第20話 戦いのあと


 当然のように、僕は牢屋にぶち込まれた。別邸の地下にある牢屋だが、僕がイメージする牢屋とはかなり異なっていた。


 まず、地下室が明るく湿度も不快ではないこと。牢屋と聞くと薄暗く不衛生な場所という先入観があったため覚悟をしていたが、少々拍子抜けしてしまった。


 そしてもう一つ異なる点は、牢屋の中が意外と居心地いいのだ。床は硬い石畳ではなくフカフカの絨毯が敷かれ、家具も申し分ない。流石に僕が滞在していた客室ほどではないが、人が問題なく暮らせる程度に整えられているのは確かである。


 これは牢屋というより、座敷牢といった方が適切なのかもしれない。どちらにせよ、一庶民として東京で暮らしていた僕としては、別段不便はなかった。


 そんな牢の中でくつろいでいると、誰かがこの牢に近づいてくる足音が聞こえてきた。僕は格子からその方を見やると、白い少女が大男を連れてこちらに向かってきていた。


 それは紛れもなく、ラシュトイア王女であった。付き従っているのは、僕を捕らえた騎士団のリーダー格の男――捕らえられたのちに聞かされたが、どうやら近衛騎士団の団長であり、名前はツルゴというらしい――である。


「騒ぎについての報告は受けました」


 ラシュトイア王女は抑揚のない事務的な声で話を切り出す。察するに、公務を行う際の王女はこのような様子なのかもしれない。


 そんな余所余所しい態度のラシュトイア王女に、僕は自然と身構えていた。


「先程テレを収容した牢へ行き、事情聴取をしました。総介さんからも事情聴取をしたいのですが、よろしいですか?」


 僕は頷いたものの、僕とテレとの悶着を僕の視点から語られることは少ない。何せ僕は被害者であり、僕自身もよく事情を把握しないまま応戦していたのだから。


 結局、「テレは僕の部屋を訪ねてきて、僕が持ち込んだ持ち物を見て態度を豹変させ、意味深な言葉で僕の正体を尋ねてきた。しかしなかなか答えない僕に、テレは業を煮やしたのか武力行使に打って出て、それを僕が返り討ちにした」と説明するしかなかった。


「よく、あのテレを打ち負かせましたね」


 表情こそ変えなかったものの、ラシュトイア王女は内心驚いた様子であった。それもそうだろう。何せ相手は女の子とはいえ、鍛え抜かれた近衛騎士である。ただの学生が戦って勝てる相手ではない。


「それは、ラシュトイア王女に分けてもらった魔符を使わせていただきました」


「あの魔符を?」


「はい。いろいろと組みあせて」


 そこで僕は、テレとの戦闘の詳細を話した。


「では、実際に剣を交えたわけではないのですね」


「そうです。そもそも僕の身体能力ではテレに敵いませんし、もしテレと同じくらいの身体能力があったとしても、絶対に剣では戦いたくない相手です」


 身体能力があったとしても剣術の心得がない僕では、きっと隙だらけですぐにやられてしまうだろう。


「そうですか。では、こちらの魔符を差し上げなくてよかったのかもしれませんね」

 そう言いながら、ラシュトイア王女は袖口から灰色の魔符と肌色の魔符を覗かせた。


「それは、僕に渡さなかった方の魔符ですね」


「はい。灰色はただ護身用としての剣を保存したもので、肌色はテレの身体能力を保存したものです。この二枚を使えば、私でもテレと同様の戦闘能力を得られます」


 渡されなかった方の魔符の内容をこのときはじめて知ったわけだが、そんな中身だったのかよ。


「こちらを渡さなかったのは、最悪の場合私ひとりでも戦えるようにと思いまして。決して総介さんを疑っていたというわけではありませんが、一応王族として、ね」


 そして灰色と肌色の魔符を僕に渡さなかったわけも教えてもらったが、その理由は実に合理的だった。確かにただの旅人である僕――そういうことになっている――が、賊との戦闘に怯えて逃げ出す可能性や、場合によっては裏切る可能性もあったのだ。そのとき僕が身体能力向上の魔符を持っていたのならば、そのあとは非力な女の子であるラシュトイア王女だけが取り残されることになり、賊に抗うことができなくなってしまうのであった。そういう意味で、ラシュトイア王女も王族として考えることは考えていたのだ。


