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「深見さん、これって……」

「うちがやろうとしたことをそのまま『グランドマイティ』にやられているわよ! 完全にパクリじゃないの!」

「いいえ……。人気声優が自分の『役』のコスプレしてるんですよ! はるかにグレードが高いですよっっ!! オリジナルですよ!! 中の人本人がコスプレして接待するんですからっっ!!」

「このままアニメキャラのコスプレやったら、あたしたち絶対に負けるわね……」

「それどころがどうすりゃこんなの勝てんですかっっ!? 無理ゲーでしょっっ!? しかもマンガ喫茶みたいな狭い部屋で一緒にいてくれるんですよっっ!? どう考えても終わってるでしょっっ!!」

「ホンマ声オタには信じられんようなサービスやで」


 賢一郎さんは溜め息をついた。


「俺、瀬川葉月のファンなんスよ。この日休みを取って行こうかと思ったくらいやで」


 深見さんがギロリと睨んだ。

「賢一郎くん。君が所属している格闘技団体のスポンサーを一緒に探してあげたのを忘れたのかしら?」

「……大丈夫です。休みませんから」

「こういう時ばかりはアニメに興味をもたない平塚さんを見習って欲しいものだわ」

「それが……」


 俺は片上愛に1時間でメロメロにされたことを話すと、深見さんはがっくりと肩を落とした。


「そんな……。平塚さんまでも……」

「あら? そこにいるのは『トリアノン・ヌーヴォー』の方々ですか?」


 こちらに気づいた片上愛が、声をかけてきた。

 人だかりが二つに分かれて、人気声優たちが近づいていた。

 桂木ひなたや瀬川葉月、深浦悠もいる。

 皆、『グランドマイティ』の胸元あらわなメイド服姿である。

 ファンにとってはそれこそ眼福ものの光景である。


「今度の企画よろしくお願いします」


 おっとりとした口調で、瀬川葉月が言った。

 顔はにこやかに笑っているが、はっきりとこちらを警戒している。

 それんしても白雪姫みたいに色白な女の子だな。最近の声優って、かわいい子が多いのね……。


「あんたら何? 敵情視察?」


 と、これは桂木ひなた。腕を組んでこちらを見ている。かなりのグラマーである。

 背の低い深浦悠も黙ってこちらを見ている。


「あんた、格闘家の川崎賢一郎じゃないの?」


 桂木ひなたが不思議そうな顔をして言った。


「『トリアノン・ヌーヴォー』で働いていると聞いたけど、どっちかっていったらこっち側の人間じゃない?」

「そんなことないわ。賢一郎くんは『トリアノン・ヌーヴォー』の方が似合っているわよね。ねえ、賢一郎くん……」


 しかし、賢一郎さんは瀬川葉月に夢中になって熱視線をおくっている。

 深見さんは『こりゃダメだ……』と頭を抱えた。


「あれ?」


 片上愛は、不意に俺の顔をじろじろと見た。


「そちらの男の子、どこかで見たことのあるような……」

「え?」

「面識ありませんでしたっけ? それもつい最近……」


 しかし、片上愛は俺から視線を逸らそうとしない。

 じろじろと見て、俺の周囲をぐるぐると回る。


「気のせいじゃないですか? 初対面ですよ……」

「ひょっとして男の娘くん?」

「違いますよ……」

「そうだ! やっぱりあの時の男の娘くんだ! お嬢さまが男の子だったなんて夢にも思わなかったっスよ。もう自分誰が女で誰が男か判別できないッス。心臓大爆発ッスよ」


 この会話は、人気声優目当てでここにいる群衆も聞いているわけで。

 それがいい年になっても声変わりがしてないとかしゃべっていたら……。


「おい、あれって『トリアノン・ヌーヴォー』か?」

「女みたいな声をもつ『男の娘』がいるって?」

「あそこは本格的だと聞いていたけど、そこまでやるか……」


 えらく話題になっているぞ……。

 俺、目立ちたくないんで。

 本当にマジで逃げ帰りたいわ……。


「この前は遊びにきてくれてありがとう」


 瀬川葉月が俺の手を握って笑顔で言う。


「妹子、お前どういうことや? まさか 接待してもらったんじゃ……」

「賢一郎さん、睨まないでください! それは成り行きで……」

「あなたもお店に来てくれれば葉月ちゃんが接待してくれるかもしれませんよ」


 いつの間にか片上愛が背後に回っている。

 そして囁く。

 『北斗の拳』のジャギがシンを悪の道に引きずりこむのような顔つきで。


「そこにいるのは『トリアノン・ヌーヴォー』の皆さん?」


 芦名美馬の姉の芦名摩美だった。

 今日は制服のメイド服ではなかった。スーツ姿だった。


「こんなところで出会うとは奇遇ですよね。今度の企画はお手柔らかに」


 さすがに元ホステス、人のあしらい方に余裕のある笑みである。


「こ、こちらこそ……」


 こっちの方はまったく余裕がねぇ……。


「皆さん、宣伝ごくろうさま。『トリアノン・ヌーヴォー』に負けないよう頑張ってくださいね」


 おや?

