女は振り返らず話していたので、諫められたことによる表情の変化はこちら側からでは全くわからなかった。しかし少々不服そうにしているのが、雰囲気からなんとなく読み取れた。もしかしたら、テレは過剰に僕を警戒しているだけなのかもしれない。
しかし、八十年以上前にこの国で何かが起きたことは事実であるらしい。その何かは推し量れないが、この世界のことを何も知らない僕としては貴重な情報であった。
そんなこんなで僕たちは建物まで辿り着いた。この施設が元図書館で元学校であるならば、ここは本館にあたる場所のようだ。そして現在も建物郡の中枢として機能しているらしい。
「ラシュトイア王女、よくぞご無事の帰還を」
本館の扉の前に控えていた細身で白髭をたくわえた老人が、恭しく一礼をして王女一行を出迎える。
「ただいま帰りましたクモル。私が行方不明になったことで、体調を崩されたりしませんでしたか?」
「なんの、これしき。この老体、まだ矍鑠しております」
ラシュトイア王女はクモルと呼んだ老人と軽い冗談を交わすことで再会を祝した。僕は老人の正体が気になり、クモルとやらを注視する。クモルは燕尾服に似た引き締まった黒の礼服を着ており、その痩躯がより目立っていた。しかし顔色は健康的であり、老いに似合わず溌剌としていた。その様子から、僕はラシュトイア王女の執事か何かだろうと当たりをつける。
「ところで王女、そちらの方は?」
そしてクモルも僕と同様のことを考えていたらしく、僕の正体を見破るかのように眇めたのち、王女に尋ねた。
「この方は瀬尾総介さんとおっしゃいまして、私を賊から匿ってくれた命の恩人です。遊学中の異国の方であるそうなので、お礼として別邸に招きました。クモル、私の客人としてしばらく滞在しますので、お部屋の用意と案内をお願いします」
クモルはラシュトイア王女の事情説明を聞いたのち、「かしこまりました」と返事をしつつ再び一礼をした。
「では総介さん、私は部屋に戻ります。あとのことはクモルに任せますので、何かありましたらクモルまでお申し付け下さい」
ラシュトイア王女は僕に向き直ると上品に会釈をし、テレと共に建物の中へと入っていく。僕はその後ろ姿をただ見送ることしかできなかった。
「では総介様、こちらへどうぞ」
ずっと王女を眺めていたが、その視線を遮るかのようにクモルは前に出てきて僕を促した。その眼差しからは先程の慧眼が嘘のように消え、穏やかな老人のものになっていた。
「あ、はい」
僕は言われるがままにクモルのあとをついて行き、建物の中に入っていく。
気になることといえば、ラシュトイア王女と別れたにも関わらず、テレは終始僕に警戒の眼差しを向けていたことであった。どうやら、相当嫌われたようである。
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