cinq
俺は、美馬と姉の摩美を交互に見た。
いやはや。
これだけ似ていない姉妹も珍しい……。
両極端という言葉がこれだけ似合う姉妹は日本中をさがしてもいないのではないか。
「美馬。あんた、『トリアノン・ヌーヴォー』に入ったんでしょ? どうしてあんな下品な店に入ったの? コスプレして仕事したいなら『グランドマイティ』に入れてあげてもいいのよ」
「嫌だね。あんな金がすべての店。服装だって下品だし」
「女が執事の格好をして何が面白いのやら。まあ、あんたにはお似合いでしょうけど」
フン、と鼻で笑う摩美お姉さま。
「男に尻振ってダマすだけが特技の姉さんに言われたくないね」
「あら。あんたに特技なんてあったかしら?」
「僕はスポーツ万能だよ。姉さんは勉強も運動もダメな女じゃないか」
「でも、男とお金には不自由していないわよ。あんたの玉蹴りなんて一文にもならないわよ」
「スポーツは感動をあたえるじゃないか!」
「感動? そんなのがどんな価値があるのか」
「姉さんにはわからないよ。姉さんは男に尻を振って快楽をむさぼるだけにしか価値を見出せない女だから」
「あんたがいくら尻を振っても男は寄ってこないけど。16年間ずっと男のいない女の言葉は潤いがなくてカビ臭いわね」
か、会話が寒々しい……。
血を分けた姉妹の会話なんですかね。
これにはプロの格闘家の賢一郎さんも唖然としているよ。
「あいつら過去になにかあったんかいな……」
「さあ……」
芦名家の事情はわからないが、間違いなくこの二人は仲が悪い。
軽口を叩いているとかそういう話ではない。
憎悪が剥き出しになっている。
「言っとくけど、彼氏ならいるよ」
「彼氏ぃ!? あんたがぁ!?」
摩美はすっかり馬鹿にした口調で言った。
「そんな頭のおかしい人間どこにいるって言うのよ!!」
「ここにいるさ。ねぇ……」
と言って、美馬は俺の肩を抱いた。
「ええっ!!?」
おいおい……。
勢いでとんでもない事いいやがって……。
ここには賢一郎さんもいるんだぞ……って、賢一郎さんニヤニヤ笑っているよぉ……。
「ふうん」
摩美は俺の顔をじろじろと見た。
「雰囲気から察するにあんたと同じ高校の子じゃないわね」
余計なことは言わない方がいいなと思って、俺は黙っておくことにした。
「ひょっとしてエッチな漫画の本を買っているのを目撃して、それをタネに彼氏になれって強要しているんじゃないの?」
うわぁ……。
ピンポイント爆撃だよ、これ。
妹のことを本当によく知っているお姉さまですよ。
「な、なにを馬鹿なことを……!!」
「だって、その子漫画とか好きそうだもの。それであんたが脅せる理由を考えたらそうかなって」
「そんなはずがない……」
「あら、図星なの?」
「そんなの姉さんの勝手な思い込みだよっっ!!」
「でも、彼氏の顔はすっかり蒼ざめているけど」
「妹子っっっっ!!」
いや、そりゃあなりますって。
そこまで正確に言い当てられたら美内すずえ先生の漫画みたいに白目剥くような表情にもなりますって……。
「ねえ、正直におっしゃい。美馬に脅されているんじゃないの?」
お姉さま、仰るとおりです。
俺、鹿島妹子は芦名美馬に脅されています。
ただし、『彼氏』になれではなくて『男の娘』になれと脅されているんですけどね。
「お姉さん。じつは……」
「……君がうちで買った漫画のリスト、僕の頭の中ではもう完成されているんだよね」
「美馬はじつに女らしいですよ」
「あら、そうかしら」
摩美は大人の女性らしい余裕ある態度で答えた。
「いまは男らしい格好ですが、実際に女の子らしい格好をしていることもありますし……」
「ほほほ……」