 一瞬だが、人気声優たちは摩美から目を背けた。

 チャラ男も愚痴っていたが、ここの喫茶店は組織が一枚岩となって団結していないよな……。


「妹子くん、賢一郎くん」


 人込みから去ると、深見さんは厳しい顔つきをしていた。


「いますぐに作戦会議よ」


 ※


 作戦会議は近くのファミレスで行われた。


「せっかくのアイデアだと思ったんだけど……」


 チョコレートサンデーを目の前に、呻くように深見さんが言った。


「正直、あのアイデアを思いついた時には勝ったと思うんだけど」


 深見さんはなおも悔しそうだった。

 自分のアイデアによほどの自信があったんだろう。


「しかし、『グランドマイティ』が片上愛らを引き入れた時点で勝負は決まったようなもんですわ……。いくら何でも相手が悪すぎる」

「だからといって『グランドマイティ』が勝つのは許されないわよ!」


 深見さんは激高して叫んだ。


「言っとくけど、相手は声優さんたちじゃないのよ! その後ろにいる『グランドマイティ』なのよ! あいつらがお客様を消費者金融に行かせるほど悪どい連中なのよ!」


 消費者金融うんぬんについてはまだ俺は噂で聞いたくらいだが、たしかに『グランドマイティ』に足を運んだときには金儲け主義の臭いがプンプンと漂ってきた。

 負けたくない。

 俺はティラミスを頬張りながら、どうやったら『グランドマイティ』の鼻を明かすことができるか考えていた。


「深見さん」

「何かしら?」

「当日、別働隊に何人か割けますか?」

「どういうこと?」

「駅で試飲会をやるんです。紅茶の」


 深見さんは身を乗り出して俺の意見を聞くことにした。


「相手は人気声優です。片上愛までいるんです。コスプレでは勝てないでしょう。向こうは人気者である上にプロですから」

「だけど、負けるわけにはいかないのよ! うちには『愛』があるのよ!」


 深見さんは感情的になって叫んだ。

 でも、俺は深見さんにただ愚痴をぶつけているわけではなかった。


「でも、うちってコスプレ『喫茶店』ですよね? たしかに『コスプレ』では勝てないけど、『喫茶店』の部分では負けていないと思いますよ」

「喫茶店……」

「『グランドマイティ』目当ての客は絶対にあのクソまずい紅茶を飲むはずです。そこで帰りにうちの紅茶を飲んでくれれば、みんなどっちが真面目に商売をしているかわかってくれると思います」

「賢一郎くん」


 深見さんは、赤壁の戦いで開戦を決意した孫権のような顔つきになっていた。


「シレット産のファーストフラッシュのSPECIALどれだけあるかしら? 赤い缶のやつ」


 それを聞いた賢一郎さんが目を丸くした。


「赤い缶って、よほどなじみの常連さんにしか出さないやつじゃ……」

「この際そんなこと言ってられないわ。あれは渋みが少ないから紅茶の初心者向きだわ。足りなければどんな手を使っても仕入れるまでよ」

「僕が面接のときに飲んだやつですか?」


 『シレット産』とか、知らない単語が出てきたので俺は訊ねた。


「事務所の? あれは普通のセイロン紅茶よ。ちょっと高級だけど。あれとは全然違うわよ。もっと全然素晴らしいわよ。当日飲んでみるといいわ」

「『グランドマイティ』とは比べ物にならないくらいに?」

「……さすがにあそこと比べられるのは心外だわ」


 深見さんは苦虫を噛み潰したような表情をした。


「すぐに私鉄に電話して露店を出す許可を取るわ。試飲をやる際には最上さん連れて行って。あの子紅茶の資格を持っているエキスパートよ」

「俺行くんですか!? あの格好で!?」

「さすがに私服でいいわよ。でも、紅茶だけじゃ物足りないかし……ら? シェフにお願いして、お菓子を用意させましょう。クッキーとかいいかしら?」

「こりゃあ面白いことになってきたで」


 賢一郎さんは不敵な笑みをうかべた。


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