due
日曜日。
本来なら休みなのだが、今日は出勤だった。
深見さんから今日はどうしても来て欲しいと頼まれたので、仕方なく夕方にやってきたのだ。
俺が館にやってくると、休憩室で数名が休んでいた。メイド服姿の賢一郎さんが、相変わらず休憩室で携帯ゲームでアイドルを育てていた。
みんな職場の休憩室だというのにすっかりくつろいでいる。こういうのを見るとうちの職場って雰囲気いいんだなぁって思う。
「またアイドル育てているんですか?」
「うん」
「誰育ててるんですか?」
「厚子ちゃん」
「どんな子なんですか?」
「18歳なんやけど、夫と子供がおるんや」
「……はい?」
「家庭もちのアイドル」
「え~っと、すいません。それアイドルですか?」
「そうや。いま水着でグラビア撮影中やで」
グラビア撮影? ああ、携帯ゲームの中でという話ですね。
夫と子供がいてグラビア撮影かよ……本当に何でもありだな。その携帯ゲーム。
ふと……。
『トリアノン』の濃厚な面子には似つかわしくない小柄な女の子がいることに気がついた。まるで日本人形のようだ。
氷のように無表情な顔つきで、じっと本を読んでいる。
「なに見ているんですか?」
俺が訊ねると、
「紅茶の資格の本」
その少女は聞き取りにくい小さな声で答えた。
「なんでまた紅茶の勉強を?」
「将来、こういう仕事に就きたいから……。『トリアノン』はコスプレ喫茶店だけど、紅茶へのこだわりとかしっかりしているから……」
ふむ。ちゃんと紅茶が好きでこの仕事を選ぶ人もいるんだな。
「年齢、いくつですか?」
幼女みたいな格好で子持ちのりり子店長のような人もいる。
まさか三十歳を過ぎているということはないだろうが、けっこう年上のお姉さんなのかもしれない。
「……十三歳」
「十三歳。はいはい……えっ? 十三歳?」
「うん」
俺は賢一郎さんのところへ歩み寄ると、
「……どうして十三歳が働いているんですか?」
「そりゃ本人が働きたいと言ったからや。給料払ってないけど」
「そりゃ完全にブラック企業でしょうが!!」
「まったくの無料ってわけでもないで。『トリアノン』にある高価な紅茶をお礼にあげているんやで」
「はあ……」
「さすがに中学生に『トリアノン』の業務を一通りやらせるわけにはいかんからな。執事見習いということで、接客はさせてない。言っとくが、幸光は紅茶に関してはお前なんかじゃ足元にも及ばんで」
「ゆきみつ?」
「
俺は渋い顔で最上ちゃんの無心に見入っている横顔を見ていた。
しばらくして、深見さんが休憩室に入ってきた。
「妹子くん! ごめんねぇ、今日は無理言って来てもらって」
深見さん、以前は『このトリアノン・ヌーヴォー』は社長の趣味とか言ってたよな。
(本当は深見さんの趣味だったんですね……)
だから、あんなに高価な服を買ってくれたり、フランス料理をおごってくれたりしてくれたんですね?
単なる雇われ店長が朝の5時に起きてみんなの昼食を作るなんてすごいと思っていましたが……。
自分の趣味が反映されている店だから、こんなにも『愛』を注げるわけなんですね?
でも、それを隠して『社長の趣味』にしているわけで。
俺は複雑な気持ちで深見さんの顔を見ていた。
「今日のお客様なんだけど、妹子くんが一人で担当して欲しいの」
「一人ですか?」
「そうよ。大変だと思うけど頑張って」
「はい……」
「今回のお客様は高校生よ。それも二人」
「え?」
高校生という言葉を聞いて、俺は露骨に嫌な顔をした。
「大丈夫よ。妹子くんの知り合いじゃないから。東京からやってくる常連のお客様だから」
「はぁ……」
俺の知り合いじゃないと聞いて安心した。こんな姿見られたくない。俺は顔見知りの接客はお断りしている。どうしてもやれというなら辞めるとまで言っている。写真撮影もお断りである。従業員にも守るべきプライベートというものがある。もっとも美馬と賢一郎さんは嬉々として写真撮影には応じているが。
「妹子くん、くれぐれも丁重に頼むわよ」
「はい?」
「今回のお客様は高校生とはいえ、常連の大切なお客様だから」
「そんな大切なお客様をどうして新人の俺一人に任せるんですか……?」
「それがお客様のご指名なのよ。新入りの子が入ったというので、ぜひとも一度会いたいと仰るのよ。だから特別に今日来てもらったの。お客様は用事があって土曜日は来れないというから……。妹子くん、気をつけてね」
深見さんは心配そうな顔をして言った。
「その常連さん、礼儀にはうるさい人だから。新入りでしかも『男の娘』の妹子くんなら大丈夫だと思うけど、女の執事は散々怒鳴られているから」
うっわぁ……。
どうやら相当厄介なお客様らしい。
「あとゴスロリの格好をしてやってくるけど……」
「わかりました」
