第23話 王国の問題


 昨日のことである。地下迷宮から発掘したパスケースと通学定期券を確認したあと、僕たち三人はラシュトイア王女の執務室に移動し、僕の置かれた事情を二人に説明した。


 天才の物理学教授である母が個人的にタイムマシンを開発し、僕はその実験の被験者にされてしまったこと。故に僕は百年前から来た過去の人間であることを。最初この世界に来たとき、自分が住んでいる世界とあまりにも違う世界であったので、母による時空を超えて未来へ行く実験は失敗し、代わりに次元を超えて異世界に来てしまったのではないかと推測した。しかしラシュトイア王女に見せてもらったパスケースと通学定期券によって、この世界が紛れもなく未来の東京であることが発覚したと。


 ラシュトイア王女は僕の話に驚愕を禁じ得なかった様子だが、僕の話すことに嘘偽りがないことを感じ取り、そして何より僕自身が証拠となるものをいろいろと持ち込んでいたので、すんなりと納得してもらえた。


 僕はどうして東京がここまで変化したのか、その事実を突き止めたかった。そのためには、このパスケースと通学定期券を発見した地下迷宮とやらを捜索するしかなかった。


「その、ラシュトイア王女たちは、何故地下を調査しているのですか?」


 そして捜索する場合、王女の調査に協力した方が効率はよく、真実に近づけられる可能性があった。しかしながら、得体の知れない調査に協力するのは躊躇われるため、僕はラシュトイア王女に説明を求めた。


「そうですね、詳しくお話をしなければなりませんね」


 ラシュトイア王女は質問を受けて事情を察したのか、委曲を尽くして説明を始めた。


「事の発端は、王子の誕生からでした」


 ラシュトイア王女は語りだす。その内容は、僕が大浴場で推測したことが見事に的中していた。現国王は王宮の技術力独占による民の貧困を憂いており、また邪魔者排除の口実を是正するため、王族以外の魔符の使用を禁ずる法律を改正しようとしていた。それにより、国王は民の支持を得ていた。


 しかし王女曰く、国王は活発的に政治活動をしている反面、身体の方は弱く、多々無理をすることがあったという。そのため政治活動が一段落し、長子であるラシュトイア王女が生まれたときには、国王はそれなりに高齢であった。


「ラシュトイア王女は、幼少のときからその才覚を発揮されておりました。王都のアカデミーにて飛び級を繰り返し、なおかつ首席を維持していました。また血筋的に魔符を精製する現象保存の魔法も強大であり、何より国王の一人娘であるため、誰もが次期の王にラシュトイア王女が即位することを疑わなかったのです」


 そう語るのはテレである。どうやら八十年以上前の地底人との戦争後、王立図書館とアカデミーは首都に移されたらしく、その学校でラシュトイア王女は既に才女として認められていたようだ。


 そんな順風満帆の幼少期を送っていたラシュトイア王女だが、ある日吉報を受ける。


「国王と王妃、父と母との間に第二子であるミナゴト・ビアウザ・ムルピエ王子が生まれたのです。当時の私も、王宮内も、そして民も祝福をあげました。国内は私の誕生以来の祝賀ムードに包まれたのです」


「まあ、王子が生まれたんだから、当然そうなるな」


 なんて言ったって新しい国の顔が生まれたのである。喜ばない人はいないだろう。


「ですが、公の場でカニーロ宰相が発した言葉により、国を挙げての騒ぎが別の意味合いを持ち始めたのだ」


 しかしテレによると、そのカニーロとかいう宰相によって、祝賀ムードはそう長くは続かなかったようだ。テレは続けてその理由を語りだす。


「カニーロ宰相は『王子の誕生により、次期国王はミナゴト王子ですな』と発言した。しかしその発言に誰もが戸惑い、疑問符を浮かべたのです。次期はラシュトイア王女ではないのか、と。発言した本人も言ったあとから困惑して、のちにカニーロ宰相は、王位継承は男系男子による長子相続だと勘違いしていた、と弁明しました。しかしその弁明が、事態をややこしくしたのだ」


「察するに、周りが囁いていただけで、実はラシュトイア王女が次期国王に即位する根拠がなかったってことか」


「その通りです。私にも弟にも、等しく王位継承権があったのです」


 僕はテレが言わんとしたことを察した。そしてそれをラシュトイア王女は肯定した。


 ラシュトイア王女もそうだが、そのミナゴト王子も次期国王に即位できる立ち位置にいたのだ。


「でも、今まではどうなっていたんだ? 過去の例を参考にして次期国王を選べば解決するのでは?」


「それが、そうはいかないのだ」


 僕は至極真っ当な意見を述べたが、それはテレによって否定された。


「我々も調べたのだ。男性優先の継承か、それとも女性優先の継承か、もしくは男女関係なく長子が継承するのか。だが遡れる限り歴代の国王を調べてみても、どの国王も男系男子の長子であり、長子が女性である時代がそもそも存在しなかったのだ。つまるところラシュトイア王女は、この国の有史以来初の女性の長子であることが、ここにきてようやく発覚したのだ」


