trois

 『グランドマイティ』はどこにあるかなどと探す必要はまったくない。

 駅前にドドンと巨大な建物が建っているからだ。

 なにしろ青葉が丘駅の南口を出れば、すぐ右手に見えるのだ。

 『トリアノン・ヌーヴォー』が隠れ家的存在であるのとはまったくの対照的である。


「すっごいですねぇ……」

「一発でわかりますよね」

「うちよりも全然大きいですねぇ」

「うちも金かけているけど、ここはハンパじゃないね。町の観光名所になるよね」

「開店当初だというのにあんまり混んでいないですね」

「そりゃあ、『グランドマイティ』も予約制だから」

「なるほど」

「でも、喫茶店なんてお茶さえ出してくれればそれで十分なんだけど。なんでコスプレの格好するんだろう」


 平塚さん、それは『トリアノン・ヌーヴォー』どころかコスプレ喫茶業界全体を否定する発言ですよ……。


 俺たちが『グランドマイティ』に入ると、受付にいたスーツ姿の女性が応対した。

 一目見て、俺たちのようなバイトではないな、本部からきた正社員だろうなと思った。


「予約、二人だけど」

「はい……。予約ですか。お名前伺ってよろしいですか」

「平塚です」


 受付の女性は、一瞬、こちらを値踏みするような目でみた。

 まずは平塚さんをみて、それから俺の服装を見た途端に受付の目の色が変わった。

 着ている服の価値がわかったらしい。

 受付は卑屈なまでににこやかな笑みをうかべた。


「それでは……しばらくお待ちくださいませ」


 そう言って奥の方へと消えていった。


「この店、いい店じゃないですね」


 受付の女性の姿が消えてから、俺は平塚さんに言った。


「そうかい?」

「だって、俺の服みてあの女の人笑いましたよ。『これは搾り取れる客だ』と思ったんでしょうね」

「どういうこと?」

「俺の服装、全部で百万円なんですよ」

「鹿島くん、大金持ちの子なの!?」

「深見さんが買ってくれたんですよ」

「あの人が?」

「おそらく会社の経費でしょうけど」

「あの人の『男の娘』に対する執念は並々ならぬものがあるよ。男の子のオシッコなめて年齢を当てるくらいのことはできると思う」

「平塚さん無茶苦茶ひどい事言いますね……」


 やがて、受付の女性がメイドさんを連れてきた。

 このメイドさんが平塚さんを接待してくれるらしい。



 20歳……いいや、25歳くらいかな? 丸顔でかわいいと言えばかわいいが、正直、見た目だけなら秋葉原で出会った子たちの方がレベルが高い。秋葉原で見たのと同じお色気満点のメイド服を着ているが、どこか垢抜けなくて田舎臭い。あと目立ったところといったら、やや巨乳だということくらいか。



「片上愛です。よろしくお願いします」


 片上愛……。


「どこかで聞いたことのある名前だなぁ」


 と、小声で俺が言ったのを片上愛は聞き逃さなかった。


「それって、こういうことじゃなんですか?」


 そう言うと、口から聞きなれた声が飛び出てきた。


「『ケロケロケロリンパー』」


 き、聞いたことがある……。これってカエルの妖精ケロッリンだよな……。

 ということは……。


「声優の片上愛っっ!?」


 声優のたまごがメイド喫茶で働くのは聞いたことがある。

 また、若手声優は収入がすくないから往々にしてバイトと掛け持ちしているのも知っている。



 だが、片上愛はたいへんな人気声優である。一人でコンサート開いて、CDも売れていて、サイン会には長蛇の列がならぶほどの売れっ子だ。声優の名前なんて二、三人しか知らないがその二、三人のうちの一人である。



 そんな超人気声優が、どうしてこんな場所にいるのか……。


「へえ、有名な人なんですか」

「平塚さん知らないんですか!?」

「俺、アニメ見ないから」

「平塚さんはもう少し業界のことを勉強した方がいいかと……」

「そうかな? 作品のオリジナリティを守るためにあえて見ていないんですけど」


 ……平塚さんの場合はただの食わず嫌いのような気がするんですけど。


「でも、なんで片上さんほどの有名人がこんな場所で働いているんですか?」

「うちの事務所が『グランドマイティ』と提携しているんですよ。声優という本業以外でも、ファンの方とじかに交流できるように今回の事業に参加させていただいたんですよ」


 俺は、平塚さんの顔を見た。

 平塚さん、まるっきし興味ねぇって顔してるわ。

 片上愛だぜ。ファンが見たら号泣するレベルの人気者だぜ。

 というかむしろ『うぜぇ』って顔している……。

 平塚さんって、おそらくこういう雰囲気が大っ嫌いなのね。

 今回は『トリアノン・ヌーヴォー』のために偵察で来たんだけど、これは片上愛に同情するわ。


「じゃあ、愛ちゃんよろしく……」


 しかし、片上愛は動かない。

 じいっと平塚さんの顔を見ている。


「絵とか描いてます?」


「えっ!? は、はい……」


「ひょっとしてイラストレイターの平塚ヒデキ?」


「僕のこと知ってるんですか!?」


「やっぱり! 以前から先生の作品には注目していました! 自分大ファンっス!!」



 おい、さっきまでと全然口調が違うぞ……。

 『私、仕事でやってます』って雰囲気だったのが、アニメ大好きオタクっ子口調に180度回転しやがったぞ。

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