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俺たちは総武線に乗って秋葉原へと向かった。
電車に乗ると、やはりスマホをいじっている人が多い。とくに女の子は携帯をよくいじっている。いまの世の中はどこでもスマホ、スマホ。海の底でも人魚がスマホでメール打ってもおかしくないと思うくらいだ。
俺と美馬はそんな時代の流れに逆らうかのように、ただじっと窓の外を眺めている。
「ところでさ」
「なに?」
俺は美馬の方を見ず、流れゆく外の景色を眺めながら訊ねた。
「妹子のお父さん何やってるの?」
「醤油屋で働いているよ」
「へえ……。古風だねぇ」
「そっちの両親は? SM嬢とか?」
「いや、うちはハーブ農家」
「ほう……」
ハーブといえば『癒し』という言葉が真っ先に脳裏に浮かんでくるが。
たしかに美馬はハーブ農家の娘にふさわしい風貌である。
外見は。
しかし、その中身はどれだけドロドロしていることか……。
美馬は突然、あっと声を上げた。
「次で降りよう」
「え? 次は浅草橋で秋葉原のひとつ手前だよ」
「だから降りるんだよ」
「え?」
「いいかい? 津田沼から浅草橋はIC利用で388円だけど、秋葉原まで行くと464円取られるんだよ。76円も得するんだよ」
「得をするって、たったの76円だよ?」
「76円……。そのたった76円だって僕には惜しいお金なんだよ。僕はつぎ込めるすべてのお金をコスプレにつぎ込みたいんだよ」
いや、それはおかしいだろ……。
わざわざ新作の衣装を見に行くだけのために電車賃を使うほうがよっぽど無駄だと思うんだが。
だが美馬は聞く耳を持たなかった。
浅草橋に到着すると美馬は電車を降りた。俺は従うしかなかった。
※
俺たちは浅草橋駅で下りると、歩いて秋葉原へと向かった。
「秋葉原へついたら、昭和通りを突っ切って神田明神通りを歩いて中央通りへと向かおう」
美馬が説明してくれたが、俺にはそれがどういう道順なのかさっぱりわからない。
「しかし、わざわざ一駅分歩くのも……」
「せいぜい10分かそこらさ。ちょっとした運動さ。帰宅部だろ? 運動不足には最適だよ……どうした、妹子?」
俺は、道の途中で足を止めた。
公園だった。
「こんなところに公園があるんだ?」
「そりゃあ、公園くらいどこにでもあるだろう?」
なぜか知らないが、こんな都会に公園があるのを発見してなぜか嬉しい気持ちになった。
「ちょっと寄って行こうよ」
俺は公園のなかに入った。
「おい、目的を忘れているぞ」
「でも、この時間帯ならまだ開店てないよ」
「そりゃそうだけど……」
公園を見回すと、赤い旗が立ち並ぶ鳥居や石碑がある。
「ここは佐久間公園って言うんだね。おや……?」
石碑に彫られている文字を読んでみる。
『ラジオ体操会発祥の地』
「こんなところでラジオ体操が始まったんだ! 知らなかったよ!」
「それは良かったね。じゃあ、行こうか」
「冷たいなぁ」
「コスプレと関係ないから」
美馬は一言で切って捨てた。
「ラジオ体操いいじゃないか! 健康的だぞ!」
「そんなに健康的な生活を送りたければ体育会系の部活にでも入ったら?」
それを言われるとぐうの音もでない……。
「それに僕はラジオ体操とかはいいよ。代わりにブラジル体操をほとんど毎日やっているから」
ブラジル体操? なんだそりゃあ?
