四章 地下迷宮

第22話 地下迷宮


 別邸へ向かう際に僕は荷馬車に乗せられたが、今回はラシュトイア王女と同じ馬車に乗り、王女の警護役であるテレと共に三人で馬車に揺られた。


 この世界について衝撃的な事実を知った僕は、翌日に行われる調査活動の重要参考人として手厚い待遇を受け、調査隊に組み込まれた。それはラシュトイア王女の依頼でもあったが、一番としては、僕自身が調査隊に参加することを強く望んだ結果だった。地底人や地下迷宮に、僕が強い繋がりがあることを理解したテレも、このことに同意してくれた。


 そしてこの情報は噂として少しずつ、そして断片的に調査隊の面々に浸透していった。その結果、今回の調査で何かしら重大な成果をあげることができるのではないかと期待され、自然と調査隊の士気が上がっていた。


 僕としても今回の調査で、どうして東京がムルピエ王国に変化したのかが判明するのではないかと期待している。


 もしも本当に地底人の地下迷宮の正体が、網目のように巡らされた東京の地下であるなら、戦争時に奪われたムルピエ王国の歴史資料の在り処に、大体の見当をつけることができる。以前は広大な地下を闇雲に調査捜索していたらしいが、今回は一箇所に的を絞っての活動になる。そのことが僕の期待の根拠であった。


 そう、今日の僕の役割は案内役である。そして僕が見当をつけた場所に向かうのに、東池袋駅という位置は非常に好都合であった。


 よくよく考えてみると、確かにラシュトイア王女と出会った場所に納得がいく。僕が雑司が谷の自宅地下にてタイムマシンに乗り込み時間移動をしたのだから、たどり着く場所も当然雑司が谷の自宅地下になる。現にそうだった。そして東池袋駅は雑司が谷の北にあり、王女の別邸は調査区域から馬車で三時間ほど南下した場所にある。


 ラシュトイア王女が帰還の際に賊から襲撃を受け、そのときに僕と出会ったことは、地理的に矛盾点はない。ラシュトイア王女は別邸に向かうため東池袋を発ち、かつての雑司が谷を通過する際に襲撃を受けた。ただそれだけである。


 そんなことを考えていると、馬車は調査区域、東池袋駅に到着した。現在の東池袋は当然のように首都高速の高架橋は消え去っており、代わりに林に覆われて鬱蒼としていた。ただ背の高い木々の枝葉が頭上を覆い尽くしているだけであって、木はそこまで密集しているわけではなかった。そのため、地下入口に近いところまで馬車を入れることができた。


 近衛騎士が先頭を歩き、その後ろに王女一行やムルピエ王国の学者たちが続いていく。辺境の林の中を護衛の騎士を含む数百人――あまりにも大勢であるため、総数は不明だが、百人以上はいると思われる――の大行列が闊歩する。


 数分林を進むと、地面にぽっかりと開いた穴が出現した。その穴は下に降りやすいよう周りが掘り起こされており、中に入るのに苦労することはなかった。照明を頼りに奥へ進んでいくと、次第に人工的な階段が足元に出現する。


 階段を下りきると、そこはタイル張りの幅広い地下道が広がっていた。床に薄らと黄色い物体が横たわっているのに気がつき、積もった土や埃を払うと、下から点字ブロックが姿を現した。東京ではよく見かける黄色い点字ブロックは、地下道の奥へと続いている。点字ブロックを頼りに進んでいくと、駅の案内板や改札と出くわす。そして頭上を見上げると、朽ちた看板が天井から下がっていた。劣化は激しいが、文字は読めなくはない。


 有楽町線。


 やはりここは間違いなく、東京の、地下鉄有楽町線東池袋駅であった。


 ここからは案内役である僕が、騎士たちに代わって先導を引き受ける。調査隊一行は壊れた改札を抜け、動かなくなって久しいエスカレーターを降りていく。そうすると、いくつもの円柱が佇立しているホームへ到達する。


「地下迷宮に潜る度に、疑問に思っていたことがあるのですが、総介さん、この施設はどういったものなのでしょう?」


 地下空間を躊躇なく進む僕の背後から、ラシュトイア王女の戸惑った声が聞こえてきた。振り返ってみると、ラシュトイア王女だけではなくテレやその他の騎士たちも、必要以上に周囲に照明をあてて注意深く観察している。ムルピエ王国の面々にとっては、やはり東京の地下は未知の空間なのだろう。


「ここは駅ですよ」


 恐らく不安からくるその問いに、僕はラシュトイア王女のことを思って柔らかい口調で答える。


「そう……ですか。その、『エキ』とは何ですか?」


 その反応に、僕は「ああ」と小さく呟くと同時に納得した。このムルピエ王国に電車という存在がないのだから、当然駅が存在するわけがない。僕はそのことに思い至る。


「駅とは、電車という乗り物に乗るための施設です。僕たちが乗ってきた馬車よりも断然速くて、ここから別邸までは恐らく一時間かからないでしょう」


「そ、そんなに速く移動しているのですか!?」


 速度に関しては割と適当に答えた。確か山手線を一周するのに約一時間かかり、その一周が三十五キロメートルないぐらいだったと記憶している。調査区域から別邸まで推測三十キロメートルなので、まあ一時間かからないだろう。


 しかしそのアバウトな速度を聞いたラシュトイア王女は、驚きを隠せないでいた。話をそれとなく聞いていた周囲も揃って瞠目していた。


「そんなに速く移動するには、一体何で引いていたのでしょう……」


「引いていたわけではなく、電車自体に動力があるのですよ。電気というものの供給を受け、足元に敷かれているレールの上を走行します。まあ……僕の住んでいた街の魔法みたいなものです」


 僕はホームに設置されているホームドアに寄りかかり、身を乗り出して闇の底にあるはずの線路を指差しながら説明した。ラシュトイア王女をはじめとする調査隊一行も、ホームドアに手をついて線路を見下ろす。説明に関しては、僕は電車の仕組みについてそこまで造詣があるわけではないので、魔法という便利な言葉に頼るかたちになった。


 説明を終えたあと、僕と騎士数名が先陣を切ってホームドアを乗り越え線路に侵入。魔符によって実体化した梯子を立てかけ、後続が線路に降りやすいようサポートする。


 何十年も放置されていたせいで荒廃具合が激しいが、駅にはまだ人が行き交っていた頃の名残が残っている。しかしここから先は、本来なら車両のみが行き交っていた場所を進むことになる。人工の洞窟の先は真の闇。レールや枕木が残った道床の上をひたすら歩かなければならない。闇の中、最悪の足場は苦痛でしかない。しかしそれでも、進まなければ何も見出せないのだ。


 東池袋駅と護国寺駅間は二つの線路を仕切るものはなく、地下鉄内は一つの広大なトンネルになっていた。調査隊一行は灯りを頼りに闇へと進んでいく。



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