 そう、国中の人間が気づいてしまったのだ。間抜けな話、この国の王位継承は、実に曖昧であることに。


「そんなことが、ありえるのか……」


「残念ながら、事実です」


 僕は思わず呆れてしまったが、ラシュトイア王女は真面目な表情でそのことが事実であることを認めた。


「その、僕からすれば、男系男子が王位継承するものだと認識している。現にかつて僕が住んでいた世界の世襲は、男系男子が殆どだ。強いていえば、デンマークって国の王位継承が法改正により性別関係のない長子優先となった。けどそれは例外中の例外。基本的にどちらかの性別が優先して継承するのが当たり前じゃないかな」


 そう言ってみたものの、僕が住んでいた世界とは異なる文化を持つこのムルピエ王国では、その当たり前が適応されていないらしい。故に揉め事になったのだ。


 そのため、王位継承争いに発展していったのである。


「最初は純粋に王位継承権について議論されていましたが、次第に政治が絡んでくるようになりました」


「それはそうだ。当然といえば当然の成り行きだな」


 ラシュトイア王女の言葉に、僕は納得する。それは君主制である故の性であった。


「しかし両者ともまだ成人していない上に、国王がまだ健在であったため、議論は平行線を辿りました。国王が次期後継者を指名してしまえば即解決しそうですが、国王自身も判断に迷っており、あくまでも伝統を優先する構えであったので、一向に解決しなかったのです」


 ラシュトイア王女はそう説明するが、不意に言葉を区切り、顔を伏せてしまった。そしてそのまま続きを語りだす。


「しかし去年、事態は急変しました。国王が病に伏せたのです。高齢でありなおかつ元々身体が強い方ではなかったので、来るべく時が来たといったところです」


 ラシュトイア王女は抑揚のない口調で事情を述べた。察するに、ラシュトイア王女自身国王のことを案じているようだ。何せ国王とか関係なく、彼女の実の父親のことである。心配しないはずはない。しかし立場上気丈に振舞っているようだ。


「これにより、王位継承問題は激化した。まず初めに、カニーロ宰相がミナゴト王子を擁立し始めた。カニーロ宰相の狙いとしては、幼い王子を即位させることで、間接的に政権を得ようとすることであろう。そのことに関しては実にあからさまであった」


 主の心情を察したテレが、説明を引き継いだ。


 カニーロ宰相がそのような行動に出た原因は、間違いなく国王と、そしてラシュトイア王女にあった。


 国王は先に述べたように、魔符に関する法改正を目論んでいた。結果としては失敗したが、世論は間違いなく国王の政策に傾いた。そして国王の影響を強く受けたラシュトイア王女が即位すれば、確実に才覚から発せられる手腕によって、政策を押し通すだろうことが目に見えていた。現在の政治体制を変革させ、国民の暮らしを豊かにしようとするだろう。つまり、ラシュトイア王女が即位すれば、カニーロ宰相を含む今の王侯貴族が大打撃を受けることになる。


 そして悪法と化した魔符の法の甘い汁を一番吸っていたのは、間違いなくカニーロ宰相であった。そのためカニーロ宰相をはじめとする一派は、現政治体制を維持するために、まだ幼いミナゴト王子を即位させ、傀儡の王にすることにしたようだ。そのことは、部外者である僕ですら容易に推測することができた。


「だが全ての諸侯がカニーロ宰相を支持したわけではなかった。私利私欲のためではなく本当に国を憂いた者はラシュトイア王女を支持し、結果として一つの派閥となった。それにより、十四歳の王女と四歳の王子を中心として改革派と保守派の対立が激しくなり、国政は真っ二つに割れたのだ」


 テレの説明により、この国の情勢を知ることができた。それは想像以上にややこしく面倒くさい構図であった。


「……このある種不毛とさえ言える王位継承問題を解決する方法はないのか?」


 僕は呆れながらそう質問を投げかけた。それに対してテレは一瞬ムッとした表情をしたが、すぐに表情を改め、僕の質問に答えてくれた。


「方法はあることにはある。一つは国王に後継者を指名してもらうこと。そしてもう一つは王位継承条件を確定してしまうことだ。しかし前者に関しては、国王は療養中であり公の場に出てくることが難しいため、仮に臥せた状態で指名しても、それを証明する手立てがない。そして後者に関しては、様々な人間の思惑が絡み合っているため現実的な策ではない」