僕が口をぽかんと開けていると、
「ブラジル体操知らないの?」
「うん……」
「ほら、こういうやつ」
そう言って膝を高く上げたり、足の裏を高く上げたりして飛び跳ねる。
それから後ろ向きにダッシュしたりする。
その動作たるや俊敏で『ああ、こいつやっぱりサッカー部なんだなぁ』と見とれてしまう。
「他にもカリオカステップとか。見たことない?」
「ごめん。初めて見た」
「妹子ってさ、いったい何が好きなの?」
呆れた口調で美馬が訊ねてきた。
自分が熱中しているものに俺が興味もってなかったから腹を立てているわけか……。
「俺? ゲーム実況くらいかな」
「そうなんだ。動画とか投稿するやつ? 知ってるけど僕はゲームやらないから」
「そうなの?」
「うん。そもそもうちにゲーム機ないし」
べつにゲームをやらない人はいくらでもいるわけだから、めずらしいことではない。
俺は秋葉原に向かうため公園を出た。
……が、とある疑問がうかんだ俺はマイケル・ジャクソンばりのムーンウォークで公園に戻ってきた。
「美馬が見たいコスプレの篝火マキって、『アルカナⅣ』の篝火マキだよな?」
「そうだよ」
「『アルカナⅣ』はゲームだぞ! ゲーム機ないのにどうしてゲームのキャラクターのコスプレの服に興味がもてるんだよ!?」
「わかってないなぁ」
美馬は腰に手を当てて溜め息をついた。
「いまの時代はゲームにアニメにグッズ、様々なメディアにあふれているんだよ」
「でも、コスプレってのはただ服を着るだけじゃダメで、『役』になりきらないといけないんだよな? 原典に触れずにどうして『役』になれるんだよ!?」
「そんなのマンガやアニメ見れば一緒じゃないか」
なんか納得いかねぇ……。
AKBのコンサートに行ったことない奴に『お前にAKBの気持ちわかるのかよ!』と説教されているような気分だ。
現役ゲーマーの立場から言わせてもらえば、まずはゲームやってからコスプレしてくれと言いたい。
だが、そんなことは芦名美馬にとっては些細なことだった。
「妹子は変なことばかり考える。そんな調子だと人生疲れるぞ」
※
秋葉原はカオスな街だ。興味本位にやってきたはいいが、混沌とした雰囲気になじめずそのまま逃げ帰ったなんて同級生もいる。わけを訊ねると、メイド服きた子がビラなんか配っている姿をみて怖気づいたのだそうだ。ビラ配りのメイドさんなど誰がどう見ても害などなかろうに、人間、理解できないことに対しては拒否反応を起こすものらしい。
街はまだ静かだ。
無理もない。まだ10時になっていないのだ。
ほとんどの店はまだ開店していない。
「さて、どうやって時間潰そうか……」
「決まっているじゃないか。店に行くんだよ」
「え? 開店までまだ時間があるよ」
「だからずっと店の前にいて、開店と同時に入るんだよ」
すげえな、こいつ……。
本当にその筋の業界にとっては『いいお客さん』だよなぁ。
「そういえばさ、聞き忘れていたんだけど」
「何だい?」
「どうだった? はじめてのメイド服」
俺は、悪夢のような昨日の出来事を思い出した。
ただメイド服を着させられただけじゃない。
隣にいる奴に強制的にそれこそ手取り足取りお人形さんみたいに着替えさせられたのだ。
親が知ったら間違いなく卒倒するだろうな……。
「そ、そんなの……」
「どうだったんだい」
「言わなくてもわかるじゃないか……」
「聞きたいんだよ。妹子の口から直接」
美馬は、俺の耳元でささやいた。
『なあ……スケベしようや』とか言い出しそうなほど、いやらしい顔つきだった。
「恥ずかしいったらありゃしなかった……」
「そうかい? 僕はけっこう楽しんで『役』を演じていたように見えるけど」
「そんなことないよっっ!!」
「ねえ、『にゃん』って言ってみて」
美馬は、猫まねきの仕草をした。
俺は黙って軽蔑のまなざしを向けた。
「あ、そう。そういう反抗的な態度をとるんだ」
そう言って美馬はスマートフォンを取り出した。
「今から小酒井さんのところへメール送らないと」
「た、頼むからそれだけはっっ!!」
「高校生活三年間二次元エロ好きと蔑まれながら過ごすのもいいんじゃないかな。妹子は、ちゅるやさんがスモークチーズを求めるように漫画のエロ場面を求める変態だから、その本性をみんなに知ってもらうのも悪くないかもしれない」
「お代官さま、そればかりはご勘弁を……」
「違うよね」
「……美馬?」
「『頼むにゃん』だよね」
「……頼むにゃん」
「違うなぁ」
美馬は不機嫌な顔つきをした。
「心がこもってない」
「……にゃああ」
「猫になれとは言ってない。『男の娘』でやってよ」
「……許してにゃん♪」
言った瞬間、男としての誇りがガラガラと音をたてて崩れていくような気がした。
「それでいいんだよ。やればできるじゃないか」
美馬は俺の髪をやさしく撫でた。
俺は、自分自身がスイッチ一つでどうにでも動くロボットのような気がしてならなかった。
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