摩美は口に手をあてて笑い出した。
「それって『バイバイエンジェル』の『バイバイハッピー』のコスプレじゃなくって?」
「そうですけど……」
「知らないってことは可哀相よねぇ」
なにやら曰くありげな口調で、俺を憐れむような目で見る。
「あんた、その格好をみて美馬を女らしいと思ったの? だとしたら眼科に行くことを勧めるわよ」
(それはさすがに言い過ぎだろ……)
いまの男の服装をしている美馬については、否定しない。
しかし、魔法少女の服装をして練り歩けば、さすがに誰でも女だと思うに決まってる。
たぶんあの写真はコミケの会場で撮ったはずだ。コミケの会場で魔法少女の格好をして歩けばそいつがスネ毛でも剥き出しにしてないかぎり男だと思うはずがないのである。
芦名美馬はいわゆる『ボクは男っぽいと言われてばかりだけどホントは弱い女の子なんだ♪』というキャラとは違うのだ。単なるボーイッシュな女の子ではないのだ。
コスプレイヤーだもの。
見知らぬ人間の求めに応じてポーズを決めるような女だもの。
服を着れば『役』になり切ってしまうわけだから。
一般漫画のHシーンだけある本を買っていることをネタに脅迫されていることを差し引いても、今回は美馬の方に軍配を上げざるを得なかった。
「私が無茶言っていると思っているかしら?」
「はい……」
「それなら携帯で『カメラ丸撮影記』と検索してみなさい」
俺は言われた通りにした。
検索していると、俺は以前美馬に見せてもらった写真にたどりついた。
「あ、この写真! メールアドレス教えて送信してもらったんだよ! 僕のお気に入りの一枚だよ!」
が、次の瞬間。
美馬の笑顔が凍った。
俺は画面をよく観察した。
問題は画像ではなかった。
その下に書かれている文字。
『僕が出会った男の娘』
「これって、つまり……」
俺は声を震わせながら言った。
「コスプレしている間、ずっと男だと思われていた……」
その瞬間、美馬の顔が楳図かずお先生の描く絵のごとく恐怖に歪んだ。
こめかみに両手をあてて『ギャー!!』と叫んでいた。
「美馬、落ち着けっっ!! 冷静になれっっ!!」
「ほほほ……」
姉の摩美がすっかり勝ち誇ったように高笑いしていた。
「この格好で男に間違えるはず……」
「でも、実際に間違えられているから」
「いやいや、美馬は高校生ですよ! 胸だって……」
胸、ねぇな。見事なまでに。
なんというか、『ぬりかべ』という単語が浮かんでくる。
そういや美馬と話していて胸に視線を向けたこと全然なかったよな。
美人だなとは常々思っていたが、いい胸してるなぁと思ったことは一度もなかった。
ないものは気にならないし。
姉の摩美はいうと見事なまでに巨乳。
巨乳の姉と貧乳の妹。
同じ遺伝子をもつ両親から生まれたとは思えない。
神はなぜ芦名美馬にこうも残酷な仕打ちをしたのだろうか……。
「いやだ、いやだそんな……」
両耳をふさいで首をぶるんぶるんと振る。
だが、絶望のどん底に叩き落された美馬を、姉の摩美がさらに追い討ちをかけた。
「昔、あなたの好きな少女マンガにこんな台詞があったのを思い出したわ。『鳥は鳥に 人間は人間に 星は星に 風は風に』。生きとし生けるものは生まれたままの姿で一生を終えるのよ」
摩美は、美馬の肩に手を置いた。
「そして色気のない女は、色気がないまま一生を終えるの」
勝負あった。美馬は完全に打ちのめされていた。
これほど『負け犬』という言葉が似合う光景を俺は見たことがなかった。
「覚えておきなさい。姉よりすぐれた妹など存在しないのよ」
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