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 というわけで。

 俺は女物の服を着て青葉ヶ丘の駅前に立っています。

 『グランドマイティ』に平塚さんと行くために待ち合わせだ。

 平塚さんとは初対面である。


 え~、ちなみに。

 俺がいま着ている服装、全部で100万円。

 服装やバッグなどで40万円。腕時計が60万円。


 全部、昨日深見さんと一緒に買ってきたものだ。


 ブランド名を言えば誰でも知っているような有名店をハシゴした。女装するとは言ったが、まさか店に連れて行って試着までさせるとは夢にも思わなかった……。

 買い物が終わった後、深見さんは俺にフランス料理をご馳走してくれた。

 たぶん人生で一度も足を運ぶようなことはないほどの高級店だ。

 深見さんはずいぶんとくつろいでいたから、こういう店には何度も食事しているらしい。

 はじめてのフランス料理は舌がとろけるほど美味しかった。

 幸せ過ぎて、なんでこの人こんなに俺に優しくしてくれるんだろうなぁと怖くなるくらいだった。



 一回の偵察のための変装に100万円とか狂気の沙汰だよなぁ……。



 言っておくが、この女装は『トリアノン』で着替えたのだ。自分の家で女装したらそれこそ一生拭うことのできない汚名を着ることになる。こんな姿は高校の連中には死んでも見られたくないのだ。


「鹿島くんですか?」


 茶髪の男性が俺に声をかけてきた。金具だらけの黒い服を着ている。

 この人が平塚さんらしい。


「平塚です。はじめまして」


 平塚さんは深々と頭を下げた。

 ケバケバしい服装のわりには、ずいぶんと物腰のやわからい人だ。


「鹿島くんですね。話は深見さんから聞いてます」

「は、はい……」

「どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」

「いや、いつも妹子と名前で呼ばれているものですから、苗字で呼ばれていることに慣れなくて……」

「はあ」

「こういう女みたいな名前だと結構苦労するんですよ。女の子に無理やり羽交い絞めにされてブルマを穿かせられたりとか。女もののスクール水着も試着させられましたよ。それを見ている教師は止めるどころか笑って手を叩いて見ているし……」

「それは大変な経験をしましたね……」

「いえ、お見苦しいところを見せてすいません……。平塚さんも社会人ですか?」

「はい。本職はイラストレーターです」


 え? 絵師さんなのか!?

 それはすごい。


「どこかのラノベとかのイラストでも描いているんですか?」

「いやぁ、僕が描いているのは機械とかばかりなので。メカとか好きなんですよ」

「ガンダムみたいな?」

「そうです。そんな感じ」

「硬派ですね。今どきの流行と全然違う感じで」

「だから絵だけだと食べていけない。それで効率よく稼げるこの仕事をやっているんです」


 平塚さんはスマートフォンを取り出した。


「僕の絵、見ます?」

「いいんですか?」

「僕の絵を一人でも多くの人に知ってもらうのが僕の仕事ですから」


 というわけで、僕は平塚さんの絵を見せてもらった。

 今どきの絵柄ではないが、CGで描かれた絵はとにかく緻密だった。


 格好いいロボットが宇宙で戦闘している絵とか、メカ以外にも冒険者がたいまつ片手に迷宮を冒険している本格ファンタジーの世界の絵を見せてもらった。


「素晴らしいですね……」

「いちおうプロだから仕事はもらってますけど小さなものばかりで、大きな仕事はなかなか……。いちおう持込とかもやってるんですけどね」

「こんなに上手なのに!? プロの世界って厳しいんですね」

「鹿島くんはラノベとか見ます?」

「はい」

「あれって表紙は女の子ばかりですよね」


 たしかにその通りだ。ラノベの表紙のほとんどが、かわいい女の子が描かれている。


「僕、女の子描くの苦手なんですよ」


 うわぁ……。

 ラノベ系の絵描きでそれは致命的である。


「そっち系の出版社にメカの絵をいくら持ち込んでも『機械とか必要ないから、かわいい女の子の絵を描いてきて』って言われるんです。もちろんかわいい女の子も描いて提出しました。でも『何かが足りない』と言われて突き返されるのがほとんどなんです。パンチラのシーン描いてみろって言われて提出したこともあるんです」

「あの業界は、お色気要素も重要ですからねぇ……」

「でも、『無理。色気がない。1970年代の漫画でさえパンツに皺くらい書いとるわ』って深見さんに叩き返されました……」


「それはそれは……えっ!? 深見さん!? なんで深見さん!?」


「いや、ひょっとして編集者に見る目ないんじゃないかと疑ったことがあって『トリアノン・ヌーヴォー』の面々に見せたんですが、みんな編集者と同じようなことを言うんですよ」

「どんなことを?」

「『技術的にはプロだけど色気がない』と」

「はぁ」


「素人の方に……しかも女性にまで言われたのはさすがにショックでした。とくに深見さんにはボロクソに言われました。プロの編集者の100倍ボロクソに言われましたよね。素人なのになぜそこまで言うかというくらい……。それで困り果てた俺は、専門学校時代の先輩に相談したんです」

「はい」

「そうしたら『変態になれ』と」

「……はいっ!?」

「つまり『お前には情念が足りない。だからお前の描く女の子はかわいくないんだ』ということらしいです。それで僕は変態になるために『トリアノン・ヌーヴォー』に入ったんです」


 世の中、色々な人がいるものだ。


 つまり平塚さんは芸術のための『男の娘』をやっているわけなのか。


 言われてみれば、いまの世の中『萌え』が全盛なのである。


 たしかにメカだけではお金になりにくいかも……。


 本当なら平塚さんも好きな絵だけ描いて暮らしたいんだろう。

 しかし、プロが好きなことだけやって生活するのは難しいことなんだろう……。


「たしかにラノベの表紙見たらほとんど全部女の子ですよね。女の子が表紙が華やかになりますからねぇ」

「いや、秋葉原の書店とかならまだわかるんですよ……。普通の町の書店に並んであるラノベの表紙が全部女の子で。メカだけの表紙ってほとんどないですよね……」

「いっそのこと、漫画描いちゃったらどうですか?」


「僕は話が作れないんです」


「そうなんですか……」



「時代にあったものを作らないと僕たちみたいな人間は生きていけないんです。時代の流れだから仕方ないとは思いますが、『萌え』ばかりに金を使う消費者が憎いと思う時もありますよ。いかにも今どきなライトノベルを買っている学生さんの背中を見て『この萌え豚野郎』と毒づいていますから……」



 平塚さんの全身からは暗黒のオーラがめらめらと噴き出していた。


(俺、完全にそっち側の萌え豚野郎なんですけどね……)


 『グランドマイティ』に到着するまで、俺は平塚さんの顔を見ることができなかった。

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