ゴスロリの格好をしたお客様がやってくるというのは、以前に賢一郎さんから聞いている。
その辺の心構えはできているし、べつにゴスロリは全然OKである。
「あとそのゴスロリのお客様は提督とお呼びしてね」
「わかりました……えっ!? 提督!? その人、宇宙艦隊の司令官か何かですか?」
「そう呼んでくれと言われているのよ」
「いったいなぜでしょうね」
「理由など知る必要もないのよ。私たち『トリアノン・ヌーヴォー』はお客様が命じられた通りにするまでのことだわ。さて、そろそろ時間だからお嬢様を迎えに行ってくるわ」
※
俺はVIPルームの前でその曰くつきのお客様が来るのを待っていた。
深見さんが連れてきた。
一人目は真紅のゴスロリの服装をした女の子で、眼鏡をかけていて、じつによくしゃべりそうな女の子だった。目つきがきついので人によって好き嫌いが分かれるだろうが、想像していたよりは全然可愛い子だった。
(この人が深見さんの言っていた提督か……)
もう一人は色白でえらく痩せていて長い黒髪の女の子だった。
どこの制服なのかわからないが、ひだつき濃紺無地のスカートに白ブラウスだった。略装としてのスクールセーターやベストもつけていなかった。
「ほら。ここが『トリアノン・ヌーヴォー』だよ!」
「そう」
「コスプレ喫茶店は数あれど、ここまで凝った喫茶店はそうないよ! あたしはここが日本で一番好きだから!」
「お褒めいただきありがとうございます」
深見さんは深々と頭を下げる。
「今日はすごくお腹が空いているからたくさん食おうよ! ん……?」
提督と俺の目が合った。
「あんたが新入りの男の子?」
「は、はい……。よろしくお願いします」
これは嫌われたら厄介だぞ、と俺はとても緊張していた。
「名前、何て言うの?」
「蘇芳と申します」
「すおう? ああ。色の名前ね。貴族社会でも使われた高貴な色ね」
……知らなかった。
自分の名前の由来なんて考えたこともなかった。
しかし、即座にこんな返答を返せるとは。
この提督、すごい頭の回転が早いぞ。
「提督は物知りですね」
「あたし、色にはうるさいの」
提督は胸をそらせて自慢げに答えた。
「これでも漫画を描いているの」
「漫画でございますか」
「そう、同人誌なんだけど」
「どんな内容の漫画を描いてらっしゃるんですか?」
「BLなの」
納得した。たしかにそんな雰囲気がする。
「恥ずかしながら私の妹もBLが大好物でございます。私自身は漫画ならどのジャンルも大好きでして、BLについては疎く尾崎南程度しかしりませんが、少女漫画ならば意外と目を通しております」
それを聞いた途端、提督の目が宝石のようにキラキラと輝いた。
「私、あんた気に入ったわ! けっこう色んな喫茶通ってるけど、漫画をわかってくれる執事やメイドってなかなかいないのよね!」
そして深見さんの方を振り返った。
「深見さん! 今日から蘇芳をここの贔屓にするわ!」
「気に入っていただけて光栄ですわ」
深見さんはじつに満足そうであった。
よくラノベを読んだりしていると、主人公が何の取り柄もなかったりする。
なぜかというと、主人公が万能だったりイケメンだったりすると、かえって一般読者の反感を買うからである。
俺はこれといって勉強もできなければ、運動の才能もない。
しかし、小さな特技が一つだけある。
漫画には結構くわしい。
けっして深い知識はないが、基本的にはどのジャンルでも話をあわせることができる。
バトルもの、ギャグ、SFあたりだけでなく、少女漫画、ビジネスもの、BLにいたるまでどのジャンルでもOKである。
『ドラゴンボール』から『島耕作』まで、漫画の話題であれば大抵のものは話を合わせることができるのだ。
しょっちゅう古本屋に足を運んでいるおかげで色々な知識が身についた。
本当なら漫画家さんたちのために新刊で買ってあげたいのだが、高校生にはそれほどのお金がないのだ。それでも本当に気に入った作品は新刊で買うけど。
え? 吸血鬼がヒロインのやつはって?
それは例の巻が古本屋にしかなかったから、そこで買ったという話です。
他は全部新刊で買いました。いや、これは本当だってば……。
いやぁ、人生意外なことが役に立つものだ。
ここだけの話、提督に対する第一印象が良くて本当によかった……。
でも。
俺たちが会話している間、もう一人の少女はずっと憂鬱そうな顔をしているのだ。
どこか居心地が悪そうだった。
(この表情、見たことであるぞ……)
それが平塚さんが『グランドマイティ』にやってきたときと同じ、無関心をあらわす顔だった。
どうやら、コスプレ喫茶店そのものが好きではないらしい。
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