第4章 声優のお姉さんたちに捕まってしまいました。
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「これはうちへの宣戦布告ね!」
昼休みの休憩室。
深見さんは俺たちが先週秋葉原から持ってきたビラを片手に叫んだ。
ライバル店がこの青葉ヶ丘に乗り込んでくるということで、深見さんは完全に戦闘モード状態だった。普段はゆるい雰囲気のうちの休憩所も、今日ばかりはピリッとした緊張感が張り詰めている。いつもはなごやかな『トリアノン』が今では戦場のような雰囲気であった。
「もうすぐオープンするみたいだけど、敵情偵察しないわけにはいかないわよね。敵を知り己を知れば百戦危うしからずよ! まずは相手に店に潜入して情報を入手するのよ!」
「じゃあ、俺が行きましょうか?」
賢一郎さんの申し出に、深見さんは首を横に振った。
「賢一郎くん。あなたじゃ駄目よ」
「どうして?」
「賢一郎くんは有名人だもの。プロの格闘家だし、あなたがここで働いているのは向こうもわかってるから、偵察だってすぐバレちゃうわよ」
「べつにバレだって全然問題ないっしょ? 向こうだって商売なんだから断らないでしょ」
「いや、今回は平塚さんにお願いしようと思ってるの」
「そうっスか。わかりました……」
賢一郎さんは残念そうな顔をした。
……自分の女装コスプレ姿を他人に見てもらいたいのかね?
「でも、あと一人女の子にも行って欲しいのよね」
深見さんはちょうど食事中の美馬と目が合った。
「……美馬ちゃん、悪いけど偵察に行ってくれる?」
「僕ですか?」
「どう?」
「それはその……」
「ダメかしら?」
「それは……」
芦名美馬は元気がない。
別人といっていいくらいだ。
すべての原因は秋葉原で姉に会ってからだ。
お気に入りの写真を撮ってくれた撮影者が、美馬のことを男だと勘違いしていたのだ。
いつもの男みたいな私服の格好ならともかく、『魔法少女』のコスプレして男と間違われたらショックだよなぁ……。
それ以来。あれほど凛々しかった執事姿もどうもしっくりと来ない。
背中が煤けている状態なのである。
ブームが過ぎ去って仕事がこない一発芸人のように覇気のない後ろ姿なのである。
俺を脅して『トリアノン・ヌーヴォー』に入れた張本人ではある。
しかも俺に女物の下着を着せて性的な興奮を覚えるような変態である。
さらにはノーマルな俺を一人前の『男の娘』に育てようと企んでいる危ないド変態なのだ。
このままおとなしくしてくれた方が、俺にとっては好都合である。
が、ここまで元気のない美馬の姿をみていると、なんだか可哀相になってきた……。
「あのう……」
「なあに、妹子くん?」
「それだったら僕が行きますよ。僕が女装して行きます」
美馬はぽかんと口を開けて俺の方を見た。
「妹子くん、本気なの?」
深見さんも信じられないといった様子で訊ねる。
「『グランドマイティ』って胡散臭いところでしょう? 女の子をそんな虎の穴のような危ない場所に行かせるわけには行きません。だったら男の俺が女装して行った方がいいでしょう」
「それもアリかもしれんな」
賢一郎さんがうなずいた。
「だが、女装する服はどうすんのや」
「あっ……」
「さすがにメイド服着て行くわけにはいかないやろ。自分、まさか女性ものの服なんて持ってないやろし……?」
妹の服を借りるわけにはいかない。そもそもサイズが合わないし、万が一妹の服を来て外を出歩いているなんてバレたら確実に家族会議ものである。
「それだったら大丈夫よ! 私が揃えるから」
深見さんがドンと胸を叩いた。
「深見さんの服あげるんスか?」
「そんなことしないわ! ちゃんと新品を買ってあげるわよ! あたしが責任をもってかわいい女の子にしてあげるわよ!!」
というと、深見さんは携帯を取り出した。
そして電光石火の指さばきで何か検索している。
「何をやっているんですか?」
「いまね、どういう服が妹子くんに似合うか探してるの」
深見さんの瞳は妖しく光り輝いていた。
「待っててね、妹子くんのために最高のおべべを選んであげるからね。ふふふ……」
深見さんはすっかり携帯の画面に夢中である。
俺にお似合いの洋服を探すために。
「ど~れにしようかなぁ。あれもいいなぁ、これもいいなぁ。全部まとめて買ってしまおうかしら。どうせ会社の経費で落ちるんだしぃ」
うわぁ。
この人、すこし気持ち悪いなぁと思いました。
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