 話は脱線してしまったが、テレの襲撃の件について、僕は全てを話した。そしてラシュトイア王女は僕の話を聞き終えると険しい表情となった。僕としてはその表情の意味をどう捉えていいものかわからず、そのまま様子を窺うことしかできなかった。


「どうやら、総介さんとテレで話が食い違うことはないようですね」


 その険しい表情は、どうやら僕の話とテレの話を頭の中で照らし合わせていた故の思案顔であったらしい。そしてその言葉から、テレも王女による事情聴取に嘘偽りなく詳らかに話したことがわかった。


「その、僕から質問いいですか?」


「どうぞ」


「その、テレはどうして、僕に危害を加えてまで、僕の正体を知りたがったのですか?」


 テレはタブレットPCに打ち込まれていた文字を見て、僕に向かって何者だと尋ねた。そしてどうしてこの時代にいるのかと、核心に迫った言い方で問うてきた。僕としてはどうしてテレが核心に迫ることができたのかが気がかりであった。そしてテレが攻撃的になった理由は、そこにあるのではないだろうか。であるならば、その事情を聞かずにはいられない。


 幸い、テレは素直に事情聴取に応じたようだ。ならば、当然行動に移した理由も尋ねられ、正直に答えているはずである。よって既にテレの事情聴取を終えたラシュトイア王女ならば、その理由を把握しているに違いなかった。聞く相手としては、きっと間違っていないはずである。


 しかし僕の質問に対する答えは、すぐには返ってこなかった。ラシュトイア王女は表情こそ変えなかったが、明らかに逡巡している様子であった。何やら答えにくい理由なのだろうか。


 数拍ののち、ラシュトイア王女は大きく息を吐き、強ばった身体を弛緩させた。


「これといって根拠はありませんでしたが、なんとなく総介さんには、私たちの置かれている状況を説明しなければならないような気がしていました。出会ったときから、私たちの問題解決の糸口は総介さんが握っているのではと、そんな直感がありました」


 ラシュトイア王女は何やら諦観した様子でいるが、僕は王女が諦観するわけすらわからなかった。


「言葉で説明するよりも、実物をご覧になられた方がわかりやすいです。いくら王家縁の地とはいえ、どうしてこのような辺境に大勢の人間を引き連れて調査を行っているのか。どうしてテレが強硬手段に出たのか。その理由は、総介さんならば理解されるのは容易いかと」


 百聞は一見に如かずと言いたいのだろうか。僕はそれがどのようなものなのか、僕なりに推測してみる。


 この土地で調査している理由を明かすのであれば、その調査で判明したことを見せればいい。僕は昨日の風呂で、調査の目的は失われた歴史資料の発見ではないかと推理した。すると僕に見せたいそれは、発見した歴史資料の一部なのだろうか? しかし僕とその歴史資料の接点が見出せない。この世界に来たばかりの僕が、この国の歴史に干渉するなんてことは、どう考えてもありえない。


 結局あれこれ思考を巡らせてみたが、そのものを推し量ることはかなわなかった。ここは素直にそのものを見せてもらった方が早い。


「そのものとは、一体何ですか?」


「ごめんなさい。地下迷宮調査中に出土したものでして、貴重な資料のため持ち出しを禁止している関係上、今この場にはありません。私としても今すぐ総介さんに見てもらいたいのですが、問題行為を働いた者をお咎めなしにしてしまうと皆に示しがつきません。申し訳ございませんが、ここは建前上、総介さんとテレには一晩だけでも投獄させてもらいます。明日解放致しますので、何卒ご理解をお願いします」


 そのものが何か尋ねてみたが、その答えは返ってこなかった。そしてその正体を知るのに一晩時間が空くらしい。それはそれで気になって寝付くことが難しそうだ。生殺しもいいところである。


 しかしそうなると、これ以上この場でラシュトイア王女と対面していても、事態が進展することはなさそうである。それはラシュトイア王女も感じ取ったらしく、早々と事情聴取を終了させた。


 ラシュトイア王女は去り際に「では、明日」と挨拶をする。ツルゴはラシュトイア王女の護衛として一緒にこの場を去っていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る