「そうなると、現状万策尽きたってことか」


「その通りだ。しかも最悪なことに、最近では両派閥の武力による衝突が危惧され始めてきたのだ」


 僕の納得に、テレは首肯しながら補足した。


「そこで私は争いを避けるため、苦し紛れに妙案を出したのです」


 そこにラシュトイア王女が発言した。彼女の方を振り向いてみると、純白の髪の王女は凛とした双眸を僕に向けていた。どうやら気持ちを整理したようだ。


「前例をもっと調べることです。具体的には、長子が女性であった時代の王位継承がどのようであったかを調べるということです」


「でもそれは、問題が浮上してきたときに既に行われたのだろ。改めて調べるということか?」


 ついさっきテレがそう言っていた。ラシュトイア王女は、この国の有史以来初の女性の長子であると。


「はい。でも、このムルピエ王国の歴史は、八十年前の地底人との争いにより歴史資料を紛失しているため、詳細は不明なのです」


 僕は思わずハッとした。そこまで言われてようやく王女の意図を理解した。つまりこの国の有史は、八十年分しかないのである。八十年前の歴史を全く辿れないことはないが、流石に王族の家系に関する記述を容易に複製するわけにはいかなかったらしく、国内にそれらしい資料を見つけることができなかったようだ。そこで地底人の地下迷宮を調査し、失われた歴史資料を見つけ出そうとする国家プロジェクトが誕生したのであった。


「そのような事情のため、ラシュトイア王女は自ら調査隊を率いてこの辺境の地まで来られたのだ」


「そしてその調査の際、カニーロ宰相一派が雇ったと思われる賊の襲撃を受け、ラシュトイア王女は暗殺されるところであった、と」


 テレの言葉を引き継ぐかのように、僕は自分の推測を述べた。そしてテレはその推測に頷いてくれた。


 先程解決方法は二つと言ったが、厳密には三つであり、それは王女と王子のどちらかが亡き者となることである。カニーロ宰相一派はラシュトイア王女が都を離れたことを契機とし、三つ目の解決策という強硬手段に打って出たのであった。


 これが今現在、このムルピエ王国が抱える事情であった。僕は客観的に事情を考察するに、どう考えても全てカニーロ宰相の画策であることが窺えた。何もかも、王子が生まれたときの反応から全て。


「ちなみにですが、私の近衛騎士団の団長であるツルゴの弟が、ミナゴト王子の近衛騎士団に所属しているとのことです。奇しくも立場の関係上、兄弟でいがみ合うことになってしまったのです」


「それは……同情せざるを得ないな」


 僕はその情報に対して、それしか言えなかった。近衛騎士など容易に辞められる役職ではないだろうし、国政に関わる仕事でもあるので、兄弟がそれぞれ対立する派閥に所属することもありえるのだ。だからこそそれは仕方がないといえば仕方がないのだが、やはり兄弟で争うのは、他者から見ても気持ちがいいものではなかった。


 僕は今のこの国の状況を詳しく説明をしてもらった。情報不足による不完全だった推測に新たなピースが加えられ、僕は今現在この国が置かれている状況を理解することができた。


「総介さん、お願いがあります。もしよろしければ、私たちの調査に協力していただけませんか?」


 ラシュトイア王女は真っ直ぐ僕を見つめたのち、頭を下げた。


「総介殿。私からも、お願いします」


 そしてテレも主に倣うようにして頭を下げた。


 ラシュトイア王女はこの混乱を解決するために、広大な地下迷宮を調査している、そして王女は、地下迷宮はかつて僕が住んでいた街の一部であることに着目し、歴史資料捜索のために僕を調査隊に組み込みたいようだ。僕が過去の人間であることに未だ驚きを隠せていない様子であるが、それでもそれを強引に受け入れ、そして利用しようとしている。


 しかしそれでもいい。もとよりそのつもりだ。


「僕もどうして未来がこのような世界になってしまったのか、知る必要があります。そしてそれを知るには、東京の地下を調べる他にありません。ラシュトイア王女、こちらこそお願いします。どうか、僕を調査隊の一員に加えてください」


 僕はラシュトイア王女に頭を下げてお願いした。


「あ、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」


 そしてラシュトイア王女は再度頭を下げて僕の申し出を受け入れた。その際王女は破顔しており、僕は思わずその可憐な笑みに見入ってしまった。


 僕とラシュトイア王女の利害は一致した。


 こうして僕は、調査隊に同行することになった。


 僕は地下迷宮がかつての東京の地下網であることを前提とし、王国から奪った歴史資料が保管されていそうな場所の当たりをつけた。そしてそれは奇しくも、僕が探し求めている東京の変化を記した資料が眠っていそうな場所と同一であった。



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